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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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御転婆姫

 この新拠点の良い所は、一階に24時間営業の食堂と売店、大風呂が設置されている事だ。洒落たカフェテリアは無くなってしまったが、代わりに公園内外、ゲート坑内を警備する警備隊、そして自分達が、いつでも暖かい食事と入浴を受けられるのはありがたい。

 大風呂では秋田の旅館…勿忘草を思い出すようなゆったりとした浴槽で疲れを癒せる。 

 心無い人間からしたら税金の無駄遣いと見えるかもしれないが、文字通りモンスター相手に24時間命を賭けている者達に、このくらいの心遣いがあってもいいだろう、と思う。

 

 今回自分が得た情報…報告書を本部に送り、三階にある私室で寛ごうとしている最中に、備え付けの電話が鳴りだした。

 何事かと電話を取り上げると、玄関前の警備室に詰めている守衛の警察官からだった。

「あの…大淵さんのご家族の方がお見えで…」警官のぼんやりとした声が聞えて来る。

「ご家族…」

 記憶する限り、大淵の家族は居ない、と記憶していた。そうだ、最初に目覚めた時、医師の高木にはっきりと言われたでは無いか。ご家族はいない、と。

 …とすると、この拠点の玄関に来ているのは誰だ?

 壁の時計を見上げた。午後六時十分。…まぁ、常識的な訪問時間か。

「…わかりました。向かいます」

 自分や周りが把握していない親族が居たのかもしれない。自分の名を知らなければ、こんな所まで来ない筈だ。そして、警官がわざわざ取り次ぐという事は、取り合えず信用に値する相手なのだろう。


 玄関を出て言葉を失った。

 あの少女だった。

 今はご機嫌そうに口の端を上げ、してやったと言わんばかりの笑みを浮かべている。

「お、お前…」

「ああ、大淵さん。わざわざすみません。可愛い妹さんですね」

 守衛の警官がどこかぼんやりとした表情で笑った。…疲れているのか?

「妹…」大淵は茫然として言葉を失った。

 それはまた随分近い…それならばあの時、家族として連絡されていた筈ではないのか?

「探したぞ、下僕」

 少女は不敵な笑みを浮かべたまま言った。

 下僕…?いくら妹だとしても、大人への態度としては褒められたものではない。しかし守衛たちは特に気にした様子は無い。


「ちょっと待て、何でおま…君がここに? それに、お父さんやお母さんはどうした?」

「いつまでこんな所で立ち話させるつもりだ。さっさと私を部屋に案内しろ」

(なんだコイツは…頭がイカレてるのか…?)

「イカレてるってなんだ?」片眉を上げて怪訝な顔をして見せる。

(心が読めるのか!?)

「読めるぞ?」また得意げに笑う。


 俺は夢でも見ているのか… 超展開の理解に苦しんでいると、逆に守衛が非難がましい眼をこちらに向けた。

「大淵さん…こんな寒い外でいつまで妹さんを立たせるつもりなんですか…あなたもいい大人なんだから…」

 …なんで俺が責められなければならんのだ…

 やはり守衛も様子がおかしい…だが、確かにここで問答していても埒が明かないし、仲間や他人に見られても面倒になる予感があった。

「…分かった。ついてこい」

「?」

 建物には入らず、原宿通りへ向かった。

 予想通り、自衛隊・警察関係の連絡要員を待ち受けているタクシーが何台か客を待っていた。その一つを捕まえ、自宅アパートの住所を伝えた。

「ふーん、自分の巣に連れ帰るとは…中々豪胆だな、お前」

「何が巣だ。…お前、向こうの住人なのか?」

「よくわかったな」 素直に感心して見せる少女。

 奇妙な男と幼女のやり取りを一切口を挟まずにこわごわとバックミラー越しに見守る運転手。

(下手にべらべら喋る訳にも行かないか…)

「べらべら喋ったらマズいのか?」

「…少し黙っててくれ」


 自宅に着き、少女を部屋に上げた。

「うー、寒…狭いな。お前、雑兵クラスだな?」

「…否定はしない」

 念の為、部屋の鍵を掛け、テレビのニュース番組と、部屋の暖房をつけた。


「さて…色々聞きたいことはあるが…お前、何者だ?…向こうの世界の住人なのか?」

「まったく…幾ら貧しくとも、せめて来客には茶くらい出せ、雑兵め。そんな常識も知らんのか?」

「…」

 仕方なく、冷蔵庫に向かった。緑茶が入っていたのでそれを取り上げ、苛立ち紛れに自分はビールを取った。

(落ち着け…相手は酷い目に遭ったんだ。心が読めるスキルってのは気味が悪いが…大目に見よう)

 気付けに、と開封し、一口呷った。

 振り返ると、人間ならざるモノが居た。


 赤銅色の髪。尖った耳。薄らと額の両脇から覗く小さな角。白目は黒くなり、その中で赤い瞳が燃えるように輝いていた。火を思わせる顔立ちに反し、肌は全体的に青ざめている。

「な…」

「きひひひひ、驚いたか!? 魔王の姿なんてお前達雑兵が拝むことはまず、叶わないからなぁ」

 独特な笑い声を漏らす口元から覗く歯は獰猛な肉食動物のように尖っている。

 どうすればいい…

 見ると、確かに今まで見られなかったステータスが表示されている。

「魔王(総ての人類の敵)」(バリアブル・スキル(評定不能))(ーーー)

 基礎ステータスも、見たことの無い数値が並んでいる。…直接攻撃力以外、あの斎城をも優に超えている。

 コイツが魔王?…戦うべきなのか?…倒したらどうなる? キッチンに立てかけてあるホムセンの牛刀(税込1890円)ならあるが…

「お前じゃ無理だけどな。ほら、さっさと茶を出さんか」

 まぁ確かに、ここで事を荒立てる理由も無い。自称・魔王の前に緑茶の缶を置いた。


「…?」

 住所不定・自称魔王は眉を上げると、未開封の缶を手に取った。そして縦、横、逆さ…と、縦横無尽に検めたり、耳の横で振ってみたりしている。躊躇った挙句、その小さい口でカプ、と軽く噛みついてみた。

 やがて、それをテーブルの上に戻すと、非難がましくその赤い瞳で睨みつけてきた。

「これをどうしろと言うんだ!?」

「…」

 缶を取り、蓋を開封してから手元に置いてやった。魔王はそれを片手で掴み上げると、ようやく口を付けた。

「最初からそうすれば良いのだ!気の利かない不出来者め」

「…(先に聞けよ)」

「…それは何だ?」自棄酒を呷る。

 大淵が呷るビールに指をさした。

「酒だ」

「私に茶を出して貴様は酒を飲むとは何事だ!さっさと寄越せ!」


 ハイ、仰せのままに…なんてやるかよ、この生ガキが。

 あと十年経って、出るとこ出してちったぁ淑女になってから出直しな、未成年。

 

「き、貴様…」魔王はちょこんと立ち上がると、顔を真っ赤にしながらわなわなと震え出した。

「黙って聞いて居れば…!」

 ガシャン、と音がして、部屋中の小物が浮き始めた。

 ゾッとして振り返ると、伝説のホムセン牛刀(税込1890円→セール価格1590円)まで浮かんでいる。

「ま、待て、それはいかん」

「謝れ…!」

「悪かった、言い過ぎたから落ち着け」

「…」


 小物が、それぞれ元在った場所に帰っていく。

 大きく安堵の溜息を吐く。

「寄越せ」

 魔王は腰に手を当てたまま、手を差し伸ばしてきた。

「こっちの世界では20歳にならなきゃ飲んではイカンのだ」

「バカにするな。私は236歳だ。とっくに超えている。私専用のワインセラーだってあるんだぞ」

「…分かったよ」


 抵抗感はあったが、大人しく渡すことにした。魔王はそれを引っ手繰ると、くい、と呷った。

「…ふん、エールか。いかにも庶民的だな…」

 そう言いながら一息に飲み干してしまう。

「代わりを持て」

「えぇ…」

「ふん…まぁいい。そこにあるんだろ?」

 魔王の眼が冷蔵庫に向けられる。まさか、と思い振り向くと、冷蔵庫の扉が勝手に開き、新しい缶ビールが浮遊して魔王の手に収まった。

「こうやるんだな?」

 今度は難なく缶を開封し、美味そうにビールを飲み干していく。

「敵わんな…」


「さて、本題に入ろうか…お前が魔王だというのはよーく分かった。では、どうやってあのゲート…洞窟内の隔離室から出てきた?」

 ぷは、と息を吐くと、魔王は悪びれもせずに口の端を上げた。

「お前も見たろう?あの門番共のようにな」

 守衛の事か…

「人を操れるというのか…」軽い戦慄を覚える。

「相性はあるがな。並の人間なら造作もない。…お前は男の割に手を焼いたがな」

「俺が?」

 いや待て。

 思い出したぞ…。

 あの時、コイツに初めて会った時、意識が一瞬飛んだのを。そうだ、コイツは初め、この異形の姿だった。 だが、目が合うなり俺は意識が飛んで…次の瞬間には人間の少女になっていた。

「思い出したか?」得意げに笑む魔王。


「そういう事か…相性ってのは…?」

「お前なら瞬きゆっくり一回分の記憶操作だな。もう我が姿を見せた以上はお前には通用せんだろうが。…あの、お前の侍らせていた女共は無理だな。最悪だ。まぁ、男なら多かれ少なかれ操れる」

「おっそろしい能力だな…」

「くははははは!そうおだてるでない!」

「さて、それじゃ俺の所へ来たのは?そもそもどうやって来たんだ?」

「うむ。彼の世界がどんなものかと気になってな。戯れというやつだ。お前の事は庭園に居た者共を魅了して聞き出した。人間共の間でも相当の猛者だという話ではないか? だから魔王自ら、わざわざこうして出向いてやったのだ、ありがたく思えよ」


「そうか、楽しかったな。そろそろお帰りになられては?」

「たわけ。夜はこれからだろう?」再びちょこん、と立ち上がった。

「さて下僕よ、この世界を案内しろ」

「…」

 黒島やアリッサの話を思い出した。

 向こうの世界を巡る世界の権益闘争。

 …これはその火種に油を注いだりしないだろうか? 

 本来なら自分一人で決める事ではないのだろうが…


(誰に相談すれば…?)

 黒島か?  しかし、それは黒島を巻き込む事と同意だ。ギルド…いや、国か…?

 一度、自分の身分について見直してみた。自分は公務員ではない。ギルドに属する民間人…サラリーマンだ。モンスターに対してだけ戦闘行為を許されているサラリーマンだ。

 そしてギルドとの契約の中で禁止されている契約違反条項には、記憶の限りは「魔王と親しくしてはいけない」という文は無い。

 ただし、この魔王があの世界のように…人々に害を成すつもりなら、それを見逃し・助長する行為は人類への裏切りそのものだ。社会的にも、自身の道義としても断じて許す訳にはいかない。

「…おーい、アホ面。何をごちゃごちゃ考えているんだ?」呆れ顔の魔王。


「…お前、この世界で何をするつもりだ?」

「言っただろう、戯れだ。見て回る」

「…この世界を偵察して、向こうの世界の人間たちにした事と、同じことをこちらでもするつもりじゃないだろうな?」

 魔王の顔色が変わった。

「しない!私は争いが嫌いだ!」

 じゃあ何故。

 彼の世界に散らばる白骨死体の山を思い出した。投げ出された子供の盾と木剣。

 じゃあ何故、あんなことを?

 彼らだって、生きたかった筈だ。


「…仕方なかったんだ」魔王は大淵から視線を逸らした。

 …仕方なかっただと? 

 大淵の怒りを感じ、魔王は睨み返した。

「勇者達だって、私達魔王の一族を殺し続けてきたんだぞ! …確かに、私達の祖先だって罪が無いとは言わない。だが、父上…先代陛下だって争いは好まなかった。なのに殺されたんだぞ!? それとも黙って殺されていれば良かったのか!? …もし私達を根絶やしにした勇者と出逢っても、お前は同じように咎めるのか?」

「…」


 昔、遊んだRPGゲームを思い出した。苦難の末、魔王を倒した自分と勇者たちはあの世界では伝説の英雄だ。囚われの姫を救い出して結ばれる、定番のハッピーエンドだった。 …だが、自分と勇者は、ゲーム内で魔王軍が殺したという人々の犠牲以上にモンスターを殺してきた。 その末のハッピーエンド。

 レベルアップの為にどれだけ殺しただろう。

 アイテムと金欲しさに、どれだけ敵を求めただろう。

 勇者と魔王が逆ならば…どうだろうか。

 もし、自分の仲間や親を殺されて…それでもこの魔王のように、敵種族を赦せるだろうか。

 …自分には確信が持てない。


「…お前は人間だもんな」

「…」

「…無理を言ったな。忘れろ。庭園まで送ってくれ」

「まぁ待て」


 …お前は短気で生意気な小娘だが、争いを好まないという事は分かったから。

「案内するよ。…ただし、また人の姿に化けてくれ」

 もし、この選択が大きな過ちだったなら …大した責任はとれないが、死ぬまで贖おう。




 時刻は七時。とある大手雑貨店に立つ。

(まぁ俺も入るのは初めてなんだが)

「甲斐性無さそうな雑兵だからな。…苦しゅうないぞ」

「こいつ…」 …早くも前言を撤回したくなった。


 気を取り直し、手を差し出した。

「?」怪訝そうに見上げる魔王。

「この世界じゃ俺とお前は歳の離れた兄妹くらい違うからな」

「ふむ…良かろう。ダイスよ」

 手を繋いだ。人の姿になっても、ひんやりと肌白く、冷たい手だ。

 あの後、改めて自己紹介すると、自分の名は略されてダイスとされた。逆に魔王は、個たる名前を持たないらしい。

「ほぅ、贅を尽くした造りの建物だな…おお、階段が動くのか、珍妙な」

 珍妙なのはお前だ、と思いかけて、その思考を慌てて掻き消した。

 

 デパートの二階は女性服売り場となっていた。何と…小学生らしい少女たちの姿も見える。肌寒さにも負けず、パンクスタイルのファッションを決めている。

「ふむ…ダイスよ、私にあの者らのような召し物を見繕うのだ」

「ハハァ…」

 溜息とも了承ともつかぬ声を上げ、女性服売り場へと入る。まぁ、手を繋いでいれば社会人の兄と小中学生の妹、といった所だろう。

 女性服売り場に入るなり、足早に自分の腕を引っ張り、飾られている衣服を物珍しそうに見て回る。

「もう少し急げ、ダイス!」

「落ち着け…」

 やがて、一台のマネキンの前で止まった。マネキンが着ている肩出し…アシンメトリーカットシャツとタイトなチェックプリーツスカートを指さした。

「これだ」

「ん。じゃあこの辺のサイズかな…持っててやるから、後は試着してみろ」

 売り場にある試着室に案内した。

「…手伝わんのか?」不満げな顔を見せる。

「流石にご勘弁ください、魔王陛下」

「ちっ… この魔王に手ずから着替えさせるとは、不届き者め」

 中でぼやき声と、衣擦れの音がする。

「…おい、こんな感じで良いのか?」中から声が問う。

「何事も経験でございます、陛下」

「むぅ…よし!」

 カーテンが開け放たれた。

「どうだ、ダイス!?」

「…サイズはどうだ?キツくないか?」

「うむ。良い!」

「よし。それだけじゃ寒そうだから…これなんかどうだ?」

 ポップ調な髑髏が背にプリントされた、手頃なジップアップパーカーを被せてやった。

「おお、良いじゃないか!…あれも欲しい」

 言われるまま、穴あきデザインのストッキングを買った。


「ダイス、最後にこれもだ!」

 真っ黒な、アシンメトリーのゴシック風ワンピース。

 …長身の斎城がこれを着たら、イメチェンしつつも相当似合うだろうな、などと想像した。

「むっ! あのいけ好かん女の事を考えておるな…」

「あ、ああ」

「私とてあと1000年もすれば、あんな女など目ではない絶世の美魔王になるぞ!そうなればお前は私にゾッコン…骨抜き間違いなしだ。涙ながらに私に求愛し、哀願するだろう。 だが、お前の格では万一にも勝ち目は無い。 …今の内に私にすり寄り、尽くしておいた方が後のためだぞ?」 

「生憎だが、あと80年もしない内に俺はヨボヨボのミイラになって死んでるよ」

「むむぅ…人は儚いからな…。だが安心せよ!我が夫になり、眷属になった暁には無限に近い寿命を与えてやろう」

「…考えておくよ」


 その他にいくらかの小物を買い、女性服売り場を出た。余程気に入ったのか、自分にそのまま会計をさせると、例のパンクスタイルのまま出てきた。


「腹、減ってるか?」

「減っているともいえるし、いないとも言える」

「というと?」

「我らは人間の様に生きる糧として食物を摂らぬ。いくらでも喰う事も出来るが、何もならん。痩せも太りもしないのだ」

「ほほぅ。じゃあ仮に、勇者に傷付けられたとする。傷付けられた生命力はどうやって回復するんだ?」

「私はやられたことが無いが、自身の魔力が残っていれば、それに比例して回復する。魔力が尽きない限り、回復し続ける。が、勇者による強力な攻撃を受ければその回復では間に合わなくなる。身を守るために魔力を使えばそれもまた結果的に消費するしな」


「なるほど」

「だが、舌で味わう事はできる。だから食事も酒も好きだ」

「じゃあ、ついてこい」

 三階にエスカレーターで上がり、飲食店のエリアに入った。

 昔ながらの雰囲気を演出する洋食屋に向かうと、ショーケースの中のサンプルを物珍しそうに見つめている。

「この緑色のは何だ?ポーションか?毒液か?」

「毒ではない。まぁ、食べてみてのお楽しみだ。他に食べてみたいものはあるか?」

「ここにあるもの全部だって食べられるぞ!」

「…それはご勘弁。二つくらいにしておいてくれ」

「むむ。なら、この緑色と…これだ!」

「クリームソーダとベーコンきのこピラフだな。よし、行こう」

 窓際のテーブル席に着き、大淵はミニサンドイッチとコーヒーを頼んだ。





「我がヘルハウンドの一隊が捜索中、人間共の集団を発見したという。追跡したが、奇妙な馬と馬車で逃げられ、追いつけなかったという」


 ヒューノと共に現場である廃城を訪れていた。

「ヘルハウンド達は全て撃退されたが、全て生きていた。女3人、男3人、人の子が一人だったそうだ。…人間が生き残っていたと思うか?」

「…いや、ありえん。この世界の人類が一掃されたからこそあの赤い夜空があるのだ。となると…外の…彼の国の人間だ。侵入者だろう」

「…敵の斥候か。オルド山脈方面の警戒を厳にせねば」

 バルベスは遥か遠くの正門を見渡していた。奥にはヒュバル山脈の長大な岩山が続く。あの向こうに魔王城がある。

 手元の木にもたれ掛かり…違和感を覚えた。


「…おい」

「どうした?」

「敵は弓兵か?」

「いや。銃士らしい。だが、大した威力では無い、と。現にヘルハウンドは全て帰還している」

「見てみろ」

 バルべスが示す先には、綺麗に繰り抜かれた一条の穴があった。それはハイデンスオークの大木を綺麗に貫通し、地中深くに潜り込んでいた。穿たれた穴は尋常ならざる摩擦で孔内を焦がしている。

 似ても似つかぬが…矢による貫通後だ。幹の射入口をなぞると、焦げた矢羽が付着している。


「…どうやら、伝説の弓王・オランド並の達人が居たようだな。…殺し甲斐がある」

「…とはいえこれだけの威力だ。高位クラスのスキルを使用したのだろう。…被害が無い所を見ると、外したようだが…或いは戯れか」

「ともかく、ここに魔王様が居られなくて良かった。 …まだ236歳だ。一体どこへ行かれたのか…」

「全域で魔物を総動員している。 …知能の低すぎるモンスターが襲う事も…無いとは思うが」

 モンスターは自分達魔物と違う。アレらとは基本的に言葉も通じない。

 大抵は魔王様のオーラを野生の勘で感じ取り、逃げるか服従の姿勢を取るが…トロールやゴブリンのような、理性よりも雌への欲求が強すぎる下品なモンスター共なら狼藉を働かないとも限らない。…それでも、魔王様の敵では無いが。

 だが、万一という可能性を否定する事は出来ない。

 幼いとはいえ、魔王様にも十分すぎる力は備わっているが、完熟されていないそれは歴代魔王に比べればあまりに未熟と言わざるを得ない。だからこそカロンがあれ程徹底的に、天敵である勇者の始末に身を粉にしていたのだ。

「…とにかく今は探すしかない。行こう」







「美味い!」

 魔王はベーコンきのこピラフを食べ、クリームソーダの泡を口周りにつけながらも幸せそうに頬張った。

「よかったな」

 大淵はミニサンドイッチをつまみながらコーヒーを啜る。

「…なぁ、モンスター…スプリットワームやコドモドラゴンとお前らは違うのか?」

「まったく…当たり前だ」

 魔王はスプーンでベーコンとマッシュルームをすくって見せた。

「モンスターは、我ら魔族から見れば…お前達からしたらこれだ」


 動物、植物の扱いか。それだけ、力と知識の差が違うのだろう。


「ダイス、酒が飲みたい。これは美味いが、酒では無いな?」

「…ここではダメでございます、陛下」

「むむ。ではそろそろ他の場所を案内いたせ」


 魔王に促され、大手雑貨店を出た。時刻は八時過ぎ。

 あと、自分の乏しい経験と頭で考えられるデート先と言えば、図書館と映画館…ボウリングくらいか…それもこの大都会だからこその選択肢だが。

「ふぅむ。本は気分では無いな。 ショーと球戯も面白そうだが…」

 自分の思考を読んだ魔王がふと、少し離れた公園に目を付けた。

「あそこが良い。少し歩くぞ」


 魔王に手を引かれ、人気もまばらな公園の中へと足を踏み入れる。公園にカップルや疲れて休むサラリーマンが居ると、なんとも違和感がある。

 自分の中では公園=自衛隊と警官=仕事 のイメージが定着しつつあった。

「最近、公園と言えば代々木公園ばかりだったからな…」


「ダイス、ここに座る」

 魔王が街灯下のベンチを指さす。

 …ベンチを拭くか、何か敷けと言う事か。

「分かってきたじゃないか。私の調教の賜物だな」

「ったく…」

 ハンカチでベンチを軽く払った。緊急時用にと持ち歩いているバンダナを懐から取り出し、それをベンチの上に敷いた。

「上出来だ」

 満足そうにこちらを見上げると、バンダナの上に座った。

「褒美に隣に座らせてやる。来い」

「ん」

 魔王の着替えや買い物袋を抱え、その隣に座った。


「中々面白いじゃないか。 …いや、良い。私はこの世界が気に入ったぞ、ダイス」

 

 スケートボードの音が響く。公園のベンチの上でジャンプ技を披露する若いパーカー男達。


「…そうか。どの辺がお気に召されましたか、姫?」

「うむ。ごちゃごちゃしておるな。そしてどいつもこいつも平和呆けた顔に、自分を美しいと思い込んでいる厚化粧の道化ばかりで、見ていて飽きん」

「俺はどっちだ?」

「どちらでもない。とびっきりのアホ面だ!」


 スケートボードの男が仲間と共に背広の中年男性の脇を縫うように駆け抜け、男性が竦んだ。


「…他は?」

「モノが溢れてて良いな。 …大淵、怒っているのか?」

 魔王がこちらを見上げていた。

「…いや、何でもない」

「嘘吐け」ジト目で否定された。

「…あいつらが迷惑だなって思ってただけさ」

「ふぅん、アイツら、悪いコトしてるのか?」

「…自覚は無いかも知れんがな」

「じゃあ教えてやればいい。おーい、そこのアホ面共!」

「おいよせ…!」

 

 止めるが既に遅く、四人に増えた若者たちがポケットに手を突っ込んだまま、珍しい物でも見つけたかのようにこちらへ向かって歩いてくる。

(ええい、面倒な事を…)

「教えてやれば良いじゃないか」魔王が当然のことだ、と言わんばかりに胸を張る。


「何か用、おじょーちゃん?」小馬鹿にしたように見下ろしてくる男。

「ダイスがお前らにジョーシキについて指導してくれるそうだ」勝ち誇ったように腕を組む魔王。

「へぇ?」男の眼が敵意を宿しながらこちらに向けられた。 …参ったな。

「あー、人の迷惑になるような事は控えてくれると助かるんだが…」

「迷惑って?なんでアンタを助けなきゃならない訳?そんな法律でもあんの?」男達が詰め寄る。

(面倒な馬鹿だ…) 内心で深々と溜息を吐いた。もういいからさっさと帰りたい…魔王め…


「メンドーなバカって?」

 魔王が自分を無邪気に見上げた。

「こいつらの事だよ!」思わず口走る。

 背筋が凍った。今にして、自分の口の軽さ…迂闊さが呪わしい。

「…」今更、大阪漫才のボケツッコミのノリで誤魔化す程の度胸も無い。

「へぇ…メンドーなバカ、ねぇ」 男達から限りなく殺気に近い気配が漂ってくる。

 結構なことに、若者らしく何人かは格闘技を齧っているようだ。

「す、すまん、つい… 俺も言い過ぎた」

「本当の事じゃないか」 またも悪魔がツッコむ。


「おじょーちゃん、こいつ、君のおにーちゃん?」男が満面の笑みで魔王に尋ねた。

「きひひひひひ!こいつは未来の我が夫候補だ!」

「そうかそうか!そりゃおめでたい!…でも、今日、未亡人になっちゃうかもなぁ?」

「くははははっ!やれるものならやってみろ、ゴブリン滓め!」魔王一人が高笑いを上げている。

「…慰謝料四十万。…無きゃそこのコンビニ行ってこいよ。お嬢ちゃん可愛がっといてやるから」

「いいや。とりあえず免許証と携帯、財布出せ」


(まったく…)

 今時、まだこんなのが居るのか…いや、バカは死んでも治らないってのは本当か。

「そうそう、バカは死んでも治らんのだ!」

「…だな」


 …さすがに面倒になった…片付けてやろう。

 大淵は荷物をベンチに置いてジャケットを脱ぎ、魔王に被せた。


「うーわ、やる気満々じゃん!ダセー」

「…やる気が無いならさっさと帰れ。俺も帰りたいんだ。…なぁ、やはりお互い穏便に済ませないか?」

 体の深部からアドレナリンが分泌されるのが分かる。心地良いストレスを感じた。家で摂ったアルコールも手伝い…雄の原始的本能である闘争心を煽っている。

 …何の格闘技を習っているか知らないが、キック・ボクシング…せいぜいが総合。それがたった四人。


 上級格闘指導官が徹底的に研鑽した格闘術… 殺人術にどこまで通じるか、試してみるが良い。

 自分の余裕を感じ取ったか、一層男達の殺気が高まった。

「嫌だね」 男がハッキリと拒否する。

「そうか」 別にどうでも良いのだが。

 


 …と、男達がカクン、と項垂れた。

 あまりに急な一斉動作に、大淵は思わず身構えた。だが、男達はぼんやりとした表情で、何やらブツブツ呟きながら公園を出ていく。


「言っただろ、争いは嫌いだ」

 魔王がベンチで腕を組み、勝ち誇ったように笑っていた。

「…火種と油はお前だがな」

 しかし内心で感謝を伝えた。魔王のせいとはいえ…倉田から教わった格闘術を、こんなつまらない事に使ってしまう所だった。

 …そうなれば、高邁な精神を持って自分に教えてくれた倉田に申し訳が立たない。猛省しなければ。 

「くはははははっ!良い! それにしてもお前、あんな雄々しい顔も出来るんだな。見直したぞ? さぁ、お前の根城に帰る! 酒もしっかり用意せよ!」

「…仰せのままに。おてんば姫さま」

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