砂の死神
「みどりさん、頼むっ!」
ポーチに収納した結晶石に触れ、マナを流し込む。魔力によって召喚された緑のアラクネが顕現し、大樹が指示を下すまでもなくサンドリーパーに向けて下腹部から糸を吐きつける。直感的に危険を察知したサンドリーパーが巨大な両の鋏でガードするが、そのガードごと繭の様に拘束してしまい、サンドリーパーはガード姿勢のまま攻撃を封じられた。
「お、おお…さすがだな」
かつてアラクネによって大樹を除く全員がその糸の拘束の強靭さと、脱出の困難さをその身で味わっている。 …複雑な面持ちで、唯一の攻撃手段を封じられたサンドリーパーの藻掻く姿を見守った。
「…テイムできるかな」
大樹は空の結晶石を手に取った。
「…難しいかとは思いますが、確かに試してみる価値はありますね」
みどりは厳しい表情でサンドリーパーを見た。
試しに近づいて見るが、全く降伏する意思は感じられず、寧ろ傍からもそれと分かる殺気を強めていく。…恭順するくらいなら戦って死ぬ、と。
「まぁ、そう言わずに。一緒に旅をしてみれば…」
説得しようとした大樹の目の前で糸がブチブチと裂かれ、それに気づいて身を咄嗟に翻すと同時に巨大な鋏が空を切った。
「だ、大樹ッ!?」
「大樹君、無事!?」
周囲から自分を気遣う声が飛び交うが、特に痛みは無かった。
…と、思った矢先に頬を暖かな血が流れていく。
「…そう言えば、敵から食らったのは初めてだっけ」
…不意に、嗜虐心に似た…いや、嗜虐心そのものが湧き上がってきた。
降伏の機会は与えたのだから、後はどうしようと勝手だろう。
再び振るわれた巨大な鋏を切り上げた。盛大な体液を噴きながら鋏が宙を切って砂に突き刺さった。怯まずに反対の鋏が突き出されるが、これは飛び退って避けた。
流石に片方の鋏だけでは、振るうにせよ突くにせよ隙が大きすぎる。…振るわれる鋏を余裕で躱しつつ、最後の鋏を真正面から切り裂いた。
「さすが妖刀。 本当によく切れるなぁ」
鵺啼の切れ味に感心しながら、今度こそ全ての攻撃手段を失ったサンドリーパーににじり寄った。
…どうしてやろうかな…この鵺啼ならご自慢の装甲も易々と捌けるだろう。…甲殻を引き剥がして海老みたいに食べられるのか試してみるのも悪くない。 それとも…
…我に返り、自分を支配しかけた狂気を振り払った。…いかんいかん、何をしているんだ、自分は。…さっさと頭部に止めを…
鵺啼を振り上げると、すっかり戦意喪失して弱弱しく両腕を上げるサンドリーパーの姿に気付いた。
「…幸いにもこっちにはヒール持ちが二人もいる。 …テイムを受け入れるなら、鋏を治すよ?」
今度は服従の意志が伝わって来た。…いいだろう
「…里香さん、マリーさん、こっちに来てくれる? それと寺田、悪いけど鋏を持ってきてくれ!」
「お、おうっ!」
自らも切り裂いた鋏を集めて抱え、サンドリーパーの元へと戻って接合治療を手伝った。
幸いにも、ヒール持ちが二人も居るおかげでサンドリーパーの鋏は元通りになった。…自分が氷結させて砕いてしまった尾の先端は流石に戻らなかったが。
治療を終えたサンドリーパーとみどりを結晶石に収容し終えると、水原が呆れたように溜息を吐いた。
「…この調子でどんどん強力なモンスターや魔物をテイムしていく気?」
「そのうち、ちょっとした魔王軍ができそうですね」
実際、アラクネとサンドリーパーなら、魔王軍の一個旅団規模の戦力と同程度という換算になるだろう。
「それもいいかもなぁ」
魔王軍か…マオ姉と肩を並べて自分のプチ軍団を持つ冒険者…悪くないかもしれない。…人間の兵を雇うとなると給与や保険、補給とか面倒だしな… ゾロゾロ連れて歩いて冒険という訳にも行かない。
その点、この結晶石なら缶コーヒー程度の大きさで一体の魔物を収容できる。…残りの結晶石は六つ。もう二体、アラクネやサンドリーパークラスの魔物をテイムできれば一個師団クラスの軍勢になる訳だ。
「いいよな、お前はテイム適性があって。 あぁ、俺に適性があったらドラゴン系をテイムして大空を飛びてぇ!」
テイム適性を持たない寺田が羨ましげにぼやいた。この中でテイム適性を持つのは今のところ、自分と里香だけだ。
…戦士系スキル保有者はこのテイム適性を持たない傾向が極めて強く、術士や僧侶などの後方支援系が稀に持つ程度だ。 父ですら適正は無い。 …代わりに人間的な魅力でアラクネや…カリューさんを従えていたようだが。
「だとしても、まずドラゴンを圧倒できるレベルにならないとね」
マキが冷やかすように笑った。…基本的に、テイムするためには相手を圧倒して戦意を喪失させるだけの実力差か、そのような状況に持ち込める戦略が必要になってくるし、高い自尊心を持った魔物やモンスター程テイムには応じず、死を選ぼうとする。
「さ、行こうか。…朝までに町か村にでも辿り着ければいいんだけど」




