砂の街道
茹だる様な暑さ…いや、違うな…それなら湿度がある。…これは熱帯気候とはまた違う、湿度の無い暑さ…丸焼きにされるような暑さ、と言うべきか?
黒崎瑠衣は対抗心と痩せ我慢を捨て、メイルアーマーの胴部を外し、バックパックのアーマー収納袋にそれを収納した。…それに釣られるように水原綾もアーマーを脱ぎ、収納し始めた。
ほぼ全員がアーマーを外し、アルダガルドで購入した避暑用のマントと帽子で照り付け、砂からも反射する熱と光から逃れるように砂漠の街道を歩いていた。
…大樹が弱気に提案したアースァルへの移動は、多数決によって可決された。マリーが少々怯えていたが、後は全員が好奇心…もとい冒険心と、ポイント目当てに賛同した。当然、周辺には村や町だってある筈だ。先ずはそこで充分に情報を集めてから向かえば良い。
…その結果、例え入国を断念する事態になったとしても、ベールに包まれた現地の状況を判明させるだけでも十分に評価される筈だ。
「…あちぃ~…!」
寺田がまた水筒を取り、水をがぶりとやり始めた。…無理もない。自分も節水しているが、既に半分は飲んでしまった。…この暑苦しい避暑用マントを脱ぎ払って、戦闘服も脱ぎ捨ててしまいたかったが、そんな事をすれば大事な肌が目も当てられないことになる。…上級生の女子生徒や篁トウコに執拗なほど「日焼け止めは持っておいた方がいいかもよ」と言われ、女子は全員が装備していた。…先輩の忠告に素直に従って良かった…
…そんな中、唯一アーマーも脱がず、ずいずいと先へ進もうとする大淵大樹の背中があった。負けじと続く寺田は、マントの下は戦闘服を脱いでTシャツになり、戦闘服は腰に巻き、やはり21式改Ⅱは収納袋に入れて担いでいた。
…大樹君だけ、あまり水を飲んでいないように見えるけど…大丈夫なのだろうか…?
しかし、里香、マリーの歩調が遅れており、パーティーが二グループに別れようとしていた。
最後尾は大樹によってサブリーダーに任命された水原だった。…隊全体の状況を見て、状況によっては休憩の意見具申などを担当する。 瑠衣が振り返るまでもなく、水原が声を上げた。
「大樹君、休憩にしない?」
「あ、ああ、いけない。…暑さでボーッとしてた。 全員、休憩!…あの大岩の陰まで行こう」
そう言って、もっともらしく水を一口含んだ。 …とても、熱射病的な歩き方では無かった。彼はこの暑さでも平気なのだろうか? …23式がそこまで居住性を追求したアーマーだとは聞いていないが…
大岩の陰へ競うように移動し、日陰に入った。それまでの暑さが嘘のようにひんやりと感じられた。首筋や胸元の汗を拭えるだけ拭い、全員で休憩に入った。…大樹だけが特に参った風でもなく、自分の水筒を差し出しながらマリーや里香の体調を気遣っていた。…二人も殆ど水が尽きていたらしく、大樹から水を分けてもらっている。
「寺田も飲めよ。もう殆ど無いんだろ?」
…パーティーメンバーが水筒を傾ける角度まで見ていたのか? …もしかしたら、足早に進んでいたのは、周囲で唯一と言ってもいいこの岩場へ向かっていたから?
「い、いいって」
「いいから。…いざとなったら予備もあるし」
「…けど、なんでお前はそんな平気なんだよ?」
寺田が参り切った様子で水を受け取り、大きく一口飲んで返した。
「…多分、この幻魔騎士って職業の…特性みたいなものだろうな。熱くは感じるけど、そんなに喉も乾かないんだ。 …それより、しくじった。日数を気にして朝っぱらから進んでしまった。…日中はこうして日陰やどこかで仮眠しておいて、夜中に移動すれば良かったんだ。…俺の判断ミスだ」
言われてみればそうだ。…だとすれば意見しなかった自分達のミスでもある。誰も大樹を責める者は居なかった。
「なるほど、そんな手があったんですね!」
水分補給と日陰で幾分回復したマリーが目を輝かせながら感心して見せた。
「勿論、リスクもあるけど。…アントリオンがこの砂漠にもいるかは分からないけど、月明かりの下でやり合うとなるとちょっと危険だからね。それに、盗賊や他のモンスターが居ないとも限らないし」
「な、なるほど…」
「でも、圧倒的に移動効率と水・体力の節約ができる。ここで夜まで休んで、夜に出発しよう」
満場一致で賛成だった。…この日陰から出る気力は無い。
…日が暮れる頃、水を節約しながら夕食を摂り、再び一行は砂漠の道を進んだ。 体力が回復したこともあるが、昼に比べて俄然足取りが軽い。…ただし今度は、北大陸の二ホン人コミュニティでは経験したことも無いような酷寒に襲われる事になったが。…だが、適度に休憩を挟みながら、汗をかかないように進めば耐えられない程のものではない。
「大正解でしたねっ、これから砂漠を移動するときは夜だけにしましょう!」
すっかり体調回復したマリーがご機嫌に歩く。里香もだいぶ余裕が戻っている。
「そうだな。…だが、モンスターが居ないとも限らないから、十分に…」
ザザッ
…砂が流れる音。
大樹を含めたパーティーメンバーの表情が強張った。
砂を割って現れる、襤褸切れを纏った骨体…所謂ゴースト系だ。砂漠で行き倒れた旅人の死体を元としたデザートゴーストが六体、ショートソードやナイフ、棍棒を手に砂の中から現れた。
青白い月明かりに照らされ、影を伸ばした新手がさらに十体、おぼつかない脚でこちらへと向かって来ていた。
…死体には申し訳ないが、ハッキリ言って雑魚の分類に入る。 …一人前の冒険者にとっては。
「へっ、なんだよ、デザートゴーストか。なぁ、こっちの六体は俺に任せてくれよ」
寺田が肩を回しながら騎兵槍を取った。
「分かった。けど、油断するなよ。 …水原さん、久米川さん、一応見ておいてくれる?」
水原とマキに小声で囁く。
「…わかったわ。じゃあ、あっちの分隊クラスをお願い」
「里香さんもここに残って。…俺と瑠衣さん、マリーさん、飯田さんで後ろの十体をやっつけよう」
「「了解ッ」」
寺田が一体のデザートゴーストを粉砕した。…ポーンゴースト…兵士の死体ではなく、鎧を着ていない分やりやすそうに見える。
「たぁっ!」
大樹の隣を素晴らしい速度で駆け抜けたミサが敵中に突進し、その先端重量20キロにもなる30式騎兵槍で叩き潰して粉砕。背後から囲うように迫るデザートゴーストに騎兵槍を振り回して叩きつけてこれも粉砕。
更に駆けつけた瑠衣が加勢し、バスタードソードで一体を見事に両断。返す剣で更に一体を斬り捨てる。…高位騎士に良く見られる「全ステータス強化」もあり、この程度のザコモンスターに敗ける要素は見当たらない。
マリーも足元の砂から這い出てきた一体を杖のようなジャイアントメイスで叩き潰している。
里香が寺田に攻撃強化と防御強化の付与効果を与え、寺田は残り二体のデザートゴーストに襲い掛かっている。
…このパーティーは大当たりだ。この程度のモンスターなら自分が指示…口を挟むだけ無駄な気がする。
全体を見回し、一切危なげが無い事を確認し、大樹は満足げに頷いた。…ものの十分も経たず、十六体のデザートゴーストが討伐された。
「…終わったね。よし、じゃあ集合して…」
ズッ、という砂音に気付き、大樹は音の方角を振り返った。
一瞬だけ砂が盛り上がり…何事も無かったように静寂が戻る。
「…アントリオン?」
水原がロングボウを身構えた。…砂の支配者と呼ばれ、非常に厄介なモンスターだ。獲物を見つけると砂の中を進んで突進し、獲物に飛び掛かって鋭く頑強な顎で挟み込み、比較的小柄な見た目からは想像もつかない怪力で砂の深みへ引きずり込み、窒息させながら獲物を喰らう。 仲間も呼ぶ。
「…アントリオンならこっちへ向かって砂が動くはずだけど…動かない」
バサッ、と水原の前で砂の中から二メートル程の、蛇のようなものが現れた。
「蛇…いや…」
蛇に似たそれは節々が甲殻で覆われており、先端は鋭く尖っていた。
「水原さんッ!」
右手を敵に向けて突き出し、氷結魔法を放ちつつ、水原の肩を突き飛ばした。氷漬けになった尾の先端が緩やかに空を切りつつ空中でガラス細工のように繊細に砕け散った。
尾の持ち主…全長五メートルはあるサソリの本体が砂の中から現れ、大樹達に向けて鋏角を打ち鳴らしてガチッ、ガチッ、と重厚な威嚇音を放ちつつ、巨大な鋏を広げて来る。
鋏を広げた姿は10メートル級の怪物なのではと思わせるほど威圧感がある。
「で、デッケェ…デカサソリ!」
「大樹君、これって…」
瑠衣が思い当たる節があるように傍に下がってきた。
「…うん。サンドリーパーってやつだと思う」
…まず、遭遇する事は無い筈だとして、教官が苦笑しながら授業の中で紹介した希少種。
目撃談は少なく…トレーシーさんの残して行った手記の最初にその名があったのをよく覚えている。…記憶喪失になって目覚めた父が、最初に素手で…蹴りと貫き手だけで倒したという…
…とても、素手でどうにか出来る相手には見えなかったが。…この間の魔神より、よっぽど硬そうに見える。
「皆、離れて! 寺田も下がるんだッ」
「バカ言うな、やっぱ雑魚じゃなくて、こういう相手じゃなきゃなッ!」
寺田の体と武器が赤い燐光に包まれ、サンドリーパーに向けて騎兵槍を振りかぶって跳んだ。
…酷く、嫌な予感がする。
…脳裏に一瞬、胴体を分断され、長々とした臓器を鋏で引き抜かれた姿が過った。
「…マリー、里香! 寺田にバリアを張ってくれ! 余裕があったら付与も!」
血相を変えた大樹の顔に二人が気圧されかけながらも頷き、高々とジャンプしてサンドリーパーの鋏を回避した寺田に向けてバリアを展開した。 更に攻防の付与を追加。
サンドリーパーの動きは速かった。…攻撃を躱されてもなお、上空に跳んだ寺田を追跡捕捉し、その胴体に向けて鋏を繰り出していた。 二つのバリアがそれぞれの鋏を防いで砕け散った。
「た、助かっ…たぁありゃあああッ!」
付与と強化の恩恵を受けた一撃が頭部に叩き落とされた。 サソリの体全体ががビクンと跳ね、力なく地面に伏した。
「…へ、へへ…クソデカサソリ、討伐だ!」
「…いや、寺田、今度こそ離れろッ!」
サンドリーパーが再びぐん、と全身を起き上がらせ、再び巨大な鋏を持ち上げた。
「マジかよ!アレで死なねーのか!?」
…寺田のステータスは、まだ一流の冒険者としては未熟だろうが、それでも決して低くは無い。…それに攻撃強化、攻撃付与を与えて…その渾身の一撃で死なないとは…
「離れて!私がやる!」
ロングボウを構えた水原がスキル・超視力でサンドリーパーの眉間に当たる部位に狙いを定め…矢を放った。 一メートル程サンドリーパーの体が吹き飛びかけるが、装甲を貫通する様子は無かった。
「化物…」
絞り出す水原の声を背に、大樹は鵺啼を抜き払った。




