第二次長期実地実習
入念な装備点検を済ませた生徒と教官たちが港に集まった。…ほんの二ヶ月前に行った第一次実習の際は120人だった生徒は、79人にまで減ってしまっていた。…誰もが冒険者になれる訳ではない。自分に適性とセンスが無いと感じたら、手を引くことも賢明だ。…いざ冒険に出てからそれに気づいても悲惨な末路しか待たず、今度は教官も助けてくれないのだから。
港にはゆったりと揺られながら出航を待つ、灰色と青の特殊金属板で覆われたオルカ号の雄姿と、生徒達の親や家族…日本人街を中心としたコミュニティの人々が見送りに集まっていた。
一人、教官達に断りながら大樹の元へと歩み寄ってきた制服姿の篁トウコの姿があった。
「いよいよ第二次長期実習だね。…いやぁ、懐かしいな。私も緊張して震えてたっけか」
「…でも、今では学園ランキングトップクラスですね」
「今に誰かさんに追い越されちゃったりして。…ちょっとお願いがあるんだけど」
周囲の目を気にしつつ、トウコは大樹の手を引いて大樹のチームメイト…幻霊騎士団から離した。
「…君が特務員であることは黒崎さん以外には話してない?」
「あ、はい」
誰に似たのか、元々自分の事をそうそう言いふらす性格でも無かった。
「よかった!黒崎さんもそういうタイプじゃないから大丈夫だったけど。…別にバレたってどうってことは無いんだけど、君には実習中も同学年の噂や素行について、余裕があったら目を光らせておいて欲しいんだ」
「…皆良い奴ですよ。心配する事は…」
「うんうん、けどね、人って結構心の方が脆いから。…長期実習だと教官だけじゃ対処しきれない事態とかもあるから、必然的に追い詰められやすくなるんだよね。…今まで日本人街で暮らしてたでしょ?…だから、治安感覚が全然違うから。…油断してると危ないよ?」
「…」
「大樹君には警察と軍隊、両方の役割をお願いしたいの。…色んな意味で同級生を守ってあげて?」
「…分かりました、トウコ先輩」
「うん。よろしく! …無事に帰って来てね」
それだけ伝え、大樹を解放してトウコも見送りの人だかりに紛れ込んでいった。
「おい、何話してたんだよダイキチッ」
寺田にトモダチヘッドロックを掛けられ、大樹は姿勢を崩した。
「な、何でもないよ。…雑誌の話と、皆に気を付けてって」
「雑誌ィ? …そういう雑誌の話か?」
「…あのなぁ…」
「全員、整列!」
教官の号令に体が自動的に反応し、大樹はパーティーメンバーに整列の掛け声と共に姿勢を正した。
…いつの間にかタラップを背に四人の人影が立っていた。…日菜子さんとアリッサさん…それにマオ姉も。
…そして父が立っていた。
「あー、未来の冒険者諸君、おはよう」
間髪入れずに「オハザーッス!」とヤンキー軍団、そして大樹の隣の寺田から喧しい迄の挨拶が返り、父・大淵大輔は苦笑した。
「うん、元気で結構。先ずは五日間の海の旅を楽しんでくれ。…船酔いがキツかったら、ポーションは幾らでも用意してあるから遠慮せず教官や大人達に申し出るように。…ここからブレメルーダまでの道中の安全は俺達が請け負う。 …ただ、その先は教官達を頼りにせず、自分自身で危険から身を守るよう努力してくれ。…これは実戦だと思ってくれていい。…既に第一次実地実習を乗り越えた君達ならできるだろう。 …では、行こうか」
マオが大樹の肩に乗ると同時に、トン、と父の姿が消えて周囲がどよめいた。…既に船の縁に立ち、こちらを…穏やかな笑みを浮かべながら大樹を見下ろしている。
「ついてこれるか?」と思っているようにも、「立派になったな」と思ってくれているようにも見える。
「うおぉ…すげぇジャンプ…本物だ…」
「良い子も悪い子も、皆サンはあんなマネしないで下サイネ~、ドボンしたらそのまま置いて行きマスよ~♪」
「港湾で深いから、足を踏み外さないでね」
アリッサと日菜子もそう言ってタラップを登っていく。
大樹ら一年生も続々とタラップを登って行った。
全員が乗船を終え、見送る家族らや町の人に向けて思い思いに手を振ったり、ヤンキー仲間の知り合いでも居たのか、なにやら奇声を上げている者もいる。
大樹も人混みの中に母とカリュー、銀、秋山、浮田、射方…そして十歳になる娘の姿を認め、手を振った。三人も手を振り返してくれた。
「久しぶりデスねー、大樹ー♪」
デッキでぼんやりと海を眺めている所をいきなり背後から抱きつかれた。
「あ、アリッサさん、脅かさないで下さいよ!」
「…大樹君が困ってるじゃない、アリッサ」
アリスブルー塗装を施された35式メイルアーマーFを着込んだ日菜子が、咎めるようにアリッサを睨む。 アリッサも35式Fだが、こちらはアリッサの好みで赤に塗装されている。
「ンー♪日菜子、年増女の嫉妬は見苦しいデスねぇ♪」
「…憶えておきなさいね? …それにしても大樹君、本当に背が伸びたんだね。…せっかく可愛かったのに、逞しくなっちゃて。 …だいぶ追いつかれちゃった」
日菜子が大樹の隣にピッタリと並び、その背の差を手で測った。
「…ちょうど昔の大樹君のお父さんくらいだね」
…とてもアラフォーとは信じられない、タイプも全く異なる大人の美女二人に挟まれながら、自然と親しげにする大樹に、羨望の眼差しと溜息が浴びせられた。
…何故か水原と黒崎の視線が心なしか険しく感じる。
「大樹、日菜子はショタ入道だから気をつけ…アイダダダだダダ!?」
アリッサが後ろ手に捻り上げられ、日菜子によってどこかへと連行されていく。
「それじゃ、大樹君、船旅を楽しんでね♪」
「へ、ヘルプミー!」
「…まったく、何やってんだか」
声の主は父だった。腕を組み、苦笑を浮かべていた。オマケのように隣にはマオ姉がついていた。
「よう、三者面談ぶりだな。一ヶ月くらいか?…おお、お前も俺の仲間達に負けず劣らず、頼もしそうなパーティーに恵まれたな?」
そう言って大樹と同じパーティーエンブレム…おどけた表情の幽霊が剣を手に突き進む意匠…ファントムナイツのメンバーを見渡した。
…険しかった女子達の視線が和らぎ、逆に頬を赤らめていく。
…無理もない。父はもう36の筈だが、若々しいし…日菜子さん達もそうだが、恐らく、歳をとっても若いファンが絶えないであろう魅力を感じた。
「元気そうな少年、それにお嬢さん達。ウチの息子をよろしく」
「押忍! 任せて下さい!」
寺田が気合の籠った声で答えた。
「おお、威勢が良いな」
「親父さんの戦闘映像、全部アーカイブで見てます!」
「参考になれば幸いだ。…ああ、君も汎用騎兵か。頑張れ、後輩」
「ウィッス!」
父が艦首へ向けて去っていくのを見送り、寺田は上機嫌に笑った。
「へへへ、やっぱカンロクが違うな、カンロクが」
「おい、ダイキ、元気にしていたか?」
…声の元を見下ろすと、足元にマオ姉が居た。
「マオ姉、来ちゃって良かったの?」
「ふふん、リザベルに任せてある。バルべスが隠居し、今はあいつが全軍を束ねる総将だからな」
「うお…魔王ってやつか。…ホントにちっこいんだな」
寺田が物珍し気に赤髪、人とは全く違う黒目に赤い瞳、そして…身長と共にほんの一センチだけ伸びた角…といった容姿のマオを見下ろした。
「ふむ。お前らよりは小さいが、250歳過ぎだぞ。…あぁ、そう畏まらんでよい。こうして空の下にいる限りは無礼講だ。目に余る場合は仕置きをしてくれるがな。 …我が弟、このダイキがな」
「…何で俺が?」
「昔からマオ姉マオ姉と私にべったりだっただろう!?少しは恩を返せ!」
ドゥン、と突然鳴り響く大砲のような音。海面に派手な水柱が上がり、素早く振り向いた視界の先に一瞬だけ…海を穿つ一メートル程の穴が見えた。 …直前の授業で習った海洋モンスター、スティングレイの巨大な死骸が浮かび上がってきた。艦に向けて鋭い触手を伸ばしかけていた。
「…やっぱり海戦だと308や30‐06より223の方が相性が良いみたいだな。強化しなくとも水進性が発揮させられる」
「…大輔はともかく、強化無しの銃士だと誤差の範囲デス。どのみち苦戦しマスよ。銃士にあかりが開発したハープーンを持たせた方が良いデス」
縁にもたれ掛かった三人が慣れた様子でそんな事を話していた。…日菜子は銃器の知識が無いから、特に何も口出しせずに水平の彼方を眺めているが。
「…しかし海洋モンスターも勢力を回復させつつあるな…また来やがった。…久しぶりの大軍だ」
「…一年生は船内へ避難して!各教官は念の為、戦闘用意を!ウェポンケースにハープーンが入っています。新兵器講習を受講した銃士・騎兵・歩兵の方は活用してください!」
日菜子が抜刀しながら声を上げた。
…嫌な予感はあったが、すぐさまパーティーメンバー全員に避難を命令し、船内…もっとも広い食堂へと避難した。
「チッ…こいつら、全員潜ったまま飽和攻撃を仕掛けようってのか…?」
…騒ぎの中、父のそんなぼやき声を聞いた。




