生徒会執行部
寮の門限と規則を大幅に破った無断外出を始め、その主体が一年生の中でもこの上なくマークされている素行不良集団と…その交遊関係を除けば品行方正な英雄の息子…極めつけはあられもない姿で帰寮した、かの食料安全保障省の家系であり、新入生第三席の黒崎瑠衣。
誰が見てもこの奇異な面子に頭を抱えるだろう…
寮監と教官一同は怒鳴るにも怒鳴れず、また、黒崎が脅されている様子もなく彼らが自分を暴漢たちから守ってくれた事実を説明してくれた。 …事が魔神まで入り組んだあまりにも突飛にして重大かつ深刻な内容に教官達もお手上げだとばかりかぶりを振り、取り合えずその晩は保留と言う事で、寺田らは僧侶スキル保有者の居る病院へ送られ、大樹は部屋に帰された。
…とはいえ瑠衣は保護と事情聴取を兼ねて女性教官の宿直部屋に泊まらされる事となり、大樹の303号室の廊下付近には念の為、教官が立つこととなった。
…竹内ら二年生が寝泊まりしていた…別棟である二学年の寮には、緊急招集され軽武装した教官達が続々と押し入り、ちょっとした騒ぎになっている。消灯時間を過ぎても煌々とした二学年の寮、そして続々と関係責任者が集まって明かりを取り戻した校舎職員室を眺め、野次馬の生徒たちが窓に鈴なりになって口々に噂話に躍起になっているが、大樹の見張りの為にやって来た教官が部屋へ戻るよう、怒鳴って回った。
「…何があったの? …寺田君と黒崎さんは?」
消灯後で暗い室内に入った大樹に、ベッドから身を起こした水原が声を掛けた。
「…二人とも無事。瑠衣さんは教官の部屋にいる。…二年の竹内って人が魔神だった。その魔神が瑠衣さんを攫って、寺田とヤンキー仲間が助けに行って大怪我を… 今は病院に行っているけど、全員命に別状は無いって」
「魔神って…本当にいるんだ…でもどうしてそんな」
流石のミサも困惑している。
「…わからないけど、多分俺を殺そうとしたんだと思う。…父さんの子だから」
それだけ言うと、廊下の教官が睨みを利かせ始めたので大樹もベッドに戻った。
「…でも、皆さんが無事に戻ってきてくれて良かったです」
…マリーの言葉が今は癒しになった。…実際、怪我こそ無いが酷く疲れていた。…まさかこんな事に巻き込まれるとは…
…あの口振りからして魔神も、最初から俺を殺すつもりでは無かったのだろう。…タイミングの問題に過ぎないかもしれないが、あの実地実習の結果を見たのもあったのかもしれない。
…結論から言えば竹内自体は実在する人物だったが、どこかのタイミングで魔神に殺害され、体を乗っ取られたのであろうという事だけが判明した。
大樹や寺田らの証言により調査した廃倉庫跡には、証言を裏付けるように魔神の遺留物である「魔神の灰」が残されていた。
…魔神とは知らなかったとはいえ、竹内の悪事に積極的に加担していた二年生徒らはすぐに特定され、警察送りとなり、全校集会では一連の事件の全貌を極めて簡略に伝え、そして関係した生徒の身元…大樹や瑠衣の名はぼかされつつ、「危ない所には近寄らず、無用な外出や深夜徘徊はしないように」という、的外れな紋切り型の言葉で絞められて終わった。
「クッソ~、あのハゲ校長、アレじゃ何だか俺らが夜遊びしてたのが悪い、みてーな言い分じゃねーか!」
幾らか絆創膏やシップも張ったままだが、すっかり元気になった寺田が喚いた。
…あの後、事件に関わった全生徒の親が呼び出されて緊急の三者面談が行われ、一限の授業を大幅に削っていた。
寺田や不良仲間達の親達はぞろ大問題でも起こしたかと浮かない思いだっただろうが、彼らの立派な行いと名誉の負傷を聞いて驚いていたという。
二ヶ月ぶりに父と母に再会した。…フォーマルスーツに身を包んだ母は自分の顔を見るなり安堵の表情を見せ、父は腕組みをしたまま表情一つ変えずに不敵に微笑んでいた。
…ただ、10㎝も背が伸びた事には、ルームメイト同様二人も驚きを隠せなかった。…また例の、不思議なお姉さんにお呪いをしてもらったらこうなった、と話すと、流石に二人は何か思い当たるように顔を見合わせた。
「…まぁ、ともかく、魔神だろうが…例え上位者だろうが、何が相手でもお前ならやられはしないさ」
そう、自信をもって親指を立てて見せた。 …ただ帰り際、何かを懸念するように一瞬だけ自分を振り返り…眼を伏せながら母を促して去って行った。
「…これからは日頃の行いも良くすればいいでしょ。大声で騒いだり群れたりするのをやめて、言葉遣いも大樹君を見習ったりして」
と水原。
「へっ!嫌なこった。大樹は大樹、俺達は俺達だ!」
その大樹は水原と寺田の言い合いに構わず、次の授業の準備を始めていた。…ふと、視線を感じて振り向くと、瑠衣が慌てて視線を逸らした。 …あれからお互いにこんな感じだ。…ふと瑠衣の肌を思い出しかけ、慌てて妄想を打ち消した。
…吊り橋効果って言ったっけ?一時的なものだ、一時的なもの…
「303号室…大淵大樹君はいますか?」
「あっ、はい」
自分含め、皆が何事かと声の主に振り返ると、戸口に屈強な二年生を番犬のように従えた女子生徒が立っていた。
スリムな体にフィットした紺色と白の、どこかセーラー服をイメージさせる女子用制式戦闘服。形の良く長い脚に見惚れつつ顔を見ると、セーラー服の襟に当たるラインに最上級生を現わす三本のライン。…特徴的な赤髪交じりの黒髪を長々と伸ばしたその顔は日本人特有の柔らかみもあるが、目鼻立ちが整ったエキゾチックな顔立ちでもある。 …一つ言えるのは、それら全てが調和している美人さんだという事だ。
…が、番犬…護衛と思しき二年生同様、その左肩に光るエンブレムを見て、頬を赤らめかけた大樹の顔が青ざめる。
法律書と剣をそれぞれの手に持った女神を象る赤いエンブレム。
…生徒会執行部。 …あの五人の取り巻き共を即座に特定し、警察が調べるまでもなく事前情報を提供した…警察への捜査協力が公に認められている、学園側の治安維持・校務執行機関の実働要員。
全員が高い戦闘スキルと高ステータスで固められ、拳闘士でなくとも、武装した一般的な生徒を素手でも取り押さえる事を最低限の応募資格としたエリート中のエリート達。
「うぉ、本物かよ…」
寺田も天敵と言える相手の出現に苦い顔を見せる。
「あ、あの、何か?」
「三年の篁トウコです。…少々お話を伺いたいので放課後、生徒会室に来て頂けますか?」
にっこり、と微笑まれる。…相手が怖い役職でなくて、あの事件さえなければ間違いなくメロメロだっただろうが…今は冷や汗しか出ない。
護衛の二年生は軍人のように顎を引いて誰とも目を合わせずに直立不動の姿勢。
「あっ、あの、大樹君達は私を…」
同じ生徒会一年生の瑠衣が慌てて擁護しようとするが、トウコは鷹揚に頷きながら手で制した。
「ええ、黒崎さん、昨夜は災難だったわね。あなたの聴取内容は全て読みましたから、大丈夫です。 …それでは放課後、よろしくお願いしますね。 皆さん朝のお忙しい所、お邪魔しました」
トウコは護衛を引きつれて去って行った。
「…くぅー、何とも苦手な相手だぜ。…あの身のこなし見たか?ありゃ武道の達人だな」
「…でもなんで俺だけなんだろう?寺田達だって呼び出されてもおかしくないのに」
「あー、アレじゃね?今日はお前で、明日から俺らとか」
そういう事だろうか?…とにかく、ここで考えていても仕方ない。とりあえず授業に出ないと…
…いつもより美味しさ-20パーセントの昼食を挟み、午後の体育の授業…サッカーでコートの端をボールの後を追ってウロウロするという運動を終え…人気がやや薄くなった校舎…生徒会室へと向かった。
生徒会室へ向かうにつれ、サークルの部屋も少なくなる。…まるで誰もが生徒会の人間を恐れているように。
…そして実際、それはあながち見当違いでは無かった。各サークルは予算を与えられる以上、その予算が本来の使途として適切に運用・処理されているか…それを調べ、場合によっては勧告…程度によっては廃部を学園側に提案するのだ。
…真面目にやっていれば何の問題も無いし、何も廃部に追いやる為にやっている事でも無いのだが、生殺与奪の権利を握られている相手に積極的にお近づきになりたい者もいないだろう。
…扉の前に立つ。…室内からは静かな話声だけが聞こえてくるが、穏やかな雰囲気だ。
まずは扉をノック。
「…どうぞ」
静かな男子生徒の声。
「し、失礼しますっ。…一年の大淵です」
生徒会室に詰めて何か書類を手に話し込んでいた二十人近い男女の生徒たちが呆気に取られてこちらに注目していた。ホワイトボードには「年間行事 体育祭について」とあった。 …注目される居心地の悪さに視線を落とすと、手前の末席に座っていた瑠衣と目が合い…手を小さく振られ、居心地の悪さが融解した。
「ああ、ありがとう。こちらへどうぞ」
もう一つ、繋がった隣室があり、トウコが戸口から手招きした。
…焦って一つ部屋を間違えてしまったらしい。瑠衣に目礼しながら隣室…生徒会執行部室へと向かった。




