素手殺
もう筋書きは出来上がっているの、取るに足らない内容だけど。…女性は暗い車内でそう語りだした。
英雄のドラ息子は悪いお友達と悪い遊びを覚えて、同室になった美少女を襲った。…しかし抵抗されたので殺し、その後責任の所在の言い争いから不良仲間と醜い争いを繰り広げ、共々この廃棄された倉庫で壮絶な相討ち。
「…ね♪ 素人だって考え付かないような出来でしょう?」
…あれから一層テンションが上がったように見える女性はその豊かな胸にシートベルトを痛々しい程に喰い込ませながら嬉しげに語った。
「女の子の無残な死はいいスパイスになると思うけど、私の好みじゃないのよねぇ、そう言うオチは」
と言い、車を錆びつき、屋根や窓は荒れ放題の倉庫群の見渡せる一画に車を停めた。
「…あの倉庫だって。行ってらっしゃい♪」
…どこから取り出したのか、大樹の背に向けカツ、カツ、と火打石まで鳴らす。
「さすがに一撃KOはさせてくれないし、厳しい殺し合いになるだろうから死なないでね♪」
「…はい」
…膝が震えそうだった。
…怖いのは敵だけじゃない。
自分もだ…
…あの口づけの後、見知らぬ記憶へアクセスする感覚に陥った。
バイオレコード…魂の継承…
…何か、色々と夢中で弄ったり操作した記憶がある。…だがそれは、脆い夢を見た寝起きのように記憶から薄れていき、今はもう思い出せない。
…とにかく、自分の何かを弄った…若しくは改竄した…そんなイメージだけが辛うじて残っていた。
…ステータスは詳細項目含め、一切変わっていない。
…あの女性の事だ。きっとまた何かをしてくれたのだとは思うが…相変わらず体に何の変化も無いので怖くなる。…ん?何か…違和感がある…?
大樹は通りかかったパレット物資搬出所にあるサイズ確認エリアに戻った。
…パレットに積んだ物資が規定以内の高さに収まるよう、確認する場所だ。…170のラインに寄り添って立ってみた。…170…3くらいある。
…なんでだ? 何で今回は体に変化があるんだ?…そう言えば戦闘服も少しキツく感じる。…まさか身長だけって事は無いよな…?
…急いで指定された倉庫へと向かった。
「…竹内さん、女ヤらせてくれるのは嬉しいですけど…流石に殺しは…ヤバくないっスかね…?」
「しかも、アレでも英雄の子なんでしょう?…幾ら親父さん達がアレでも、警察も流石に本気で捜査したりなんて事に…」
「ならねーよ。 …どいつもこいつも、ナニはついてても玉が無ーんじゃねーのか? ビクビクしやがって情けねー」
窓も殆どが割れた吹きさらしの玉座…物資用の空ケースを椅子代わりにして、少し離れた足元には寺田と大平を含む六人の男子生徒が半死半生で倒れて口々に小さく呻いていた。
竹内は逞しい自身の体…膝の上に愛玩動物のように座らせた、震える下着姿の瑠衣を愛でながら笑った。…目隠しと猿轡をされ、両手も粘着テープで巻かれている。
…おこぼれを貰いたいだけのみすぼらしいハイエナたちは、窓際に行儀よく並んで居た。五人。…不意を突いた瑠衣の拉致実行以外は、何の戦果も無かった。
…そのシュールな光景もあって、一切の不安も無く、自身の勝利を確信して揺るがない、王者じみた風格があった。
「まぁだ若いってのに…可哀そうに…なぁ? …見ろよ、この黒髪。上等な絹みてぇな手触りだ」
掬った水を零して捨てるように…瑠衣の長髪を手で弄び、岩石のような重厚な手から零す。
扉が開かれた。 …幾分か体格が良くなったものの、依然竹内の190越えの立派な巨躯の前ではそれこそ愛玩犬同様の大淵大樹の姿があった。
「さっすが英雄のドラ息子!来てくれて嬉しいよ。…いちおーボディチェックだけしてもらおうか?」
竹内が合図すると、取り巻きが大樹の体をまさぐった。…使うつもりは無かったが、みどりさんの入った結晶石も取り上げられた。
「結構結構。 …それじゃ、どうする勇者ジュニア? 俺と戦って囚われのお姫様を取り返すか? それとも土下座して切腹して、仲間とお姫様の命だけは助けてやろうか?」
「…その前に…どうしてこんな事を!? …俺が…瑠衣さんや寺田達が何をしたって言うんですか!?」
「A.1、何となく。 A.2、お前らが仲良しだから」
竹内は、ははは、と瑠衣の胸を乱暴に揉みながら笑った。 瑠衣が苦し気に藻掻く。
「先にお楽しみにしても良かったんだが…壊し、汚すときは一気に、徹底的にやるのが美学ってモンだと思わねぇか? …お前の死体の上でヤってやろうと思ってな」
「…狂っている…」
大樹は声を絞り出した。
…この男とは会話が成立しない。…やるしかない。
「…そういや強化スキルが使えるんだってなぁ、お前? …もし体が赤くなったらお嬢ちゃんの可愛いハートを取り出してやろうか。まぁ、自動回復くらいは許してやるよ。どうせ、回復量が追い付かなくなるしな」
瑠衣を取り巻きの男に預け、筋骨隆々とした竹内が立ち上がった。
「…す、すまねぇ大樹…このクソ野郎…クソ強ぇ…」
寺田達が一撃でまとめて蹴り払われ、隅の壁に叩きつけられて昏倒した。
「さぁ…遊ぼうか?」
…拳闘士 HP…1200 SP100
…高等部生徒としては確かに超級と言ってもいいステータスだ。…だが、それだけとは思えない。
…寺田や大平を含む六人もの、腕っぷし自慢を一人でやったというのなら…まだ何か裏がある筈だ。
「何ぼんやりしてんだぁ?」
鉄球のような重みを感じさせるフックを避け、間合いを取った。
「逃げてるだけじゃ勝てないぞォ?パパから喧嘩のやり方も教えて貰えなかったのかァッ?」
次第に一発一発の感覚が短く、鋭さを増してくる。当たれば人間の首など肉と骨ごと捥ぎ取っていきそうな回し蹴りを間一髪で避け…次第に大樹の中で自分のものではない記憶が呼び覚まされていく。
消えたかと錯覚するような竹内の突進と右ストレート。…それが自分に命中する前に、合わせた右ストレートで竹内の左顔面を打った。…リーチで言えば勝てる筈がない相手。 しかし、たった一歩のすり足と体幹の軸を拳一個分ずらすだけで回避は事足りる。
「クソ陰キャの…まぐれヒットが…!」
竹内のHPは1200のまま。 …やはり妙だ。…ハリボテ…ハリボテの裏に隠したとんでもない秘密兵器の存在を予感し、大樹の目は鋭さを増した。
またも振られた腕を、蹴りを、大樹は最低限の動きで避けては最低限のカウンターで…猛獣を機械的に処理するように、楽々と削っていった。
次第に竹内の顔が歪に歪みはじめ、その体表の質感も変わっていった。
「クソガキが…調子づきやがって…こんな事なら入学早々に始末すれば良かった…!」
…とても人の姿とは思えない変貌を遂げた竹内。体色は紫色に変わり、骨格も人間とは幾分違った発達をみせていた。…竹内を名乗っていたモノは、魔神と呼ばれる存在だった。 魔族の中でも最強である成熟した魔王…個体によってはその魔王すら超える、言わば裏ボスのような存在だった。…勿論、大樹も授業でしかその存在は知らなかったし、父もおそらく、魔神とは戦っていない。
命の危険を予感し、取り巻きだった男達が瑠衣を放り出して悲鳴を上げながら逃げだして行く。
「…お遊びは終わりだ。…だが、見直したよ。こうなればお前を殺し、その体を貰おう。…そしてお前の父親も殺して、今度こそ人間達を根絶やしにする」
「…無理だよ。父さんは俺の百万倍は強いよ。 …お前じゃ百万体居たって敵わないさ」
苦笑しながら大樹は先制し、神速の貫き手を繰り出していた。…これも自分が得意としていた技だ。対人級であればこれ一つで、武器など無くとも事足りていた…
…右手の平に抉り取った大振りな心臓が、しぶとく収縮と弛緩を繰り返していた。
…いや、なんだ、その記憶は…?
俺は貫き手で戦った事なんて無いぞ…
赤黒い血に塗れたルビー色の臓器をぼんやりと眺め、大樹は知らぬはずの克明な記憶を訝しんだ。
「き、貴様ッ!? うぐっ…か、返せェッ!」
「…って、うわっ、気持ち悪ッ!」
反射的に放り投げ、踏み潰してしまった。…心臓を潰せば魔神は死ぬとも知らずに
「がァァアアアッ!」
のたうち苦しみながら溶けていく魔神を茫然と見送り…視線を上げて瑠衣を見た。…あられもない姿で、同じように溶けた魔神を見つめていた。
「…だ、大丈夫、瑠衣さん?」
「う、うん…」
…あまりの出来事に自分の状況も忘れかけているらしい。
「…あの、これ」
大樹は目を逸らしつつ、戦闘服の上着を瑠衣に向けて放った。
「えっ?……あ…」
瑠衣は慌てて大樹の上着を取り、羽織った。
「…とにかく、出よう。…待ってて、皆を起こすから」
「う…だ、大樹、やったのか…!?」
意識を取り戻した寺田が声を上げた。
「ああ、何とかね。…寺田、立てる?」
「お、おう…何とか、な…!」
寺田は青痣だらけの顔を痛みに顰めつつ、口元だけ無理矢理笑って見せた。
ヤンキー仲間を助け合わせて起こして外へ出ると、例のワンボックは無人となっており、あの女性はまたも姿を消していた。「お先に帰ります。お車は自由に」とだけ張り紙が張ってあった。…寺田達はそれぞれの単車や原付で、大樹と瑠衣は二ケツで来ていたヤンキー仲間の一人が…無免許ながら巧みに運転するワンボックスの後部座席で揺られながら帰る事となった。
…その車中で隣の瑠衣に手を強く握られた。…巻き込んでしまった申し訳なさだけがあった。
あの魔神は…人類滅亡の為と言い、大樹と父を狙っていた。…自分に関わってしまったために瑠衣は危うい目に遭い、恐ろしい思いをさせてしまった。
「…ごめん。俺なんかに関わったせい…」
「助けに来てくれてありがとう」
推し被せるようにハッキリと、瑠衣は礼の言葉を掛けてきた。
…謝罪などさせないし、受け容れない。 …そんな強い意思を感じて、その手を握り返して答えとした。
…寄り添ったまま、緊張から解かれて心地よい揺れに身を任せるように瑠衣は大樹の肩で寝息を立て始め、大樹はヘッドライトの明かりに照らされる前方を見据えた。
…その身に闇の力を宿しつつあることも知らず…




