威力偵察
出発は午前3時だった。
当然、周囲は暗かった。
それでも、ゲートを潜り、この草原に辿り着くと、既に空は明るくなっていた。
元の世界で言えば午前八時か九時だろう。ただし、鈍色の雲が隙間なく広がる曇天だ。雨こそ降る可能性はあれど、晴れる気配は無い。
草原を進みながら、大淵は周囲を見渡した。
景色だけ見れば、ヨーロッパの平原だ。それでも、現代でここまで穏やかな原野が広がる場所は数える程も無いだろう。
アリッサ隊の5名、そして中央クランから星村を除く7名、更に荷物運搬の為、レンジャー資格を有する、メイルアーマー装備の自衛隊員が20名参加していた。
結論から言えば、ゲート先の急峻な山岳地帯を車両で移動する事は不可能だった。
そこで、各員の筋力アシスト機能を利用し、バギーを分解して燃料と各パーツを運ぶことにした。
そして山の麓まで部品を下ろし、そこで組み立てた。積載可能重量からすると三人ずつは乗れる。アリッサ隊、及び大淵隊からそれぞれ三名…大淵、香山、斎城が威力偵察に向かう。それ以外のメンバーは引き返し、ゲート出口にて通信科の隊員を護衛しながら簡単な通信拠点を設置した。そして、自分達の拠点と燃料等物資を運搬する為、もう一度バギー作りをする。
そして今、アリッサ隊と大淵隊は例の城と城下町らしき場所へ向かって進んでいた。
遠目には立派な城に見えたが、城のあちこちは破壊され、立ち枯れた大木のように荒れ果てていた。
「…どう思う?アリッサ。俺には昔遊んだ3DRPGゲームの、敗北した人類の都市に見えるんだが」
バギーを斎城に運転させながら、後部座席から周囲の景色を見渡した。
『その認識で間違ってマセンね。ここはハズレです。ラスボスの居城じゃありません。ココは敗北した、この世界の人類の都市です。 …もし、小遣い稼ぎがしたければドウゾ。魔物は金品に興味アリマセンカラ』
「…元の住民は?」問うだけ無駄だろうと知りながらも、聞かずには居られなかった。
『…分かってイル筈デス』そっけなく返された。
枯れた川を乗り越え、道の跡を辿り続けた。
荒い足音の前に、全ての魔物は道を譲って左右に控えた。
魔王軍主力を率いる将軍・ヒューノが、魔王城の最上階に向かって進んでいく。
「ヒューノ、気持ちは分かるが落ち着け」
ゴルゲの巨体が追い付き、声を掛けた。
「お前は臆病風にでも吹かれたのか?カロンが殺されたのだぞ!」
「落ち着け」
肩に置かれた手を振り払おうとして、ヒューノは石階段の踊り場で留められた。
「…落ち着け。何も、止めようと言うのではない」
バルべスだった。カロンの親友にして、歴代魔王様から信頼の厚かった、魔戦士を率いる将軍だ。
「ヒューノよ、お前の軍の充足率は?」バルベスが静かに尋ねた。
「…九割だ。九割を超えている!」ヒューノは怒鳴るように答えた。
「…よし」
バルべスはヒューノを放した。そして階段から階下を覗き、こちらを見上げる魔物達を見渡した。
「…亡き盟友、カロンと約束したのだ。各軍の充足率が九割を越えた暁には、魔王様に進言しよう、と」
バルべスは他の魔物達にも聞こえるよう、吹き抜けになっている階段の上で声を張り上げた。
「…カロンは死に際、それでも勇者を討ち取ろうと、我が身を犠牲としながらも勇者の顔を刻み、私へと届けてくれた。…死ぬ最期の、その時まで魔王様の忠義の士として在り続けたのだ。私は彼に、最大の敬意を払う。…お前達も、カロンこそ最高の英雄として見倣い、その名に恥じぬ働きをせよ!」
カロンと魔王を共に称える声が城内に響き渡った。
「最後に、カロンが私に託した勇者のイメージを送る。…この憎き最後の勇者を血祭りに上げ、残る脆弱な人類を根絶やしにし、今度こそ魔界の安寧を果たそうではないか!」
魔物達が一斉に咆哮を上げた。
魔王軍の士気と戦力は今、カロンの仇を討つために最高潮にある。
高揚に背を押され、謁見の間に向かい、その荘厳な扉の前に立った。
自分の配下でも最精鋭である魔族騎士の衛兵が二名、見事な石像細工の様に佇んでいる。自分達の姿を認めると、一糸乱れぬ敬礼を送ってくる。敬礼を返すと、左右に別れつつ、よく通る声を張り上げた。
「陛下、将軍達が参られました」
しばらく待つ。
しかしいつまで待っても、返事は無い。
「陛下、将軍達が参られました!」衛兵の声に動揺の色が混じる。
しかし、魔王様からの返事はおろか、室内に控える者達からの返事すらない。
「おかしい…」もう一人の衛兵が困惑を露わに扉を見た。
「陛下!?失礼します!」
扉を開け放ち、衛兵たちが室内に飛び込んだ。
空の王座。床には仕えていた自分の配下の魔族騎士の侍女、ヒューノの配下である獣人のメイドが点々と倒れていた。
「何があった!?」自分の配下を抱き起し、肩を揺さぶった。混濁した呻き声が返ってくる。
配下を置いて立ち上がり、王座の奥にある魔王様の私室を見た。
「陛下ァ!!」
ゴルゲが巨躯を揺らし、私室へと走った。
荘厳な室内には侵入された形跡は無い。万一、何者かが外部から侵入などすれば、魔王城に張り巡らされた結界がすぐさま警報を鳴らす。
これまでの勇者が攻め込んで来た際も、一つの例外もなく結界は機能した。
ただ、謁見の間の長大なカーテンが、幾らか切り裂かれ、欠損していた。ステンドグラスは無傷のままだ。
私室へ駆け込むと、ゴルゲが茫然と立ち尽くしていた。
彼の巨体でも優に横になれるであろうベッドに、謁見の間で切り裂かれていたカーテンが括りつけられ、窓から外へ垂らされていた。
「これは一体…」
魔王様なら魔力で飛ぶことも容易だ。しかし、王城内で魔力を使えば、自分達にもそれが分かる。
「外へ…出られたのか…?」
「何のために…?」
「…まさか」
部屋の戸口から絞り出すような声が聞こえた。
意識を取り戻した獣人の侍女が、衛兵に支えられて立っていた。
「何があったのだ!?」ヒューノが問い質す。
「ハッ…普段通り魔王様の御身の周りでお仕えしていた所、突然意識が遠のき… 意識が無くなる前、魔王様からゲートの方角を尋ねられ…」
「何という…」ゴルゲが絶句する。
「ヒューノ、そちらの軍団で西部の樹海と北部のヒュバラ山脈方面の捜索を頼む。地形踏破能力は魔獣が上だ。我ら魔族戦士隊は南部から東部の草原、海岸地帯を捜索する。ゴルゲ、何が起こるか分からん。念の為、城内を入念に捜索しつつ、万一の外敵に備えてくれ」
「分かった」
「任せろ」
それぞれが自らの軍勢に指示を下す為、別れた。
何という事だ…カロン、これで魔王様に万一の事があれば、永久にお前へ顔向けできない…
友よ…どうか、我らが見つけるまで、魔王様をお守りしてくれ。
跡形もなく蹂躙された小さな村で、自衛隊に提供された戦闘糧食による昼食を済ませながら、瓦礫にカモフラージュさせた簡易な通信中継基地を設置した。 バギーの燃料も予備を既に使い果し、三分の一程度に減っていた。
「OK、ここをベース1としマス。後続部隊が燃料と物資、拠点資材をココに運び込んでくれマス」
長距離無線機に向かっていたアリッサが全員に告げた。
そのまま待機していると、平原の彼方から二台のバギーが簡易貨車を引きながら駆けてきた。
「よう、宅急便だぜ。着払いだ」
それぞれ黒島、川村が運転席に着き、アリッサ隊の隊員…銃士であるワーナーとオルドーレンが護衛として、米軍制式カービン銃を手に助手席に収まっていた。
バギーは荷台と貨車に大量の水・食料、弾薬、燃料といった各種物資の他、長距離通信機に発電機、大型テント…果ては125ccの小型オフロードバイクを積んでいた。
川村も怪力のスキルを活かし、屈強な兵達に交じって荷物を運び込んでくれていた。
「ご苦労さん。帰りの燃料は十分か?」
「ああ。念の為、予備もある。…そっちも気を付けろよ」
自分達はこの先に進めるだけ進み、そこで夜営する手筈になっている。
拠点であるベース1を設営し終え、黒島と川村は撤収した。自分達はベース1を後にし、更に先へと進んだ。
曇り空が暗く、赤らみ始めてきた。
秋田の深山で見た美しい夕焼けを思い出しかけるが、ここでは違った。
暗さは加速度的に増し、空には不気味ながらも幻想的な赤い月と夜空が広がった。あれ程頑として晴れ間を見せなかった雲も、今は散って赤い星空を見せている。漆黒の闇と違い、周囲がある程度明るいので視界は損なわれずに済むが、なんとも禍々しい光景だ。
遥か遠くに長大な岩山…山脈らしきものが見えた。その手前には何やら人工物が見える。
「…町か?」
オフロードバイクを走らせ、二台のバギーに先んじて、様子を伺いに走った。
それは城壁に囲まれた中規模の町だった。町の中心部には小さな城の屋根が見えた。
外壁は所々破壊され、最早その意味を成していない。城壁の周囲をかつては川を利用した堀が備えられていたようだが、今はその川も小川程度になり、ただの空堀だ。
渡された可動式の端は、引き上げる暇が無かったのか、制圧後に中から開かれた物かは分からない。
大淵がバイクで木造橋の上を走り回ってみた。
「橋の状態も大丈夫そうだ。かなり分厚い丸太材に、防腐目的で樹脂が塗られている。バギーでそのまま来て大丈夫だ」
「アリガと、大淵。レッツゴー」
二台のバギーを先導し、大淵は城内に進入した。
橋を抜けると広場になっていた。
やはり城壁内の家屋は殆どが破壊され、虐殺の跡がそこかしこにあった。
「…念のため、俺は城内を一回りして来る。いつでも逃げられるようにしておいてくれ」
「…OK、でも無理はイケマセン。気を付けて」
香山と斎城が不安げな目を向けるが、親指を立てて大丈夫だ、と伝える。
実際、気配は無かった。比較的騒音が遠くまで届きにくいバイクで城内の様子を一通り確認し、最後に城の中を簡単に捜索した。
白骨化した遺体が残されているだけで、何も無い。…この虐殺の跡を見て何も無いというのもどうかとは思うが。
広場に戻ると、奥まった場所に野営地を設置する準備の最中だった。
「何もない。今日はここで休もう。…外壁のあちこちに穴はあるが、いざとなれば正面から突っ切れば良い」
「イエス。下手に家屋や建物の中に陣取らない方が良さそうデスね」
大淵は二人にテントの張り方をレクチャーしつつ、自分のテントを設置した。流石にアリッサ達は手慣れたもので、既に自分達のテントを組み立て終え、周辺に目を光らせている。
アリッサ隊のチームはケビンとマック。二人とも銃士で、それぞれ(炎属性)と(超視力)のスキルを持っている。
「交代で見張りに立つか。とりあえず二時間交代で」
「そうデスね、最初はオマカセして良いデスか?」アリッサ達はガスストーブと飯盒を取り出し、夕食作りの準備に入った。
「分かった。行こう、香山、斎城」
二人を連れ、城壁に上った。正門脇の詰所から城壁上部の見張り通路に上がる梯子があった。高さは六メートル程か。ちょうど、ゲート間の洞窟広場を守る城壁と同じ程度だ。連絡通路にもなっている見張り通路には、気を付けなければ倒壊している場所もあり、決して快適では無いが、見晴らしは良かった。弦が切れた弓やボウガン、矢がそこかしこに転がっていた。
物の試しに、比較的状態の良い弓を拾い上げてみた。 感覚的に、自分と武器が繋がった気がした。その感覚の強さは、銃よりも強く感じた。
(弓矢との方が相性がいいのか…?)
ボロボロの、兵用に大量生産された弓矢だろう。それでも、矢を番え、壁外の遥か彼方に佇む木に向けて矢を引き絞った。200メートル以上はある。それも素人の腕だ。そもそも届くものかどうかも分からない。
少なくとも、当たりはしない。近くに味方がいたら危なっかしくて、とても自分が使える代物ではない。
「あら、カッコいい」斎城が冷やかした。
「でも、なんだかすごく似合ってます」香山に言われると何だか照れ臭い。
「ん、こんな感じか…」
赤い月に弦が妖しく煌く。張り詰めた弦と矢を放つ。
ビュオッ
弦が風を切り裂き、派手な音が響く。同時に、古びた弦がビッ、と切れた。
「ありゃ、無理も無いか…」
木を見てみるが、特段音も揺れも無く、静かにそこに佇み続けていた。
「ま、当たり前か」
ただ、銃よりも威力の面では相性が良さそうな気がした。現代兵器の理論に当てはめればあり得ないことだが、この職種とスキルは如何に武器・武術との相性が良いかによるのだろう。
それでも、総合的に見て騎兵銃の汎用性には及ぶまい。扱いやすさ、狙撃、掃射、手数…やはり銃ならではの汎用性に敵う事は無い。が、いざという時に使える武器は多ければ多いほど良い。弾の節約にもなる。
「よし、斎城は西部を見張ってくれ。香山は東部を。南部は…山脈が天然の要塞になってるな。俺がこの正門を見張る。1時間45分後にここに合流だ」
「わかりました!」「了解」
静かな夜だった。一切のモンスターも現れず、大淵は欠伸を噛み殺しながら時計を見た。
じき、1時間45分になる。他の壁上を見回すと、連絡通路を香山と斎城がこちらに向かって戻って来るところだった。
(さて夕飯か。今度は何にするかな…)
自衛隊から提供された戦闘糧食を思い浮かべた。…昼はポークステーキと白米、沢庵だったな。見た目は味気ないが、どれも美味かった。あとは野菜やみそ汁でもあれば立派すぎる定食になるだろう。
二人と合流し、梯子を下りた。広場ではアリッサ隊が夕食と休憩を終え、コーヒーを飲み干すところだった。
「お疲れサマデス。じゃ、交代しマスね」アリッサが片手を上げた。
「ああ、頼む」 その手を叩き、交代した。
大淵はハンバーグと赤飯、斎城はポークステーキと白米、香山は煮物と鳥そぼろ飯を選び、それぞれ飯盒で温めた。それとは別にケトルで湯を沸かし、粉末の茶を用意した。
ささやかな夕食を終え、茶を飲みながら談笑の一時を過ごし、それでもメイルアーマーを脱いで一時間近くテントの中で横になれた。やがてタイマーで目が覚め、テントの外に出ると、二人もテントから出てきた。
アリッサチームが丁度、壁上から降りてきた。
見張りの交代を繰り返し…12時35分、再び自分達の休眠時間がやってきた。ここから二時間、眠れる。
…だが、慣れない寝起きを繰り返したせいか、目が冴えて眠れなくなってしまっていた。
三十分ほどテントで横になっていたが、とうとう耐え切れず、テントを出た。
香山と斎城はテントの中で眠っているようだ。壁上には西と東、北の壁外を見張るアリッサチームの人影が見えた。当然、こちらには気づかない。
南側…長大な山脈を背にする外壁側へ向かってみた。こちら側の外壁には攻撃を受けた形跡が無かった。やはり、この山脈が天然の要害と化したのだろう。
それでも、山脈の上からそのまま敵や落石が城内に落下する事を防ぐため、崖との距離を三十メートル程開けて外壁が設けられていた。
通りがかった家屋を覗いてみた。どの建物も荒らされ、血飛沫の跡や白骨死体が残されていた。
…木で作られた、小さな剣と盾も転がっていた。
町の隅に当たる部分に辿り着いた。外壁の一部に通用口がある事に気付いた。巨大な物ではなく、藤崎や尾倉、アリッサ隊の男達なら、屈まなければ頭をぶつけるだろう。
扉は開いていた。
今更騒ぎ立てる程の事でも無いが、念の為、騎兵刀を抜いて肩の探照灯を照らした。
扉を潜ると、外壁と三十メートルほど放された、細長い空間があった。
そこに、信じられないモノを見つけた。
放心したように人形をまじまじと見つめる少女。探照灯の明かりに気付き、こちらを振り返った。
美少女だ。顔立ちは
美少女だ。顔立ちは整い、驚いたように口を開け、次いで怯えたように後退った。
少女に見惚れて惚けていたが、我に返り、自分が抜身の騎兵刀を握っている事に気付き、すぐに鞘へ戻した。
「…ごめんよ、怖がらないでくれ。俺達は…助けに来たんだ」
歳は10歳前後か。綺麗な黒髪を編み上げている。白いワンピース。その上に黒いカーディガンを羽織り、足元はパンプス。 猫らしきボロボロのぬいぐるみを、大淵に奪われまいとするように抱き締めている。
(こういう時は、姿勢を低くして相手に目線を合わせるんだったっけか…)
大淵は両膝を付き、改めて少女に呼び掛けた。決して一歩も近づかないようにする。…警戒心の高い猫とお近づきになる基本だ。
「あー、腹は空いてないか?よければハンバーグとかあるぞ」
「…」
「おと…」
両親はどこか、と聞こうとして言葉を飲み込んだ。こんな時間にこんな場所に居るのだ。何があったにせよ、相当酷い目に遭ったことは間違いない。
見た所、少女の服装は現代の物に見えるが、断言はできなかった。この世界の住人…虐殺の生き残りかもしれない。
「俺が怖いか?」
「…」
「ま、怖いよな…」
「怖くない」
気の強そうな声が返ってきた。
「そうか?じゃあ俺の背中に乗ってくれないか?」
「やだ」 即答かよ…
「じゃあ…」
「抱っこして」
「…畏まりました、姫」
近づいてきた少女を抱き留め、左腕で抱えた。筋力アシストが無くても、この身体なら容易い。右手で無線を操作する。
「…アリッサ、聞こえているか?」
僅かに間を置き、アリッサが応答する。
『…びっくりシマシタ。何か用デスか?愛のコクハク?』
さして疲労を感じていないのか、アリッサのおどけた口調はいつも通りだった。
「…落ち着いて聞いてほしいんだが…少女を保護した」
沈黙。
『…冗談ならケーベツしマスよ?』
「俺がこの手の冗談を言う奴だと思うか?」
『…ワカリマシタ。広場に戻ってクダサイ』
「了解」
通信を終え、少女を抱きかかえて広場へと向かった。
「ど、どうする?何か飲ませたり食べさせた方が良いか?」子どもの扱いに慣れず、狼狽える大淵を制しながらアリッサは朗らかな笑みを浮かべて少女を覗き込んだ。
「ハイ、ガール。アナタのお名前は?ワタシはアリッサ・ダーリング、デス」
「…」
「アララ~?嫌われちゃってるノカナ~?」
「俺も最初はこんな感じだった」
騒ぎに目が覚めたか、斎城と香山もテントから起き出して来た。そして、少女を見て茫然としている。
『隊長、山脈上に異変アリ。距離およそ1000ヤード』マックから報告が入った。
香山と斎木もメイルアーマーを着込み、武器を取った。
…確かに、山脈の上に影が蠢いている。
「アレは…?」
ソレは身軽に山脈の急峻な地形を駆け、こちらに向かってきていた。
「…逃げマス。ケビン、マック、撤収急ギナサイ」
『了解』
二人の影が走り、正門脇の梯子へと向かう。
「よし、お姫様。今からこのお姉さんたちと、この車に乗るんだ」
「…やだ」
少女は大淵の胸から離れない。
「頼むよ…」
しかし放そうとしない。
「時間がアリマセン。大淵、バイクに。皆、逃げマス」
アリッサ達がバギーに乗り込む。射撃要員の為、ケビンが香山と斎城のバギーの高部座席に分乗した。
「大淵君、気を付けて!」香山が声を掛けた。
「そっちもな。ケビン、二人を頼む」
「OK、ブラザー!」
自身もバイクを起動する。ヘルメットの顎紐を締めた。
「じゃあ姫、しっかり掴まって、絶対離さないでくれよ」
マガジン用のテープを、自分と少女に巻き付ける。少しは命綱代わりになるだろう。
ついでに、今装着しているマガジンに、マガジンを逆にしてテープで束ねつけた。
大淵が最後尾となっていた。
山脈から城内に飛び降りてきた、巨大な黒い野犬のような影が迫っていた。
オフロードバイクは暴れ牛の様に走り出し、猛獣たちを離していく。
が、猛獣たちは猛追して来る。ハンドル操作を誤ればすぐに追いつかれ、バイクから引きずり降ろされるだろう。
スキル、発動。
黒い猛獣達に向け、左手で騎兵銃を数点射。
猛獣達の内一匹が悲鳴を上げながら草原に転がり、脱落していった。が、他の四匹は左右に散開し、大淵の射界から逃れた。
「チッ…」
前方から援護射撃。黒い獣がまた一匹、スキルの力で炎を発しながら脱落しかけるが、再び追い付いてくる。
「なんて奴らだ…!」
迫って来る獣にだけ数点射して距離を離す…そんな防戦一方だ。弾倉の中身も残り六発。
飛び掛かってきた獣に全弾撃ち込み、撃退する。
「クソ…」
アクセルから手を離した途端、獣達との距離が一気に縮まる。弾倉を振り落としてキャッチし、反転させて反対側に取りつけた弾倉を装着。初弾装填。
最接近していた獣に二発、立て続けに撃ち込む。飛び掛かってきた爪は大淵の肩アーマーを引き剥がし、獣ごと平原に転がった。
残る獣はあと二体。もう一度、スキル発動。
フルオートで掃射。獣達は避け切れず、草原に転がり、二度と追ってこなかった。
「やったか…?」アクセルを緩め、弾倉を交換して装填した。
『…ジキ、ベース1に着きマス。燃料と弾薬を補給しマショウ』
燃料と弾薬を補充する間、アリッサは本部に事の経緯と指示を仰いだ。
偵察は一時中断。少女を連れ、ゲート内拠点…要塞まで撤退し、一時地上に帰還して休息せよとの事だった。
再び一行は走り出した。赤い夜が明け、曇り空が広がっていく。やがて、廃墟の町を越え、ゲートのある山岳地帯へと辿り着いた。
なんと、ブルドーザーとバックホーがゲートから降りてきて、なだらかなスロープを作ろうと作業している所だった。
まだ道が完成しない為、その麓に掘られた臨時の車庫にバギーとバイクを隠し、自分達はそのスロープを上がっていった。
少女は自分に抱きついたまま眠ってしまっている。
ゲートまで迎えに来てくれたカートに乗り込み、一行は要塞まで戻った。そして、自分達が検査を受けたあのテントまで少女を連れて行った。
「ご苦労様でした、後はお任せください。念の為、皆さんにした各種検査をするだけです」
医官達に少女の身柄を預け、大淵は少女から離れた。
余程疲れていたのか、テープを外して寝かせても起きず、深い眠りについているようだった。
「それじゃあな、お姫様」
どことなく別れ辛い物を感じ始めていたが、敢えて振り返らず、ゲートから地上へと戻った。肉親でもない自分がここに居ても仕方がない。
既に地上は昼を過ぎ、三時になっていた。
「この時差は結構キツイな…ああ、休む前に新種の情報を報告書にまとめないと…」
守衛の警官に軽く挨拶し、玄関を潜った。
「おお、無事だったか!大淵!」
拠点の玄関ロビーに辿り着くと、談話室で藤崎はじめ待機組が待っていてくれた。
「無線を聞いてたが、少女を保護したそうだな」尾倉も興味があるのか、珍しく尋ねてきた。
「ああ。酷い目にあったようだ。何とか懐いてくれたようだが…なんというか、小生意気な子だったよ。だが無事で良かった」
「しかし、向こうの世界で二週間近くも、あんな小さな子供が生き延びられる物でしょうか?」
アリッサ隊で最も日本語が堪能で、犬好きなマックが首を傾げながら呟いた。
「あり得ないコトではアリマセン。案外、人間というのは脆くも強かなイキモノデス。ヤングな少年少女が、誰もが絶望的ダト思う状況をサバイブした話、枚挙にイトメがアリマセン。廃墟の中を覗きましたが、保存食の類も多く残されてマシタ。幸運の女神サエ微笑んでクレレバ、十分に可能性アリマス」
「さも無きゃ向こうの世界の生き残りか。…もしそうだとすると、あの子は相当な存在になるな」
黒島は暗澹とした表情で考え込んだ。
「?…助かって良かったじゃないか」
「…あの世界が存在しなけりゃな」
「どういうことだ?」藤崎も怪訝そうに尋ねた。
「大淵も藤崎もオヒトヨシサンですねぇ。極端な表現をスレバ、あの子は現状、あの世界唯一の資産権利を保有する人ナンデスよ?その子が日本にいる。 ハッキリ言って、ワタシとしても面白くアリマセン」
「…そうか、あの世界にあるだろう魔法石や鉱石…資源か」
「イエス♪」
そうは言いながらも、アリッサはにこやかなままだ。心からそういう権益に固執しているようには見えない。…腹の底ではどう思っているか知らないが。
だが、アメリカをはじめとする世界各国は確かに面白くないだろう。ニュースで知る限り、ゲート向こうの世界に到達できたのは今の所、日本だけだ。しかも、彼の世界の生存者を保護したとなれば、世界単独首位を独走してゴール、金銀銅メダルと大会賞金まで根こそぎ総ざらいしたようなものだ。
「けどまぁ、中国やロシア、アメリカだって、実は隠しているだけじゃないのか。ほら、争いの火種にならないよう、お互いに牽制し合って。だったら日本だって…」
「…少なくとも、ワガ国にはイマセン。…それと、彼の国々の軍事機密から政府要人のベッド事情まで全網羅しているワガ国の諜報機関によれば、向こうにもイマセン。…「自称異世界人」の作り物なら何れの国にもイマスが、肝心な証拠である「向こうの世界」に通じていマセン」
「それはおかしい」
尾倉が口を開いた。
「だったら何故、スタンピードが起こる?…常々思っていた。日本にある他32のゲートは、いずれも彼の世界に繋がっておらず、雑魚とささやかな宝だけが出てきた。 …奴らはどこから出てきた?」
現時点で、日本の第33ゲートを除き、世界各地にあるゲートはいずれも長い洞窟が行き止まっているだけだ。世界各国がその洞窟をひたすら調査し、掘り進んでいるが、いずれも成功には至っていない。掘り進んでも、狐に化かされたように作業が進まず、プロジェクトの資源だけ無駄に浪費している、という噂話もあった。
「…それはまだ我々にもワカリマセン。…まぁ、答える義務もナイノデスが」
アリッサの能面のような笑みを横目で見ながら、大淵は首を傾げた。
(…そう言えば、あの世界を発見したのはアリッサが来る直前だったな…そしてやけに唐突な休暇を命じられた…)
米国は何らかの方法で日本の第33ゲートが彼の世界に繋がっている事を知り得ていたのだろう。いくら日本の諜報機関が優秀だとしても、米国のそれとは組織力も違い過ぎるだろう。…何より、政治的に不利だ。
とはいえ、それが米国の介入だとしても…そして自分達が休暇を取らずに防衛に当たっていたとしても、アリッサらが送られなければ新種モンスターに対応できていたか怪しい。
なにせ、ギガント初戦時は、スキル保有した戦車の支援が無かったのだから。
「…まぁ、何も向こうの世界の生き残りと決まった訳じゃない。ここで話しても分からんさ。…すまんが、先に執務を取らせてもらうよ。私は君らと違って忙しいのでね」
「何言ってやがる!合間にPCでミーチューブ見てんの、知ってんだぞ、閣下?」
「アダルトサイトは?」アリッサが目を輝かせて食い付く。
「そりゃもう!!凄いんだぜー」黒島が悪ノリする。
(黒島が増えたみたいだ…)
かぶりを振りながら階段を上がった。
「ごめんねー、ご飯が出来たから食べて欲しいんだけど…まだ寝てるのかなー?」
看護官はベッド上の膨らみに向かい、インターホン越しに声を掛けた。
しかし膨らみは微動だにしない。
「…まさか…」
顔から血の気が引いていくのを感じながら、上司の医官に連絡した。
「わかった。私もそちらに行く。許可するから、確認して、必要なら先に心肺蘇生を頼む」
「了解しました!」
ドアのロックを解除し、ベッドに駆け寄った。
心肺停止よりもショッキングだった。
毛布の中には、何も無かった。確かに見た膨らみは、マジックのように消えてなくなっていた。
「患者は…!?」医官が医療機器を抱えた二人の看護官を引き連れて駆け込んできた。
「き、消えました…」
医官と看護官達は、互いに顔を見合わせたまま凍り付いていた。




