罠
「…まだ帰って来て無いの?」
戸口に立った大樹に向け、水原らが首を振った。…学校中、隅から隅まで探したが、黒崎と寺田の姿は無かった。大樹は部屋から見渡せるグラウンド…夕方の残照の中トラックを回る、トレーニングに余念のない生徒たちと、生徒から長々と伸びる影法師を眺めた。
二人とも、サークル活動には所属していない。瑠衣は生徒会に属しているが、今日は来ていないと生徒会の生徒は首を振った。
…どころか、午後から見ていないと。…昼には二人と一緒に、パーティーメンバー全員で昼食を摂ったのだが…
「まさかねぇ…寺田くんはともかく、瑠衣さんは真面目な子だから、あんなのは選ばないと思うけど…」
マキがまさかね、とかぶりを振った。
「いや、分かんないよ。正反対だからこそ惹かれ合っちゃったりとか」
ミサが悪戯っぽく妄想を膨らませ始めた。
「…寺田は一見馬鹿にしか見えないけど、すごくいい奴だよ」
悪友の為、ささやかにフォローした。
「大樹君だって、授業態度は真面目だし、学校内での素行も良いのに、何で寺田や不良軍団と仲がいいんだろうって、生活指導の先生が嘆いてたわよ?」
水原が真意を問うように大樹を見た。
「最初は成り行きで。 …でも、今はあいつと友達になれて本当に良かったと思う。…ヤンキー共も馬鹿だけど、見た目がアレなだけで案外良い奴らだよ。…将来やりたいことばっか話して、いつも馬鹿笑いしてる。 …ぐちぐち陰で言っている奴らよりよっぽど立派だよ」
大樹の眼に暗い影を見出して、水原は首を傾げた。
…水原綾こそ、大樹の受けてきた苦難と屈辱とは無縁の人だった。…生きる世界がほんの少し違うだけで、その見える世界は景色は昼と夜ほども違っていた。
「…とにかく、黒崎さんまでいないのはおかしいわね。…生徒会の子が午後から見ていないっていうのも気になるし」
「あのぉ、教官達に相談した方が…」
マリーがおずおずと言い出した。 …何も無ければそれでいいのだ。そうするしかあるまい。
「…そうだね、俺が…」
「303の寺田ってここかい?」
ぽっちゃりとした同学年の男子生徒が部屋の戸口をノックした。
「そうだけど、寺田、今居ないんだ」
「いやさ、寮監さんに頼まれちゃって。…落し物があったから、これ、届けてくれって」
おっとりとした様子で生徒は古傷だらけの、寺田の携帯電話を取り出した。電話とメール、一定サイズの電子データのやり取りができるスタンダードな折り畳み携帯だった。…見覚えのある将棋の飛車・龍の駒を象ったキーホルダーがぶら下がっている。
「寺田のだ…」
「じゃ、渡したよ」
男子生徒は巨体を揺すりながら帰って行った。
「…何で携帯だけ」
大樹は腑に落ちない物を感じていると、ヴヴッ、とマナーモードの携帯が微振動した。
「うわっ、びっくりした……何か慣れないんだよな、この振動」
「見てみたら?着信相手が何か知っているかもしれないし」
マキが提案した。…プライバシーの倫理もあるが…これから教官に相談しようかという段階だ、見てからでも遅くはあるまい。
携帯を開くと、「大淵大樹様、至急お電話ください 〇〇〇‐〇〇〇〇‐〇〇〇〇」と、知らぬ携帯電話番号への電話を要求するメールが届いていた。
…物凄く…嫌な予感がする。…状況からしてマトモではないのもあるが、嫌な吐き気がせり上がってくる。 …掛けたくない。だが、掛けなければもっと…取り返しのつかない事になると直感が告げていた。
…震える指で寺田の携帯を操作し、番号に掛けた。
…短いコール音の後、すぐに相手が電話口に出た。
『ヤッホー、大淵クン。…ヌシも中々のワルよのぉ…ってな。…俺、朝会った竹内。 …覚えてくれてる? …こっちはお前が気色悪ぃ手つきで手握ってきたのがまだ感触に残ってるよ。マジ最悪』
「あ、あの…なんで寺田の携帯が…?」
『こっちが聞きたいよ、カマ陰キャ君! …どーしてこのクソ雑魚ヤンキー共が攻め込んで来たのか、ね。…まー大方予想はついてるけど、いちおー聞いといてやるよ。 …お前がこいつら寄越したワケ?』
「一体何の話を…」
『…惚けてる訳…でも無さそうだな。まーいいや。大淵クンには一つだけチャンスをあげよう。…今からお迎えが行くからさ、その車に乗って俺達の所に詫び淹れに来るか来ないか。 別に誰か連れてきたり、教官に泣きついてもいいよん♪ 俺のご機嫌は損ねちゃうけどね。 …怖い思いしたくなければ飯食ってクソしてシコって寝な』
「一体何を言って…」
『じゃ、コレ最後通告だからよろしく。 …ああそうそう、童貞にはオカズがいるよな?』
電話は唐突に切れた。…掛け直そうとするが、二度と掛からなかった。
…代わりに…新着メールの通知が一件。
…見るな、という本能の声に止められながらも、データサイズ限界の「添付ファイルを開く」ボタンを押した。
…手足を縛られて目隠しをされ…半裸にされた…
「ッ」
極度のストレスから嘔吐きかけ、その場で蹲った。
「ちょ…大樹君、どうしたの!? …相手は誰?」
…瑠衣が…寺田達が危ない。
「…ごめん。…ちょっと行ってくる」
酸いものを胃に押し戻し、大樹は一階へと駆け下りた。…肩がぶつかった生徒が怒号と罵り声をあげる。
寮の外へ出ると、外にまで重低音のドラム音が聞こえてくる、八人乗りのワンボックスが一台、停車していた。
「よぉ、ボウヤ? …ドライブ連れて行ってやろうか?」
…何か薬でもやっているのか、人相だけでなく顔色も悪い男が舌に開けたピアスをみせびらかした。
「…」
黙って助手席に乗り込んだ。…恐ろしく怖かった。…竹内の口振りと、こうして携帯電話が送られてきた事…依然行方不明の寺田と瑠衣…
「…どうして…どうしてこんな事をするんですか?」
恐怖を押し殺し、代わりに怒りと悔しさを増幅させ…心からの疑問を運転する男に問いかけた。
「さぁね?自分で竹ちゃんに聞いてみるんだな」
そう言いながら紙に巻いた何かに火を点け、煙草のように吸い始める。…このイカれぶりからして煙草では無いのだろうが…それが何かは無縁な大樹にはわからなかった。
「あー、小便タイム」
寮を出て、市外へと進もうとする途中の道端で男は車から降り、佇んだ。
「あら、丁度いい所に車が♪」
「あっ、貴女は…!」
暗闇から急に現れた妖艶な美女…見知った女性が運転席に乗り込み、ドアを閉めてロックした。 外で用を足そうとしていた男が…撒き散らしかけながら慌てて戻ってくる。 この世の終わりみたいな光景だ…
「あらあら大変ねぇ。愛車にまでひっかけて元気だこと♪」
ほほほ、と女性は品良く笑いながら車を出した。…生憎と大樹は笑うに笑えなかったが。
「えっ、ていうか、車泥棒…?」
「そうそう、そんな楽しいゲームがあったわねぇ。私はやった事ないけど」
大樹は怒涛の展開についていけず、とにかく脳をクールダウンさせる事を先決とした。…依然、瑠衣と寺田達は囚われたままだ。
「…改めてこんばんわ、大淵大樹君? 月も星も無い、宇宙のボイドにでも行ったような素敵な夜ねぇ」
カチ、カチと…ヘッドライトを点滅させ、真っ暗闇を無灯火運転し始めた。
「…ちょ、危ないですよ! それに…あ、あの、あの男が居ないと…目的地が…!」
「目的地ィ? ああ、だぁいじょうぶ、ホラ、こんな所に地図が張ってあるわ。一緒にイキましょ♪」
女性は運転席の端上に張られた紙を示した。 …あんな地図、あったっけっか…?
…超視力でも持っているのか…真っ暗のまま、道を外れる事も何かにぶつかることも無く、暗い石畳の道路を走り抜けていく。
…自分の方向感覚を信じるなら…人魔連合軍補給拠点…かつて、人魔連合軍、人類軍の物資集積場所だった場所へ向かっている。…あそこは何年も前に放棄され、今は浮浪者と…さっきの男のような輩の溜まり場になっていると聞いたが…
…瑠衣…
…自分に関わったが為に竹内に目をつけられ…
「なぁに、そんなに元気なくしょげ返っちゃって? …そんな大樹君も可愛くて食べちゃいたいくらいだけど♪」
「…」
「…もしかして、喧嘩でもしに行くのかしら? …だとしたら大樹君、今晩でR.I.Pしちゃうわよ?」
「それは…」
…そうだろう。寺田すらもやられてしまうなんて…人数を集めたのかもしれないが、それだけ危険と言う事だ。
「武器は無いし、魔法は味方まで巻込んじゃうような危険な代物だしねぇ?かといって…ステゴロじゃ大樹君、そこまで強くないし」
…そうだ。自分は格闘のセンスが無かった。…だから諦めて、剣術だけはトレーニングをしていたが…
「特殊強化なら…」
「んー、それもいいけど、実は今回の相手、結構つよつよなのよねぇ♪…どうもただの人間じゃないみたいねぇ? 雑魚ばっかりの楽勝ゲーと思わせて油断した所をカウンターでワンキルしてくるタイプの、意地悪な引っかけザコ敵ね♪」
「…よくわかりませんが、それでも…行きます」
「カッコいい犬死も良いけど…ねぇ?」
…暗闇の中、女性がスス、と顔をこちらに近寄せる気配。
「…どうせならそういう相手の鼻を明かしてやりたくない? …すごく良い成績出せたみたいねぇ?噂になってるわよ? …ご褒美に今回も、特別大サービスしちゃうけど?」
耳元で甘い声が囁く。 …抗うには自分は無力すぎた。
…お前は、お前の大切な人たちの事を想った上で正しいと思った事をすればいい
…父の言葉が過る。
大切な人たちを守る為…
悪魔の甘い口づけを受け入れた




