ケツとツケとケジメ
緊張した面持ちで少女達がバックパックを前に、収納すべき荷物を並べて点検している。 …もし、現地で何か足りない物があったら、誰かに融通してもらうか…自身で何かしら調達して代用するしかない。…それだけのサバイバル技術が必要になるが。
第一学期にして、入校一ヶ月目のメインイベントである、第一次実地実習を明日に控えた夕方。入念に入念を重ねた最終準備に取り掛かっていた。
大樹もしっかりと荷物を点検していた。…幾らでも思いつく限りの物資を持っていきたいが、そうすれば重量は嵩みに嵩んで、移動中にバテてしまうだろう。
…父さんの収納の魔法石があればなぁ…しかしアレは超貴重品だし、万一持っていたとして、使用が判明すれば失格扱いされる。
…父とのキャンプ訓練が役に立つと信じたい。
「心配すんな、案外何とかなるもんだぜ?クソしたケツなんてその辺の葉っぱで拭きゃいいんだよ」
…女子の方から咎めるような冷たい空気が漂ってくる。
「…そんな事言ったって、それでかぶれたり毒を持ってる植物だったらどうするのさ。重症化したら強制リタイアだよ?」
大樹が取りなすように寺田を宥めた。
「へへへ、そうならないようにこの植物表を持っていく! 食える植物も書いてあるしな。…つーか、いざとなったらコイツのページを破ってちり紙にすればいいのか。 …あ? …俺って天才なんじゃね?」
…しらっとした空気が流れる。
…だが現地では、この寺田の逞しく明るい性格が…困難に直面して心折れそうになる自分達を助けてくれる…そんな気がした。 …というかそうであって欲しい。でなければただの馬鹿ヤンキーだ…
「…このままじゃ硬すぎてケツの穴が切れちまうか。破ったページをよく揉み揉みして…」
「…もういい加減にして!現地で必要なのは紙だけじゃないんだから!」
堪り兼ねた水原が顔を真っ赤にしながら鋭く叱りつけた。
「あーはいはい、じゃあ水原には分けてやんねーからな。後で泣きつくなよ?ちり紙くれぇ~って」
「泣きつきませんッ! ホントにもう! …大樹君もこんな人とばっかり付き合っていると、同じような人種になるかもよ?」
「大樹ッ、甘い誘惑に乗るな。お前を誘惑してロバや牛のように家畜化するつもりだぜ。終いにはお前、足置きにされてへいこらする羽目になるぞ?」
「しませんッ!」
…二人の子供じみたやり取りを、他の全員と共に溜息交じりに眺めた。
…第一次実地実習。三週間に渡る、オルド山脈を越えて各パーティーごとに指定されたポイントへと到達し、予め設置された任務達成を証明するカードを入手して帰還する。
…万一脱落者を出しても、他のメンバー個々人は成功として評価されるが、「パーティー能力評価」…つまりチームワーク評価は落伍者を出せば出すほど低くなる。
…当然、落伍者は無評価となる。
そして、幾ら個人として優秀な成績を収めようと、落伍者をカバーできないパーティーメンバーは、卒業できたとしてもそのライセンスランクは落ちる。
初日に寺田が「お手手繋いで合格しよう」と言ったのは茶化しもあるが本意であり、実際に全員で合格した方が巡り巡って自分の評価も高まるからである。
…こういう時、最も肩身の狭い思いをするのは…自分もそうだったが、能力の低い者だ。…全員からお荷物として白い目を向けられる。…或いは直接言われなくとも、そのプレッシャーを受ける事になる。
…例え笑顔で「大丈夫!頑張ろうぜ!」 などと言ってくれていても、その仮面の下では何を思っているかなど、知りようも無いのだ。…いや、知れたら知れたでそれはどんな地獄だろうか。
「…所で大樹君、幻魔騎士…カタログスペックはご立派だけど、本当に大丈夫なの?」
「へっ?」
「そうそう、なんたって新種の職業だからね。…行軍中に燃費が悪すぎて動けなくなった、なんて…無いよね?」
水原に合わせ、マキまで大樹に不安げな視線を送って来た。
…その問題があったか…確か昔、父がひょんなことから一時期そんな体質になって苦労していたと、今は南大陸に帰っているトレーシーさんから聞いた事がある。…鬼のように強かったが、鬼のように食べ、一戦ごとに牛一頭丸々食うほどの狂気じみた食欲を見せたという。…誇張半分だと思って聞いていたが…
…まさか自分も長期行軍・任務で、下手をするとそんな風になるのか…?
「…うわ、心配…」
ミサが小声で呟いた。 …可愛い顔して毒舌っ娘め。
「あ、あの、ヒールである程度体力回復しますから…!」
…女子軍団唯一の良心であるマリーにさえも、フォローにもならないフォローをされてしまう。
…今から仲間達に不安がられる始末である。…自分でも心配になってきた。
「ちょっと待てよ、お前ら! この間、俺に勝ったコイツを見ただろう!? この大樹がそんな軟弱な訳がねー!」
寺田… 大樹は人生で初めて、暑苦しい男の友情なるものに胸を熱くした。
「そんな事言ったって、それとこれとは別なの。…まぁ、頑張ってくれるとは信じてるけど…」
…水原は大樹と目を合わせずに言葉を濁した。 …嘘だ、信じてない人間の態度だッ!
「よーし、それじゃお前ら、賭けようぜ?大樹、もしくは俺が落伍したりフォローされる羽目になったら俺達の敗け。ならなかったら俺達の勝ちだ。 俺らが敗けたらお前ら一人一人の言う事、なぁんでも聞いてやるぜ!それこそ便所を舐め掃除しろって命令されてもな!」
えっ、何それは…? 大樹は思わぬ方向にブーストダッシュし始めた寺田を絶望して見上げた。
「何で私達がそんな…」
「嫌なら受けなくてもいいが、大樹に一言謝って非を認めてもらおうか。 …どうなんだ?ぇえ?」
寺田は女子一同をじろりと順繰りに睨みつけた。
「あ、あの…こ…」
謝りかけたマリーを水原が制した。
「待って、マリーさん。そんな事必要ない。…で?そっちが勝ったら?」
「…ほら、サークルがあっただろう? 一学年からも何人か在籍している写真部だ。そこでお前らにモデルになってもらう。…勿論、学校側に見られても問題の無い、健全なモデルでな」
女子一同の表情が硬くなる。…が、水原はフッ、と呆れたように鼻で笑った。
「…そんなことだと思った。でも、条件がある。 …女子の誰かがクリア証明カードを先に手に入れてもこちらの勝ちだから」
「おうともよ。 …俺のダチと、ケツ拭き紙アイデアを笑ったツケはデカいと思い知るが良いぜ」
…ほぼほぼ当事者二人に話を決められてしまい、一同は言葉を失った。 …というかケツ拭き紙と同列に語るな、馬鹿友よ。
…だがまぁ、良い感じに緊張もほぐれたし、各々がやる気になったはずだ。これであとは、賭けの結果はともかく明日からの三週間もの実地実習を無事にクリアできればノープロブレムだ。




