へっぽこ勇者
いよいよ入学試験当日を迎えた。
…未だ、入校条件を満たせるスキル・ステータスの実力を自分に見出せなかったが。
…ハッキリ言って、フラットな視点から見れば実力での受験合格は全く不可能だった。…父親の威光と、中等部での皆勤、品行方正な素行、積極的に人が嫌がる雑用と係をクソマジメにこなして来た、教師たちからの評判…内申だけが頼りだった。 …あとは定員割れがあれば可能性はあったが…今回は生憎と、優秀な受験者が多かった。…倍率1.4倍。 …相当数の受験生が今すぐ何らかのアクシデントで辞退しない限り、まずそれは望めない。 …状況は限りなく絶望的だった。
…これでダメなら、母が見守る前で…もう冒険者への道は諦めよう。…そういう運命なのだから。
ウォーミングアップに余念のない戦士系の誰かにぶつかられ、試験会場である高等部グラウンドの人混みの中で大樹は躓き…柔らかなクッションに顔を埋めた。
「あらあら、大丈夫、ボウヤ?」
…ゆったりとしたフォーマルドレスに身を包んだ…日菜子さんを思わせる魅惑的なボティが目の前にあった。…つば広の帽子を目深に被り、その素顔はよく見えないが、魅力的なルージュを引いた口元がニィ、と口角を上げた。
「…少し脳震盪を起こしたかしら?…登録番号は?」
「74です…」
…アレ?…脳震盪って、もっと衝撃がある時になる物ではなかったっけか? …今、この人のお陰で衝撃など殆ど無かった筈だが… …確かにボンヤリする。
「よかった!ならまだまだ時間があるわね。少し休んでから試験を受けましょう」
謎の美女に連れ去られ、大樹は会場から姿を消した。
…人気の無い準備教室に連れ込まれ、椅子に座らされた。
ぼんやりと女性に見入っていると、女性は大樹と向かい合うように椅子に座った。
「ボウヤのお名前は?」
「あ、大淵大樹…です」
「まぁ、ボウヤがあの!?」
「…父は…有名人でしたから」
「えぇ、えぇ、私もお父様の大ファンだったの! …それにしても酷い噂よねぇ?その息子は落ちこぼれだなんて…町の人みーんなが噂しているわ」
…同情的な口調の端々に愉しげな感情が滲んでいた。…そもそも、噂の話など持ち出さなくても…
…町の人々が…全員では無いにせよ、多くの人々が自分をどう陰口で呼んでいるかは知っている。…ガリ勉のスキル無し…英雄の落ちこぼれ… …流石に怒りを覚えたのは、父親が違うんじゃないか、などと言うふざけた戯言を耳にした時だ。…思い出して損をした。本当に腸が煮えくり返る。
…俺にも…父さんの力の…ほんの一割…数パーセントでいいから…力があれば…
「力、欲シイ?」
帽子を脱いだ女性が、もう鼻と鼻がくっつくほど近くに迫り…その妖しく緑色に光る瞳で大樹を見つめていた。 ニィ、と不気味に上がった口の端から、名も知らぬ甘い香りが漂って来た。
「…手に入るものなら…何だってするけど」
「じゃ、あげちゃう♪」
ふくよかな胸の中に顔を押し込まれ、大樹は慌てた。…しかし、抗いがたい眠気に襲われ、目を閉じかけた。
「…今回は初回限定無料サービス…と個人的な推し贔屓パッケージ♪ …お父さんがツケを残す人じゃなくて良かったわねぇ?」
するりと心地よい温かみがすり抜け、大樹は支えを失った衝撃でハッとした。女性は既に戸口に立っていた。
「アデュ♪ 遅れてゲームオーバーにならないでね~」
女性の姿が消えた。
「71番!前へ!」
遠くから小さな声が聞こえて、大樹は慌てて、転がるように準備室を飛び出して行った。
会場であるグラウンドに戻ると、既に73番の受験者番号が張り出されていた。…中央では拳闘士の学生が見事な回し蹴りで人型標的を粉砕している。…木刀でも自分はあんな真似はできない。…そもそも、術士では刀剣の類に武器適性が無い為、一切の恩恵が受けられるはずがないので当然だが。
…それでも、やるしかなかった。何せ、その術士なのに魔法が最弱ヒール以外一切使えないのだから。…せめて剣術で少しでもアピール…悪あがきするしか…
…あの女性、力をくれたと言っていたが特に体に変化はない。…嬉しい事はしてくれたが、気持ちだけで合格できるなら世話はない。
「74番!? 居ませんかー?」
「は、はい!」
「遅い!…早く試験用紙を提出しなさい」
強面の、いかにも体育教師といった風貌の厳つい男が手招きした。
「は、はい!」
用紙を手渡した。
「……あのねぇ、君、職業が違うじゃ無いか!しっかりしてくれよ?もう中等生じゃないんだからさ……所で…なんだ、その職業は…?」
「はい?」
術士・スキル…無 と書いた自身の用紙を返され、大樹は目を瞬いた。
…そんな馬鹿なと思いながら自分のステータス表を再確認した。
職業…幻魔騎士 スキル1…限定強化 スキル2…バリア(小) スキル3…自動回復(100) スキル4…炎系 スキル5…氷系 スキル6…雷系 スキル7…風系
…ナンダコレ?
…正に夢にまで見た術士のスキルが…ガッツリ揃っている。…それだけではない。母の力を受け継いだと思われるバリアや…微弱ヒールは失われたが、代わりに自己回復能力が備わり、珍しい強化系まで加わった。
そして何より…そもそも職業が変わっている。…幻魔騎士など聞いた事も無い。 …だが、ステータスは決して改竄できない。…良くも悪くも、何かの間違い、などあり得ないのだ。
「と、とにかく用紙を書き直しなさい。急いで」
体育教師が新しい用紙とボールペンを差し出してくれた。
クリップボードも借りて大急ぎで書き込むが…いかんせんスキルが多くて手間取る。…なにせ、七つもスキルを持つ物などそうは居ないだろう。 術士ですら四種類の各系魔法が使えれば大魔術師扱いなのだから。
…せいぜい四つ分を書くためのスキル欄のスペースに細々とした字でスキルを羅列していった。
…これまで、術士のくせにスキル欄に「無」と書かねばならなかった惨めな日々が思い起こされた。…微弱ヒールを書き込むのはプライドが許さなかったし、微弱ヒールは実質評価されなかった。それを思うと、嬉し涙が出てきそうだ。
用紙を係である体育教師に提出すると同時に呼び出され、大樹は返事をしながら…広い受験用のエリアへ進んだ。
『74番、大淵大樹。 これよりスキル評定試験を開始します』
スピーカーからよく通る女性のアナウンスが流れた。
…中等部入学のあの時と同じく、大勢の受験生や見物人があらゆる好奇の視線を向けて来る。
…見知った顔もあった。…自分の惨状を知っているヤンチャ軍団が、ニヤニヤと笑っていた。
…そこから目を逸らすと、母と日菜子さん…そしてマオ姉の姿もあった。母は気丈に振舞っているが、不安を隠しきれずににこちらを見守って手を振っている。日菜子さんも微笑みながら手で(ファイト!)のサインを見せてくれた。 …何としても、急に天から授けられたこのスキルを使いこなして見せねば。
…視界の端で、高い雛壇席に座る筆頭試験官である初老の男性の元へあの体育教師が姿勢を低くしながら駆けつけ、あの試験用紙を渡した。…途端に筆頭試験官の髭面が険しくなり、体育教師を見上げて何事か問答し始めた。周囲の試験官も何事かと問答に加わっている。
『…こちらは試験運営委員会です。只今、運営状況について確認と協議の為、試験を一時中断します。短時間で終了するので、受験者はそのままお待ち下さい』
…唐突なアクシデントに自分や母達を含め、会場が騒めき始めた。
ややあって、体育教師が書類を筆頭試験官に渡しながら一礼し、元の持ち場へと駆け戻っていく。試験官たちも全員が席に戻った。
『…運営側の確認と協議の為、一時中断していました。 …74番、大淵大樹。試験を再開します』
屈強な試験教官が歩み寄り、標的を指し示しながら説明した。
「…あの人型標的に、任意の魔術一種類ずつで攻撃しなさい。 …例えば一つは炎、二つ目は氷、という風に」
「はいっ!」
…クソマジメ生活で出し慣れた、気合の入った返事で答えた。
…まさか、これだけ立派なスキルを並べておいて実は出ないとか、ライターの火みたいなの…とかいうのは止めてくれよ…? …いや、あり得る。これだけスキルが多いなら、器用貧乏って事も…
…頼む、せめて火炎放射器とまでは行かなくとも、ガスバーナーくらいの炎を…
祈りながら手をかざし、念じた。…今まで散々勉強したが、この日までついぞ役に立たなかった術士の魔術展開プロトコル。…嫌と言う程暗記している。
…これは一般的な術士のように精霊との契約によって得られた魔術では無いので、その効力を高める詠唱などは存在せず、強制的に自身の体そのものを式として展開する必要がある。
…言葉にすると面倒そうだが、実に単純な話だ。視界に…炎だったら炎でそれを燃やすイメージをすればいいだけ。 標的に向けてかざした手は鉄砲で言えばセイフティ…若しくはトリガーの役割。 …念じただけで簡単に魔術展開しては、往来で出会った嫌な相手にそんなイメージをしただけで一々警察沙汰になる。
握り拳を解放した。
爆炎が標的を包み込み、会場内に軽い悲鳴が上がった。
…またもあの時と同じ、静寂に次ぐ静寂。しかし今回は、気まずさのベクトルがかなり違った。
『…74番、危険なのでもう少し威力を抑えて下さい』
アナウンスが注意を促した。
「す、すみません!次は気を付けます!」
運営テントに向かって、これまた下げ慣れた見事な角度で腰から頭を下げた。 その光景に、凍てついていた会場の空気が笑い声と共に幾らか和んだ。
ふと、人混みの中の母と日菜子を見ると、母は一層不安げに、日菜子は口元は微笑をたたえているが眼は真剣な眼差しで大樹を観察しているようだった。 マオ姉も鋭い視線でこちらを見つめている。…そんなに睨まなくても…
…やらかした。ちゃんとまともな術が使えるか心配で力み過ぎたのだ。…まともに使える事はもう判明したし、次はこの三分の…いや、四分の一でも試験評価が悪化する事は無いだろう。
…氷を。
標的に向け、再び手をかざし、今度はもっと穏やかに…雪だるまを作るつもりで氷を走らせた。
…会場の見物人たちが肩震わせた。 …確かに標的はそのまま凍り付いた。…風と共に氷の灰となって風に吹かれて消えていったが。
『…つ、続いて戦闘実技試験に入ります』
顔だけは無表情だが体を小刻みに震わせる教官が歩み寄り、刀剣と槍を示した。
「…あのどれでも好きな物を使って、標的を破壊しなさい。ただし、攻撃技は自由だが、二度まで。三度目と見做した場合は減点とする」
「はいっ!」
大樹は日本刀を取ると、鞘から抜き払って標的の前に立った。…確か、標的のあの21式メイルアーマー改をどれだけ傷付けることができるか、が評価だった筈…
チラと横目で、それまでの受験者の成果…傷ついた21式メイルアーマー改の山を見た。
…結構削れている。深々と切れ目の入った物や、前面が大きく破損したものもある。…競争相手のレベルは高い。今度は本気でやらなければ。
「…行くぞ…」
…日菜子さんに教えられた突きと切り下げで。
「ちぇえアアアアッ!」
裂帛の気合と共に奇声を上げながら突撃し、その勢いのまま渾身の水月突き、更に袈裟切り。
奇声が可笑しかったのか、会場はどっと笑いに包まれた。
ガランッ
…その音に自身の奇声を笑っていた会場を静めた。
…21式メイルアーマー改は貫通・更に両断されていた。
『…74番、試験終了。エリアから退出して下さい』
…やれることは十二分にやった。…万一、これで浮かれないなら、もうきっぱりと諦めも付く。
大樹は会場を後にした。
「大樹、お疲れ様!」
会場の外では母と日菜子さん、マオ姉、それにアリッサさん…それに銀さんと秋山さんと浮田さんが加わって待ち受けていた。
「あっ、皆さん、お疲れ様です! 態々来て下さってありがとうございます」
「凄かったね、大樹君。…それにしてもまさか…真剣だとあんな実力があったなんて」
日菜子とマオ姉はやや考え込むように大樹を見た。
「お疲れサマ~、大輔Jr!私達、途中から来たんですけど、ダイキの叫び声カッコよかったデスねぇ、昔アリッサが観ていた時代劇の剣術みたいデ♪」
「それにしても試験用の刀で、21式改をああも易々とはな…達人の域だ」
銀の言葉に秋山も頷いた。
「正直度肝を抜かれたが、教えた身としてはこの上ない喜びだよ。しかし、今からこんな頭角を現すとは…末恐ろしいな」
「なんつーか、やっぱり大淵さんの子だなぁ、って。…今に銃も扱えるようになったりしてな!」
「はは、まさか…」
「ソレニしても…幻魔騎士? …新種デスねぇ…今まで術士だったハズなのに、職種が変わるなんて聞いた事アリマセン。 …何か心当たりとか無いんデスか?」
「それは…」
…あの妖艶な女性。
『力、欲シイ?』
大樹は会場を振り返った。…あの姿なら目立ちそうなものだが…どこにも見当たらなかった。
「…所で、時間もちょうどいいし、皆も集まっているから、お昼にしない?」
日菜子さんが提案してくれた。
「良いですね!…あっ、すみません、その前に俺、ちょっと知り合いに挨拶してきますんで!」
「そう?わかった。先に行ってるね、木村さんの店だから」
「うん、分かったよ、母さん」
…人気の無い校舎に入り込み、先ほどの…歴史学資料準備室を覗いた。…当然ながら誰も居ない。
「誰かお探し?」
背後から囁かれて跳び上がりかけた。
「ヒッ! …あっ、さっきの…」
「あらあら、さっきの。お見事だったわねぇ、あんな凄い魔術の他に剣術も扱えるなんて、私も初めて見たわぁ♪」
例の女性が立っていた。
「あの、さっきは何かしてくれたんですか?俺の職種やスキルが凄い事に…」
「さぁ?ちょっと元気になるお呪いをしてあげただけだけど…何?またして欲しくて探してたのかしら?」
「あっ、いえ、その、一言お礼を言いたくて…お陰で俺、合格の可能性が見えてきました!」
「素直で可愛い子ねぇ♪本当にお父様にソックリ。…そうね、可能性どころか、まぁ主席か、悪くても次席…まぁ、ホラ、大人の情事…じゃなくて、事情もあったりして幾らか席次が繰り下げられるかもしれないけど、まぁ間違いなく合格は合格ね。 オメデトー!」
パチパチパチ、と小刻みに拍手して見せた。
「あっ、ありがとうございます!…なんとお礼したらいいものか…」
「気安くそんな事言ってると、悪いお姉さんに食べられちゃうわよ~? あなた若くて可愛いから♪」
背後に回られ、肩から首筋をなぞられた。…妙な悪寒に震える。
「そうね、お父様によろしく伝えておいて♪グラマラスな美女がお父様の事を慕って寂しがっていた、って♪」
「は、はぁ…」
…母さんには黙っておこう。 …日菜子さんや他のお姉さん方もそうだが、父に対して少なからぬ好意を感じる。…あんなだけど、昔から結構モテてたんだろうな…羨ましい。
「さて、そろそろ帰らないと無断侵入し続けても良くないからね。出ましょうか?」
「はい」
女性の前を歩いて玄関まで進んだ。…すぐ背後に静かな足音が続いている。 玄関を出て外の正午の暖かな日差しを浴びて背伸びした。
「…あっ、そう言えばまだお名前を…」
…振り返ると、そこにはもう女性の姿は無かった。




