別れ
「…いるか、死ノ火」
「…はっ。…この通り、戦闘には何のお役にも立てず、不甲斐ない次第です」
「そんな事を言うな、仕事が違うだけだ。…それより…」
仲間達が駆け寄る中、大淵は死ノ火に幾つかの指示を下した。
「…頼めるか?」
「御意のままに」
振り返ると同時に死ノ火は消えていた。 …さすが、暗殺者の最上位クラスだ。
「大輔くん!? …怪我は!?」
「…この通り、掠り傷一つ無い。 …それよりそっちは?」
「…皆、私を庇ってくれて怪我をしちゃったけど…全員無事」
「エプーズ・桜のヒールは見事な物だ。これなら傷を作るのも偶には悪くはない」
気障ったい仕草で肩を竦めながらも、その燕尾服はボロボロになり、上半身は殆どその屈強な筋肉質の体と体毛を隠し切れていなかった。
…他の皆も似たようなもので、アーマーが無事な者は皆無。戦闘服も破けたのか、衣服を縛り付けている者や、メノムは秋山の上着を借りて羽織っている。
「…」
…あの悪魔が見せた未来が過る。
仮面の異形と同じく、上位者たちは経験値を持たない…あるいはその存在自体がイレギュラーな為か、得られないようになっていた。…こいつらを幾ら倒そうと、皆のステータスの強化は望めない。
こんな事を繰り返していれば、いずれは…
「…皆に話しておかねばならない事がある」
悪魔から聞いた眷属化の話をした。…そして恐らく、それをしなければこの規模の戦いを続けていくうちに次々と自分以外の皆がこの戦いの中で命を落として行くであろうこと。
「そんなの…やってみなければわからないでしょ」
斎城が反発した。
「…俺も最初はそう思ったが、今は…自分の見せられた未来通りになってしまうと確信している」
「あの…その悪魔がダイス先生を悪い未来へ誘導するためにそう仕向けている…とかは?」
秋山から借りた戦闘服の上着を着込んだメノムが遠慮がちに仮説を述べた。
「…それは十分にあり得る。アイツは俺だけが生き延びて苦しむのを望んでいるらしいから。…だが、これまでも決して嘘は吐かなかった。いつだって俺に最善の選択をさせ、その上で絶望させたがっている」
「…悪魔の言葉にむざむざ従うことは無い。大輔、構わずに進もう。今の戦いだってそうだが、君が居れば…」
言いかけてリノーシュは口を噤んだ。
「…もう一つの選択肢は、俺一人でこの先を行く事だ。今の戦いで証明されたが、俺一人ならどうとでもなる。…この通り無傷だしな。 …補給の問題さえ解決できれば、今度こそ俺一人で奴らを殲滅できる」
「そんな…一人でなんて…それに、万一何かあったら…」
「…まぁな、俺も今まで、散々ポカしているから、不安っちゃ不安だろうが、この体になった今は死ぬことは絶対にない。 …ここは一つ、皆でこのゲート…俺の補給路を守ってくれんだろうか?」
「…それがお前の選択か?」
マオが大淵の真意を問うように見上げていた。
「…ああ。お前ら…マオやカリュー、フローズィアは元から俺と同じようなもんだが、他の皆を俺と同じにしたくない。…俺の見た未来じゃ、その三人だって死んでいた。 …だからここで一旦、お別れだ」
大淵は再び収納から車両類と軽油のドラム缶を取り出すと、自分のバイクに跨った。…マオは跨らなかった。
「…それがお前の選択なら、私は…ついていきたいが、我慢する。 …出来る女というものは弁えるものだからな。 …その代わり、必ず帰ってくると約束せい。…桜の為にな」
「ありがとな、マオ。…皆も」
エンジンを始動しながら桜を振り返った。 桜は良い夫を亡くした通夜の未亡人かと思うように、今にも泣き出しそうな顔だった。 …決めかけた心が揺らいでしまう。
「…桜、前にお前に泣きつかれながら約束したよな。もうどこにも一人で行かないって」
「…はい」
「桜。…俺を信じろ」
大淵の強く頼もしい語気に、桜が泣き顔を上げた。
「…はいっ」
「…ついでに、良い温泉が生き残って無いか探してきてやるよ。勿論混浴でな。秋山、フローズィア、それから船で待っている浮田もまとめて、お前らも相伴に預からせてやろう」
「…期待しないで楽しみにしてますよ」
秋山は付き合うように苦笑しながら応じた。
「フム。私にとってはマグマに入るようなものだが、命の果てに見るのが薔薇の園というのは何とも甘美…」
フローズィアの言葉を最後まで聞かず、大淵は走り出した。
…これで良かったのだ。…これで。
…本来はとっくに天寿を全うしていた亡霊が、別世界でこうして生を謳歌し、その代償としていくらかの人助けと彼の世界を…招かれざる侵略者から、とりあえず守ることに成功したのだ。
…夜の雨に打たれながら波の音を聞いていた。…この身では最早、雪や雨でも春の穏やかな空気と変わらない。
「大淵様…」
声の方向を振り向くと、死ノ火が跪いて控えていた。
「す、すげーな…もう追いついたのか…駅伝優勝常連大学も真っ青だぜ…。 …ありがとう。さすが花の国…いや、日の本一の死ノ火だ。…所で忍じゃなくて死の火と書くのは何でだ?」
早くも人との会話に飢え、好奇心もあってその忍者に話しかけた。
「は… …流派、出身国にもよりますが、我らの場合、かつてキョウの陰陽師を源流と致しまして…本来はキョウに蔓延る悪鬼や妖の類を成敗・鎮圧するための組織でした。…式の使用や各種対魔術の使用には火…人々が神から与えられた、原初にして最強の破魔の力である火…これを扱い、死すべきモノを見送る我ら…更には我らの活動が、人目を忍んだ夜陰に乗じた事…これらを絡めて死ノ火衆と呼ばれるに致りました」
跪いたまま、淡々と自身のルーツを説明してくれた。…その間、大淵は他に屋根を持つような建物も無い為…近くの建物で拾ったボロボロのビニール傘をその死ノ火に差してやっていた。
「…顔を上げてくれ。…もしかしてだけど、このポーズも?」
大淵は「ドロン」のポーズをして見せた。
「は…少々異なりますが、我らの場合は式神使役の手印です」
「…ありがとう、興味深い話が聴けた」
大淵は死ノ火が差しだしたバックパックと、剣道の防具入れのような袋を拾い上げた。
「…お前は海を越えられるのか?」
「必要があれば如何様にも」
「頼もしい。…しばらく、俺の無茶な旅に付き合ってくれ」
大淵は全身に赤い筋を走らせると、死ノ火の前で軽々と向こうの島…九州側へと飛び移っていった。




