魔の国
…準備と航海で二週間近くが経っていた。
ブレメルーダに寄港して補給を済ませ、花の国へと向かった。
とんだ寄り道になってしまったものだ、と大淵はキングオブノーチラスの甲板で空を見上げた。
…幸いなのはあれで海の異形を使い果したのか、海洋モンスターの襲撃が全くない事だった。…ダイスの人格には海洋恐怖症など微塵もないようだが、自分はこの体になってもまだ海洋恐怖症を克服できていなかった。
「大輔、じき、スルガ湾に入港するよ。あれから大岩殿が港を整備してくれてね。今度は直接入港できる」
リノーシュが話しかけてきた。
「なんだか懐かしいな。…眠っていたとはいえ、五年間ぶりだからな」
「大輔が戻ってきてくれて良かったよ。…でも、何か…」
「?」
「…いや。ねぇ、何かあったら、もっと僕に頼って欲しいな。僕だって君の親友だろう?」
「そうだな。…これからはそうする」
スルガ湾に入港すると、血相を変えた港湾監督の遠田が従者と共にタラップに駆け寄ってきた。
「リノーシュ陛下、大淵殿、お久しゅうございます!…しかし、此度の来国、歓迎したいが…」
「…何かあったのですか?」
リノーシュが訝しむが、大淵同様概ねの様子は察する事ができた。
「…見たことも無い妖怪がエドのヨヨギ村に現れたと。今、エドの妖怪征伐に朝廷…帝まで出陣なされている!全国から勅命に従って、我が家を含め名のある領主たちが精鋭を送り込んで、とんでもない事になっている!」
「…我々も助太刀させて頂きたい。その原因について知っているのです」
「…相分かった。御屋形様からの正式な書状は遅れて送り申す。…風の噂では各地の侍達は善戦しているようだが、昼夜問わぬ謎の妖怪や、妖怪をも取り込んだその異形の妖怪に押され、戦況は苦しいとも聞く。 …再びお力添えを願いたい」
「ありがたい。決して大岩家や遠田殿の顔に泥を塗るような真似はしないので、大船に乗ったつもりでいて下さい」
そう言い終えると息子の頭を撫でて顔を合わせてからタラップを飛び降り、大淵は各種車両を取り出した。
「星村、すまんがチビ助のお守りと留守番を頼むぞ。それから…リザベル、トレーシー、パルムとラナ、浮田も今回は留守番頼む。 …それから保安部の銀と秋山、同行してくれ」
「了解した」
「知道了」
いつものバイクメンバー4人に加え、高機動車に銀、雷人、桜、リノーシュ、メノム、クロエ、フローズィアにカリューの8名が乗り込むことになる。
まだ5歳で甘え盛りの大樹は母親の桜と別れたがらずにぐずったが、連れていく訳には行かなかった。…また、激しい戦い、既に多くの死傷者が出ているであろうことから、桜を連れて行かない訳にもいかなかった。
「ごめんね、大樹…お母さんもお父さんも絶対…すぐに帰ってくるから…」
桜も苦渋の表情で我が子を星村達に任せ、タラップを降り、仲間の待つ高機動車に乗り込んだ。
…エドに続く街道は避難民と思しき町人たちの姿が目立った。幸いにもエドへ向かう討伐隊の為に町民たちは道を開けてくれており、ありがたくそのスペースを大淵らの小隊が猛スピードで進んだ。…この奇妙な隊を見ても、町人たちはさして興味を示さなかった。それよりも、一刻も早く遠くへ逃げようと誰もが必死だった。
…既に正午を過ぎていたが、呑気に腹ごしらえをできる兵は居なかった。…飯も食えずに殺されるのだと、誰もが諦めていた。
体長一間と一尺(約2.1m)にもなる鬼童子を取り込んだ黒い異形を始め、上は5間(約9m)にもなる、でいだらぼっちを取りこんだ黒い異形…これら有象無象の異形に加え、取り込まれた旗本や兵も黒い兵と成り変わり、討伐軍を返り討ちにしつつあった。
…異変発生当初から被害を受けていたエド領主の軍は壊滅、領主は戦死し、被害は拡大する一方だった。…人口密集地だったことも敵を利し、味方を苦しめた。
…一目でそれとわかる美しい花紋が縫われた幔幕に触れぬよう駆け込んだ武将が平伏したまま声を上げた。
「…最早これまでです。天子様は京へとお戻り下さい。付近の民草は全て避難させました。…本来なら不甲斐なきを恥じて腹を掻くべき処ですが、せめて血の禊に我が軍が殿軍を仕ります。 どうか…」
「良いのです。皆、よく戦ってくれました。 …我らが勝ちました」
…あまりの圧倒的敗北であった。…現実を認めたくない気持ちは少なからず拝察できた。
「はっ…」
しかし、幔幕の外では凄惨な殺戮劇が繰り広げられている。…この純白の美しい幔幕を裂いて妖怪共が侵入して来れば、最悪の事態が訪れる。
…いや、妖怪などではない。
この、黒い物の怪…妖怪をも取り込み食らう、仮面の異形…仮面さえ破壊すれば始末しやすいという事は分かったが、その圧倒的な物量に加え、取り込んだ旗本や兵を使われ、全く太刀打ちできなかった。
「いいえ、勝ったのです。私達は立派に役目を全うしました」
…幔幕に迫って来ていたでいだらぼっちが巨大な足音を最後に消失した。
驚いて振り返ると、また光の矢が煌いたかと思うともう一体の大鬼が消滅した。
…俄かに幔幕の外が騒がしくなった。
「距離を取って戦え! 無茶はするな!」
「ふむ。君が言うかね、突撃隊長」
「隊長特権ってやつだ。 …ええい、お前らなら暴れても大丈夫か。一気にカタをつけちまおう!」
バイクから降り立った大淵が跳び上がり、でいだらぼっちの額を叩きつけた。…でいだらぼっちは崩れ落ちた。
大淵は空中から敵陣中に飛び込むと、つむじ風のように暴れ回った。
「クソッ…殆ど生命と同化してやがる…! あの野郎共、余程ツケを溜めて飲み食いするのが好きらしいな…!」
黒い侍の神速の一撃が大淵を襲った。刀は頬を切りつけただけに終わった。
「…痛ぇーじゃねぇかッ!」
反撃の回し蹴りが頭部を仮面ごと消し飛ばす。
車両へと向かいかけた大鬼の首にワイヤーアンカーが巻きつけられ、巨体が宙を跳び上がりながら消失した一体に叩きつけられた。
紫電と熾煉に切り替え、有象無象の妖怪の群を切り刻んで暴れ狂う。
…大淵が先頭に加わると、早くも敵の面積密集率が低くなり…今度こそ諦めたように、旗本の家々が並ぶ武家屋敷の中にポツンと現れたゲートを確認できた。
「このまま敵を殲滅するぞ! お前らしっかりついてこい!」
…戦場に暴れ狂う、鬼をも食らう鬼神…
…それに再会し、女帝はうっすらと微笑を湛えた。




