消失
ダンジョンから物資やアイテムを手に入れて二日が経っていた。
第一次攻勢作戦の下準備として、大淵は小隊を率いて前線を偵察していた。遥か二十キロ遅れて魔王軍の魔物達が大淵らに追随し、戦線を上げていた。
進撃は順調に進み、驚いたことにかつて何度も利用したベース1跡地にまで辿り着いた。…流石に食糧・物資の類はテントごと踏み潰されていたが。
「…ここまでくれるとはな」
ここからルーヴァリスまでは目と鼻の先だ。 …幾ら奴らの天敵である自分が大暴れしたからと言って、ここまで極端に軍勢を下げるだろうか…?
当然、敵地へと誘い込まれている可能性も考えた。
…だが、誘われていようがいまいが、まずはゲートを抑えてこの世界の安全を確保しなければならなかった。…そして行く行くは…
…二日前に見せられた、一人絶望して命を絶つ自分の姿が脳裏を過った。
…ゲートに蓋ができるものなら、そのままこの世界で大人しくしていればいいのか?
…失われた犠牲に目を瞑り、奪われた世界を「仕方ない」と割り切れば…
…かつて憂国烈士団との戦いで問われた問答そのままではないか。
だが、決定的な違いがあった。…魔王軍のそれは犠牲者こそ出してしまったが不本意な事故だった事。
そして魔王は共存を選び、今もこうして人類保護の為、配下の魔物を多く失いながらも先陣で戦ってくれていること。
…そして、自分の答えは決まっていた。…単なる復讐ではない。連中が勝手に無理矢理奪っていったものの代償を支払わせてやるだけだ。…82億の運命と世界。…謳歌されるべきだった日常を…
「…ダイス、何をそんなに気負っているのだ? …それに、そのイメージは…?」
リアシートのマオが話しかけてきた。
「…何でも無い。ちぃっとばかり怖い夢を見たのさ。 そういやマオ、お前は夢って見るか?」
「昔、お前が寝ている最中に見ていたものか?…私は見たことが無いな。 …ふん、お前はよく桜や斎城の肌を見たり、何か食ってばかりいたな。…そして時折不気味なイメージを見て魘されていたな」
「そう、それだ」
…この体になってから…ダイスの時でも、そのどれも見ていなかった。
思考を殺して進む大淵だったが、マオはそれ以上問わなかった。
「…予定を大幅に変更するが、燃料補給と休憩後、このままルーヴァリスまで進む」
『…少し強引すぎるんじゃない?』
高機動車を運転する銀が通信を送って来た。
「…ああ。 本来の予定ではベース1の辺りがどうなっているか見て帰るだけだったからな。…欲張りではあるが、なんだか妙だ」
…そもそも、自分の存在を敵は察知していた筈だ。…ここに辿り着くまでにどれだけの黒い異形の手先に阻まれた事か。
それにも拘わらず、敵は…上位者はまだ一向に姿を見せなかった。…単なる罠・作戦…そんなレベルではないのではないか…そんな不気味な予感がしてきた。
果たして…かつて人類の居住区化プロジェクトとして…上位者襲撃後は抵抗拠点として栄えていたルーヴァリスの変わり果てた姿が見えてきた。…その遥か向こうにはゲートのあるオルド山脈の険しい山肌…その中にハッキリと残るスロープが見えた。
…スロープが見えている。
『…敵はどこに…?』
『ゲート坑道の中デスかね…?』
…気配が全く感じられなかった。…嫌な予感が、あるバカげた可能性を思い浮かばせた。
「…マオ、しっかり掴まってろ」
大淵はアクセルを握り込み、ルーヴァリスを無視してゲートへと一直線に向かった。
「…馬鹿な…!」
…バカげた可能性は当たっていた。…かつて、何度も行き来していたゲートは跡形もなく消えていた。冷たい岩石質の山肌が、元からそうであったと主張するようにあった。
スロープを登り切り、バイクを立てかけるとゲートに駆け寄り、風神騎槍を取り出した。
強化。ミキサーをドリル代わりに穴に叩きつけた。…確かにトンネルはでき、岩山の向こうまで貫通した。…その先には平原が見えた。
「…閉じ込められたのか?」
マオが茫然として呟いた。
「…或いは隔離か」
失意に力なくストームランスを空間に投げ込み、ダイスはその場に力なく座り込んだ。
…何故だ…?奴らはゲートを管理できるのか…?
「…こちら大淵。ゲートは消失した。 …現状、上位者はこの世界には現れない。…ルーヴァリスの戦略的価値は消滅した。…マオ、魔物達の進軍を現在位置で止めてくれ」
「…わかった」
…この日、大淵小隊は何の戦果も挙げないまま…作戦行動を終了させることになった。
この出来事を後に知ったキャンプで暮らす人々は、戸惑いながらも上位者の恐怖を覚えている多くの者達は手放しに喜んだ。
失意の内に拠点に帰還した大淵は、それでも道中の内に考えを整理し、今後の方策について考えていた。
…その結果、現状自分達からできる事は何もない、という結論に至った。
「…とりあえず今日は全員休んでおいてくれ。…だが恐らく、小隊は明日の朝には次の行動に移す事になると思う」
「「了解」」
返事は良かったが、小隊の皆も困惑を隠せずにいた。…平然としているのは、死の間際でも同じであろう、フローズィアくらいだ。香山が全員に淹れてくれた茶をのんびりと啜っている。
…深夜、一人平原に出た。 …キャンプから遥かに離れて夜風に吹かれていると、ふと気配が湧いて出るように現れた。
「いやぁ、最近こうしてお会いする機会が多くて良いですねぇ♪ なんだか私めがメインヒロインになったようで幸甚の極みに存じますなぁ!」
「こちらとしては甚だ痛恨の極みだがな。…だが今回ばかりは情報が欲しい」
「大淵様からおねだりとは堪りませんなぁ♪しかしねぇ、私悪魔なんですよ。私がいつも大淵様にして差し上げているのは全て無償の愛…サービスであって、大淵様からのお願いとなると流石に無償と言う訳には行かないのですよ~はい♪ どのくらい融通が利かないかと言うと公共料金の支払いと毎月の…」
「…俺から何を望む?」
「奥様か御子息を♡」
「もういい…斬る前に帰れ」
「あ~ん、ほんの冗談でございますよぉ! …そうですねぇ…本来なら寿命を何年という所ですが、今の大淵様から寿命は取れないし、そもそも私、大淵様には死なずに生き残ってもらって、他の方を失って苦しむ姿を見たいんですよねぇ♪」
「…悪趣味なこった」
「お褒めに預かり光栄です♪…じゃあこう致しましょう。大淵様の精神をちょっと…ほんのちょっとだけ弄らせてください。すると大淵様はふとしたきっかけで暴力衝動が強まり、ワイルドさが上がっちゃいます。…親しいお仲間に暴力は振るったりしませんからご安心を。代わりに、ヒントを差し上げます。これが最大譲歩ですかね」
「…取引成立だ」
「では」
黒い霧が大淵にまとわりついた。…やや不快な感覚が背筋を撫でたかと思うと、心地よく感じられ始めた。…それが忌々しかった。
「いいですねぇ♪やはり適性がありますなぁ! …さて、ヒントですが、三次元の法則でございます。横の穴があの第33ゲートだとします。二次元のゲートがアルダガルドにてアルダガルド兵が破壊したあの魔方陣です。…さて、縦のゲートはどこにありますかなぁ?」
「…それが分かれば苦労は…」
「…不思議に思いませんかぁ?どう考えてもこの大陸も南大陸も大淵様の元の世界には関係ない世界です。でも、実在し得た場所がありましたよねぇ?」
「…まさか」
「あとは概ね予想がつくでしょう?片っ端から温泉巡りしながら過去の思い出を偲んでも結構ですがね♪…ただし、大淵様が向かうと知れば、向こうも死に物狂いで襲ってくるでしょう。殆どバグというか不正プログラムだった横穴と二次元は、一度開きさえしてしまえば彼らの自由に扱えましたが、いずれも閉鎖した上に破壊されましたので二度と開けません。…そして縦穴は彼らの意志ではどうにもできないのですよ、これが!」
それだけ言うと、悪魔は風に乗って消えていった。




