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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー
演目  伝説の英雄は復讐の旅路を行く

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140/173

戦利品

「…今回は素直に感謝しておくか」


 バイクを停め、ダイスは微かに口元を緩めた。斎城とアリッサもご機嫌でそれぞれのバイクを停めた。高機動車の負担軽減の為、それぞれの後部にはメノムとクロエが分乗していた。

 後続する高機動車は銀が運転し、他のメンバーを乗せてきていた。…かつて尾倉や藤崎の巨体を運んでいたように、カリューやフローズィアの重量ある巨体を苦労しながら運んでくれるが、他の面々がほぼ女性なのが救いだった。


 …トンネルの前に着くと、この高機動車と三台の…それぞれが所有していた愛用のバイク…そしてドラム缶十本ずつのガソリンと軽油と共に収納の魔法石が一つ、…(I ♡ Dice)と書かれた悪趣味なハンカチの上に置かれていた。


 …ハンカチを熾煉の切っ先で燃やしながら収納の魔法石だけ受け取り、大淵はありがたく愛用のバイクに跨り、リアシートにはマオが座った。


「す、すごい便利な乗り物ね…揺れも凄いけど」

 トレーシーが感心しながらリアハッチから降りてきた。


「ふむ。エレガントでは無いが実に快適だ。この機械の心臓音がまた良い」

 フローズィアもそう評しながら巨体をリアハッチから下ろした。


「なにせ、移動手段が無かったから…エベラにはまだV‐22があるけど、燃料も無いし整備する資材も不足しているから…」


「このままでは、遅かれ早かれいずれはこの車両類もそうなるだろうな…」


 バイクと高機動車を詰所に停め、大淵は詰所のドアを開けた。


「あ、お帰りなさい、大淵さん!」


 星村と、大樹に字を教えている香山が中央のテーブルに座っていた。

「お帰りなさい」

「おかえりー」


「ああ、ただいま。…苦労掛けたな、二人とも」

 …大淵の様子が変わっていることに気付き、二人は目を丸くした。


「お、大淵さん、もしかして記憶が…?」 


「…ああ。大きくなったな、星村。 …黒島が見たら、あんまり美人になって仰天していただろうな」

「う…うう…大淵さん…!」

 星村の頭を軽く叩きながら桜を見た。


「桜も。 …よく守ってくれたな」


 大淵は桜と大樹の元へ歩み寄った。

「…なるほど。たしかにロキに似てら」

 大淵は照れ臭そうに我が子の頭を撫でた。…何を思ったか、その小さな指先が大淵の鼻を押した。

「…我が子ながらやってくれるぜ」

 豚鼻にされながら香山を振り返った。

「あー、さく…お、オイ勘弁してくれっ、格好がつかんだろ……ゴホン…桜、今までありがとうな」


「は、はい…おかえりなさい、…大輔く…大輔」


 大淵は大樹ごと桜を抱き締めた。…その体はひんやりと冷たかったが、あの日と同じ温もりを感じられた気がした。


「パパひんやり~」

 …無邪気な息子の声が辛かった。…それでも…どんな姿、存在になろうと大淵大輔は…どこにも一人で行かない、という約束通り、こうして戻ってきてくれた。


「へっ、夏は便利そうだろ?」


 …深刻になればなるほど、自分の不運を不運とも思わない所も彼らしかった。

 

 幸せを感じると共に…それでも桜は、このままで済むのだろうか…そんな一抹の不安を抑えきれなかった。…上位者との戦いの事だけではない。 …大輔が還って来てくれた事は何よりも喜ばしいが、この奇跡とも言える再会がただの奇跡…お人好しな神様が運んできてくれたありがたいものには思えなかった。…何か、悪意を持った悪魔が、ぬか喜びさせるために…


「…さくら?さくらさーん?」


 ぼんやりしていた自分の目の前で大淵が手を振る。

「はっ、はい!?」


「氷漬けになったのかと思ったぜ。危うく王子様のキッス5秒前だったな?」

 大淵はおどけて笑った。

 …それならもう少しぼんやりしていれば良かった。


「おお、そうだ星村。トレーシーがダンジョンを見つけてくれてな。色々な物資が手に入った。土壌改良剤の原料もある。…ただ、効果が分からない魔法石が幾つかと…ボスが守っていたコイツは何だろうな?」


 大淵は戦利品の数々をテーブルの上に雑多に並べ始めた。


「助かります!衣服の素材も助かるし……これがソリン・カリルの骨ですか…こっちは…通信の魔法石ですね。これで遠距離でも連絡が取り合えます。…最後のは…すごい、ミスリル原石!…と本?…設計図?」


 星村は良く似合う大きな丸眼鏡をかけ直し、ミスリル原石を置きながら設計図が描かれた本に見入った。


「…何かの制作機械のようです。少し難解なのでもう少し調べてみます。通信の魔法石は後で加工して、使いやすくしておきます」


「頼んだ」

「早速農芸士の方の所へ持っていきます。…良ければ大淵さんも顔合わせに来られませんか?…少し独特と言うか、個性の強い方ですけど、とてもいい人ですよ」


「そうだな、折角の機会だし、挨拶して行こう」


 

 星村に案内され、キャンプの中心部へと向かった。…どことなく日本の商店街をイメージしたような石とレンガ造りの店が立ち並び、配給チケットで各サービスを受けられるようになっていた。


「…治安の方はどう見る?」


「…五千人の人が暮らしてますけど、震災とか災害の時と同じように、基本的に暴動とか略奪は起きていません。…ただ、これも震災とか災害の時に良く見られた傾向ですが、品薄になるとこぞって買い溜めようとするため、一旦不足しはじめた物資はすぐに枯渇します」


「良くも悪くも神経質な所があるからな、俺達日本人は…」

 …そして何より不安…強迫観念に弱い。 ただ、臆病な民族性故に暴力的手段で解決するような輩は圧倒的少数派だ。…逆を返せば、その手の手合い…乱暴者にとっては御しやすく、住み心地のいいコミュニティだろうが。


「銀さんや秋山さん、浮田さんの保安部がいるのもありますし、滅多に喧嘩も起きません。…ただ、今までと状況が変わったので、これがどう影響するか分かりません」


「状況が変わった?」


「大淵さんの事ですよ。…これまで防戦一方・後退一方だった戦線を一気に押し返してしまったんですから。…一部の人が勢いづいて、もっと攻め込んで領土を取り戻すべきだと言ったり、逆に今のうちにこのキャンプを徹底的に要塞化して次の襲来に備えようって派と…全く無関心というか、もうここは平和だろうという多数派で分かれている感じです。…前者両派で合わせて5割、後者無関心で5割って所ですかね…」

「なんともまぁ…」


 大淵は呆れつつも、納得もできた。…自分とて、この力が無ければ…或いはそこそこの戦力でしかなければ、どの意見に賛同していたか分からない。


 …攻勢派、守勢派、どちらの言い分も正しいし、どちらにもリスクが付きまとう。…例え結果的に間違っていたとしても、無関心よりは遥かにマシだろう。


「…大淵さんがここのリーダーだったら、どうします?」


「…この力を持っている状態で言わせてもらうなら、進撃と拠点の防衛強化を両方進めたいな。玉虫色といえば玉虫色だが、何せ俺達は依然、崩れかけた崖っぷちから一歩押し返しただけの崖っぷちにいる状況だ。…お行儀の良い理論が通じるとも思えん。 …無理だろうとやるしかない。幸いにも俺達には魔王軍が味方に付いてくれているしな」


 魔物達自体が外壁に、そして共に進軍する兵団となってくれる。何より彼らは人間の軍隊と違ってロジスティクス…兵站補給を必要としない、究極にして理想の軍隊だ。

 …これをの人間の軍隊が真似しようとしたら、それだけで目の玉が飛び出るような膨大な資源と、とんでもなく面倒な課題が立ちはだかる。


 …ハッキリ言って全ての資源が限られている現状、魔王軍無しでは攻勢など夢物語で、せいぜい一回きりの玉砕特攻くらいしか人間には選択肢が許されていないのだ。


「そうですよね… あ、着きました。ここです」


 二階建ての立派なレンガ造りの建物があった。星村が潜ったドアの横には「食料生産・研究機構」と看板が掛かっている。


 星村のように白衣を纏った職員が一階の…自分達の拠点と同じように、リビングを兼ねたオフィスで書類を手に、一台のノートパソコンを囲んで何やら議論するチームと、デスクトップに向かってシミュレーションする職員が居た。…オフィスの奥…上座に当たる場所には、サンプルだろうか、稲やトウモロコシ、麦と言った主食に欠かせない作物と、栄養の無い土地での生産に適するソバ、そしてケール、キャベツ、トマト…野菜類の苗や収穫前の状態の作物があった。…家畜用だろう、明らかに食用のトウモロコシとは違う…デントコーンと言ったか…天井の光の魔法石の光を独占するように丈高く生い茂ったトウモロコシらしい物もあった。


「こちらは研究開発部のオフィスですね。みんな農芸士さんのスタッフさんです。二階へ行ってみましょう」

「ああ」


 星村に続いて二階へ向かうと、下よりもやや静かになっていた。…雷の魔法石を繋がれた中距離無線機と…無線連絡の通信係だろうか、その前のデスクに突っ伏して仮眠を取るスタッフが見えた。

 後は仕切られた部屋と、キッチンがあった。 …空席は下のスタッフのものかも知れない。


 そして、手前のデスクには若い白衣姿の女性が座っていた。


「あ、星村さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、安西院さん。…あ、こちらは私達の元のリーダーで、新たに大淵小隊のリーダーに就任した大淵大輔さんです」


 女性職員は驚いた顔を大淵に向けながら口に手を当て、180近くある、チャコールグレーの21式メイルアーマー改Ⅱの逆三角形のフォルムに身を包んだ、屈強な大淵を見上げた。

「あ、貴方があの!?」


「…そうかは分かりませんが、大淵大輔です。どうぞよろしく。あぁ…」


「あ…失礼しました。私、安西院と」㋲か感謝しておくか」


 バイクを停め、ダイスは微かに口元を緩めた。斎城とアリッサもご機嫌でそれぞれのバイクを停めた。高機動車の負担軽減の為、それぞれの後部にはメノムとクロエが分乗していた。

 後続する高機動車は銀が運転し、他のメンバーを乗せてきていた。…かつて尾倉や藤崎の巨体を運んでいたように、カリューやフローズィアの重量ある巨体を苦労しながら運んでくれるが、他の面々がほぼ女性なのが救いだった。


 …トンネルの前に着くと、この高機動車と三台の…それぞれが所有していた愛用のバイク…そしてドラム缶十本ずつのガソリンと軽油と共に収納の魔法石が一つ、…(I ♡ Dice)と書かれた悪趣味なハンカチの上に置かれていた。


 …ハンカチを熾煉の切っ先で燃やしながら収納の魔法石だけ受け取り、大淵はありがたく愛用のバイクに跨り、リアシートにはマオが座った。


「す、すごい便利な乗り物ね…揺れも凄いけど」

 トレーシーが感心しながらリアハッチから降りてきた。


「ふむ。エレガントでは無いが実に快適だ。この機械の心臓音がまた良い」

 フローズィアもそう評しながら巨体をリアハッチから下ろした。


「なにせ、移動手段が無かったから…エベラにはまだV‐22があるけど、燃料も無いし整備する資材も不足しているから…」


「このままでは、遅かれ早かれいずれはこの車両類もそうなるだろうな…」


 バイクと高機動車を詰所に停め、大淵は詰所のドアを開けた。


「あ、お帰りなさい、大淵さん!」


 星村と、大樹に字を教えている香山が中央のテーブルに座っていた。

「お帰りなさい」

「おかえりー」


「ああ、ただいま。…苦労掛けたな、二人とも」

 …大淵の様子が変わっていることに気付き、二人は目を丸くした。


「お、大淵さん、もしかして記憶が…?」 


「…ああ。大きくなったな、星村。 …黒島が見たら、あんまり美人になって仰天していただろうな」

「う…うう…大淵さん…!」

 星村の頭を軽く叩きながら桜を見た。


「桜も。 …よく守ってくれたな」


 大淵は桜と大樹の元へ歩み寄った。

「…なるほど。たしかにロキに似てら」

 大淵は照れ臭そうに我が子の頭を撫でた。…何を思ったか、その小さな指先が大淵の鼻を押した。

「…我が子ながらやってくれるぜ」

 豚鼻にされながら香山を振り返った。

「あー、さく…お、オイ勘弁してくれっ、格好がつかんだろ……ゴホン…桜、今までありがとうな」


「は、はい…おかえりなさい、…大輔く…大輔」


 大淵は大樹ごと桜を抱き締めた。…その体はひんやりと冷たかったが、あの日と同じ温もりを感じられた気がした。


「パパひんやり~」

 …無邪気な息子の声が辛かった。…それでも…どんな姿、存在になろうと大淵大輔は…どこにも一人で行かない、という約束通り、こうして戻ってきてくれた。


「へっ、夏は便利そうだろ?」


 …深刻になればなるほど、自分の不運を不運とも思わない所も彼らしかった。

 

 幸せを感じると共に…それでも桜は、このままで済むのだろうか…そんな一抹の不安を抑えきれなかった。…上位者との戦いの事だけではない。 …大輔が還って来てくれた事は何よりも喜ばしいが、この奇跡とも言える再会がただの奇跡…お人好しな神様が運んできてくれたありがたいものには思えなかった。…何か、悪意を持った悪魔が、ぬか喜びさせるために…


「…さくら?さくらさーん?」


 ぼんやりしていた自分の目の前で大淵が手を振る。

「はっ、はい!?」


「氷漬けになったのかと思ったぜ。危うく王子様のキッス5秒前だったな?」

 大淵はおどけて笑った。

 …それならもう少しぼんやりしていれば良かった。


「おお、そうだ星村。トレーシーがダンジョンを見つけてくれてな。色々な物資が手に入った。土壌改良剤の原料もある。…ただ、効果が分からない魔法石が幾つかと…ボスが守っていたコイツは何だろうな?」


 大淵は戦利品の数々をテーブルの上に雑多に並べ始めた。


「助かります!衣服の素材も助かるし……これがソリン・カリルの骨ですか…こっちは…通信の魔法石ですね。これで遠距離でも連絡が取り合えます。…最後のは…すごい、ミスリル原石!…と本?…設計図?」


 星村は良く似合う大きな丸眼鏡をかけ直し、ミスリル原石を置きながら設計図が描かれた本に見入った。


「…何かの制作機械のようです。少し難解なのでもう少し調べてみます。通信の魔法石は後で加工して、使いやすくしておきます」


「頼んだ」

「早速農芸士の方の所へ持っていきます。…良ければ大淵さんも顔合わせに来られませんか?…少し独特と言うか、個性の強い方ですけど、とてもいい人ですよ」


「そうだな、折角の機会だし、挨拶して行こう」


 

 星村に案内され、キャンプの中心部へと向かった。…どことなく日本の商店街をイメージしたような石とレンガ造りの店が立ち並び、配給チケットで各サービスを受けられるようになっていた。


「…治安の方はどう見る?」


「…五千人の人が暮らしてますけど、震災とか災害の時と同じように、基本的に暴動とか略奪は起きていません。…ただ、これも震災とか災害の時に良く見られた傾向ですが、品薄になるとこぞって買い溜めようとするため、一旦不足しはじめた物資はすぐに枯渇します」


「良くも悪くも神経質な所があるからな、俺達日本人は…」

 …そして何より不安…強迫観念に弱い。 ただ、臆病な民族性故に暴力的手段で解決するような輩は圧倒的少数派だ。…逆を返せば、その手の手合い…乱暴者にとっては御しやすく、住み心地のいいコミュニティだろうが。


「銀さんや秋山さん、浮田さんの保安部がいるのもありますし、滅多に喧嘩も起きません。…ただ、今までと状況が変わったので、これがどう影響するか分かりません」


「状況が変わった?」


「大淵さんの事ですよ。…これまで防戦一方・後退一方だった戦線を一気に押し返してしまったんですから。…一部の人が勢いづいて、もっと攻め込んで領土を取り戻すべきだと言ったり、逆に今のうちにこのキャンプを徹底的に要塞化して次の襲来に備えようって派と…全く無関心というか、もうここは平和だろうという多数派で分かれている感じです。…前者両派で合わせて5割、後者無関心で5割って所ですかね…」

「なんともまぁ…」


 大淵は呆れつつも、納得もできた。…自分とて、この力が無ければ…或いはそこそこの戦力でしかなければ、どの意見に賛同していたか分からない。


 …攻勢派、守勢派、どちらの言い分も正しいし、どちらにもリスクが付きまとう。…例え結果的に間違っていたとしても、無関心よりは遥かにマシだろう。


「…大淵さんがここのリーダーだったら、どうします?」


「…この力を持っている状態で言わせてもらうなら、進撃と拠点の防衛強化を両方進めたいな。玉虫色といえば玉虫色だが、何せ俺達は依然、崩れかけた崖っぷちから一歩押し返しただけの崖っぷちにいる状況だ。…お行儀の良い理論が通じるとも思えん。 …無理だろうとやるしかない。幸いにも俺達には魔王軍が味方に付いてくれているしな」


 魔物達自体が外壁に、そして共に進軍する兵団となってくれる。何より彼らは人間の軍隊と違ってロジスティクス…兵站補給を必要としない、究極にして理想の軍隊だ。

 …これをの人間の軍隊が真似しようとしたら、それだけで目の玉が飛び出るような膨大な資源と、とんでもなく面倒な課題が立ちはだかる。


 …ハッキリ言って全ての資源が限られている現状、魔王軍無しでは攻勢など夢物語で、せいぜい一回きりの玉砕特攻くらいしか人間には選択肢が許されていないのだ。


「そうですよね… あ、着きました。ここです」


 二階建ての立派なレンガ造りの建物があった。星村が潜ったドアの横には「食料生産・研究機構」と看板が掛かっている。


 星村のように白衣を纏った職員が一階の…自分達の拠点と同じように、リビングを兼ねたオフィスで書類を手に、一台のノートパソコンを囲んで何やら議論するチームと、デスクトップに向かってシミュレーションする職員が居た。…オフィスの奥…上座に当たる場所には、サンプルだろうか、稲やトウモロコシ、麦と言った主食に欠かせない作物と、栄養の無い土地での生産に適するソバ、そしてケール、キャベツ、トマト…野菜類の苗や収穫前の状態の作物があった。…家畜用だろう、明らかに食用のトウモロコシとは違う…デントコーンと言ったか…天井の光の魔法石の光を独占するように丈高く生い茂ったトウモロコシらしい物もあった。


「こちらは研究開発部のオフィスですね。みんな農芸士さんのスタッフさんです。二階へ行ってみましょう」

「ああ」


 星村に続いて二階へ向かうと、下よりもやや静かになっていた。…雷の魔法石を繋がれた中距離無線機と…無線連絡の通信係だろうか、その前のデスクに突っ伏して仮眠を取るスタッフが見えた。

 後は仕切られた部屋と、キッチンがあった。 …空席は下のスタッフのものかも知れない。


 そして、手前のデスクには若い白衣姿の女性が座っていた。


「あ、星村さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、安西院さん。…あ、こちらは私達の元のリーダーで、新たに大淵小隊のリーダーに就任した大淵大輔さんです」


 女性職員は驚いた顔を大淵に向けながら口に手を当て、180近くある、チャコールグレーの21式メイルアーマー改Ⅱの逆三角形のフォルムに身を包んだ、屈強な大淵を見上げた。

「あ、貴方があの!?」


「…そうかは分かりませんが、大淵大輔です。どうぞよろしく。あぁ…」


「あ…失礼しました。私、安西院萌珈(あんざいいん もか)と言います。この食料生産研究機構の副所長を務めております。 …確か、五年前にも大淵さんがあの上位者の軍を撃退したんですよね…?」


「…そしてまんまと幽閉されていましたがね。…リベンジの為、地獄の底から這いあがってきた次第です」

 大淵はやや自嘲気味に笑った。

「あの、安西院さん、土田所長はどちらに?」

「ああ、所長なら…」


 安西院が見やる方向へと視線を上げると、例の部屋から大淵より一回り大きな巨漢が現れた。…ボディビルでもやっていたのか、節々に筋骨隆々とした屈強な体躯をしている。


「萌珈ちゃ~ん、この間お願いしてた早生米の、なつざかりの生育データって出てる~?あと、稗と粟の…あぁ、あとソルガム!…の栽培データって現場から上がって来てるかしら~?」

 高めではあるものの引っ掛かりの激しいオネェ声。

 巨大な身体に白衣を窮屈そうに…それでもポリシーだと言わんばかりに羽織りながら、窓際に置かれたサンプルのハーブ類を眺めて何やらうっとりとした表情で話しかけている。


「あっ、はい。なつざかりは。 稗と粟、それからソルガムの栽培データはまだです。 …あの、土田所長、星村さんと…大淵小隊新隊長の大淵さんがお見えです」

「…大淵?」


 それまでのオネェ言葉が鳴りを潜め、鋭い視線で大淵らの方を振り返った。

 …思わず大淵が右手を貫き手の形に固めた。

 

「あらやだイケメンじゃないの!伝説の英雄って言うからもっとえばった、むさ苦しいのかと思ったら」


 そう言いながら上機嫌にキッチンへ…しなったペンギン走りでゆったりと駆け込み、湯呑と茶筒、急須を盆にまとめ始めた。


「…あっ、す、すみません、私が…」

 腰を浮かしかけた萌珈に向け、手を「いーのよ」とおばちゃん臭く振り下ろした。

 そして手早く人数分の茶を淹れつつ… 無線機の前で眠っている職員の元へ行くと…

「お茶ーッ!」

 と脅かしながら茶を差し入れて起こした。

「ひ、ヒィッ!?」


 それから強面にニコニコと笑みを浮かべ、萌珈にも緑茶を手渡すと、大淵と星村を休憩スペースらしきソファとテーブルのある一角へと誘った。


「初めまして、所長で農芸士の土田輝夫です。 …話は知ってるわよ、あなた、五年前にあの東京に現れた黒いドラゴンみたいな上位者をやっつけて、報道ヘリも助けたでしょ? …アレに乗ってたのが私の年の離れた親戚の女の子でね。おかげで今は子供こさえて、このキャンプで生活してるわ」


「大淵大輔です。…それはそれは。不思議な縁もあるものですね」

「けど、食料状況は決して順風満帆じゃないわ。…慢性的に物資も欠乏している。…農芸士の私にできる事は農作物の発芽率を高め、生育をある程度早め、受粉率を高め、そして収穫量をある程度多くする事。 そして何より、そこから生まれる次のサイクルの為の種を強化…改良する事。いわば食物のキューピッドね。…最終的には私が居なくなっても次の世代が食べ繋げられるように仕組みとノウハウを次の世代に教え伝えていくことが…死んだ相棒の為にも、私の使命だと思っているわ」


「…」

 大淵は黙って話に聞き入った。


「…お互い、子どもたちや母親たちを飢えさせる訳にはいかないしね。 …ああ、話し過ぎたわね。ご用件を伺うわ」


「あの、大淵さんと仲間の皆さんがダンジョンからこの…究極の土壌改良剤と言われるソリン・カリルの骨を持ってきてくれました。是非、お役立てて下さい」


「助かるわ!…贅沢を言うと、あとは農薬か、その代わりになる物があると更に生産効率が上がるのだけど」


「わかりました。…もし、見かけたらまた持ってきます」

「助かるわ」

「お茶をご馳走さまでした!」

「どういたしまして。ウチの現場で作った試作品なのよ」

「美味しかったです。 それではまた」




 食料機構の拠点を出て、自分達の拠点に戻った。

 荷物を置こうと自身に与えられた個室へ入ると…薄暗い室内、自分のベッドに入って寛ぐ変質者が居た。

「…ふざけるな」

「いえね、肝心なご注意を忘れておりました。真に申し訳ありません」


 謝る気があるのかどうか、ベッドから出てくる様子もなく続けた。

「…大淵様は眷属化という言葉をご存知ですかな?」

「…従者や奴隷にするとか?」

「はい。広義には家来やパーティーなどもその一種かも知れませんが、今はその認識でお話を続けましょう。…さて、大淵様は既に人間のお身体で無い事は御承知ですね?」


 言うまでもない事だった。…あらゆる生理機能が排除され、人間として快楽を楽しむ事は殆どできなくなっていた。…殆ど。 …ちなみに食欲は旺盛だが、実は味覚は殆ど無くなっていた。「かつて食事を楽しんでいた」という情報が疑似的に味覚となっているだけだ。


「…大淵様の肉体は上位者に対抗し、連中のチートに対抗する為にこの世界で言う魔族…というより魔神をベースとしたものになっております。そこへ大淵様の元の体のスペックをぶち込んだので、とんでもない規格にはなっていますがね。 …問題は魔神達の生態です。魔神である大淵様は、任意の相手を眷属にしてしまう事ができます。…上位者、魔族とモンスター、動植物以外は、ネ」


「…それは…」

「そう、人間であれば眷属にしてしまえます。方法はサルでもかんたん☆自分の血を一滴でも飲ませてしまう事☆これで眷属化完了です。…一度眷属にした者は大淵様を裏切れなくなり、ダイス様と同じようにお年を召されなくなり、生殖機能ほか主要な生理機能は失われます。 ああ、性的快感は残りますがね!これが文字通り唯一の慰めですかなぁ」


「…要は血さえ飲ませなければいいんだな」

 …桜や他の皆を自分のようにする訳には行かない。…このことはしっかりと話しておかねば…


「ン~、それも一つの選択肢ですが…それだと大淵様の望むような未来は訪れないかもしれませんねぇ?」


「…どういうことだ」


「百聞は一見に如かず…本来は有料サービスですよ、大淵様!?しかし大淵様には特別に、このまま誰も眷属にしないルートを、特別にネタバレしちゃいましょう♪」

 

 指を向けられると、大淵の意識が闇に溶けた。


 

 …再び目が覚めると、東京の瓦礫…ではない、どこか…アメリカの大都市の中で剣を杖にして膝を付いていた。

 目の前には消失していく上位者の一人が、巨大な眼球で恨めしく大淵を捉えていた。

 

「…終わったのか…」


 空は粉塵に曇り、海は濁っていた。…上位者との死闘は周囲への被害も桁違いに大きくなり、地球規模での環境汚染を引き起こしていた。


 大淵は空虚な眼差しで後ろを振り返った。…ついてきている筈の仲間は…誰一人いなかった。…無事なのは、彼の世界のキャンプに残して来た妻子だけ。


 …皆…死んでしまった。フローズィアやカリューでさえ、最後の戦いで自分の為に身を挺して…



 …帰る場所はあった。…だが、帰ってどうすればいいというのだ…


 永遠に年をとらなくなった自分が、老いて死んでいく桜や大樹を見送って… …これから遅れた分の幸せを取り戻して行くべき者達が…


 …俺も、桜たちの元に帰らず、どこかへ消えてしまった方が…異形となった自分より、同じ人間の夫を迎えた方が桜と大樹の為になるのではないか? …それは何より苦しい事だが…


 どうする事も出来ず、大淵は瓦礫の中に蹲った。

 …消えてしまいたかった。 …例え千年経とうと、体が決してそれを許さなかったが。


 抜き払った紫電を頸に宛がい…大淵は永遠に失われた…愛おしかった日々と人々を思い、手に力を込めた。




「…ッ!」

 首筋を抑え、大淵は我に返った。…傷は無かった。


「いやぁ~♪好みは分かれるでしょうが、個人的には限りなく最上級の、ナイスな渋みと灰汁のある終わり方でしたなぁ。 …折角妻子を持ちながらも、自身と妻子を分け隔てるその最強の体が今度は永遠の呪いとして牙を剥く…悲劇の英雄・ダイスの冒険と戦いの果て…ヘンに気取った外連味が鼻につくシナリオより、シンプルでキレが良いとは思いませんかぁ?」


「冗談じゃねぇ…他に方法が…未来がある筈だ……せめて、せめて俺以外が生き残れる…」


「ン~、勿論、未来とは不確定要素を含みますので、大淵様の行動によって変わる可能性は十分にありますなぁ。…しかし、それは生半可ではありませんし、どうしても大淵様の強すぎる体とお味方の人間ゆえの儚さ、…そして皆が皆、大淵様を慕うが故の…それらが絡み合い、最終的にはこの未来に辿り着いてしまうでしょうなぁ…深い轍の出来てしまった過酷な雪道を走るように!」


 追い打ちをかけるように悪魔は大淵を指さした。

「そしてその、「俺はどうなってもいいから」という安っぽい自己犠牲の精神。…尊いと言えば尊いですし、私はそんなダイス様がだぁい好きでございますが、元凶は案外そこらにあったりしますかもねぇ?」


「なんだと…」


「ほほほほほ! 自分を愛せない人間が他人だけを幸せにできる訳がないのですよ♪ なにせ、その自分はどうでもいいと仰る時点で大淵様は奥様…引いては他全てフロイライン達の祈りと願いを土足で踏みにじっているのですからねぇ!」

 

「…」


「…既に申し上げましたが、良い子ちゃんのままでは世界は救えませんよ? …まぁ、どのようなバッドエンディングを迎えようとも、私はしっかりとダイス様の最後を据え膳まで堪能させて頂きますのでご安心を♪ ではまた!」


 …ベッドに何か残し、悪魔は消え去った。

 大淵を模したと思われるぬいぐるみだった。


「…クソッ…」

 大淵はベッドに倒れ込みながら頭を抱え込んだ。


 …恐らく、どう抗っても最終的にはあのイメージ…アレが多少改変された程度の結末に終わる…そんな予感…確信に近いものを感じていた。

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