アリッサ・イン・ワンダーランド
帰ってきたんだな、と実感する。
東北自動車道という、日本最長の高速自動車国道を使ってのツーリングを終え、香山と斎城と別れて一人で自宅で過ごしているうちに、そう実感した。
ここにはあの深山も雪景色も、川のせせらぎも、夕刻を過ぎれば明かり一つない漆黒の闇も無い。
(これが同じ日本に存在するんだから、考えてみれば不思議なもんだ…)
翌朝、香山達から預かった土産物を抱え、クランのオフィスへと向かう。
「ハイサイ~大淵君」
黒島が悪趣味なサングラスをかけ、暖房を掛けているとは言え…12月の東京で、かりゆしのシャツにハーフパンツ姿でデスクに足を放り出している。 呆れたことに…三線まで手にしている。
「…失礼、部屋を間違えたらしい」
がっしと肩を掴まれ、オフィスに引きずり込まれる。
「軽い冗談じゃねーかよ!」
早朝にその格好で軽い冗談、か…。手に紅芋タルトを渡された。
「おはようございます、大淵さん!はい、これ!」
星村からは星の砂。洒落か…?
「めんそーれー!スケ!はい、お土産!これめっちゃ美味しかった!」
川村からはちんすこう。
「俺からはこれだ!うまいぞ!」
藤崎からは海ぶどう。
「…口に合うか分からんが」
尾倉からは塩の3種セット。
皆から土産を貰っているうちに、香山と斎城も入室してきた。
「ハイサイ~ちゅらかーぎー!」
二人は宇宙人と遭遇したような面持ちで黒島を凝視し、距離を取った。
…ちなみに、自分からは温泉饅頭、香山はなまはげクッキー、斎城はいぶりがっこを皆に渡した。
「それと、これだ」
例の漆器細工を黒島のテーブルに置いてやった。宿の売店に売っていた物である。 正体を知らない黒島が怪訝そうに大淵を見上げる。
「次に飲み会をする時に使おうぜ。中々面白いぞ」不敵に笑って見せた。
「…では改めておはよう諸君、休暇は楽しんでくれたかな?ちなみに俺達は二度目の青春・沖縄旅行だ」
「私は一回目ですけどね。二回目も楽しみです!」星村が横槍を入れる。
「うんうん、沖縄は何度行ってもいい場所だ。さてしかし…我々には悲しいかな仕事がある。今日からまた通常業務に戻っていこうではないかね」
黒島は悪趣味なサングラスを外し、かりゆしの上にライトダウンを羽織った。
「…さて、新学期が始まるという事で、転校生を迎える。仲良くするように」
「転校生?」藤崎が眉を上げた。
「そう。お前らも見たと思うが、昨日の未明に発生しかけたスタンピード阻止はその転校生たちのおかげと言って良い。…例のピンチヒッター当番チームだ。俺達がバカンスを楽しんでいる間、新種を含むモンスターの猛攻で一時、要塞線が崩壊の危機に瀕した。現地駐屯部隊の報告によれば、もしそれがゲートを突破すれば、市街地への被害は初回スタンピードのレベルでは済まなかっただろう、と」
全員が黒島を凝視した。…まるで、そこに惨劇を阻止した張本人を見たかのように。
「…流石に俺も聞かされた時は冷や水を浴びせられた気分だったがね。…とは言え、俺達は正規の休養をとっただけだ。気に病むことは無い。むしろ、リフレッシュ出来て、体力全快・やる気120%だろ?」
全員が、沈黙を持って是とした。
「ほんじゃま、入ってきて頂こう。新入生諸君、カモーン」
黒島が呼びかけると、ドアが開かれ、続々と屈強な人影が入室してきた。
…全身筋肉の天然メイルアーマーで固めた男が四人。全員が190前後、体重80以上あるだろう。アメリカ軍特殊部隊員です、と言われても信じられる。
「イッチネンセーニナッターラッ♪」
音程を外しに外しまくった、世にもヘンテコな呪文が聞こえてきた。その人影は手を伸ばし、姿勢よく歩きながら男達の中心に立つと、左向け左でこちらを向いた。そして、可愛らしい敬礼もどきをして見せた。
「友達、いっぱいできますカ?」
むさ苦しい筋肉男達が整列休めで立つ中、拍子抜けするほど小さい少女。156の川村と同じか、それ以下だろう。北欧系の顔立ちのため、歳もかなり若く見えるが、童顔も相まって実年齢は分からない。
「…本人次第だな」思わず呟いてしまった。
「ンんン~?」
女は腰に手を当て、手をかざしながらわざとらしく犯人捜しをする。ジト目で見つめられる。
「誰でスカ~今のユーは?」ふざけているのか本気なのか、カタコトの日本語。
「…大淵大輔だ」
「あれレ~?」
机に手をつき、必要以上に体を寄せて覗き込んでくる。
見事なブロンドのセミショ,ートが、はらりと揺れた。大西洋のような深い、美しい蒼色の瞳が大淵を捉える。
グレートブルーホールのように、美しくも畏れを感じさせる虹彩に惹き込まれそうになり、目を逸らす。
…背は低いが、瓢箪のように見事な曲線を描く体つき…斎城を無理やり身長だけ縮めたような…背後で、香山と斎城が静かな殺気を放ち始めたような気がする。…尾倉を除く、室内の男達が居心地悪そうに身じろぎする気配。
謎の緊張に張り詰める空気…
「ピーターじゃなくて?」
縮まっていた鼓動が跳ねる。
なんで、コイツが…?
務めて無表情な能面を被せ、女を見た。
悪意を感じさせる笑み。…青く濁った瞳。
…確か、ブルーホールの美しい景色の底には有毒物質が溜っているのだったか…そんな事を思い出す。
獲物を見つけた捕食者の眼だ。
「じゃあ私ハ、アリッサです!アリッサ・だーりんぐ!…友達になってくれまスカ?大淵サン?」
「…」
答える代わりに、アリッサのステータスを確認した。
「竜騎兵」(幻獣召喚(中)(長))
「アリッサ・ダーリング…フィンランド生まれで24歳。12歳の頃、両親の都合でアメリカへ渡米。22歳で職業スキル、竜騎兵が発現…ステータス上は斎城より少し下がる程度だが、18歳から22歳まで米陸軍に入隊して各種軍事教練を受け、スキル発現後は東海岸大手ギルドであるモリソンブラザーズ・ワシントン本部にスカウトされ在籍。今回、日本政府への救援の申し入れがあり、日本政府と東京ギルド本部が受け入れた助っ人だ。日本だけじゃなく、国際的にも助っ人活動しているギルドだ…まぁ、どこまで本当か知らんがね。どうせならこんな個人情報より、スリーサイズでも載せてくれりゃ良いんだが」
そう言って、経歴表をテーブル上に投げ出し、自分の大盛チャーシュー麺を啜り始めた。
昼食時、黒島が上層部から受け取ったデータを教えてくれた。…が、黒島が言う通り、どこまでが本当でどこから嘘かなど、自分達には調べようが無い。
例の大衆食堂だった。日曜の店内で、自分と香山、斎城、黒島がテーブルについていた。
カウンター席では川村と星村が醤油ラーメンとレバニラ炒め定食を食べている。
アリッサチームには26階にあるオフィスが与えられていた。普段から顔を合わせる事が無いのはありがたい。
「でも、なんでチャットをしただけで大淵君の事を知っていたんでしょう…」
香山がギョーザ定食を見つめながら不安げに俯く。
「凄腕のハッカーかねぇ…大淵、PC内にアダルト画像やサイトを保存してたなら、今更削除してもハッキングされて見られてるかも知れんぞ?」
「男の子真っ盛りだもんね」斎城が麻婆豆腐を食べながらにこやかに応じる。
「勘弁してくれ…仮にハッカーだとして、いくらネットで地球の裏まで繋がってるとして、俺がスキル持ちである事まで見抜いて、…しかも大したスキルでもないのに、わざわざこのタイミングで現地までやってくる…そんなの、ハッカーというより、バケモンじゃねーか?」大盛の炒飯を頬張りながら反論する。
「うーん…後は陳腐だがCIAかFBIかNASA…いや、NASだったか…?そんなのしか思い浮かばんな。まぁ、それこそ何でもアリだろ、あの国なら」
身も蓋も無いオチだが、確かにその通りだ。世界最強の軍事大国は、ギルド会員も世界最多の13万人を記録している。次いで中国の7万人、ロシアの6万人となっている。ヨーロッパが5万、オーストラリア1万。その他が世界中に散らばり約2万。そして日本の6万。国土割合から言えば、日本は異質だ。
日本以外の国々はその限られた人員を片っ端からスカウトし、分捕り合って回っているという。日本からもオファーされ、海外ギルドに属す者もいるという。
確かに…ゲートから襲い出るスタンピードに有効に対応できるのがその人材ならば、より多く確保したい所だろう。だが、日本ではまだその危機感が官民を問わず緩いのだろう。
幸か不幸か…国内の人員はそんな状況にもよらず、オファーに応じる者は少ない。
「ま、何にせよ、俺にはあの連中が心優しくも日本を助ける為に来てくれたジャスティスリーグには見えねぇ。警戒は怠るなよ?」
「わかってるさ…」
…と、不快な警報音。
「またか…ここの所毎日みたいに…」老店主がぼやいた。
「行くぞ」大淵が立ち上がる。
「いつもすいません、この六人分で。また来ます!」黒島が二万円をカウンターに置き、店を出る。
26階に向かう前に、25階で自分達の装備を整えた。
「大淵さん、これ!もう一つのお土産です」星村が工房から一振りの刀を持ってきてくれた。
「騎兵刀か?助かる!」
「はい!この間の魔法石を使って強化してありますよ!」
全員の装備が整ったのを確認し、今度こそ26階へ。
会議室にはアリッサチームが既に到着していた。
「…」
目礼し、自分の普段から座る定位置…0型に楕円を描くテーブルの、スクリーンに近い方に座った。初顔合わせ以来、なんとなく険悪な雰囲気だった。各自、簡単な自己紹介だけは交わしたが、必要以上にコミュニケーションをとろうとする者は互いに皆無だった。
自分に倣い、普段なら反対側に座るメンバーも全員、自分側に座り、対席側にはアリッサチームの5人だけが席に着いている。
…と、アリッサが立ち上がり、座っていた椅子を引きながらこちら側にやってきた。
自分の隣に立つ。
黒を基調としたメイルアーマー。ボディラインを隠す気のないデザインに、深紅のメイルアーマーが禍々しさを感じさせる。それを肯定するように、相変わらずどこか悪意を秘めた笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
...…おもむろに自分の隣に座った。
「!?」
自分や香山は元より、斎城まで顔色を変えて凝視する。
座り様に肩まで組み、二の腕に重く、柔らかな感触。自分の膝の上に肉感的な太腿まで置いて体を密着させて来る。
その手の店の女性とて、いきなりここまで露骨にはしないだろう。
それとなく離そうとするが、ガッチリと組まれた鍛えられた腕は、ちょっとやそっとの抵抗ではどうにもならない。
だが時間がない。岩井が状況説明を始めたので、黙って無視する事にした。
「第33ゲート坑内にて、守備隊がモンスターの猛攻を受けています。昨夜の事もあります。現時点では駐屯防衛部隊はモンスターを順調に撃退していますが、念の為、出動してください。アリッサチームはここで不測の事態に備え待機を…」
「はい!チームは残しマスね!」
「…あの、いえ、ダーリングさんも…」
「チームは、残しますね。イワイさん?」
片言言葉をやめ、明らかに強まった語調で…満面の笑みを岩井に向ける。
「…」
「それじゃ、行きマショウ!隊長サン!」
自分の腕を取り、ズイズイとエレベーターに向かっていくアリッサ。
「イエース!イキまショー!」黒島がお茶らけて返す。
「う、うむ…」遠慮がちな藤崎。
「ノー、元気ナイですネー、皆サン?」
エレベーターに自分とアリッサ、香山と斎城、黒島が乗り込む。もう一台に星村、川村、藤崎、尾倉が乗り込んだ。
「ソデスヨー、アリッサは何でそんな元気デスか?」
「イエス!アリッサは日本に来るの楽しみにしてたデス!だから元気!」
香山は自分を挟んでアリッサの反対側に立ち、自分の手を握りしめた。斎城は…腕を組み、口元こそ愛想の良い微笑を浮かべているが、目は爬虫類をも思わせる酷薄な眼差しを、自分の腕に絡まるアリッサの腕に注いでいる…しきりに、刀の柄を撫でながら。
「…もういいだろう。くっ付くな。それと変な喋り方も止めたらどうだ、疲れるだろう?」
血の匂いを予感し、思い切って言ってみた。
…タイマンなら言えたか怪しいが、今は信頼できる仲間で固められている。虎の威という奴だ。
しかしアリッサは腕だけ離さないまま、わざとらしく溜息を吐いた。
「確かに疲れマスネー。でも日本に来るのは楽しみと言ったのはホント。満足デスか?あと、現地では私は私の判断で動きマス。お邪魔はしないのでご安心ヲ」
「…何をしに日本に来たんだ?」
「それはモチロン、大淵に会いに!」
「…わかった、もういい」
「ホントデスよー!」
ダメだ、こっちが疲れるばかりだ…他の面子も同じ思いらしく、表情からして辟易している。…最初だけ調子を合わせていた黒島に至っては、白目を剝く顔芸で「お手上げ」と両手を上げている。
…アリッサは形の良い腰にロングソードを下げている。右大腿部…レッグホルスターには9㎜のポリマーオート拳銃を装備している。 …職業スキルがあったとしても、モンスター相手には役に立たない拳銃。予備弾薬も見当たらないとなると、用途は限られてくる。 …ましてやスキル恩恵が無いのだ。
(まさか、いくらアメリカ政府の後ろ盾があるとはいえ、そうそう無茶な事はしないと思うが…)
いつものように、出動用のSUV車に向かう。このまま車の中でもくっ付かれるのだろうか、と思っていると、不意に腕を解放された。
「…寂しい?チョト寂しい?」離れて振り返り、こちらの反応を覗っている。
「よし、急ぐぞ」
無視して行こうとすると、エンジン音が響いた。
「オサキに~♪」
斎木と同じ、1000ccクラス…いや、色違いの同じ車種だった。色はマッドブラックを基調に亀裂を思わせる、無数に走る深紅のライン。それが目の前で地下駐車場を飛び出していく。
「…」
今までになく殺気立っていた斎城の、何かが切れたらしい。自分のバイクに飛び乗ると、同じくエンジンを轟かせ、静止する間もなく猛追していった。
取り残された大淵は我に返り、運転席に乗り込んだ。
「お、俺達も行こう…俺が運転する」
安全運転で、と付け加えた。
ゲート内の洞窟を駆け抜けると、例のホールに出た。途端に激しい銃声が耳を圧する。
あらゆる機銃、機関砲が、通路から引っ切り無しに出て来るあの巨人の群れに向けられている。
どうやら機銃を使っているのは「銃士」という職種らしい。銃火器全般に対して、騎兵や歩兵よりも高いスキル恩恵が受けられる為、このような場面では重宝される。…が、貴重な職種らしく、数は少ないという。また、銃火器による恩恵が大きい反面、格闘関連は殆どステータス恩恵が受けられないという。
機関砲やグレネードを撃っているのは「砲兵」だ。これも銃士と同じ境遇にあるという。
万一の突破に備え、要塞内の詰所周りに各クランからなる応援チームと自衛隊の混成部隊が展開していた。
例の突破されかけた後か、あの頑強だった正門の枠はひしゃげ、門は開閉不可能なように閉鎖されていた。本格的な修繕を行うまでは、梯子か何かで行き来するしかないだろう。
「…私としたことが、恥ずかしい…」
いつの間にか隣に斎城が立っていた。頬を微かに染め、顔を背けている。
「斎城があんなに激するとはな」敢えてチェイスの結果は聞かなかった。
視線を巡らせると、アリッサは城壁の上に立ち、途切れることなく攻め続けて来るモンスターを一瞥していた。…ここからではその表情まで見えないが、モンスターに対しては特段の感情…恐怖すら持っていない様子だ。
「ちなみにあのデカブツはトロール、黒い小人共はゴブリンと正式に命名されたぞ」
「今の所、新種はいないみたいだな」
淘汰されたのか、スプリットワームとコドモドラゴンの姿は見当たらない。
「奴らにも食物連鎖があるのか?」
「…順当に考えるなら、あいつらを食い尽くして、新しい食料を求めて出てきた、と考えるのが普通だろうな。 悲しいかな、俺達が散々殺して来たあいつらも、ある意味被害者だった訳だ」
眼下で40㎜機関砲の直撃を受け、トロールが肉片となって爆散した。
ゴブリンは勝ち目が無いと分かると潮が引くように一斉に横穴内に退いていく。しかし完全に逃げるのではなく、横穴の影から彼我の趨勢を覗っている。もし、トロールがあの城壁を突破でもすれば、勇んで再び戦列に加わるのだろう。そして、トロールが得た獲物のおこぼれに預かるという訳だ。
…おそらく、女の獲物も。
その卑小な見た目に違わず狡猾で、卑しさを恥とも思わない弱小モンスターだ。…だからある意味、一番怖い。これがもし、武士道精神と言わずとも、廉恥や道徳のようなものを持っていれば人畜無害な存在だっただろう。…それでは生き残れもしないが。
「ギガントだ!!」
城壁を守る機関砲クルーが大声で警戒を促した。
待機していた混成部隊が緊張を露わにして身構えた。
「行くぞ」
大淵も号令をかけ、仲間達を率いて正門前に立った。騎兵銃を構え、50メートル先の正門に向けて騎兵銃を構えた。正門の前には七台もの貨物コンテナが階段状に詰まれ、外からの圧力に備えている。
事前に警告されていなければ、地震かと間違っていたであろう程の地響き。横穴を擦り、崩し広げているとでも言うのか、岩石が崩落して衝突し合う、腹の底に響く破壊音。
オオオオオ
人間の耳が対応できる周波数と違い過ぎるのだろう、聞き取り難い重低音の大声。思わず武器を持たない手で耳を塞ぐ者が続出する。
40㎜機関砲と40㎜てき弾が味方を励ますように一斉に発射される。
(射撃スキル持ちの重火器一斉発射だ、くたばらない訳がない)
「ダメだぁあッ!下がれ!下がれ!門から離れろォ!」
壁上から機関砲を射撃していた自衛隊員が振り向き、必死の形相で退避を促した。
六メートルもの巨大な城壁と正門の向こうに、一瞬何かが見えた。
激しい衝撃音と振動。
吹き飛ばされて来る細かな破片と土埃に、思わず目を閉じ、腕を盾にして耐えた。
正門の手前側に積まれたコンテナが、やんちゃな子どもに踏み潰された段ボールのように無残にひしゃげている。圧壊したコンテナと門扉の向こうに、全長六メートルもの巨人が立っていた。
全身真っ白な肌で、全裸。しかし生殖器らしきものは見当たらない。頭部には…小回りの利かない身体の視界を確保する為か、赤い眼が前後に一つずつ穿たれている。 この巨人達と同じ鍛冶職人が作ったとでもいうのか、手にはワンボックスカーほどもある鋼鉄の棍棒を握りしめている。
足元ではトロールたちが…それこそゴブリンのように…大巨人を崇めるように棍棒を振りかざして勝鬨の雄叫びを上げている。全長七メートルの巨人…ギガントを中心に、勢いづいたトロールと、…やはり今になって勇んで戦列に戻ってきた、卑劣なゴブリンの大群が城塞内に雪崩れ込んできた。
城塞内には16式機動戦闘車が2両配備されていた。戦車機銃手は既に城塞内のゴブリンを掃射しており、砲は左右からの射線上に正門が交差するように展開していた。
16式機動戦闘車が、その52口径105㎜ライフル砲を立て続けに噴いた。当然、射手は砲兵なのだろう。
一発目を、なんと巨人は耐えた。よろめく巨人に、二発目が命中し、大量の血飛沫と肉片が降り注いだ。 …が、驚いたことにまだ進んでくる。
城塞内にひしめき始めたトロールやゴブリンとも戦わねばならなかった。
「ギガントはとりあえず戦車に任せよう!俺達はトロールを優先する!」
スキル、発動。
以前よりも輝きを強めたような赤い光に包まれ、騎兵銃をトロールの膝に優先して射撃する。
壁上から城塞内は射角に収められないため、援護は期待できない。それどころか、横穴から新手が押し寄せたのか、また地鳴りと、無数の足音、雄叫びが聞えてくる。
藤崎と尾倉が川村を挟むようにトロールの一群に躍りかかった。藤崎が川村を守りつつも、川村の大剣による一撃と、尾倉の斧でトロールを次々屠っていく。離れた場所でゴブリンに群がられ、壁の外へと連れ去られそうになる他ギルドの女性術士を、正確無比な斧の投擲で救出する。そんな三人を、黒島が後方から油断なく援護する。
斎城と香山もトロールの群れに踊り込み、他ギルドメンバー含む混成部隊と戦線を形成し始めた。
自分の射撃も役に立っているようだ。ゴブリンを無視するように悠々と貫通し、トロールの膝を次々と砕き、移動力を削いでいく。他ギルドのメンバーがその頭部に止めを刺すだけだ。
あのギガントもついに倒れた。砲兵による、四発もの105㎜砲弾に耐えるとは…
「ギガント、新たに3体来ます!」
「冗談だろ…」黒島が、その場にいる全員の胸中を代弁した。
と、壁上からアリッサが躍りかかり、一体の首を深々と斬りつけた。ギガントが耳障りな怒号を上げ、アリッサに向かって突進していく。それを余裕でいなしながら、筋力アシストを活かしたジャンプで壁を伝い、再び城壁の上へ。
「鬼サン、コチラ~♪」
一体がアリッサを追いかけ、取り合えずは残す2体になる。一体に16式が砲弾を集中させるが、なんと棍棒を盾に迫ってくる。砲弾の破片と衝撃、熱風を浴びせるが、有効打には遠い。
「待てよ…?」
ふと、無人の軽装甲機動車の上に設置されたM2重機関銃に目を留めた。
「乗り物も馬扱いなら、或いは…」
車体に飛び乗り、重機関銃を操作してみた。巨大な弾薬はベルトリンクから覗いている。
(引き金が無いぞ…!どれだ…!?)
顔を上げ、自衛隊員を探すが、全員が離れており、しかもそれどころでは無い状況だ。
この丸いペダル状の物が怪しい。触ると僅かに押しこめる気配があるが、完全には押せない。安全装置のような物があるのだろう。
(いざ撃つという時に、そんな離れた場所に設置する馬鹿は居ないだろう…近くにある筈だ…)
円柱状の突起を弄ってみる。…手応えがあった。
「しゃあっ!」
報復の殺気を放ちながら戦車に迫るギガントの顔面に向け、ペダルを押す。
カチッ…
カチカチ……
「何で!壊れてんのか!?」長方形の機関部左側面をバンバン叩く。
「あ…」
叩いた手の先…左側面にあからさまな突起…ハンドルがある。
「…失礼しました」
ハンドルを引き、初弾装填。
ペダルを押し込む。
ドドドドド、と、騎兵銃とは比べ物にならない振動とマズルフラッシュ。
それでも、砲手や銃手の放つ40㎜砲や重機関銃には及ばず、ギガントは単眼を細めながらも戦車に迫り、棍棒を振り上げた。その隙に戦車砲弾がギガントの胴体に立て続けに命中するが、撃破には至らない。
「これならどうだ…」
赤い光に包まれ、もう一連射。巨人の肌を容易く突き破り、赤い眼球がどす黒く滲んだ。
この世のものとは思えない悲鳴を上げ、振り上げた棍棒を取り落としながら顔面を押さえてのたうち苦しむ七メートルの巨体。その隙にもう一台の戦車が装填を終え、巨人に一撃。巨人は壁にもたれかかるようにして倒れ、動かなくなった。
4名の尊い人命と…ついでに9億円の血税も守る事に成功した。
だが、余韻に浸っている暇もなかった。
もう一体が戦車に突進して来る。勇気づけられた戦車が、車体を後退させながら照準し、もう一体に発砲。これは棍棒で防がれる。
既に照準を定め、連射。銃身が陽炎を放ち始める。
(加熱し過ぎるとマズいだろうか…?)
指切りバースト射撃で空冷時間を稼ぎつつスキルを使用しての、巨人への嫌がらせのような顔面射撃。
後頭部に穿たれた赤い眼が、犯人である自分を捉え、動かしにくそうな巨体を反転させる。
「あ、やべ…」
そのガラ空きの背中に戦車砲弾が立て続けに命中。ギガントは背を撃たれながらも自分を道連れにしようと突進して来る。
(戦車の装填が間に合わん!)
ギリギリまで射撃しつつ、脱出する為、機銃から離れようとして突起に躓いて体勢を崩し、軽装甲機動車のルーフ上に仰向けに倒れた。脚も何かに引っ掛かっている。
高々と振り上げられた棍棒。
(畜生、こんな所で永遠にゲームオーバーかよ…)
香山…斎城…
戦車砲弾がギガントの足を直撃。片膝を付き、姿勢を低く崩しながらも棍棒は振り下ろされた。
耳障りな金属音。
斎城が棍棒との間に割って入り、その軌道をずらした。棍棒は装甲車のボンネット部分を折り紙細工のように平たく叩き潰す。
衝撃で解放され、装甲車から離れた。見ると、斎城は巨人の肩を駆けのぼり、巨大な首に一太刀浴びせている。
巨人が悲鳴を上げながら腕を滅茶苦茶に振り回して斎城を捕えようとするが、一向に叶わず、かまいたちの様に首筋に深い切り込みが次々と付けられていくばかりだ。
膝立ちのまま、嘆くような断末魔の悲鳴を上げ、巨人は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
血糊を剣から振り払った斎城が長い髪を揺らしながら駆け寄って来る。
「大輔君、大丈夫!?」
「ああ…おかげで怪我一つない」
同じく駆け付けた香山も心配そうに傷が無いか検めてくれた。
「救援、感謝します」
命拾いした16式が器用に自分達の傍らで停車した。車長は慣れた様子で機銃を片手で撃ちつつ、簡単に敬礼してきた。
「おかげで全員、無事に帰れそうです」
「見事な射撃でした。おかげでこちらも命拾いしましたよ。…それにしても」
またも地鳴り。
離れた城壁近くで、最後のギガントが横倒しに倒れた。
アリッサはなんと、単独でギガントを引き回した挙句に討伐してしまった。
それにしても…あの最初の挑発…アリッサが居なければ、三体のギガントを相手にしなければならなかった。そうなると、確実に戦車は乗員ごと潰され、自分達の生存もかなり難しかっただろう。
良くて大損害を出しながら敗退…悪ければ全滅していた。
「ん~、イージィー♪ そちらは順調デスか~?」
アリッサが余裕の笑みを浮かべながら歩み寄って来る。
既に要塞内は負傷者を出しながらも犠牲無く、モンスターを城塞外に追い出している段階だった。頼みのギガントを失い、それこそギガントよろしく吠え立てる藤崎の気迫に追い立てられたトロールたちが、城塞外で40㎜機関砲やてき弾…グレネードの餌食になっている。
ゴブリンに至っては早々に逃げ帰ったか、影も見当たらない。
「アリッサが居なければどうなってたでショーねぇ?」
密着する寸前まで近づき、小さな背で勝ち誇ったように顔を見上げて来る。…勝ち誇りながら。
「…おかげで助かったよ。ありがとう」
あまりにも純朴な感謝に、アリッサは肩透かしをくらったような、毒気を抜かれた顔をした。
「…まっ、そのための応援要員デスしねぇ。当然の事デス」アリッサは背を向け、肩をすくめた。見事にくびれた腰の上に、ロングソードをホールドしている。
「しかーし、これは一つ貸しデスよねぇ?大淵サン?」腰に手を当て、アリッサは振り返った。
「…」
形の良い流線形に目を奪われ…「今しがた、当然の事デスって言わなかったか?」という言葉を飲み込んでしまった。
「ではお選び下サイ! アナタ以外の仲間全員が私のいう事を一つ聞くか、アナタだけが私のいう事を一つ聞くか!二つにヒトツ!」
「…!?」
(それ…選択の余地ないだろ…)
「…分かったよ、好きにしろ。ただし、常識に欠けない範囲で、な」
「イエス!やった!あー日本、良い所! サスガ、夢の国、デスね!」
人的被害こそ奇跡的に無かったものの、二度に渡る防御線突破に危機感を抱いた国とギルド連合上層部は、防御線の強化と、ゲートの先にある世界の調査を開始すべき、という判断に至った。
これは翌日の夕方、内閣総理大臣によって「盾と矛のセット対策」として国民に発表された。
…差し当たり、大淵らギルド会員、その中でも実戦経験と実績の「並々ならぬ」中央クランは、その基幹部隊として挙げられ、国が買収した代々木公園近くにある施設を第二の拠点として構える事となった。
「異世界に侵略戦争をするつもりですか、総理!」
国会中継で野党議員達が口々に追及したが、大淵はそうだろうな、と思うだけだった。
問題は、どちらが侵略されるか、だ。
装輪戦車をもってようやく撃退するに至ったモンスターを目の当たりにした大淵は、このビルとコンクリートに囲まれた深山…首都で、新たな戦争の風をその身に感じるのだった…
…そして、米国から送られてきた謎の竜騎兵・アリッサ。 …依然、その目的も杳として知れない。
「…そして、自分は異国のダイナマイトバディ美少女、アリッサにあらぬ恋心とレッツジョーを抱いてしまっているのだった…って感じデスか?」
肩越しにアリッサがニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んでくる。
…コイツには思考透視能力でもあるのか?
新たに用意された三畳ほどの専用執務室で、大淵は額を押さえながら溜息を吐いた。
今も、各人が申告した討伐モンスターと、状況経過を報告書にする為PCに向かっている所だった。
「寝言は寝て言え…」
「えぇっ!?じゃあ星村サンみたいなキュートでヤングな少女が? 確かハンザイデスよ?」
どこからか黒島の「ケダモノぉ~」という囃し声が聞こえた。…地獄耳め。
「良いから出ていけ…」
開け放たれた戸口…自分に疚しい気が無いと証明するために開け放した戸口の影には、香山と斎城…ついでに現れた黒島がニヤニヤしながら見守っている。
再配備に当たり、自分の権限が増えた。具体的には、スタンピード発生の知らせが入り次第、作戦に関する全ての決定権が大淵の判断に一任されるという事だ。今も要塞で警備に当たっている駐屯部隊からの報告が入り次第、今までのように担当官から報告を受ける事も無く、ここから直ちに現場に急行できる。
それに伴い、この三階にあるスペースに自分達の新たな居住区域・及び必要設備を作ることになった。
良く言えば、仕事場と自宅が極めて近くなったということだ。
逆に言えば、ギルド活動に生活が圧縮されるという事だが。
そして悪く言えば、その居住区域にアリッサが既に自分のスペースを確保しているという事だ。
「そもそも、なんでお前までここに居るんだ」
「失礼デスねー、そもそもゲートの膨張によるスタンピード発生予兆をキャッチする技術は、ワガ国が提供したモノデスよ?アレが無ければ今頃、東京はこんなにピースしてませんよ?」
「う……そうだったのか」
大淵の目の前でデスクに腰かける。膝丈程もないミニスカートから目を逸らす。
「それに加え、あの新種のギガント。ワタシ達が助っ人ニ来ていなければ、間違いなく街中に出ていましたネ。 ……更に言うと、あの戦車兵…スキル持ち砲兵が配備されたのは、ワタシ達がギガントを二体倒した12時間後デシた。さぁて、ギガント二体が代々木公園から溢れ出し、その他有象無象のトロールとゴブリンが這い出ました。12時間で東京はドウなってましたかネー? …そういえばその時、皆サンはどうしてましたかネ?ヤムニヤマレヌ事情がアッたんデスよね?」
「っ…」
まさか、休暇とは言え…片や沖縄旅行…片や美女二人を連れだして湯煙ロマンスを満喫していたなどと言えない。
「…ワタシ、感謝シロとはいいマセン。…でも、せめて仲間として、仕事と能力で見てモライたいデス」
戸口の影で香山と斎城が複雑そうに俯く。黒島は…飽きたのか居なくなった。
…言動に問題こそあれ、今日見たようにアリッサの活躍で多くの人々が救われたのは事実なのだ。
確かに、得体は知れない。…だが、それを疑っていつまでも敵対していては、守れるものも守れなくなるかもしれない。 アリッサ達と協力し、ゲート先の調査と、防衛を進めていくべきだろう。
「…わかったよ。協力してくれ、アリッサ」
「イエス!任せて下サイ!…あ、ソーダ」
「ソーダ?」
「アレ開いてくださいよ、カンゲー会!お酒を交換して、お互いの仲を深めマショウ!」
「あ、ああ…」
「オノレを知り、敵を知れば百戦練磨というヤツデスよね?」
「…それは知らんが、まぁ、とっておきのアイテムがある。楽しみにしておけ」
「?」
戸口の二人と視線を交わす。二人もなるほど、と言わんばかりの得心顔で頷いた。




