腹が減っては戦はできぬ (ダンジョン ヒュバラ)
…野菜や果物と言った作物はまだ貴重だった。野生の木の実や果実、野草ではあまりに食糧として効率が合わず、よほど大量に群生していない限り、探して採集する人手のエネルギーとトントンか、下手をすれば赤字になって本末転倒だ。 …新たな種を持ち帰って栽培・品種改良するというのなら話は別だが…
…人間にとって有用な食物ほどそうそう都合よく大量自生している事など無い。…栽培と品種改良をして、初めてまともな食料源として成立する。
…農芸士が居なければとっくに五千人の人間は飢え死ぬか、食料を巡っての悲惨な争いの末に激減していただろう。
…対して、動物の肉はエネルギー効率が良かった。一頭でも取れれば…贅沢を言わず、シチューやスープにすれば相当なカロリーを無駄なく大勢の人間に行き渡らせることができる。…これも家畜化できれば良かったが、その為にはやはり相当な労力と資源が必要となる。…いくら優秀な農芸士と言えど、一人でできる事ではなかった。
…兎に角、一戦ごとに大量の食料、もしくはエーテルを必要とするダイスと言う存在は、生き残った人類の最大の希望として舞い降りた訳だが、それはまた数十人分の食料を新たに必要とする口が増えたという事でもあった。
ダイスを満足させ、十全の状況とするには莫大な資源が必要となる。…キャンプの人間達を飢えさせる訳にもいかず、かといってこの世界の人魔全ての希望であるダイスを燃料不足のまま戦わせるなど論外である。
…弓の名手であるリノーシュ王自ら立っての協力と、狙撃の名手である浮田の協力により、タイガスブルと普通の鹿をそれぞれ仕留め、食料としていた。…特に鹿は本来、木々や植物・作物を食い荒らす、繁殖力の極めて高い害獣だが、その繁殖力の高さが今はありがたい。
…とはいえ肉ばかりでは普通の人間は健康に問題を来すが、ダイスに限っては全く問題なかった。…寧ろエネルギー効率という点では最適解でさえあった。タイガスブルの肉が持つエネルギーとマナを取りこみ、その莫大な燃料タンクへと詰め込んでいく。
他の皆は貴重な野菜を添えながら肉料理を食べていた。…本来ならパンやパスタ…日本人である以上、贅沢を言えば米など炭水化物も欲しい所だが…穀物の栽培は苦難の道を乗り越え、ようやく軌道に乗り始めたばかりで、毎食食べる事など夢のまた夢だった。
…それこそルーヴァリスが基地だった頃は、上位者襲撃より遥か前から政府の居住地化プログラムとして試験的耕作が行われていた事もあり、これが不幸中の幸いだった。お陰で必要最低限ながら種子や各種資材がそのまま手に入ったし、ある程度の農業基盤も整いつつあった。
…だが、戦況の悪化により、二年でルーヴァリスは陥落。魔王軍と共に撤退に撤退を重ね、特に撤退戦の最中は多くの死者を出し、更に食糧事情の悪化で人々は凄惨な全滅を覚悟していた。…しかしここでもまた幸運の雨に救われた。
…かつて魔王と大淵が初めて出会った、山脈麓のトゥエカ。ここはかつて自衛隊によって砦として強化補強され、大量の物資が貯蔵されたままになっていた。また、トゥエカからの連絡トンネルも掘られていた為、そこから人間は魔王城側へと撤退する事が出来た。 …このお陰で人類は食料を得ながら砦に立て籠もって上位者の手先と戦い、魔物達が山脈を苦労して撤退する時間を稼いだ。
…大淵不在の中、人類は奇跡と幸運に助けられながらも…滅亡一歩手前の危険な綱渡りを幾度となく強いられていたのである。
「…ねぇ、ダイス。星村さんから素材や物資があったら何でもいいから集めてくれって言われたじゃない?…この近く…多分あの山脈のどこかにダンジョンがあるよ」
ダイスは旺盛な食事の手を止めて肉を飲み下し、トレーシーを見て頷いた。
…因みに、ダイス程ではないがカリューも平時から二、三人分の食事…特に肉を必要とする。…ただしカリューは自分の食い扶持は自分で狩って来れるため、むしろ人々への食料供給の助けとなっていた。
「…あの、お前と出逢った時のような遺跡か」
「そ。…まだ遠いから正確な位置は分からないけど…西側かな。トンネルを抜ける時に感じたから、こっち側のハズ」
「…何か人々の…星村や農芸士の役に立つ物が手に入るか」
大淵は食事を終えて立ち上がり、異形たちが逃げ去った平原の方角を見た。
「…気配は完全に消え去った。少なくとも今日は絶対に戻って来ない」
ダイスは空間に手を入れると、散弾銃と拳銃を取り出し、慣れきった手つきでそれぞれに銃弾を詰めていく。…暇と道具さえあれば、これまた慣れた手つきで即座にメンテナンスを済ませてしまう。
…そして、星村から貰った右レッグホルスターに拳銃を、背に散弾銃を背負い、左腰に紫電を差し、風神騎槍を左肩のハードポイントに装着する。
…当然、銃器を二挺も持つものだから装備過多により60%ステータス減のペナルティが課されるが…その致命的なペナルティが課されて尚規格外のステータスとパワーを持て余していた。
…これにはエネルギー節約の意味もあった。刀剣や格闘で戦うより、射撃戦の方が遥かに燃料消費は少なくて済む。…ダイスなりの、キャンプに迷惑を掛けたくないという気遣いだった。
…正直、まだ完全には思い出せないが…キャンプで待つ自分の息子と妻になるべく影響を出したくない。
「じゃあ私も行こうかな」
斎城とアリッサが立った。マオも当然のようについてくる。
「リザベル、留守を任せるぞ」
「ハッ!どうかお気をつけて、マオ様」
これに四人娘のうち、ラナとパルムが続く。…あまり大所帯になっても、トラップに巻き込まれた際に足手まといになる可能性がある為だった。
「私も行かせてよ」
銀がダイスの前に立っていた。
「…キャンプの治安維持は問題ないのか?」
ダイスは記憶を辿るように右ガントレットにのみ大淵仕様として装備されているワイヤーアンカーを、無人の平原に向かって試射した。
「秋山と浮田達がいるから。 …決して足手まといにはならないから」
「…好きにすると良い。 …治安維持にあたる者の観点ゆえの発見もあるかもしれん」
ワイヤーアンカーを収納し終え、ダイスはトレーシーに向き直った。
「案内を頼む」
「任せといて!」
トレーシーの後に続く事一時間…昼を少し過ぎた頃にその…真正面から見なければ分からないであろう横穴を見つけた。
「こんな所に…」
「灯台下暗しって奴デスね。まぁ、どのみちこちら側はすぐに制圧されちゃいマシタから、探索なんて無理でしたケド」
「…俺とトレーシーが先行する。 お前達は後からついてこい」
ダイスは左肩に内蔵された可倒式ライトを点灯してダンジョン内に進んでいった。
「…」
入り口の数段しかない浅い階段を下り、続く通路を10メートルほど進んだダイスとトレーシーがピタリと止まった。
「下がれ!」
「えっ、何…」
落盤。
階段へ降りようとした斎城の鼻先を分厚い岩盤が崩れ落ち、先行していた二人の姿が岩の中に消えた。
「だ、大輔君!?トレーシー!?」
「…無事だ。トレーシーが教えてくれた。…念のため、平原まで下がって待っていろ、岩をストームランスで破壊する」
言われた通りにしたが、階段よりこちら側にはブロワーの殺人旋風も通らなかった。…ダンジョンと言い、こんな芸当ができるカーバとは何者なのだろう、と斎城は疑問に思った。
「もうとっくに昇天しているがな。魔術構築の造形に関して並ぶ者は今後とも二度と現れんだろうな」
斎城の思考を読んだマオが腕組みしながら答えた。
「…そんな人でも流石に寿命は弄れなかったみたいね」
「…或いは弄らなかったか、な。 …斎城よ、お前は不老不死が欲しいか?」
「…正直に言えば、不老は欲しいかな。不死は…」
「ン~アリッサはいらないカナ~大淵と一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになりながらお茶会でもして漫才やりながらゆっくり死んで行きたいデスねぇ」
「…そうだろうな。…それがお前達の弱さでもあり美しさでもあるのだ」
マオは憂鬱げな横顔を見せた。…その視線の先には岩盤を消し去ったダイス…大淵の姿があった。
「…こ、こんな殺意に満ちたトラップは珍しいわね…」
トラップを全て察知できるトレーシーも微かに青ざめていた。
「…ダイスなら頭から食らってももしかしたら岩の方が砕けてたかもしれないけど、盗賊以外が入ったらまず一見殺しでしょうね… …酷い冒険者は買った奴隷を先に歩かせるなんて噂を聞いた事があるけど…」
「そんな事が…」
「噂は噂デスが、こんなものを見たらさもありなんデスね…」
「それでも宝欲しさに、か…」
銀も憂鬱そうに岩盤の欠片を見た。
「私達もフローズィアさんを封印していた遺跡で、物凄い高さから落下させられたことがありました。…けど、ダイス先生がそのワイヤーアンカーを駆使して守ってくれたんです。…あ、この子、トラップ発動のプロなんで気を付けて下さい」
パルムは隣のラナをジト目で見つめた。
「ひ、ひどいよ~」
「…先に行くぞ」
ダイスは呆れたように再び先行した。
「トレーシー、お前も後続して、皆をトラップから守ってやってくれ」
「わかった」
ダイスを先頭にして暫く進んだ。
「…ダイス、そこの左…ううん、トラップじゃなくて、何か部屋がありそう。…隠し扉って事はない?」
「…」
ダイスは壁に手をついて改めると小さく頷き、回し蹴りを放った。
壁が派手に吹き飛び、残りを軽く蹴り払うと空洞が現れ、ダイスは部屋の中を覗いた。
「…宝箱が三つあるな。敵の気配は感じないが」
「…一つがトラップですね。左右を開けて下さい」
ダイスは言われた通りに右の箱から開けた。 …何かの骨が宝箱にぎっしりと大量に詰まっている。…流石に自分でも食えそうもない。 …ゴミか?
「…」
ダイスは片手で持ち上げた宝箱の中身をトレーシーに見せた。
「うわっ、人骨!? …いや、これってまさか…絶滅したソリン・カリルの骨!?」
「…ゴミか?」
「とんでもない! 精製次第では万能の霊薬・エリクシールの一種にもできる。…流石に不老不死にはならないけど。 …もしくは究極の土壌改良剤にもなる。伝説ではその改良剤を使った土地に植えた作物は干ばつだろうが冷害だろうが、作り手が病で動けなくなっても必ず豊作を約束してくれたって。 …農芸士さんも泣いて喜ぶわ」
「やりましたネ♪これだけでも大収穫デス」
ダイスも頷き、その中身を布袋に移し替え、厚手のバックパックに収めた。
「せ、先生、私が」
パルムより体格に恵まれているラナが前に出た。
「…頼む」
バックパックを渡しつつ、もう一つの左側の宝箱を開けた。…今度は幾つかの魔法石が入っていた。
「それは…何でしょう?いくつかは炎や風、雷に水など、既存の物ですが…」
「…まぁいい。星村に見せればいずれ分かるだろう」
それもラナのバックパックに収め、ダイスは立ち上がった。
「…それにしても、こうして残すとつい気になって開けたくなるよね、トラップってわかっていても」
斎城がぽつんと残されたトラップの宝箱を見下ろした。
「シュレディンガーの猫デスねぇ」
「…それ、意味合ってる?」
「開けてみるまで100%は無い、という意味デハ」
「…ちなみに開けるとどうなるの、トレーシー?」
「えっ、それは…」
「何?勿体ぶらないでよ」
銀が興味津々に詰め寄った。
「いえ、流石に私もトラップと言う事しか分からなくて…さっきの落盤のように即・命に関わるような危険なものは何が起こるか正確に分かるんですが…」
「…もう用は無い。先に行くぞ」
ダイスは無関心にさっさと隠し部屋を後にし、通路の先を窺った。…気配は…無…
「きゃーッ!?」
「わわーッ!」
「ヒィーッ!」
あいつらの悲鳴…!?
馬鹿な、気配など…!?
ダイスは紫電と拳銃を抜きながら即座に声のした方…先ほどの隠し部屋へと駆け付けた。
「どうした…ッ!?」
「あーっ、ダメダメ! ダイス、来ないでッ!」
部屋の前で立ち尽くしていたトレーシーが両手を広げて立ち塞がっていた。…部屋から薄い紫色のガスが漂っている。 …まさか毒か…!?
「…俺ならどうとでもなる」
「そ、そうじゃなくて!皆は無事だから!」
「ど、どう言う事だ…?」 要領を得ず、ダイスは困惑した。
「ノー、大淵!ちょっと待って、裸アーマーなんて糞ダサすぎて死にマス!…オーケー、ベビースキン!come on!ドンと来いデス!」
「おバカ! 来なくていいの! それにアナタと銀のせいでしょう!?」
「自分だって興味本位で見てたじゃない…!」
「先生、服があァ~」
「誰ですか、本当に開けたの!?」
「ひーひー狼狽えるな見苦しい奴らめ。その駄肉を見られて恥ずかしいか? …やはりダイスの妻たりえるのは私くらいか…」
「…」
…声の内容からおおよその事態を悟ったダイスは…呆れ果て…無表情で武器を下ろした。
「…非致傷性のトラップだって知ったら、シュレディンガーがどうのこうのと言って…皆いう事聞かなくって…」
「…消えたのは服だけか?」
「う、うん…鎧とか持ち物は無事。…ユニークトラップね、カーバさんの悪戯かしら」
「…置いていくか」
冗談とも本気ともつかぬ声で大淵は呟いた。
「だ、大輔君!?私は被害者なんだけど!?」
「なーにが被害者デスか、後ろから思いっきり覗いてたクセに!このムッツリクール!」
「先生ぇ~」
ダイスは溜息を吐き、トレーシーを振り返った。
「…すまん。俺が見ておくから…すまないが送られてきた資材や物資の中に予備の装備類もあったはずだ。…持ってきてくれるか?」
「わ、わかった!すぐに戻るから」
トレーシーが居て良かった…
…しかし、こいつらと出会ってから、どうもこんな間抜けな事ばかり起きているような…
…昔も…こんな事があったような…
ダイスは壁にもたれかかりながら小さく溜息を吐き…視線を感じて隠し部屋の戸口を見た。…マオが顔だけ出してこちらを見ていた。
「ん?なんだ、私を見たいかこの助平め?きひひひひ!そんなに見たくば…」
「…」
ダイスは無言のまま、その脳天に神速のチョップを下した。
「ふぎゃあああ!?」
ダンジョンにマオの断末魔が響いた。




