dear Friends
「久しぶりだね、大輔」
近衛兵達の厳重な護衛を受けながら、リノーシュは城内でダイスを迎えた。
「べ、ベイエッジ国王!?」
絶世の美少年か美女か…遠目に見れば迷うところだが、こうして近くで見れば…溢れ出る女性的な身体の線を瑠璃色のマントで辛うじて隠していた。
…その整い過ぎた顔も、二十代半ばに差し掛かりつつある女性の色気を隠せずにいた。
慌ててトレーシーが跪いた。 …赤髪の二十代前半の女性…メノムを抱きかかえたままのダイスは…リノーシュを見据えたまま全く頭を下げようとしないので、どうしたものかとやきもきしていた。
「ああ、やめてくれ。どうか立ち上がって。…君は大切な国賓の一人なんだから。…分かるよ。君が彼をここまで連れて来てくれたんだろう?…君はいずれ、救国の英雄を導いた精霊や女神のように語られるだろうね。 少女よ、君の名は?」
「と、トレーシー・マロリアです、ベイエッジ国王陛下」
「その名で呼ばれるのは好きじゃないんだ。…気軽にリノーシュって呼んでよ。」
「はっ…リノーシュ様。…あ、あの、ダイスケって…このダイスの本名ですか?」
「うん。親しい人達にはダイスって呼ばれていたけどね。…そうか、ダイス…もしかして彼は記憶を失ってしまったのかな…?」
リノーシュはダイスと会話も交わさぬうちに…彼の置かれた状況を言い当てて見せ、トレーシーは驚愕していた。
「な、なぜお分かりに…?」
「様子もそうだけど…瞳がね。…彷徨える孤独な者のそれだ。…体も別のモノになってしまったんだね…なのに……たくさん辛い事があったね…それなのに魂だけは怨嗟の炎に縛られながら、復讐の為だけに生きている。 …苦しいよね、大輔…?」
リノーシュはダイスの眼を見つめながら静かに、優しく語りかけた。
「…ッ…お前は…何を言って…?…」
ダイスは目を見開きかけ…息苦しそうに…そして苛立たしそうにリノーシュを睨んだ。
「ちょっ、王様になんて口の利き方を…!?」
「いいんだ。僕と大輔は親友だったんだ。その抱きかかえている女性ともね。…ここでいつまでも立ち話をさせるのも申し訳が立たない。来てくれ。できる限りのもてなしをさせてくれ」
「もてなしって…」
…ダイスをブレメルーダに送り届けてサヨナラかと思ったが、とんでもない事になってきた…救国の英雄を導いた精霊か女神って…えへへ、何か良いけど、大袈裟だなぁ。
ダイスは メノムを大事そうに抱きかかえたまま、リノーシュの後に続いた。トレーシーも遅れずにダイスに付き従った。
「…それにしても大輔、大きくなったね?前は僕より少し低かったのに。…なんだか嬉しような、可愛い弟が自分を追い越してしまったようで少し寂しいような…」
「メノムは!? 戻った騎兵団がメノム団長が取り残されていると!」
俄かに城内の通路が騒がしくなり、奥から駆け付けた三人の女性騎士が帰還した兵達に問い詰めて回っていた。やがて埒が明かないと思ったか、城門の方へと向かって来たところでリノーシュに気付いて慌てて立ち止まった。 その中でも長い金髪に菫色と琥珀色のオッドアイの女性が前に出て、リノーシュの前に跪いた。背後の二人も跪く。
「り、リノーシュ様!レッドダイスキャバルリー団長が…メノムが行方不明と…!」
「安心して良いよ。もう大丈夫。通りすがりの心優しい旅の騎士達が助けてくれたんだ」
リノーシュは悪戯っぽく笑いながらダイスを振り返った。 …ダイスは無表情に受ける。
「はっ…旅の騎士…です…か…?」
クロエ、ラナ、パルムはゆっくりとリノーシュの視線の先を向いて…フリーズした。
「…」
ダイスはやはりメノムを抱えたまま無表情に…いや、やや困惑したように…何か感じるのか…幾分か人間らしい瞳の光を取り戻しながら …何故か一歩だけ後退った。
「だ、だ…ダイス殿~ッ!?」
クロエが涙目で駆け寄って来て…ダイスはメノムを守るように高々と掲げると、その胴体にクロエが体当たり同然に抱きついてきた。
「な、なんだ…!?」
…あのダイスが困惑している…只者では無い…
「元・団長、ズルいですし邪魔です!退いてください!!」
「ひ、酷いぞパルム!? それに元を付けるな、私は国王親衛騎士団長…」
二人の喧騒を他所にラナがオットリとダイスに抱きついてすすり泣いた。…これにもダイスはやや困惑している。
「お、お前達は…?」
「君が散々可愛がってきた四バカ…失礼、四人娘だよ。後でパープルハートにも顔を出してあげなよ。当時の団員がまだ大勢残っているから喜ぶよ」
「…」
困惑しながらも…何かを思い出しつつあるのか、ダイスの表情は明らかに今までの無機質な物から変わりつつあった。…可愛い旧知の娘達に囲まれているからか…それとも先程のリノーシュの言葉が何かしらの影響を与えているのか…或いは両方か…
「…まぁ、やきもちを妬かないでやってくれ。…君もここへ来るまでに噂くらいは聞いただろうが、それはそれは多くの戦いを共に戦い、生きてきた仲間なんだ。…こうして深い仲の仲間達に出会って行けば、大輔の呪い…記憶の封印も解けるかもしれない」
「は、はぁ…」
…その時私は不要になるんだろうな… 私、特に役に立たないし…
「…さぁ、こっちだ。…こらこら、積もる話もあるだろうけど、まずは大輔を休ませてあげよう。…あれだけ無茶苦茶な戦い方をすれば、尋常ではないエネルギーが必要になる筈だからね」
ダイスは指示された通りに医務所のベッドにメノムを横たえると…その寝顔を暫し見つめ…再びリノーシュの案内で王族用の食堂へと向かった。
「災難ではあったが、丁度良い時間だった。夕餉時でね。既に準備はできているし、どんどん追加で作ってもらうから遠慮せずに食べてくれ。…今日は特別だ、クロエやパルム達も同席してよ。 メノムも目が覚めたらここへ来させるから。 …アルコールはどうだい? 君はお酒が大好きだったが…」
給仕係が全員の元へ各種アルコールを乗せたトレイを掲げて回りダイスの元へもアルコールが回された。
「…」
ダイスは琥珀色の蒸留酒を手に取り、しげしげとそれを眺めた。
「…それでは、我らが親愛なる共の帰還を祝って」
ささやかな祝杯を挙げ、ダイスはウィスキーを一口傾けた。…そして静かにグラスを脇に置いた。
代わりに、運ばれてきた料理を旺盛に平らげ始めた。 まるで石炭を次々と燃え盛る炉に放り込むような貪欲さにクロエ、ラナ、パルムも面食らっている。
…彼女らの知るかつてのダイスのイメージと違っていて驚いたのだろう。
「うんうん、見ていて気持ちがいいね。どんどん食べてくれ。料理長も君の食べっぷりに闘志を燃やしている筈だ。 …トレーシー、彼を…大輔を導いてくれてありがとう。改めて感謝するよ」
「い、いえ……眠りから覚めた彼が、北の方へ行きたいと行って」
「…大輔との出会いはどんな様子だったのかな? 良ければ詳しく聞きたいな」
「…サルデンス砂漠にあった遺跡の中で、黒い繭に閉じ込められていました。…そこで私はサンドリーパーに襲われて危なかったところを…遺跡の中で拾った気色悪い…喋る妙な人形に言われる通りにしたら、彼が繭を破って出てきました」
「…ふむ…その人形は今どこに?」
「…繭の中に突っ込めと人形に言われ、突き入れました。…そうしたらその人形と入れ替わるようにダイスが…」
「…そうか…悪魔め…感謝して良いのか憎むべきなのか…」
リノーシュは複雑な横顔で、旺盛に料理を平らげて皿の摩天楼を作っていくダイスを見つめた。
「…それでも、他に道は無かったかな… 極悪な悪魔に救われる英雄と世界っていうのも、なんとも皮肉な物語だよね…」
リノーシュは独り言ちるような、語り掛けるような声で呟いた。
「は、はぁ…?」
「失礼します! あ、あのっ、私ッ…!」
食堂の扉を開け放ち、メノムが駆けこんで来た。
「ご苦労様、レッドダイスキャバルリー団長。 …君も大輔と挨拶したら、一緒に料理を楽しもうよ」
「だ、ダイス先生…やっぱり、夢じゃなかった…でも、さっき記憶喪失って聞かされて…」
早くも涙目になるメノムを見て、それまで料理に一心不乱だったダイスがまたも困惑顔になってメノムを見つめている。
「せ、先生、助けて頂いてありがとうございました! あの…私です、メノムです!…覚えていらっしゃらないですか…!?」
「メノ…ム…?」
ダイスの眼に光が戻りつつあった。
「汎用…騎…兵…?」
「そ、そうです!先生と同じ汎用騎兵です!」
メノムは歓喜の余りダイスに抱きついて泣きじゃくり始めた。
…益々ダイスは困惑…というか狼狽し始めた。
「ちょ、ちょっとメノム…ダイス先生が困ってるじゃない…」
パルムは嫉妬心を隠そうともせずメノムとの間に割って入った。
「…私の事は覚えてらっしゃらないんですか?」
「…」
ダイスはしばらく無表情だったが…不意に一瞬、顔を顰めると…自らの左頬を撫でた。
「そ、その事は覚えてくれていらっしゃるんですね!? …それでも嬉しいです!」
「事故だったのに、パルム、思いっきり殴ってたから~」
ラナがおっとりと地雷を踏み潰す。
「そ、それは…」
「先生~、私の事は?」
ラナが横に立つと…ダイスは暫くその顔を眺め…仕方なさそうに頭をポンポンと軽く叩いた。
「やった~♪」
「あっ、ラナだけズルい!」
「だ、ダイス殿!私の事は!?わ、私が一番面識長いハズなのですがッ!?」
クロエがテーブル越しに真正面に迫った。
しかし…ダイスは…無表情だった。
「団長、ホントにダイス先生が言った通り紫心騎士団を首になっちゃったんですよ~」
「…そうか」
哀れみとも取れる陰りのある目でクロエを見つめ、そっけなく言った。
「ちがーうッ!栄転です、栄転!今は国王親衛騎士団団長にして、筆頭護衛騎士です!」
「まぁ、僕基本王城の中に居るから、言い様によっては閑職だよね」
頬杖をついたリノーシュが容赦ない一撃を放った。
「へ、陛下ッ!?」
「どうだい、大輔?…まだイライラするだろうけど、割と居心地いいだろう?」
「……」
ダイスは掴んでいたロブスターを頭から殻ごと貪り、何一つ残さず平らげた。
「…昔、こうしていたのかもしれん」
「しれん、じゃなくてしていたんだよ。…いつだって君の周りには人が居たし、僕らの中心には君が居たんだ。 …君の魅力だね。 異性的なものだけじゃなく、不思議な…人間的な魅力があった」
「…俺はまだ俺の事も、お前達の事もよく分からん。 …だが、お前達は俺をよく知っているんだな…」
そして順繰りに全員を見た。
「…思い出せるのか…思い出したとて何が変わるか知らんが…良ければ俺の事を教えてくれ」
「も、勿論ですとも!」
「少なくともダイス先生は最後までクロエ元・団長の事を心配してましたね…降格的な意味で。あ、ちなみにダイス先生、私が紫心騎士団の現・団長なので」
「ぱ、パルム!? …私が手塩に育ててやったというのにお前という奴は…もう許さん!」
「あ、先生~、私パープルハートの第一大隊長になったんですよ」
「ダイス先生、私だって新設の騎兵団長になったんですよ!」
少女達の喧騒に頷きながらもダイスは黙々と残りの料理を片付けていった。
「…」
トレーシーはそれを、複雑な面持ちで眺めていた。
…記憶が戻るのは喜ぶべき事だが…それはダイスが自分の知らない存在に戻っていくという事でもあった。
…自分が見つけ出した宝物を…必死に守ってきた宝物を、元の持ち主たちに返すようで…喜びたいが素直に喜べない気持ちがあった。
「…忘れないでくれ。君は正しい事をしたんだ。 …そしてさっき僕が言ったことは大袈裟なお世辞じゃない。本当の事だ。 …賭けてもいいよ」
リノーシュの手が肩に置かれた。
「そしてこれはお別れじゃない。…君はもう…大輔と僕たちの新しい仲間なんだからね。 …いや、彼の窮地を救い、ここまで導いた分、他の誰よりも彼に近いかもしれない。 …そしてそれは、他の誰にもできない、君にしかできない事だったんだ」
「リノーシュ様…」
「…ほら、食べて。せっかくの料理が冷えてしまう前に。大輔が正解だよ。…あそこの大輔にゾッコンの四バカは放っておいていいから」




