スノーダリアにて
片手で構えかけた散弾銃。しかし、肝心な各種弾薬が…多くても6発と有限で、残り僅かな事に気付いて銃口を下ろし、空間に放り込んだ。 …トレーシーに言われたのとは別の意味で、ダイスは己の無計画な行動を反省した。
「おーい」
…小さい銃…拳銃も、15発入りの弾倉が三つと心もとない。
「おーい」
…黒地に金の装飾が美しいランスに手を伸ばし、それを取った。…背後のトレーシーの位置と自分達を取り囲んだ無数の…仮面の異形たちとの距離と敵の規模を正確に把握した。
(…62体…うち一つは強い気配を感じる…)
横目で周囲の異形たちを見回すが、見た目の変わった個体は居ない。…見た目では分からないが、気配の強さでそれが特別だという事が、見ずとも距離と位置関係ですぐに分かった。
「おーい」
…愉しげだがどこか機械的な呼び声を発しながら異形たちは触手を蠢かしながらダイス達との距離を詰めて来ていた。
…自分の右斜め前…数体の異形を挟み…距離は30メートル程か。
「トレーシー…俺から離れるな」
ダイスの低く抑揚のない声が、断固とした意志を帯びていた。
「う、うん…」
ランスが深紅の赤みを帯び、一直線に敵を切り刻む竜巻を起こした。
それを待っていたと言わんばかりに暴風の範囲外に居る異形が触手を伸ばしながら機敏に迫ってきた。
トレーシーの頭部目掛けて突き出された触手が…ランスによって本体ごと薙ぎ払われた。
…尋常ならざる膂力で殴り飛ばされた異形はそのまま遥か遠くの地面に吹き飛ばされ、消滅を始めた。
更に反対側からダイスに迫る異形には深々と刀を突き刺し、そのまま無造作に横薙いだ。
(残り22…21、20体…気配の違う奴は動かない…)
計算する間も迫り来る異形たちを斬り捨て、ダイスはその気配の異なる個体に注意を払った。
どれだけ豪快に暴れ回ろうともその攻撃がトレーシーに掠る事さえ無かった。振るわれる刀が、騎槍が、ただ敵を事務的に処理していく。
…いよいよ残すは未だ動かない奇妙な個体だけとなった。
「おーい」
「…」
ダイスは左手で構えた騎槍を鋭く繰り出した。
仮面の異形は…壮年の男のデスマスクを貼り付けた顔をダイスに向けながら身を極端に仰け反らしながら槍の突きを避けたが、ダイスはそのままランスを叩きつけ、地面に異形を押し付けた。
異形は暴れ藻掻くが、放った触手は右手の刀に切り払われ、徐々に力を込められて地面にめり込んでいく。
トドメに仮面に刀を突き立てられ、各所から伸びた触手が一瞬だけビクリと跳ねあがり…力なく地面に横たわった。
「…殲滅した」
「お疲れ様、ダイス。 …まさかこんな明るい時間から、こんな街道で襲われるなんて…」
トレーシーは消滅していく最後の個体を見下ろしながら眉を顰めた。
スノーダリアまであと少しという所での襲撃だった。…自分はダイスが居るからいいようなものの、並の冒険者や旅人がこんな怪物に集団で襲われたら…
「…」
ダイスは街道の先…スノーダリアの方角を険しい表情で見ていた。
「…まさか、スノーダリアの方にも…?」
「…流石に規模は分からんが…町までの距離は?」
「あと1レディオ(6.6㎞)もないけど」
「…走るか」
「ダイスにはとても追いつけないよ…」
「乗れ」
ダイスが屈み、背中を差し出してきた。
「ほ、本気…?」
恐る恐るその背に負ぶさると、しっかりと背負われた。
「絶対に離すな。…それと、普段よりは遅く走るが、お前は目は開けない方が良いかも知れん」
「わ、分かった!」
キツく目を瞑り、ダイスの肩に隠れるようにした。
…直後、感じた事も無い風圧を頭から感じた。
(うわぁ…! …どうなってるのか見てみたいけど、これは本当にヤバそう…)
既に髪の毛も頭皮ごと剥がれ飛ぶのではないかと思う程靡いている。…後で見てみたら薄くなってたなんて言わないよね…?
そんな心配を口にする間もなく、高速走行は唐突に終わった。
「…着いた。眼を開けて良いぞ」
言われて目を開けると、雪が殆ど消えつつあるスノーダリアの平原地帯に佇む外壁が見えた。その外壁に取りつく、数十体の例の異形が見えた。
…物見櫓に追い詰められた兵が異形に張り付かれ、悲鳴を上げている。
ダイスが空間に手を入れ、右手に小さな短銃を握った。…知っている。非力な女性銃士が肌身離さず持ち歩く、一、二発装填式の護身用の銃だ。 …距離はまだ100メートル以上ある。
「い、いくら何でもそんなものじゃ…」
目の前でその金属の銃身、スライド、フレームに、赤々とした脈が浮かび上がり…轟音が響いた。
百メートル先の異形だけをほぼ消滅させる破壊力。 見張りの兵が茫然として周囲を見渡した。
「跳ぶぞ。掴まれ」
「わかった!」
軽い衝撃と共に浮遊感。幅跳びに近い要領で鋭い角度で跳び上がり、悠々と外壁を飛び越えて町中が見えた。…ないぶにもほんの数体…5、6体だが、侵入されたようだ。たとえ6体のみと言えど、防衛隊…自警団にとっては手強い相手だった。…自警団が弱いのではない。 ダイスが異常なだけであって、この怪物は人間の攻撃が通り難かった。…属性付き攻撃は有効だが、そういう攻撃は意図的に避けて来る事もあり、小賢しさがあった。
「手前から行く。…もう少し耐えろ」
「大丈夫!」
五人がかりで二体の異形を食い止める自警団員の前にダイスが降り立った。
「く、クソッ、新手かよ!?」
「安心して、味方よ!」
トレーシーが降り立ってその顔を見せ、団員達は一瞬だけ…大きく安堵した。
ダイスは既に一体の異形の仮面に回し蹴りが叩き込まれており、もう一体の触手を潜りながら深々と刀を突き返していた。
「…残りを始末して来る。少し待っていてくれ」
そう言いながら再び残像を残して消え去っていく。
…間もなく、町の随所で派手な物音が四度響いて…スノーダリアに静寂が戻った。
「…アイツは何者なんだよ?」
自警団員に驚愕と畏怖の眼差しを向けられ、トレーシーは返事に困ってしまった。
「第二分隊、無事か!?被害報告を!」
二個分隊10名を引きつれたシュミットの本隊が、押取り刀で駆けつけてきた。
「は…はっ、シュミット隊長! 分隊員、全員無事です!」
「良かった… …君は?」
「あ、私はえーと…」
…ダイスと一緒に空から降って来て、ただの旅人ですっていうのもアレだしなぁ…
「…殲滅した。この近辺に気配は一切なくなった」
青紫色に輝く刀を鞘に収めながら歩いてくるダイスの姿が見えた。
「ダイス、お疲れ様」
「…ダイス…? …ま、まさか君はッ…!?」
シュミットが顔色を変えた。
不安げに広場に集まってきた住民たちの姿が増えてきた。住民の代表者らしき町人が数名シュミットの前に駆け付け、被害の状況を報告し始めた。…聞き耳を立てる限り、死人は出ずに済んだようだ。
「…皆、不安だろうがもう、大丈夫だ!…皆は彼を覚えているか?」
シュミットの号令をかけ慣れた声が広場に凛と響いた。
シュミットがダイスを促し、半ば強引に広場の高台に立たせた。 …ダイスはやや困惑気味の仏頂面でシュミットや町の人々を順繰りに見渡している。
町人も誰だか分からず、騒めいている。
「五年以上前、この町にかの紫心騎士団が滞在した事があっただろう!その時、パープルハートの大隊と自身の隊を率い…あのエーデンベルト城を攻略し、更には2万の魔物巨兵団を撃退した英雄、ダイスだ!間違いない。どうやってかは知らないが、彼はこの町の危機に際して帰って来てくれたのだ! だからもう、何も心配することはない!」
ざわめきが一層広がって、人々の興奮と期待が嫌と言うほど濃密に感じられた。
…当のダイスはと言うと、やはり困惑気味の仏頂面で困ったように人々の視線を受け止めている。
「…五年前は我儘に付き合わせてすまなかったな。…何か、私達に言いたいことは無いか?アドバイスでも…現実的な要求ならなんでもいい」
ダイスは暫く考え込み…やがてぼそりと呟いた。
「…飯が食いたい」
集まった観衆からどっと笑い声が上がった。
「もちろん、お安い御用だ。 案内しよう。 …第一分隊は外壁の被害を点検しろ!他分隊は町内の被害確認と復旧作業に当たれ!」
人々を解散させ、ダイスとトレーシーはシュミットの後に続いた。
「自警団長!敵は全滅したのか!?」
赤ら顔のツラーク町長が駆けてきた。
「おや町長、今までどちらに?」
やや嫌味を込め、シュミットはツラークを見た。
「町の被害を確認していたに決まっているだろう!? …その二人は?」
「…もうお忘れですか? 五年前、貴方が何かと隠し事をしたままあの遺跡に向かわせた一行を率いていた英雄・ダイス殿ですよ。彼が町を襲った怪異の多くを殲滅してくれました」
「ほぉ、英雄の帰還か!?その英雄が居てくれれば、いずれは自警団の規模を縮小できるんだがな?…そろそろ隠居生活に憧れてきたんじゃないか、シュミット団長?」
「…」
シュミットは憮然として黙り込んだ。
「なるほど、会食と言う訳か。…それではダイス殿、改めてよろしく。町長のツラークだ。大したものは出せんが、町の食堂へご招待させてくれ。…今後の相談もしたいのでね」
「…」
どうする?と聞かんばかりにダイスがトレーシーを見た。
…まぁ、どうせご飯にしないとだしね。…今回は大活躍したから、相当食べるだろう。…招待って事は出してもらえるんだろうし…まさか町を助けたのに何も無しって事は無いよね? …ダイスの一回分の食費を浮かして貰おう。
トレーシーは大きく縦に頷き、ダイスもその胸を町長たちに伝え、一行はダイナーへと向かった。




