エーテルの使い道
高々と照り付ける陽の光の眩しさに目を細め、トレーシーは足を止めた。
…昔、今は亡き神父様の冗長な説教の中にあった、「奇跡」の話を思い出していた。…そしてその奇跡について問うたことがあった。
「…神父様は奇跡を信じますか?」
…確か、そう質問したのだと思う。
…大好きだった祖母が亡くなった後、教会の懺悔室で、そう質問したのだ。
その答えだった。
「奇跡なら毎日見ております。…あのどんな黄金よりも美しく尊い朝日が昇り、沈み…そしてどんな白銀よりも美しいあの月が昇り、そして沈みます。そう、誰に約束された訳でも無いのに、太陽も月も等しく私達を照らしてくれます。これ以上の奇跡があるでしょうか?…もし、科学的に証明されたとて変わりません。…私にとってはあの太陽が、あの月が…そしてあの方が…私の唯一の主なのです…いつか、あなたにも…」
…懺悔室の向こうから聞える、恍惚とした声の中に、幼心ながら良からぬモノを感じた。…だが、それに抗い難い興味を引かれたものだ… いや、一体何を思い出しているのだ、私は…?
「…」
二十歩ほど先でダイスが足を止め、こちらを見ていた。背にはあの少女を背負っている。
「ご、ごめん。ボーっとしてたっ」
慌ててダイスに追いつく。 …そう言えば、前は…あの砂漠の遺跡では待っていてくれなかったな、と思い出して、その変化に嬉しくなった。
「…見ろ」
ダイスが示す先には街並みが広がっていた。…その先には小高い丘に築かれた旧シバ城…現エーデンベルト城が佇んでいた。
「着いたね。ちょうどお昼に間に合いそう!この子の両親もきっとあそこに…」
言いかけて口を噤んだ。…ダイスも無表情に…心なしか暗い面持ちでトレーシーを見た。
…あんな場所にこんな幼い子が迷い込む訳が無い。…親が居ないか、…考えたくは無いが、親もしくは養育者にあそこへ放り込まれたのだろう。…しかし、なんであんなことを…
あれから少女はまだ口を開かなかった。…余程のショックだったのだろう。最初はダイスにも怯えていたが、こうして二日間背負われている内に幾分かダイスにも慣れたように見える。
「…とにかく行ってみよう」
ダイスを促すと、再び共に歩き出した。
「あの、衛兵さん。ここに来るハルべッテ山の中で二日前にこの子を見つけたんだけど…多分、この町の子じゃないかと思うんだけど、知らない?」
城下町の門に佇む衛兵たちに少女を見せたが、誰もが首を捻ったり隣の者と顔を見合わせるだけだった。
「…すまんが分からんな。朝のミーティングでは特にその子に当てはまるような行方不明者情報も無かったようだが…中央街の方にエーデンベルト憲兵本部があるから、こちらで送り届けようか?」
「ああー…いえ、この子色々あって人見知りが激しいから。どうせ町にもよるし、私達が送り届けるわ」
「そうか?それはありがたい」
三人は城下町に入った。…当然ながら、自分の村は勿論、オアシスでも比較にならない規模で栄えていた。三年前に現政権が安定してからは特に内外からの出入りが多くなっている。 元より、サルデンス砂漠を経由してサルデンス王国への重要な要衝でもあった。また、三年前に当時の政権が安定した大きな要因として、政権肝いりのプロジェクトであったエーテル発掘が成功した事がこの繁栄に大いに寄与していた。
エーテルは特に北大陸の人魔連合軍の重要な兵装開発に欠かせない物質で、これをブレメルーダ経由で北大陸へ輸送しているという。
エーデンベルトは大陸随一のエーテル産業国家として黎明期を過ぎ、右肩上がりの発展に湧いていた。
ブレメルーダやアルダガルド、そしてサルデンスに並び、大陸四大都市となる日も近い。
「…」
ダイスが食堂を見る。 …既に朝から二度、モンスターの襲撃を受けていた。モンスターは余程空腹だったか…或いは別の目的があったか、ダイスに向かう者はほぼ皆無だったが、トレーシーと少女を攫おうと執拗に向かって来た。
…無論、諦めたモンスター以外は全てダイスに始末されたが。
「うん、先にご飯にしよ。あなたも好きなもの頼んでいいからね」
少女はこくこくと小さく頷き、ダイスから下ろされてトレーシーの手を握って歩いた。
昼どきという事もあり、店内は殆ど空きテーブルが見当たらない。
「うわちゃー…そりゃそうか」
トレーシーは額を抑えた。…国外からも出稼ぎが増えているのだ。混雑は当然だ。…ポリミナの村からも二十人ほどがこの町に移住、或いは出稼ぎに滞在している。
…店の中央辺りに、いかにも陽気でナンパな若い男達がエール片手に大笑いしながら昼食を楽しんでいる。 その席ならあと三人は余裕で座れる。…何やら他の客もチラチラと男達のテーブルを見ているようだった。
「…あのー、すいません、相席…いいですか?」
トレーシーが低姿勢に声を掛けると、四人の男達は大歓迎だと口々に歓迎しながらそれぞれ自分の隣を開けようとし始めた。
「あー! お構いなく、この空いてる所に座らせてもらいますので!」
後から続くダイスと少女を見て、男達は苦笑交じりに落胆した。
「何だよ、子連れかよ!? まぁいいよ、座りな!」
少女はトレーシーに引っ付くように座り、ダイスも空いた席に腰かけた。
男達はトレーシーに脈が無いと分かると、テーブルの上に置かれた青緑色の液体が入った2リットル入りの工業用フラスコと、銀色に輝く立派なクリスタルを前に、会話を再開した。
(なるほど、これかぁ…)
他の客はこの立派な高純度エーテルとシルバークリスタルを見ているのだ。
トレーシーは適当に料理を幾つか頼んだ。少女にもメニュー表を見せ、どんな料理かを説明してやり、選ばせた。
「…どこまで話したかな? そうそう、グレム鉱山があるだろう?…俺はもっといいエーテル鉱脈が無いかと思って山中をうろついていたら、崩れかかった氷河を踏み抜いちまってな。…あわや間一髪と言う所で生き残った俺が見つけたのがそのクレバスにあった横穴よ。…見た瞬間俺はわが目を疑ったぜ。なんせ、洞窟一面にクリスタルがお花畑みたいにびっしり咲いてるんだからな。…エーテル鉱脈を探してまさかのクリスタル発見かと小躍りしたくなったね」
茶髪を刈り上げた精悍な男がクリスタルを示して笑った。
「信じてやるから、さっさと場所を教えろよ、この野郎」
その男を仲間が軽く小突いた。
「ダメダメ! …へっへっへっ、意地悪で言ってんじゃねーぞ? …俺も小躍りしながら崖伝いを慎重に向かったんだが、横穴の中にあったのはお宝だけじゃなかった。…とんでもねーバケモンも居たのさ」
エールを呷り、男は続けた。
「…クリスタルドラゴンとでも言うのかな? 奥には全身にこのシルバークリスタルを咲かせたそりゃあ世にも美しい、5メディオ(約8m)にもなるドラゴンが眠っていやがってな。…生憎、ロングソード一本じゃとても敵いやしないから、持てる者だけ拾って来たって訳よ。…下手に踏み込めば奴に喰われて、あの洞窟のクリスタルの一つにされちまうかもな」
男の話を聞いている内に料理が運ばれてきた。
「ほら、食べよっか。ダイスも…」
隣のダイスを振り返り…異常に気付いた。
ダイスの前にも大量の料理が運ばれてきたが…ダイスは料理に見向きもせず…テーブル上に置かれた青緑色の高純度エーテルに魅入られたかのように、じっと凝視して目を離さない。
「だ、ダイス、アンタどうしたの…!?」
…明らかに異常だ。あのダイスが食べ物に見向きもしないとは…
「しかしまさかこんな高純度エーテルまで湧き出ているとは思わなかったがな!これだけあれば人造魔法石が300個は作れるだろうな… …なんだい、兄ちゃん?コイツが欲しいのかい?」
「…それはどこにある?」
「さぁてねぇ?…コイツを一気に飲み干せたら教えてやるよ」
男達が豪快に笑った。…からかっているのだ。エーテルなど、色こそ美しいが、摂取などすれば極めて有害だ。 スプーン一杯でエーテル中毒症状を発し、最悪死に至る。
「なに、エーテルが欲しいの?エーテルなんてどうするのよ?」
エーテルは魔術工芸士の手でなければ活用できない。…これを原料にして魔術工芸士が強力な武具やアイテム、人造魔法石を作り出すのだ。
…そのエキスパート、いや、大天才と噂される魔術工芸士が二ホンから逃れ、北の人魔連合軍の戦闘を支えているという。…巡り巡って、その経済効果でこのエーデンベルトもこうして目覚ましい発展を遂げているのだ。
「いいのか?」
ダイスはすっと、手を伸ばすと…トレーシーが止める間もなく…そして男達の表情が凍り付く間に、それをエールのようにほぼ垂直に持ち上げ、一滴ほど零しながら喉を鳴らして呷った。
「ば、馬鹿ーッ!! なにやってんの!?」
トレーシーが椅子を蹴立てながら駆け寄り、その工業フラスコを奪おうとしたが…ビクともせず、2リッターのエーテルがもう無くなっていた。
「こ、コイツイカレてやがる!」
「全身真っ青になって死ぬぞ…」
「は、吐きなさい!早くッ!」
トレーシーがダイスの背中をアーマー越しにバンバンと叩きまくるが、手を抑えて諦めた。
「おい勘弁してくれ、飯時になんてモノ見せるつもりだよ!?」他の客も怒鳴った。
ゴトン、と空のフラスコを男の前に返し、ダイスは口元を拭った。
「…感謝する」
そう呟くと、ゲフッ、と満足げなゲップをして、店内は静まり返った。
…そのダイスと周囲との温度差とギャップがおかしかったのか、少女がプッ、と噴き出して笑った。
「…ようやく笑ったな」
ダイスが口元を微かに緩め、少女を見た。
「…名前は?」
「…ご、ごめんなさい。…でもおかしくって… 私はリリーです」
「わかった」
「あ、あなたも喋れるように… …と、とにかくダイス、アンタ本当に大丈夫なの!?」
…本来ならとっくに中毒症状で悶え苦しみ、即死していてもおかしくない量だ。
どのみち、スプーン一杯くらいの誤飲ならともかく、もう医者に出来る事もない。
「…そのようだ」
ケロリとした様子で、今度は思い出したように料理に気付いてがっつき始めた。
「は、はは…」
トレーシーも他の客たちも、これには笑うしかなかった。
…エーテルを失った男だけが、相手を死なせずに済んだ事と収入が消えた事とで、複雑な表情で…料理を次々平らげていくダイスを見つめていた。
しかし、男の発想は早かった。 …目の前の男が只者で無い事は分かった。その利用方法に考えを巡らせはじめていた。




