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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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休暇

「休暇?」


 面を小脇に抱えたまま、スマートフォンで相手に問い返した。

 

 ゲート調査後の隔離から二日が経っていた。

 駐屯地内にある武道場で、倉田に稽古をつけてもらった後だった。倉田は自衛隊で基本とされる全ての格闘術は勿論、個人的にも国内外の格闘技術を貪欲に網羅しており、その造詣は大淵の想像を遥かに超える深さだった。

 銃剣術も併用した、近接射撃戦闘技術もみっちりと叩き込まれた。米軍のそれとも、自衛隊のそれとも微妙に違う、倉田独自に研鑽したものだという。

 今日も倉田が連隊から許可された時間を大淵の為に割いてくれている。八時から徒手格闘術や古流剣術含め、大淵に馴染む武芸が無いかと一通り見繕って指導してくれていた。

 壁の時計を見上げると、11時52分だ。時間を忘れ、結局、稽古終了後に黒島からの四度目の電話に気付いた。

「そうだ。まぁ一旦オフィスへ戻って来いよ。稽古は終わったんだろ? 終業式後のHR…じゃないが、簡単に説明する」

 それだけ言うと黒島は電話を切った。


「今日もありがとうございました」

 倉田に深々と礼をした。

「いえいえ。ウチの若い連中と良い勝負で結構。…と言っても、我々では折角の格闘術も、あの怪物相手では非常手段ですから」

「…?」

 言わんとする所が見えず、首を傾げる。

「私の教えた技術が、大淵さん達の…最前線で役に立つなら、これほど嬉しい事はありません。間接的にでも、国民を守るために役立てるのですから」

 倉田の葛藤がようやく分かった。

 確かに、その為に訓練してきた力が通用しないのは、この上ない無力感に苛まれるだろう。自分がその立場なら倉田や他の自衛官のように毅然とした態度を維持できるか自信が無い。自分だったら自棄を起こしているかもしれない。

「既に前回の実戦でも俺や仲間の命を守ってくれましたが、またご指導、よろしくお願いします」

 改めて礼を言い、武道場を後にした。


 オフィスに戻ると、黒島が一人、残っていた。容姿も相まって、夏休み前の教室で残業を片付けている新人教師に見えなくもない。…教師にしては行儀悪く、机の上に足を投げ出しているが。


「よう、稽古お疲れ」

「そっちもな。だが、いきなり休暇ってのは何だ? この間のTVでは調査が全然進んでないって論調だったが、休んでいていいのか?」

「それなんだ。公共の電波で、「調査は簡単には進まない」って言ったのに、まさかその二日後の調査で、たった一日であんなものが発見されて、それを発表したらあまりに格好がつかないだろ?」

 ゲートの洞窟を抜けた先の世界の事だ。 仲間達の能力と活躍が並外れていたのも多分にあるだろう。


「確かに。誰も、想像すらしなかっただろうな」

「で、俺達への詫びも兼ねて、暫く休暇を取ってくれと。勿論追加有給だ。昨日、全員の口座に十分な慰謝料と報酬も振り込まれているし、とりあえず素直に休んでくれ。  …部屋で引きこもってゴロゴロするもよし…香山や斎城と、晩秋に萌え盛る紅葉の如きアバンチュールな湯けむり逃避行を選ぶも良し…それとも鬼軍曹と昭和熱血・汗と涙の漢二人スポ根物語を…」

「わかったわかった。休ませてもらうよ。 …だが、万一俺達が必要になったらどうする? …それこそ俺が香山と斎城を誘拐して、海外にでも高飛びしたら?」

「お前にそんな豪胆さがあればむしろ応援するが、それも問題ない。駐屯部隊の応援人員が増やされている。それに加えてあの要塞化だ。まぁ、これまでのモンスターくらいなら、規模が倍以上に増えても余裕で封鎖できるだろう。 …ダメ押しに、精鋭ギルドチームが俺達の休暇中の当番として手当されている」

 そういう事なら安心か… 大淵は突如として棚の上から降ってきた牡丹餅ならぬ休暇の過ごし方に思いを馳せた。


(とはいえ…旅行に行く事もない人生だったからなぁ…)

 前の世界では、入院するまで自宅と仕事場を行き来し…その間にあるスーパーかコンビニに立ち寄るだけのつまらない毎日だった。そんな自分が、海外に行くつもりなどさらさら無い。言語の壁は自分にとって万里の長城より長大だ。

 かといって、こうして幸運にも訪れた新しい世界を以前と同じように過ごすのもあまりに忍びない。

(斎城とのツーリングか…)

 

 この世界の自分が果たせなかった約束。

 

 斎城はああして悪戯っぽく自分をからかうネタにしているように見えるが、二日前の押し掛け…宅飲みの際、その胸中を垣間見た。


 斎城と香山の作ってくれた料理を楽しみながら酒を交わしていた。香山と斎城は互いのレシピや調味加減、あるある話に花を咲かせていたが、それにつられて飲み過ぎ、二人とも酔いつぶれてしまった。

 大淵はベッドにソファーを継ぎ足してダブルベッド代わりとし、そこに二人を運んで寝かしつけた。

 斎城をベッドに下ろすと、涙ながらに自分の名を呼んだ。 思わず顔を見たが、確かに眠っていた。

 涙の跡が、豆電球の朧げな光に照らされていた。

 斎城はまだ、悪夢を拭いきれていないのだろう。

 

 約束を果たすことで彼女が自分の生存をより実感し、悪夢から解放される可能性があるなら…。


 下心が無い訳では無いし、自分の独りよがりな思い込みかもしれないが。…約束は約束だ。果たそう。

 決心し、スマートフォンから斎城の電話番号をタップした。


 




「本当に大丈夫だろうか…」

 高い防御効果と僅かながら筋力アシスト機能もある戦闘服を身に着け、その上からフライトジャケットを着込んでいた。

 冷気に冷え込む朝の駐車場に立つ。シートを被ったままのオートバイが一台だけあった。

 シートを剥ぎ取り、部屋の中に財布・免許証と共にあった鍵…豚を模したキャラクターのキーホルダーが付いたキーを挿し込む。確かにこのバイクの鍵だった。

 オートバイ、と聞いて自分が思い付くアイコン的なクルーザーモデルのシルエット。大型のフェンダーが印象的で、どこかレトロな外装は自分達のクランカラーである、限りなく黒に近いブルーブラックに塗装されていた。


 しかし、バイクの運転など知らない。

 最悪の場合、ここで斎城に教習してもらう事になる。…それこそ、まるで親子の自転車教室だ。

(それも格好悪いな…)

 黒島の説明したスキル特性が偽りでない事を祈りつつ、恐る恐るそのシートに跨り、ハンドルグリップを握る。

「…マニュアル車みたいなものか」

 そんな言葉が口から零れた。

 限定の免許しか持たなかった自分が漏らす言葉でも無い。

「ああ、こういう事か…」一人得心する。

 マシンの操縦席に跨った時点で自動的に恩恵を受ける事に気付いた。 自分がいつから、どうやって二足歩行で歩き出したか自分では説明できないように、その知識と技術は言葉では説明できないが…体に自動的に刻まれ、必要な時に発揮できる。

 キルスイッチを入れ、イグニッションを回してキック。 問題なくエンジンをスタートさせ、計器も確認した。問題はない。


 自分は知らない筈だが、ギアチェンジもどうすればいいか知っている。最大の懸念はクリアされた。

 後は…

 駐車場で暖機運転を兼ねたアイドリングをしながら待つ。七時になろうというのに、真冬のような寒さと暗さだ。白い湯気となる吐息の昇る先を見つめていると、ようやく眩い陽光が差し始めた。

 その光を背に浴び、低いエンジン音と共に影が走ってくる。

 

 あれだな。

 ステータスを見るまでもない。車体を進ませ、その先で速度を緩めて停止した相手と合流した。

 重厚な輓馬を思わせる大型の車体。こちらはロイヤルブルーに目が覚めるような赤いラインを一本引いている。


 外套のように流れる黒髪。暴れ馬のような車体を長い片足で地面を踏み締めて制し、右手でフェイスシールドを上げる仕草の中に、竜騎兵たらしめる所以を見たように感じた。 

 ヘルメットをしている分、斎城の微笑みも凛々しく見える。

「おはよう。最高のツーリング日和ね」

「ああ。 行こうか」

 自分に一任して欲しいという斎城の望みを聞き、行先は全て斎城に任せてある。自らもヘルメットを被り、先発する斎城に続いて車体を走らせた。

 

 平日の早朝という事もあってか、普段より若干車通りも少ない気がする。十五分程進むと、そう古くもないマンションの前で停車した。

「香山か?」

 マンションのエントランス前にはバックパックを背負った香山の姿があった。香山も斎城から言い含められたか、二人とも戦闘服の上にそれぞれレザージャケットとブルゾンである。

 元々、この戦闘服は目立たない色合いで、特に女性用の物はライダースーツとそう大差ないデザインであるため、この上に何か羽織れば街歩きでもそこまで奇異な目で見られる事は無い。

「あ、あの…お邪魔します」

「旅は大勢の方が楽しいでしょ?…黒島君や藤崎君は賑やか過ぎるけど」

 斎城は香山にもオープンタイプのヘルメットを渡すと、タンデムシートに誘った。


 都道317号線を進み、巨大な螺旋階段のような川口JCTを経由し、東北道へ。

 蜘蛛の巣から逃れたように、風景が落ち着いていく。

 

 前方30メートルを先行する斎城の背にはバックパックを背負った香山がしがみ付いている。

 怖いか香山よ。俺も内心では怖いぞ。

 時速100キロメートルとまでは出さないが、それに近いスピードと風圧、G。

 それらを自動車の車体のように保護されず、身一つで感じる心細さとスリルよ。

 体は職種特性のおかげで一流のライダーとしてマシンを操れるが、それこそ中身…自分自身は自動運転に任せているようなものだ。


 断言しよう。どんな御託を述べようと、自身まで無防備に晒すこの乗り物は命知らずのバカが乗る物だ。

 そして、自分はそのバカだ。

 この身を切るような風とG、そしてマシンから伝わるエンジンの鼓動を、恐ろしくもありながら心地よく感じているのだから。

 

 あれ程建物とコンクリートで囲まれていた風景も、次第に東北自動車道を挟むように田畑が目立つようになってきた。逆に、空を遮る建物も少なくなってくる。

 交通の流れが落ち着いてきた所で一旦、簡単な朝食と休憩を済ませるためにパーキングエリアに立ち寄った。休憩も挟みながら昼まで走り込むうち、この乗り物にも慣れてきた。前を行く香山もそのようで、最初は斎城の背に仔猿のようにしがみ付いて震えていたが、今は斎城の腰に手を回し、周囲の景色を見物する余裕が出てきたようだ。


 正午を僅かに過ぎた頃、東北エリアに入った。なだらかな山が連なり、太平洋に向かって丘に近い山と田、平野部が拡がっている。

 昼食休憩と補給の為、比較的大きなサービスエリアに立ち寄った。

 先に給油を済ませ、それから余裕のある駐輪スペースに斎城と共に駐輪し、降り立った。

 手練れた運転のおかげか、マシンのおかげかは分からないが、足腰への疲れは殆どない。


「東京から出たのなんて久しぶりだ。…なんてな、そんな気がするだけだ」

 この世界の自分はどうだったか知らないが、元の世界では中年期以降、ずっと東京に居た。

 あの大都会はコンクリートの山と平野部に囲まれ、ここは鬱蒼とした山と田畑で囲まれている。

「大淵君、実家が無くなってから、ずっと東京暮らしだったんですよね?それもギルドを立ち上げてから今の中央ギルドに入るまでの一年、確かにずっと忙しかったですもんね」 

 香山がヘルメットを外しながら応じた。

「それに加えてここの所、色んな事が起こったね」

 香山が降りると斎城も200キロ超えのマシンから降り立ち、ヘルメットを外した。


 近場のベンチで休憩していたライダー達も突如として現れた二人の美女を呆気にとられて見入っている。しかも一人は、あの巨大なマシンを颯爽と駆っている。

(カッコいい系と可愛い系の見本みたいな二人だからなぁ)

「さて、飯にしよう。日頃の諸君の活躍を労って、何でも好きな物を隊長が奢ってやろう」

 半分は冗談だが、香山と斎城には大いに助けられているのも事実である。


「そういう事ならご馳走になろうかな。ね、香山さん」

「は、はい。…ご馳走になります」 

 …やめろ香山、お前の上目遣いは反則だ。

 

 食堂は盛況していたが、空きテーブルもあった。親子連れやカップルもいたが、殆どは長距離トラックのドライバーか、頑強な体格をした男達が目立ち、麺類や丼物を忙しげに掻き込んでいた。

 券売機で食券を買い求め、窓際のテーブル席に着いた。

 北西に安達太良山を中心とした山々が連っており、まだ昼過ぎだというのに性急に西へと向かう太陽の午後の陽光が山脈を輝かせている。

「斎城、旅の行程は順調か?」

 ホットコーヒーを啜りながら斎城に聞いた。

「ええ。半分と少し。目的地に着く頃は暗くなってしまうかも知れないけど、五時過ぎには着くかな?」

 アイスティーで喉を潤しながら斎城は腕時計を確認した。

 香山は小さな口で、ストローを使ってカフェオレを飲みながらテレビに目を向けている。

 釣られて振り返って見ると、ワイドショーで代々木公園でのゲート出現とこれまでの攻防、そして世界同時スタンピードの件を掘り下げている所だった。  勿論、自分達が知る以上に目ぼしい情報は無い。


 やがて店員が斎城の前に地鶏をふんだんに使った五目わっぱ飯を運んできた。地鶏の芳ばしい香りと山菜の香りが漂ってきた。

 香山は地元ブランド豚のとんかつ定食を頼んでいた。カツから立ち昇る熱気に脂身の甘い匂いが絡み、この上なく食欲をそそる。

 自分の前には福島牛の牛丼大盛。体は動かしていないが、特性が使用されている為か、食欲は旺盛だ。

 食事を楽しみ、休憩も済ませた所で再び出発した。


 更に四時間バイクを走らせ、遂に斎城が東北道を降りた。八時間以上の付き合いであった東北自動車道との別れである。

 秋田街道に降りる。途中、新幹線とすれ違いながら街道を進んでいく。

 日が暮れかけていた。市街を外れ、街道から外れた深い山道へと進んでいく。 道も徐々に様相が変わり、これまでの道路状況が嘘のように思える程に険しい道となってきた。未舗装の砂利道や…なんと泥のぬかるみもあった。

 安全の為か、速度を落としながらも斎城は躊躇う様子も無く進み続ける。タンデムシートに座った香山も、まるで里帰りの道中かのように落ち着いている。


 やがて、夕空に反射する深く巨大なダムを見下ろし、迂回しながら崖路を進んだ。前を行くのが斎城でなければ、引き返したくなるような「酷」道だった。崖でなければ深い木々に覆われ、落葉した今でこそ薄暮の空が見えるが、これが木々に葉のついた夏ならまともに空も見られなかったかもしれない。

 ヘッドライトの明かりだけが頼りだが、やがて目的地らしき場所が見えてきた。

 深い山間の中に小さいが、確かに明かりを捉えた。


 陽が落ち、周囲が完全な闇に染まる頃、遂にその場所へ辿り着いた。

「お疲れ様。着いたよ」

 なるほど、秘境の宿だ。駐車場にバイクを停め、その高級感のある清閑な佇まいに見入った。

「宿・勿忘草」

 年季の入った木製の看板を、自分が捉えたランプの光が照らしていた。そしてその看板の奥に、木々に遮られて今まで見えなかった旅館が、暖かな光を灯して出迎えていた。



 趣のある館内に足を踏み入れた。受付でチェックインを済ませながら壁掛けの時計を見上げた。五時半。斎城の予測通りだ。


 二人と別れ、自分にあてがわれた客室に荷物を下ろし、旅館の浴衣に着替えると、畳の上に大の字になってようやく一息ついた。既に暖房が程良い温度で効かされ、浴衣だけでも快適だった。

 和室のテーブルの上には温泉饅頭と茶器類が置かれている。その一つを手に取り、無造作に包み紙を剥ぎ取って行儀悪く頬張った。

 チェックイン時にも良い値段だと思ったが、なるほどというべきか、部屋のテラスにはなんと客室露天風呂まで完備されている。

 しかし…休憩を除いても東京から九時間半の長旅だった。全く違う場所に来た、という不思議な感覚。

 

 身を起こし、温泉饅頭を飲み下す。テラスの露天風呂の先には、漆黒の闇に包まれた深山と星空しか見えない。自分が昔住んでいた田舎…実家でも、ここまで山深くは無かった。

 元の世界でもこの場所…旅館はあるのだろうか? …元の世界でも行く機会など無かった場所に、こうして今の自分がいる不思議。 

 

 いる筈のない場所にこうして存在する自分。 

 その感慨にしばし浸った。


(夕食までまだ時間がある。 …先に旅の垢ってやつでも落とすか)

 客室露天風呂もいいが、まずは大浴場を楽しんでみたい。

 替えの下着類と備え付けのタオル類を持ち、客室を出た。

 隣の客室が香山と斎城の客室となっている。今頃は女子トークに花を咲かせているのだろうか、と想像しながら浴場へと向かう。


 しかし、あの酷い道のりからは想像もできない程充実し、洒落た館内だ、と感嘆した。

 年季を感じさせる内装。高級旅館の風格を持ちながらも売店や小さな遊技場、談話室…外には広いウッドデッキもあり、気取りがない。

 二階階段を降りる際に見かけた談話室には宿の趣向か、レトロ自販機まで並んでいた。

 自分にとってはとても居心地の良い宿だ、と感じた。 


 ロビー、食堂を通り過ぎ、短い渡り廊下を抜けて別館にある大浴場へ。

 檜の匂いが漂う別館内の男湯の暖簾を潜り、脱衣所へ。


 幸いにも客の姿はまばらだった。寒さを嫌ってか、露天風呂には一人も居ない。手早く体を洗い終えると、ガラス戸で隔てられた露天風呂に向かった。


 湯に浸かる。冷えた指先から体の芯まで包み込まれるような温かさ。

 流れる湯の音が響く。ささやかにライトアップされた庭園は既に落葉した草木と三角頭の雪囲いが目立った。神楽月も終わろうとしている。この東北ではもう、いつ雪が舞い降りてもおかしくないのだろう。 見上げると、肯定するように凍てついた空に星々の煌きが広がっている。

 耳を澄ませば沢を流れる涼やかな川の音が聴こえてくる。


(…そう言えば、ゆっくりと湯に浸かるのも随分久しぶりだ)

 これからは時々こうして、湯船に湯を張って浸ってみるのも良いな…そう思った。

 …気付くと、湯の音に紛れてなにやら声が聞える。

「わわ……やっぱり、斎城さんって…」

「私は香山さんの綺麗な肌が羨ましいな」


「…」

 体も十分に温まった。良からぬ妄想が捗る前に湯を割った。 



 客室でテレビを見ながらくつろいでいると、扉をノックされた。

「お客様、お食事ができましたのでお連れ様のお部屋へどうぞ」

 この部屋に運ばれると思っていたが、それでは寂しいからと斎城達が言い置いてくれたのだろう。二人の厚意をありがたく思いながら隣室へと向かった。

 二人も浴衣に着替え、既に席に着いていた。

 

 厚意に甘んじたことを、ある意味で後悔した。

 浴衣に着替えた二人は湯上がりの肌を上気させ、湿り気を帯びた髪が一層色香を匂わせていた。

 こちらの悶々とした思いに気付く事もなく、無邪気な笑みを浮かべて軽く手を振ってくれた。

 斎城はと言うと浴衣が窮屈なのは仕方ないとして、胸元を大胆に開いたまま自分を手招きしている。


(気付いていないにせよ、罪作りな女達だ…)

 とにかく飲んで気を紛らわそう、と思いながら席に着き、ビールを頼んだ。

「いい湯だったな」

「ね。紅葉の時期に来られなくて本当に残念だな。来年こそはもっと早く来なきゃ」

「そうですね。あ、でも私、初夏の夏山の青々した景色も好きですけど」

 ビールが三人分、運ばれてきた。三人で乾杯すると、会席形式であんこうの肝雪囲いが出された。肝の上に真っ白な大根おろしが乗せられ、なるほど雪囲いだ。 つまみにと箸で割いて口に運ぶ。チーズのような濃厚な味わいを楽しんだ。


「そういえば斎城、こんな秘境の旅館をよく知ってたな?」

 知っていなければ決して辿り着ける場所ではない。何かしらのきっかけで知り、調べていたのだろう。

「実は地元なの。ここじゃなくて別の町だけど。だから知ってて、是非紹介したくて」

「そうだったのか。俺はすっかり気に入ってしまった」香山もこくこくと頷いている。

 ビールを飲み干し、冷酒を注文した。香山と斎城も遅れて冷酒に切り替えた。運ばれてきたかぶら寿司を味わっていると、仲居が冷酒の四合瓶を二本とお猪口…そして奇妙なお椀が重なったような漆器を持ってきた。


「よろしければこれでお遊びください」仲居が悪戯っぽく勧めてきた。

「これは…?」

 見事な漆器細工だった。美しい金蒔絵で動植物が描かれ、同じ細工のサイコロが入っている。

「器はそれぞれ大小五種類あり、一つは…罰ゲームやミニゲームであったり。如何様にもお使い下さい」


「なるほど、面白そうだ」

 それにしてもよく精巧につくられているな、と感心しながら二人を挑戦的に見た。

「やるかね?」

「いいよ?じゃあまずは香山さんから」

「へっ!?」

 香山には拒否権無しか…まぁいいか。 

 サイコロを香山の手に握らせる。


「え、えいっ」

 出た目は…中間。お猪口でいえば三杯くらいか。斎城がその器に酒を注ぎ、香山はそれをゆっくりとだが…一口に飲み干した。

「実はお酒の方が得意なんです」香山は自信たっぷりに笑って見せた。

「やるな…ところで罰ゲーム枠はどうする?」

「んー…じゃあ、王様ゲームみたいに他の人にお酒以外で命令できる、っていうのは?」

「ナイスね、香山さん。それで」

 今度は俺に拒否権無しか…まぁいいか。 

 斎城がサイコロを握った。


「それっ」

 出た目は…最小。お猪口一杯だろう。香山がそれに酒を注ぎ、斎城は当然のように呷った。

「残念、これじゃ足りないな」黒髪をかき上げ、余裕たっぷりに笑って見せる。

「はい」

 サイコロを手渡された。


「ソイヤッ」

 ふざけたから、という訳でも無かろうが、出た目は最大。ふざけるな。

「わぁ、おめでとう!」斎城が嬉々として…表面張力の限界まで、器に満々と注いでくる。

 大型の椀そのものの盃。…この下は恐らく一合だが、これは極端にデカい。二合はあるだろう。

「大輔君の格好良い所見てみたいなー、ねぇ、香山さん?」

「そうですね!」

 香山までノリノリである。 …まぁ、やってみるか。

 やや辛口の酒だが…行ける。元の身体だったら今頃、目の前の二人に毒霧を浴びせている所だろうが、一息に飲み干した。…さすがに呑み甲斐があったが。 胃から全身に熱いものが駆けていくようだ。

 二人は運ばれてきた料理を堪能しながら何やら語らっている。

(…って、見てねーのかよ!)


「…ほら、香山」

 いつの間にか運ばれていた結び人参の椀を堪能していた香山にサイコロを渡す。

 出目は大。今度は自分が注いでやった。香山は自分に対抗するように、一合を一気に飲み干す。

 そして斎城にサイコロを渡した。

 出目は…ゲーム。

「あら…大当たり」斎城がにやりと口角を上げる。

「…ビデオ判定を要求する」

「却下します」にべもなく断られる。


「じゃあ…香山さんが大輔君に膝枕する」

 見る間もなく香山が頬を真っ赤に染めていく。

「何、動かないの?耳掃除付きの方が良かったかな、大輔君?それとも…」

「待て、いう通りにするから…」


 結局、香山に膝枕をさせた後、余興と料理にも満足したらしい斎城によってお開きとなった。

 

 程よい疲れと酔いを感じながら布団の上に寝転んだ。

 終始楽しげだった二人…特に、普段見せないように燥ぐ斎城を見られた事が嬉しかった。

 あの二人があんな風に喜んでくれるのなら、いくらでも…道化としてでも付き合ってやろう。

 そう思いながら目を閉じ、心地よい眠りに身を委ねた。

 

 …目が覚めた。窓の外はまだ漆黒の夜闇と寒々とした星空…その星空に分厚い雲が掛かり始めていた。

 スマートフォンを起動して見ると、時刻は12時を回ったばかりだ。それにも拘らず、やけに目が冴えてしまっていた。 

(少し歩くか…)

 客室を出て階段方面へ。既に館内の照明は最低限に落とされ、当然ながら遊戯室の電源は完全に落ちていた。

 …談話室には人影が見えた。見覚えのある浴衣姿と長い髪。

「…よかった、仲間がいたみたいだな」

 斎城は談話室のソファに座り、児童書を手にしていた。読むでもなく、ただ持っていた。

「大輔君。 …付き合ってくれてありがとう」

「なんの。こんな楽しい旅は初めてだった。 …記憶の限りは」


「私ね、夢を見るの」

 斎城の静かな声。

「大輔君が皆の先頭に立って、いつもみたいに戦い、指示を下す。…けど、気付くと貴方は居なくなってて、皆と…私と香山さんが必死に捜すけど、どうしても見つからなくて…二人で泣く。そんな夢」

 どこにも行かないさ、と言ってやりたかった。

 …だが、今の自分に果たしてそれを約束できるか…自信が無かった。

 現に、この世界の自分は…。 …自分だって、どうなるか分からない。

「…どこにも、行かないさ」

「…うん。私との約束だって、こうして守ってくれたもんね」

「…」

「私ね、欲張りだから。 …もう一つだけ、約束してくれない?」

 斎城と目が合った。沈黙を持って是とした。

「…香山さんを泣かさないでね」

「…約束する」


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