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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー
演目  伝説の英雄は復讐の旅路を行く

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旅のはじまり

「それじゃ、大変だろうけどしばらく留守をよろしくね。…落ち着いたらこっちからは偶に手紙書くから、心配しないで。 それと、薬箱にポーション二つと、非常用のお金入れておいたから、いざという時は思い出してね」

「任せてくれよ。…ダイス、姉貴をよろしくな!」

「…ああ」


 トロイに見送られ、ダイスとトレーシーは村を発った。


「まずはこの先のエーデンベルトね。この辺じゃ一番大きな都市なの。 …五年くらい前までは強くて乱暴な領主だったんだけど、領主が没落してからブレメルーダからの援助を受けたりして、今は落ち着いてる」


「そうか」


「クレセントレイクって言う三日月型の湖があってね、それにお城が囲まれていて、綺麗な景色なんだって」

「…」


 ダイスは黙り込んでしまった。…煩過ぎただろうか? …しかし閉口したというより、考え込んでいるようにも見えた。…なら、考え事を邪魔しても良くない。


 しばらく無言でなだらかな山道を進むと、やがて遥か遠くの眼下に街道が見えてきた。


「この距離だと到着は二日後くらいかな? …ちょっと早いけど、ここ、見晴らしもいいしお昼にする?」


「…トレーシー…」


 名を呼ばれ、信じられない気持ちでダイスを見た。…名をまともに呼ばれたのは初めてだった。

 …ダイスがこちらを真剣な表情で見つめていた。

 

…もう少し穏やかな顔だったなら…間違いなく…ときめいてしまっていたのだが…生憎とダイスの険しめな表情は、そんなロマンチックな雰囲気では無かった。


「…嫌な空気だ…これは覚えている…」


「…どんな?」

 トレーシーには何も感じられなかった。昼前の穏やかな日差し。森に囲まれて少々薄暗いが、春の野山特有の、濃厚な緑の匂いが肺を癒していた。 …小鳥が美しい鳴き声で求愛に勤しんでいる。


「…酷く生臭い匂いだ。…人間やモンスター、魔物では無い」


 …今、感じている爽やかな空気をぶち壊され、トレーシーは溜息を吐いた。 …だが、ダイスが言うのならそうなのだろうから仕方がない。


「…わかった。気を付ける」

 カトラスを抜き、周囲を警戒した。

 …盗賊は自分への危機だけは比較的察知しやすいため、単独生存能力が高い。

 …こと、ダイスと組むならこの上ない。


 …怖気。


 ダイスが森の奥を睨みつけていた。


 木漏れ日の中で揺れ踊る、黒い影が木立の後ろで見え隠れしていた。

「おーい」


 …掴みどころのない声が響いてきた。

「ど、どうしましたかー?」


 近づかず、その場から声を掛け返してみた。

「おーい」


「…人、じゃないよね?」

「…ああ」


 獣系のモンスター…その頭部に当たる部分に笑顔を張り付かせた不気味な人の顔があった。…顔の目や口からは黒い粘液を吐き出し続け、それが触手のように蠢いていた。


「気持ち悪… なにあれ…」


「近づくな」


 そう言うダイスはまた残像を残しながらその異形に肉薄し、人の笑顔を模した顔面に貫き手を突き出していた。

「おー…ッ」

 顔面が砕け、どす黒い粘液が力なく垂れ落ちた…かと思いきや、その粘液の触手が起き上がり、鋭利な先端となってダイスの背に吸い込まれた。


「だッ ダイス…ッ!」


 ダイスは見向きもせず、その身を軽々と捻ると触手を脇に挟み、逆に投げ飛ばして…本体を地面に叩きつけると容赦なく踏み潰した。

 …その振動に揺らされながらも見ると、潰された異形の周りに小さなクレーターが出来上がっていた。


「ッ!」

 怖気を感じて振り返ると、二体の同じ異形が自分の背後に迫りつつあった。


 カトラスを構えて後退ると、即座にダイスが割って入り、一の頭部を拳で殴り割った。


「ダイス、これっ」

 カトラスを投げてやると、ダイスはそれを見向きもしないままキャッチし、そのままもう一体の異形に鮮やかな剣捌きを見せた。…異形が三つに分割されて果てていく。


「…狙いは俺達じゃない…」

 ダイスは消えゆく異形を見下ろし、確信のある確かな声で呟いた。


「えっ?」


「…どこかで生贄でも捧げているんだろう…恐らく、それに釣られて…」

「た、助けられないの!?」


 ダイスが無表情にこちらを見た。…そうだった。…私では助けられないのだ。生贄その二が出来上がるだけだろう。


 私は取引通り、大人しく彼の旅路を案内すればいいだけだ…


「…昨日見せた女達…」

「え…?」

「…彼女らなら、どうするだろう…どうする事を望んだと思う…?」


 ダイスは表情こそ無機質だったが…その目の奥に迷いと逡巡…そしてトレーシーに救い…教えを求めているような気がした。…少なくとも、自分にはそう見えた。


「…優しそうな人たちだったよね」


「…」


「…見殺しにしたら…悲しむかも」


「…気配はこっちだ…掴まれ」

「ダイス……!」


 喜びながらダイスの脇に立つと、スッと抱きかかえられ…ダイスが高々と跳んでいた。


「ヒッ…!」

 …この、急に高くなったり低くなったりするのは、幾ら安心だと分かっていてもまだ慣れない。


 ダイスの降り立った場所は山中にある洞だった。…街道から少し外れた、獣道に見える小道の奥に隠されていた。

 …今も、あの異形が洞に誘われるように入り込もうとし…こちらに気付いて機械的な声を上げた。

「おーい」


 トレーシーを抱えたまま、ダイスは少し身を沈めたかと思うと、見事な跳び蹴りを放った。黒い異形が空中分解しながら彼方へと消えていった。


「この奥だ」

 敵を排除するとトレーシーを優しく地上に降ろして手放した。 …今になってダイスのひんやりとした手に感じた…と錯覚したであろう…温もりが恋しくなる。


 まってて、今明かりを… そう思いながらバッグから火種を漁ろうとすると、ダイスから声を掛けられた。


「来い。気配と夜目で分かる」

 トレーシーの手を引き、大股で進んでいく。


 物陰からトレーシーをかっさらおうと襲い掛かってきたミドゴブリンの脳天にカトラスを軽く突き入れ、反対側からその隙を突いて奇襲してきた異形には回し蹴りで壁に深々と埋め込んだ。…その体が消失していく。

 

「つ、強い…」 

 それ以外の言葉を継ぎようが無かった。

 何という戦闘センスか…


 …この男なら、素手は勿論…文具やコイン、スプーンでも…一種の芸術のように敵を殺せるのだろう。


 …逆に、どうやったらこんな男を倒せるというのか…?


 …もしかしたら自分達は、とんでもない思い違いをしていたのではないか?

 …とんでもない存在の封印を解いてしまったのではないか? 

 

 …幼い少女の泣き声が聞こえてきた。


 …まだ十代になったばかりだろうか…こんな人の寄り付かない洞の奥に一人残され…その上にあの異形が覆い被さろうとする所だった。


「…やっつけて、ダイスッ!」

「わかった」

 

 …そこからの光景に快感を…高揚を…感じなかった、と言えば…嘘になる。


 トレーシーの一命に従い、ダイスは極めて芸術的な…殺戮劇を見せた。…或いは、処刑劇。

 

 優れた処刑執行人のように、トレーシーの命令を忠実に遂行していった。


 …非生命体である異形を素手で、この上なく破壊して見せた。

 戦いの最中で少女の戒めを手刀で解き放つと、その幼い体を片腕で抱き上げ、これでも十分だと言わんばかりに、そこかしこから湧いて出る悪意ある存在を片腕と蹴りだけで破壊して回った。


 あれだけ居た異形は、ダイスに掠り傷一つ与えられぬまま…暴風に攫われたように…一分と掛からずに消え失せたのだ。


「…よくやったわ、ダイス」


 …あの異形たちの恐怖と…恐らくダイスの圧倒的な暴力にも…怯える少女を引き受けながら、トレーシーは臓腑の奥から湧き出る高揚感を抑えながらダイスを称えた。


「…だとしたら、お前のおかげだ。…あの一声で俺は…戦えたと思う」


 …その一言に、トレーシーはこれまでの人生でも得られなかった…言い知れぬ多幸感に打ち震えた。

 …あの瞬間から、この人と自分は対等のパートナーになれたのだ。

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