ポリミナ村
村の正門には光の魔法石が組み込まれ、それに繋がれた銅線に手を置いて座り、眠たげに欠伸する十代半ばの少年が立っていた。護身用に身の丈程の樫の杖を持ち、村の十代から四十代までの男…そして志願した女が全員が日替わりで後退して持ち回る当番だった。裏門にも一人、立っている。
「お疲れさま、ディル」
「おお、トレーシーにトロイじゃねーか!無事だったんだな!」
「俺は死にかけたけどな」
トロイは苦笑して応えた。
「大袈裟だな、生きてるじゃねーかよ」
「この人が助けてくれたから助かったの。ダイスよ」
暗がりからぬっと現れた仏頂面の長身男に気圧され、ディルは後退った。
「不愛想だけど、すごくいい人だから怖がらなくて大丈夫」
「全ッ然怖くねーさ。 よろしくな…ダイス…さん?」
「ああ」
低く抑揚のない声に頬を引きつらせながらも、ディルは笑顔で応じた。
「やっとお風呂に入れる…悪いけど私一番ね。その後あんた達も入ったら?」
「じゃあ、俺が薪を焚いてやるよ。その間に姉貴は何か飯でも作ってくれよ。ダイスもきっと喜ぶぜ」
「任せといて。ダイス、家に案内するからついてきて」
二人の住む小さな家には明かりが灯っていなかった。
「家族はもう居ないから、俺達だけなんだ。だから気兼ねしなくていいぜ?」
手斧を取り、トロイは外へと出ていった。
「しばらく待っててね。すぐに簡単なご飯作ってあげるから。…戦ったし、お腹空いたでしょ?」
戸口に立ち尽くすダイスを呆れながら振り返った。
「…そんなとこに立ってないで、座ったら?」
「…」
ダイスは四人分ある椅子の一つに座った。
…気まずい沈黙の時間が続いた。
…何か話しかけた所で、どうせ返ってくるパターンは決まっていた。 「ああ」か「わからない」か沈黙だ。
…記憶喪失の人間に何かを話せというのも酷な事だとは思うが…これではトレーシーにはどうしようもなかった。…少なくとも、質問は無意味だ。
…このまま無言で料理を作っても良いのだが…
「…ね、そんなに黙り込んで何を考えてるの?」
責める訳では無く、穏やかに聞いてみた。…全く深い意味は無い、子どもに問いかけるような内容だった。 まさか、自分が何を考えているか分からない、は無いだろう。
沈黙かな、と思いながら干し肉にひまわり油を垂らしてフライパンに並べた。あとは残りの乾燥野菜とアリッサマッシュルームを…
「…誰かの顔が思い浮かぶ。…それを…思い出そうとするが…」
思わぬ返事に料理の手を止め、振り返った。 …ダイスはテーブルを見下ろし…心なしか悔しそうに目を伏していた。
「…どうしても思い出せない。…考えれば考えるほど…息が苦しくなったり…途方もない…怒りも…」
「俺は…誰なんだ……!?」
驚くべき変化だろうが、あまり良い兆候にも見えなかった。…それほどに苦しげな顔だった。…あの普段見せていた無感動な仏頂面の下で、常にこんな苦しみを抱えていたのだろうか…
何か、してはいけない事をしてしまったような罪悪感がして…ダイスに駆け寄り、そっと肩を抱いた。
「…ごめんね。忘れて。…私が軽い気持ちだったのがいけないの」
「…」
ダイスの放つ気配が静まっていくのを感じた。…あの黒い岩の中から感じた様々な感情…アレもダイスの苦しみだったのだろうか…?
「わぁッ、あ、姉貴何やってんだよッ!?」
血相を変えたトロイが庭先の窓からこちらを覗いて大声を上げた。
「へッ… あっ!? いや、これはその…」
慌てて俯いたままのダイスから離れた。
「そ、そうじゃなくて…火!火ィ!ヒィィ!?」
「え…わぁッ!?」
…フライパンから高々と火柱が上がっていた。
「…ねぇ、そんなもの私が何とかするから、無理して食べなくていいって」
ダイスはフライパンに残る…全てが焦げた肉、野菜、キノコの炒め物を無言で食べ続けていた。
捨てようとした所、素早く取り上げられてそのままだった。
「…?」
「美味しくないでしょ?」
「…食えるが?」
「…あんた、味は感じてるの?」
「…よく分からない。 …だが、食えるものは食える」
そう言ってまた黙々とフライパンの残りを食べていく。
オアシスでチンピラに豚のようと形容された程の食欲はあれ以来見せていなかった。…今夜の場合はこのフライパンに作ってしまった焦げもの三人前と、ちょうど今、新たに作り直した豆と干し肉のトルティーヤ包みを頬張り始めた。 …それでも分量的には四人前食べているが…ここ数日観察した限り、小食というか、大人しい食べ方である。 …大食い狼が良家の令嬢のような食べ方をしているような違和感というか…
…他の要因もあるとは思うが、少なからず、自分が深堀してしまった影響だと直感が告げていた。
…それによってダイスが吐露した胸の内が、お互いに何かしらの影響を及ぼしていた。
あれ以降、ダイスは悩ましげな表情を見せるようになった。…何かを思い出しかけ、それを思い出せない苦悩を味わっているのだろう…
…自分は自分で、そんなダイスに云い知れない罪悪感と保護欲を感じていた。
この男は、ある意味でトロイより脆弱な一面を抱いている…。
…あの仏頂面は外敵への威嚇ではなく、自分への怒りと苛立ちの現れであった。…そして…
「…き? 姉貴~? …お~い?」
「ハッ」
「…大丈夫かよ姉貴? あんなドジまでして、何があったんだよ?」
…今だけはこのニブちん弟がありがたかった。…あんな決定的な光景を見られて、それで特に疑いもせず、自分の心配をしてくれている。
…底なしのお人よしだ。 …だからこそ、悪い女やロクでもない連中に狙われないか心配だが。
「なんでもないよ。 …ちょっとボーっとしてただけ。まー、旅の疲れってやつかな」
「うーん、なら、良いけど。 あ、風呂は丁度いいと思うぜ」
「ん、ありがと。…じゃ、お先に」
その後にはさして入りたがらないダイスに促されてトロイが入り、最後にダイスが浴室に入った。
…それから一時間しても出てこない。
「…ねぇ、大丈夫かな?」
隣りに座る弟を揺するが、トロイはトロイでテーブルの上に突っ伏して熟睡していた。
「ちょっとぉ…」
…仕方なく、まずはドアをノックして見た。
「…もしもーし?」
「…」
「…ちょっと、入るよ!?」
扉を細く開け…直視しないように入ったが…ダイスは上半身だけ裸のまま、何かを見入っていた。…バランスの上限ギリギリであろう見事な筋肉の付いた、雄々しい逆三角形の肉体を惜しげもなく晒している。
…さぞかし全身傷だらけの男なのだろうと思っていたが…意外なことに、傷跡は殆ど見当たらなかった。…胸の中心…心臓の辺りに大きめの傷跡があるだけだ。
…その胸の前で右手に持った何かを見下ろしていた。
「…どうしたの?」
「…服に入っていた。…彼女らが誰か…考えていた…」
…肩越しに見下ろして見ると、二人の女性が映った、やけに生々しい絵だった。…これもまた異国の服に身を包んだ…美しい女性達だった。
…ダイスはその絵に釘付けになっているようだった。
「…大事な人だったんだね、きっと」
…少々面白くないものを感じて、そっけなく言った。 …どうせ私はその二人には敵わないよ。
「ああ」
即答され、益々頬を膨らませた。 …心配して損した。
「…さっさと入って、上がったら?」
それだけ言い残し、浴室を後にした。




