砂の支配者
「…つまり記憶喪失になった上に、気付いたら遺跡の中で目覚めたと。…そういう事で間違いないかな…ダイス?」
「…ああ」
無関心に虚空を眺める姿に苛立ちを全く感じないでもなかったが、ロッドマン署長は鷹揚に頷いた。
現行犯や犯罪者用の取り調べ尋問室ではなく、清潔な署長執務室兼応接室での聞き取りだった。
「スペリオールが君を襲った理由も分からんと?」
「…ああ」
「…君は伝説の英雄と同じ名前だが、同一人物なのだろうか?彼の英雄は二ホンにて上位者に殺害されたとされているが?」
上位者、という言葉に反応し、ダイスは幾ばくかの殺気を放ちながらロッドマンを見た。
「…わからん。だが、上位者は敵だ。 …殲滅する」
…これまでの人生の大半を占める警官生活で、敵討ちの鬼となった者達を両手で数える程度には見てきた。 …その誰もが、凄絶な殺気を放つ復讐者達だった。…今も彼ら彼女らの顔を覚えている。
だがこの男のソレは…彼らとも異質なものだった。…激しさの問題ではない…狂気…愛憎に似た何かを感じた。
…もっとも、全ての上位者を殺すなどと、大それた目的を持つのだ。…異質でない方がおかしい。
何れにせよ、この男が何者かを知ることは不可能だ。…何度角度を変えて質問しても、男の供述は一貫していたし、何かを隠している様子も無かった。…完全に白だろう。
本当に伝説の英雄かもしれないが、そんな突拍子も無い憶測を鵜吞みにするほどウッドマンはロマンチストでは無かった。
…好奇心から、もう一つだけ質問することにした。
「…誰の敵かな?」
ダイスは腕を組んだまま北の方角を見据え、静かに答えた。
「俺の敵だ」
「…」
出した紅茶には全く手を付けていなかった。…この砂漠地帯ではこの上ない御馳走のつもりなのだが。
「紅茶はお気に召さなかったな?…それとも煙草の方が良かったか?」
「…」
別地域から仕入れ、この地で乾燥させた葉タバコだ。来客用のケースを勧めると、ダイスはその内の一本を取り、目の前で匂いを嗅いだようだが…そっとケースに戻した。
「いや、いい」
…まさか女子供ではあるまいし、菓子を喜びはしないか。席を立つとウッドマンは自ら部屋の扉を開けた。
「手間を取らせて申し訳ない。だが、これも仕事なのでね。…ご協力、ありがとう」
「…」
ダイスは立ち上がると頷き、その脇を通り過ぎて退出していった。入れ違いに副署長がこわごわと入ってきた。
「…雰囲気在りましたね。皆が英雄だって噂するのも頷けます」
「…英雄の名と同じだが、自分の名すら分からんのだ。ダイスと言う名も盗賊の女…トレーシーが彼の鎧に彫られていたマークから偶然そうつけた愛称にすぎん。…第一、記録によれば彼の英雄は剣や銃を使ったという。…彼は素手で戦っている」
「…拳闘士がわざわざあんな全身鎧を着ますかね…?」
「…拳闘士では無いから分からん。 …そんな事より、スペリオールの連中は?」
本題を振ると、嫌な現実に引き戻されたように副署長は泣き顔になった。
「…参りましたね…全員がイカレてしまったようです…ヘラヘラ笑っていますが、最早まともに会話できる者は居ません。見て頂いても結構ですが、アレは狂ったフリなんかじゃありませんよ……トリップハーブでもやっていたんでしょうか…?…流石に50人も留置しておくのは困難です。 …その、連中、排泄もまともにできなくなったらしくて、牢の中が大変な事に…」
「…まず、サルデンスの国家憲兵本部に連絡を取って、それから対処を決める。…面倒ごとは嫌だが、武器を使って他人を襲った事実は看過できん」
…あんな連中を町中に置いておくだけでも虫唾が走るが、仕方ない。…国家憲兵本部も、相当嫌な顔をするだろう。…部下達に連絡係をさせても、舐められてまともに対応してくれない筈だ。…ここは見た目と経歴に恵まれた自分が直接行くしかない。
「アンタも災難だったね、ダイス」
「…」
「でも凄ぇよ。軍隊だって始末に負えない、あの何をしても笑って襲い掛かってくる狂信者達を、素手でバッタンバッタンやっつけちまうんだから。…俺もダイスくらい強かったら姉貴に苦労掛けないんだけどなぁ」
「苦労なんか掛けられてないよ。…心配は掛けさせられてるけど」
オアシスを出て二日目…砂漠を進み、自分達の村…ポリミナ村に向かっていた。
…意外にもダイスは戦闘さえなければ、あれ程大食いする事は無かった。…その代わり、一戦すればその後は何かしらを食べねばならないらしい。…数日間共に過ごして、それが彼の…比喩ではなく本当の意味で燃料なのだろうということは理解できた。
「でも姉貴は心配し過ぎなん…だァぁあぁあ!?」
トロイの体が砂の中に埋もれていく。 流砂…!こんな所で…!?
トロイとて砂漠の歩き方は慣れている。…流砂のありそうな場所を踏み抜く筈がないのだが…
しかしダイスが即座に反応し、トロイの手を掴んでくれた。
「おお、ダイスぅ!!」
「…何か引っかかっているようだが」
「…や、やっぱり?…俺も流砂かと思ったけど…これ…」
え…?嘘でしょ?それって…
トロイが再び流砂の中に引きずり込まれかける。
「アイテテテッ!ち、畜生ッ!間違いない、アントリオンだぁ! ダイス、頼むから絶対離さないでくれぇッ!砂の中で溺れながら喰われるなんて嫌だァ!」
…砂の支配者…実体は一メートル前後の昆虫モンスターだが、待ち伏せした獲物を捕まえると…
砂漠のあちこちが盛り上がり、土竜が地表付近を掘り進むように五本の筋が向かってくる。…独特の音だか周波だかを使って狩り仲間を呼び寄せているのだ。
「く、クソおッ、最近の俺ってこんなんばっかりだぁ!」
ダイスは踏ん張りがきかない砂の中でもトロイを救い上げた。 トロイの足には蜘蛛にも似た虫がしがみ付いている。そのアントリオンからダイスが貫き手で生命器官らしきものを抉り取って放り捨てた。
それで力が抜けたらしく、トロイが必死に足を振ると力なく離れた。
砂の中から飛び掛かってきたアントリオンを再びダイスの貫き手が貫き、振り返り様に飛び掛かってきたアントリオンには蹴りを飛ばす。
砂漠に昆虫の甲殻の破片が散らばり、体液が砂を固めた。
足元に達したアントリオンにはさして力を入れる風もなく足を踏み下ろし…1メディオ程の砂地が歪な形のクレーターになり、その端部である足元には直撃した訳でも無いアントリオンが苦しげに仰向けになって藻掻いている。
最後の一体が…自分へと飛び掛かってきた。
「ッ!」
ダイスが割って入り、トレーシーの腰から引き抜いたショートカトラスを正確に頭部へと突き刺した。
…ダイスの武器適性が自分より遥かに高いのか、あの頼りないショートカトラスが伝説の剣だとでも言わんばかりに輝いて見える。
当然、アントリオンは即死して足を力なく垂らした。
「け、拳闘士なのに剣も使えるのか…」
…アントリオンは砂漠を行き来する者にとって死神の代名詞で、そんな簡単に倒せるモンスターでは無いはずだが…
「…」
扱い慣れた様子でカトラスに付着した体液を払い、柄を差し出して返してくれた。…やはり自分が握ると、心なしか武器が曇って見えた。
「あ、ありがとうよ、ダイス! …もう少しでポリミナ村が見える筈だ」
トレーシーもカトラスを鞘に収め、コンパスを見下ろした。…時刻は夕方になりつつあるが…砂漠に徐々に植物が見えるようになってきた。
やがて緑が多くなるにつれ、小さな辺境の村が見えてきた。人口1000人にも満たないが、砂漠を行き来する者達にとっては、この辺で唯一頼れる村でもあった。
「あれが私達の村よ。…ようこそ、ダイス。歓迎するわ」




