スペリオール
「おい、ダイス!」
トロイが追い付き、ダイスの肩を掴んだ。…瞬間、即座に手を捻り上げられた。
「アッ、ぐっ!わ、悪い、急に掴んだら驚くよな…!?」
…捻る腕の力が弱まり、解放された。
「ちょっと、ダイス、どこ行くの?…まさか、休まずにどこかへ?」
「疲れてない」
「…北へ向かいたいの?」
「そうだ」
「…北の、どのあたり?」
「…分からない。…ただ、そこに向かわねばならない事だけは分かっている」
…理由も説明できない癖に、それだけは断固とある意志を燃やしていた。…殺意にも似た強い感情を全身から迸らせている。
「…そのまま行っても、海があるだけよ。 …もしかして、海の向こうに行きたいんじゃないの?」
「…そうかもしれない」
「あのさ、私がこの大陸を案内するから、ダイスは道中で私を守ってくれれば、それでうまい事お互いにいいビジネスになるんじゃない?」
…今回得た遺物…この辺の田舎町で売り捌いてもたかが知れている。…よりレートの高い都会に行けば、きっと倍以上の値段で売れるはずだ。
…あわよくば、路銀調達の名目でダイスが自分に協力してくれれば他の遺跡でも美味しい思いができるかもしれない。
「…わかった」
ダイスは迷うことなく答えた。
「交渉成立!よろしくね! トロイ、アンタは村で留守番してもらうからね」
「おい、姉貴…本気かよ!?」
トロイの肩を抱き、ダイスから離れながら小声で説いた。
「…彼が何者だか知らないけど、これだけ腕利きならこれ以上の旅の護衛は居ないよ!…待ってて、ついでに路銀稼ぎって事で手伝ってもらって、都会で更にがっぽり稼いできてあげるから! …アンタはその間に無理しない程度に自分を鍛えておきなさい」
「…わ、わかったよ。 …とにかく一旦村に戻らないとな」
「そういうこと」
「ね、ダイス。とにかく今日はもう遅いし、あなたは良いかもしれないけど私達はヘトヘトだから、朝まで休ませてくれない?」
「…わかった」
ダイスは大人しく従った。
宿屋へと向かい、四人部屋を一つ借りてベッドに入り込む。
「あ~、最高♪砂の上も気持ちは良いけど、砂がね…」
…贅沢を言うなら湯浴みをして汗と砂っぽい体を洗いたいが、砂漠でそんな贅沢は滅多にできない。
トロイは全く気にならないらしく、早くも鼾をかいて幸せそうに眠っている。
…ダイスは北側の窓辺に立ち、腕組をしながら遥か彼方の敵を睨み殺そうとするかのように見据えている。
「…ねぇ、気持ちは分かったから、少し落ち着きなよ。…何を探してるのか分からないけど、きっと逃げたりはしないよ」
「…なぜわかるんだ?」
ダイスは無表情のまま、他意の無い目でトレーシーを見返した。
「分からない…けど、ベッドで横になった方がいいよ。それだけは分かる」
トレーシーはダイスの言葉を返したが…その皮肉に気付いたかどうか、ダイスは窓辺を離れ、トロイの隣のベッドに身を横たえた。
翌朝、町にある店で遺物を最低限換金し、ダイスに砂嵐よけのマントとつば広帽子、そして革のバッグを買い与えた。…バッグの中には…あまり必要ないかもしれないが水筒と水、あとは保存食料を詰め込めるだけ詰め込んだ。
「これだけあれば、さすがにポリミナ村まで十分持つでしょ。…というか、毎食あんなに食べられたら一日で十日分の食費が必要になるわ…」
「なぁ、ダイス、剣とか武器はどうだ?」
ダイスは武器屋の壁を一瞥するが…首を振った。
「そっか、やっぱり拳闘士なんだな。だからあんな簡単に中ボスを倒せたんだ。 大英雄・ハサムみてーで格好いいな!」
「武器代が殆どかからないのも良いわね。行きましょ」
村までの帰り支度を追え、町の門の前に立つと…様子がおかしかった。
「…何か殺気立ってねぇか…?」
「まさか、昨日の事を今更…?」
…門番の「飛んで入れたら入れてやる」という冗談を、ダイスは当然のように門を飛び越えてオアシスに…不正侵入してしまった。 …人が一人死にかけている非常時に、いくら規則とはいえあまりに融通が利かなぎるのもどうかと思うが、不正侵入と言えば不正侵入である。
「…いや、様子が…」
門番達は八時をとっくに過ぎ、開門時間だというのに外壁の上に立ち、外に向かって怒号を飛ばしている。
…門の前には自分達のように、それぞれの目的の為に移動しようとしていた旅人たちが衛兵の前に集まって…というより滞留して、困惑していた。
「ねぇ、衛兵さん、何があったの?」
通りかかった若い衛兵を捕まえ、トレーシーが訊ねた。
「…スペリオールの連中だよ。こんな所にまで布教活動しに来たなんて、熱心な奴らだ」
「ああ…」
なるほど、と衛兵と共に苦い顔で頷き合った。
ビジネス相手としては、邪神やら悪霊やらに関連するいかがわしい遺物…或いは偽造された遺物でも、言い値で買い取ってくれる事が多い、金に無頓着でカモり易い相手ではある。
…だが、もし下手に気に入られてしまえば、いつまでも…どちらかが死ぬまで執拗に押し掛け、入信を勧めて来る厄介極まりない連中である。
…間違っても暴力的に解決してはならない。…そんな事をすれば他の信者まで寄って来て、数の暴力で説き伏せられ、入信するまで人の精神を苛み続ける恐ろしい連中だ。
…また、彼らが内輪でどのような活動をしているか、全く知られていない。
…代わりに流れて来るのはそれらしい噂と憶測だけだ。
…悪魔との交信をしているとか、家族に若く美しい娘がいれば屈強なモンスターと交わらせて上位者の依り代を作っているとか…勿論、どれも真偽は定かではないが。
…兎も角、町を守る者としてはお引き取り願うばかりだ。布教はよそでやれ、と。
「…まだ結構かかりそう?」
「…今日はやけにしつこいし、向こうも殺気立ってるらしい。…穢れ人がここにいるから引き渡せとかなんとか」
…よりによって私達が来た次の日に…誰だか知らないけど、さっさと放り出してしまえばいいのに。
「穢れ人って?」
「明らかにそこらの旅人とは違う異質な奴らしいから、すぐに分かる筈だってさ。バカかっての。そんな説明で分かる…訳……」
衛兵も姉弟も口を開け、ダイスを見た。
…明らかにこの大陸では無い異国人。そしてこの太々しい迄の物腰とオーラ。
「…」
注目されても表情ひとつ変えず、手持無沙汰に門扉を見つめている。
「…もしかしてコイツが昨日、門を越えたって言う…?」
「ご、ごめん、でも弟が死にかけてたの。医者に見せなきゃいけなくて」
「ほ、本当だったのか… なぁアンタ、外の連中がアンタを探してるぜ?」
「…」
相変わらず無感情な目で衛兵を見るダイス。
「スペリオールだよ。ほら、上位者を信仰している…」
「門を開けろ」
「えっ」
それまでの無感情な態度から一変し、ダイスは大股に門扉へと向かっていった。
…トロイでも分かるほどの凄まじい殺気を放っている。…スペリオールを憎んでいるのか…?
「おい、何だお前!?今は…」
突き飛ばされた門番が転がった。
「貴様ッ!? どういうつもりだ!」
周囲にいた門番五人がダイスを囲み、手足を抑え込んだ。
「退け」
…本当に力を入れて抑え込んでいるのかと疑いたくなる程軽々と振り払われ、ダイスは門に豪快な回し蹴りを叩き込んだ。 …巨大な門扉が吹き飛ばされ、外にいた人影が十人ほど…スペリオールの信者達が下敷きになった。
「出たな、穢れ人め!」
笑顔のまま、信者達が武器を取り出してダイスを取り囲む。
「…上位者はどこにいる?」
身構えもせずに信者…狂信者達を睥睨する。
「よ、よせダイス!そいつら本気だぞ!?それに、ヘンなハーブをやっているらしいから、蹴りや殴りじゃ気絶しないから殺すしかない!」
「こ、殺しは面倒になるから止めて!逃げて、ダイス」
「わかった」
斬り掛かってきた狂信者を身を捻って捌くと後頭部を掴み…途端に赤い光が煌いた。 …直後に狂信者を離すと、その顔に張り付いていた笑顔が真顔になって震え出し、泡を吹きながら白目を剥いて砂上に転がった。
「ははは、け、穢れ人!我らは支配神様のため、お前になど屈しない!」
狂った笑い声を上げながら次々と剣やナイフ、槍を用いて襲い掛かってくる狂信者達を同じように捌いていく。…むしろ、まだるっこしいと言わんばかりに足を踏み出し、残像めいた高速で次々と肉薄していき、狂信者達が行動を起こす前に次々と砂上の上に眠らせていく。
「わはははは!ありえない!お前は今度こそ支配神様によって永遠の封印に眠るのだ!」
最後の男はボウル程もある巨大なティーポット状の…見た事も無い物体を取り出していた。
「…」
…ダイスが微かに目を細めた。
注ぎ口にあたる部分から黒い槍状の物体が流れ落ち、そのまま砂上に零れず…宙を這ってダイスに迫った。
黒い槍の流れがダイスを包み込み…全身を包み込み…溶解していった。
溶解していく黒い液体の中に現れたダイスの、赤く光る眼が最後の狂信者を見据えた。
「ひ、ひはははははは!うそ、嘘だ!何をした、穢れ人め!?」
相変わらず張り付いたような笑みを浮かべているが、明らかに狂信者は動揺し、ティーポットを抱えたまま後退った。
「お前は支配神様の慈悲に従うべきだ、穢れ人!支配神様は必ずお前という咎人を赦すだろう!」
「あいにくだが」
顔に残った泥を手で払い退け、ダイスは瞬時に蜃気楼めいた残像を残してハーフアレディオの距離を詰め…まだ反応できずに遥か前方を見つめる狂信者の前に立った。
「俺が赦さん」
言い捨てるなり、男のティーポットを消し去り、男の額に赤い光を叩き込んだ。
駆けつけてきた衛兵たちと好奇心に駆られた住民、そしてトレーシーらの眼前には、点々と倒れるスペリオールの信者五十名と、砂風にマントをはためかせて佇むダイスの姿があった。
「…スペリオールの狂信者を全員…」
衛兵が倒れている信者を検めると…白目を剥いて泡を吹く酷い顔ではあったが…呼吸はしていた。
「生きていますッ」
「ダイスッ! 怪我は!?」
「…あれが昨夜、壁を飛び越えてきたという奴か。 …それも伝説の英雄と同じ名…か」
「しょ、署長!」
恰幅の良い、全身傷だらけの、六十を過ぎた大男が衛兵達の背後に立っていた。
屈強な衛兵たちの中にあっても、その老いた巨躯は一際頼もしかった。
「…事情を説明してもらわんとな。署へ案内しろ。…英雄一行には丁重にな」




