Ebb tide
元来た道を辿ると、投光器の光が見えた。通信を入れ直す。
「こちら大淵。そちらの状況は?」
『おお、無事だったか!急に音信不通になったから心配したぜ。それで今、引き返そうかと思ってたところだ』
「すまん。向こう側のゲートに出た。恐らくここからモンスター共が入って、俺達の世界にやって来てたんだろう。RPGのゲームみたいな世界だったよ」
『マジか…後で見せてくれ』
「ああ。もしかしたらそちらも繋がってるのかもしれんが、中継器も切らしたし、とても今日調べられるスケールじゃないから、一旦戻ってきたんだ」
『分かった。こちらももう少し進んでみる』
「ホールまで戻らにゃならんが、俺達もそちらに合流する」
通信を終え、投光器を辿った。これらの設置した投光器には後に施設科と通信科によって電力・有線通信ケーブルが繋がれ、強化される。
ホールに戻ると、眩い探照灯の光が三人に浴びせられた。それが人間であると認めると、すぐに光は逸らされ、明るい空間が広がっていた。
「おお、二時間でもうこれだけ…」
大小のバックホーが3台、クレーン車3台、ブルドーザー2台、そしてなんとも剽軽な面構えのゴムクローラーキャリアダンプが3台、忙しく働き回っている。その間をオリーブドラブカラーの軽トラックが1台、子犬のように駆け抜けていく。
ライナープレートと呼ばれる半円型の鋼板が城壁のように重ねられ、城壁のように地上側とこちら側を隔てようとしていた。門となる部位の上部には見張り台の基礎が設けられ、「城壁」の各所にも銃座が設けられ、その上には40㎜自動てき弾銃と、なんと仰角を下げられた北欧製の40㎜機関砲座が据え付けられている。
城壁の向こうにはプレハブながら居住区域も設置され始めている。
その光景に圧倒されていると、黒島から通信が入った。
『こっちも今、洞窟を抜けてきた。 …確かにこいつはすごいな』
「だろ?一旦戻って来い」
『了解』
スロープに光を向けて待つと、やがて黒島たちが姿を現した。激しい戦闘を終え、全員のメイルアーマーが敵の体液で汚れ、軽微ながら破損した部位も見受けられたが、香山ほど派手に破壊された者はいない。
「よぅ、全く持ってファンタジーな体験だったぜ。 …おいおい香山、その格好はどうした?ケダモンスター・大淵に襲われたか?」
「きゃー、スケのスケベ~!」川村が囃し、香山が頬を赤らめながら首を振った。
「やめろ、洒落にならん… あの巨人だよ」
「ああ、厄介だったな。まぁ、こっちの巨人組には及ばなかったが」
むっつりと黙っていた尾倉が口を開いた。
「…俺達はあくまで邪魔者だったらしい。…川村への尋常ならざる執着を感じた」
「やはりか…」
連中の美意識と性志向は分からないが、少なくともここにいる女達はその対象になるらしい。
思い出したか、香山が戦慄の表情を浮かべながら自分の両腕を抱いた。
「次からは俺達がスカート履いてロン毛のカツラでも被っていくか?オトリ作戦だ」と黒島。
「気に入られても知らないよ」川村が冷やかした。
大淵は端末で現在時刻を確認した。午後一時四十七分。
「…昼飯を食い損ねたな。とにかく休ませてもらおう」
皆を引き連れ、門に向かった。立哨として立つ自衛隊員が防毒マスクに全身防護服姿であるのを見て、何を大袈裟な、と思いかけたが、その可能性に気付かされ、暗澹とした気分になる。
(まさか、変なウィルスやら寄生虫…放射能…なんて事は無いよな?)
考えてみれば、ゲートの向こう側に関して、その安全を保証してくれる者は誰も居ないのだ。
かといって防護服姿では、あのような激しい戦闘において足枷になるのも明白だ。
一抹の不安を覚えながらも自衛隊の案内に従い、プレハブ小屋の隣に建てられた大型テントに入った。
「ご苦労様でした。…大変申し訳ありませんが、念の為、今日一日はこちらでお過ごしください」
防護服姿の看護官にそう説明され、大淵は頷くしかなかった。
あの後、全員が血液検査を始め、各種検疫を受けた。検査の結果が出る明日の昼まで、ここで待たねばならないという。
調査の為に危険を冒し、帰ってきた者に対してあまりの仕打ちだとも思うが、事情も十分に理解できた。万一、自分達が何らかの未知のウィルスを保菌して、それを都内にばら撒こうものならどんな事になるか、容易に想像できる。一日で検査結果が分かるなら安いものだ。
とはいえ、自分の中に得体の知れない病原体がいるかもしれないと思うとぞっとしない。検査結果を待っている時間は嫌なものだ。
各自の武器から下着に至る全荷物は預かられて滅菌消毒され、プレハブ小屋…バストイレと密閉性と換気システムが完備された隔離室…に隔離されているものの、通信環境は確保されている。…このくらいは当然だが。
ただし、今日ここで見た物などを外部に漏洩した場合にはギルド契約義務違反により法的責任が発生する、として箝口令も併せて敷かれていた。
(この世界の様子でも見ておくか…)
与えられた大手低価格アパレルブランドの部屋着に着替え、寝転びながら消毒済みスマートフォンをなぞった。
ゲート…ギルド会員…それらに関する記事や個人サイトを読み進めていくうち、いつの間にか海外サイトに繋がってしまった。 英語など読めない。翻訳機能を使っても今一つニュアンスが伝わりにくい文を読むと却って頭が疲れる。…それこそ妙なウィルスに乗っ取られてもつまらない。
ブラウザバックしようと指を伸ばすと、サイトの空白欄で何かが動いた。
(文字列…?)
空欄に英文が打ち込まれていた。
『hi! where U from? :)」
一瞬躊躇するが、指を動かした。
「Japan」
軽い好奇心から書き込んだ。日本人と知って、相手がどう反応をするか興味があったからだ。これで長ったらしい英文が続くようなら、そこでブラウザバックしようと思った。
『日本?私、とてつもない興味があって、今日、日本語の勉強!難しいですけどね! XD』
怪しげな日本語で返事が返ってきた。 予想の斜め上を行く返事にどう応じた物か、逃げようかと逡巡していると、その選択肢も与えずに文章が打ち込まれた。
『アナタのお名前は? ペンネームで良いですよ!』
「…ピーターパン」
『ピーター・パン!? OK、わかりました。ではピーターと呼んじゃいますね。ピーター、もし良ければ私とこのままチャットしてくれますか?』
どうせ、明日までこの部屋から出入りできない。娯楽らしいものと言えばテレビと、差し出される食事と間食。 …あとはこの怪しいチャット相手。まさか、新手のウィルス感染の手法ではないと思うが…
「…OK」
『ありがとう!じゃあ私は、奇遇にもウェインディ! ピーター、留学先の日本はどんな感じ?』
「どうかな…いつもと変わらないと思うよ。アニメは好き?」
この世界のサブカルチャーが自分の世界と同じかは分からないが、外人=アニメ好きという思い込みからの素朴な質問だった。
『アニメはそんなに見ないかな。ねぇ、それより日本にはサムライとか忍者は居るの?自分、ハラキリ見てみたい!』
「サムライも忍者もアニメとTVドラマにしか居ないよ。ああ…知り合いに剣術の上手い人ならいるけど」
『剣道家ですね! so cool! 私もあの、キモノ着てやってみたいです!chest!』
「ああ、道着か。俺は紺…ブルーブラックだったけど、白の道着は格好よかったな(chestって、示現流の事じゃないよな…?)」
そういえば、自分達の戦闘服…クランカラーもブルーブラックだったか。
『ピーターはフック船長と戦うために剣道まで習っているんだね!私、剣道は知らないです!あー、拙者も日本行って見たいです! ……行って見ようかな? ピーターに会いに』
(何だ…?)
メッセージの様子に異変を感じたが、具体的な地名や名前も言っていないのに何が出来るというのか。
「…ああ、おいでよ。良い所…夢の国だから」
隔離室を見渡しながら、皮肉交じりにそう返信した。それ以降、相手からの返事は無かった。…それで良かった。
翌日昼、焼き鯖弁当を食べ終え、午後のニュースを見ながら茶を啜っている所でドアをノックされた。
「どうぞ」
既に戦闘服に着替え、身支度は済んでいた。
出来の悪いSF映画ならここで外に出すと見せかけて滅菌の為、俺達を殺すんだろうな、などと下らないことを想像しながら、看護官の案内に従って大型テントへと向かった。
結局のところ、自分達は健康体そのものだった。勿論、たった一日の観察で未知の病原体を全てチェックできたとは限らないが、少なくとも全員の身体や衣服から採取したサンプルを調べる限り、現状ではゲートの向こうの世界にはそういった懸念すべき未知の病原体は存在しないという事が確定した。
「というか…人をあんな所に送り込んで、後になってからリスクに気付いて隔離しといて…ろくに説明も謝りもしないで、それを更に延期だなんて言ったら、俺は死んでも二度と協力しないね」
ビルに戻る車中で、運転席の黒島は乾いた声で吐き捨てた。 流石に気分を害したらしい。黒島の赦しを得るのに、国とギルドの上層部は苦労するだろう。 当然の報いだ。
総合担当として一手にこのクランの実務をこなしていた黒島が抜ければ、このクランは成立しなくなる。例え代理として優秀な人物を立てても…今度は自分と、他の仲間達がそれを許さないだろう。自分以外のメンバーは他のギルド・海外ギルドまで欲しがるような連中が揃っている。 しっかり猛省してもらいたい所だ。
「だな。俺は何が出来るわけでも無いが、実働部隊長として全面的に支持するよ。好きにやってくれ」
「ああ。つまらんことを抜かしたら喜んで転職してやる。 なぁに、全員まとめて欲しがるギルドなんてどこにでもある。少しくらい給料や暮らす場所は変わるかもしれんが、稼ぎ直せばいいさ」
ビルに到着後、大淵らは25階で降りるが、黒島は冷徹な表情のまま、一人30階へと向かっていった。
預かった黒島の分も含め装備類を戻そうとオフィスに向かうと、星村が駆け寄ってきた。
「皆さん、ご無事で何よりです! でも、酷い目に遭いましたね…」
「留守番、ありがとう、星村。出迎えまでしてくれて。でも、学校はいいのか?」
「ちゃんと単位と出席日数調整してますから!学校の先生たちも好意的で助かってます。皆さんがゲート調査してるのに、学校で勉強してても、心配で身が入りませんよ!」
学校の先生方が協力的なのは、星村の日頃の行いの良さもあるのだろう。
「あ、星村さん、これ…」
香山がバックパックを下ろし、中から5つの魔法石を取り出した。
「そういや最近、スタンピード騒動で本業が開店休業状態だったな。…俺らの本来の稼ぎは、この魔法石を回収して、ギルドを通して売り捌く事だからな」黒島が溜息を吐いた。
「あー、そうそう。ウチも見つけたんだった」
川村もバックパックから魔法石を2つ、取り出した。昔の縁日で見かけたようなスーパーボール大のカラフルな石。殆どが磨かれたような球体状だが、ゴツゴツと土や石が混じった物が一つある。それを摘まみ上げ、星村はニヤニヤと笑った。
「えへへ、こういうのが良かったりするんですよ。精製すると高純度の魔法石だったりして…まぁ、殆どは外れなんですがね」
「当たりだと俺の騎兵銃のヤツみたいになるのか?」
「そういう事です!おっと、失礼。皆さんお疲れでしたね…ありゃ、香山さん、メイルアーマーどうしたんですか?」
星村にメイルアーマーを手渡しながら説明する香山を残し、一行は保管庫に向かった。
自分の装備と黒島の装備、それから香山の薙刀を簡単に整備点検してから保管庫に片付け、施錠してからオフィスに戻った。
オフィスのデスクやソファに腰掛け、思い思いに休憩した。隔離室のベッドは寝心地こそ悪くなかったが、居心地は悪かった。昨日の戦闘の疲れをまだ体に残しているような気がした。
時計の時刻が四時半を回ろうとしていた。秋の眩しい陽光が沈むにつれ、オフィスの中も薄らと暗くなっていく。
ドアが開けられ、清々した顔で黒島が戻ってきた。
「お疲れ。どうだった?」
「ああ、全面的に非を認めて、こちらの突き出した要求は全部飲んだよ。国の責任者も併せて、謝罪は後日。それで手打ちにしよう」
「うむ。争う事が我らの本懐ではないしな」
藤崎が頷く。
「そういう訳で今日は解散だ。皆、本当にお疲れさん。帰ってゆっくり休んでくれ」
黒島の合図を潮に、大淵も席を立った。
「それじゃあお疲れさん」
皆と挨拶を交わし、オフィスを出る。さて、今日は何を作るか…それとも疲れているのを理由に弁当か、外食にでもするか…
今日は特に体を動かした訳では無いが、作るなら簡単かつ、肉料理が良い…豚肉とにんにくを使って…
そんな事を考えながらエレベーターを待っていると、後ろから肩を叩かれた。
「大輔君、一緒に帰らない?」
斎城だった。ヒールを履いた彼女が並んで立つと、一回りも大きい。ちょっとした親子のように見えるかもしれない。
「ああ、良いけど…」
自分の家はここから歩いて10分程だ。同じ帰り道なのだろうか。ふと、少し離れた場所に香山が所在無げに佇んでいる。エレベーターが到着し、扉が開く。
「香山さん、一緒にどうぞ」
既に気付いていたらしく、斎城が誘う。香山は小走りに駆け寄り、三人でエレベーターに乗り込む。
…廊下の奥から、何やら星村に追いかけられる黒島が、「待ってくれぇぇ!」と間延びした悲鳴を上げながら逃げてくる。その遥か後方では腹を抱えて爆笑する川村、合掌する藤崎、無表情の尾倉が佇んでいる。
無情にも斎城はボタンを押し、エレベーターの扉が閉まって下降を始めた。
「何だったんだ、今のは…」
「さぁ…?スキンシップの一環じゃない?」
あれがスキンシップなのか… 呆れながらも一階に到着し、エントランスを出て帰路についた。
十分も歩くと、自宅の前に着いた。
「ここが大輔君のお家?」
「ああ、そうなんだが…実はこれから夕飯の買い出しをちょっと」
「そう。丁度よかった。良かったら今日は私の自信作、食べてみてくれない?香山さんの感想も聞きたいし」
急な話に香山と共に固まっていると、斎城は悪戯っぽく大淵を覗き込んだ。
「あっ、それとも見られて困るものでもあった? 男の子だもんね」
「いや、そんな物は無いと思うが…」 多分。
「だって、香山さん。どうする?」
「あ、じゃあ、私も…」
「それじゃ、食材とお酒を買って大淵君の家に突撃といきますか」
茶目っ気たっぷりにまとめてしまう斎城に敵わず、スーパーへ向けて足を踏み出した。
決して悪い気はしなかった。
むしろ、斎城が懸命に心を開いてくれているような気がしたから。
「ウチなんか来ても、散らかってるし楽しくなんて無いと思うぞ?」
「そんな事ないよ。私は大輔君の家初めてだし」
…聞き間違い…或いは言い間違いだろう…そう自分に言い聞かせ、足早にスーパーへと向かった。
魔王様の元へ運び、哀悼の言葉を頂いた後、戦友の亡骸を物見塔から風葬した。
バルべスが魔王軍で魔戦士達を率いるようになって二千年。最年長者のカロンは、遥か十代前の魔王の時代から使え続けた最古株の幹部だった。
それにも拘わらず、自分達に対して決して横柄な態度や見下した態度はとらなかった。下級の魔物に対してすらそうであった。あくまで魔王様の下、全ての将兵と対等であり続けた。そして、主たる戦法は徹底的な隠密と偵察…暗殺。軍勢どころか、配下の者すら持たない。それ故に、カロンを力無い小心者だと侮る愚か者も居た。
自分の手で処刑したのは、そんな愚か者だけだ。
高空に吹き荒ぶ風に流されて見えなくなる遺灰を見届け、献杯を捧げた。空には人間…この世界の人類死滅を約束する赤い夜空と、月が照っている。
こんなに美しい夜に葬ってやれるのが、せめてもの慰めになるだろうか?盃を傾け、物思いに耽った。
戦友よ、お前は知っていただろうか。 俺が誰よりも…先代魔王様に次いでお前を認めていた事を。
奢らず、嗤わず、怒らず、悲しまぬ… 魔族は泣く事を知らぬと言うが、お前は正にそれだった。
どんな時でもお前のする事は、針ほども違わなかった。
百年前…先代が憎き勇者に屠られた時、我ら魔物達の間にあったのは…奢りでも嗤いでも怒りでも…悲しみですら無かった。
恐怖…絶望だ。
歴代最強の魔王と謳われた先代魔王様が勇者に難なく殺され…残されたのは逆に…歴代最も幼い、脆弱な世継ぎ。俺を含め、時の幹部以下、全ての将兵が魔界の終焉を疑わなかった。
魔界が恐怖に怯え、どこへ逃げようかという騒ぎの中、相も変わらずいつものように書斎で書物を読み耽っているのを見て、さすがの俺もついにお前を罵ってしまった。「さっさと逃げろ、気でも触れたか」と。
しかしお前は言ったな。
「今のお前達がそんなにまともか」と。
自分が持つのは魔王様への唯一絶対の忠誠だけだと常々言っていたお前は、先代の死後、早速その忠誠をいつも通り果たしていただけだった。
仇である勇者を始末し、お世継ぎの安泰を守る、と。
あの時から俺は、幹部会合の際、話のまとめには必ずカロンに意見を尋ねるようにした。もし、お前が異を唱えるならそれに与するつもりで。
そしてお前は…百年の間、他の魔物から嗤われながらも、粛々と己のすべき事だけして生きてきた。
そして、遂に勇者を始末した。後はこれから繫栄する魔界を見届けるだけだという所まで来た。
…だというのに… 友の、最も見果たしたかったであろう無念を想い…盃が砕けた。
ふと、脳裏に突き刺さるようなイメージが過った。
見たことも無い人間。勇者達ではない…しかしそれが友を殺した仇だと理解するのに、時間は掛からなかった。
…安心して眠れ、友よ。
お前の見果てぬ夢は、必ず俺が見届けてやる。




