決闘
レイスの剣が横薙ぎに大淵の逆胴を襲った。
…剣道なら間違っても一本にならない、平らな刃筋。だが、当たれば…例え左腰を大小の二本差で守って、このアーマーが独尊だったとしても…二本差ごと、この胴体を容易く切断するだろう。
紫電の元刃で受けた。…刀が激しい金属音の悲鳴を上げて震える。
剣を通って電流がレイスに流れる。
「面白い小細工だが、生憎と俺の耐属性ステータスの上ではなぁ?」
さして苦痛にも感じないらしく、余裕の笑みを浮かべながら再び剣を…予備動作も見えない程の速さと鋭さで切り付けて来る。
大淵はそれを躱した。
…コイツに勝つためには、防御に回ってはいけない。
一度でも受けてしまえば受け太刀一方になり、反撃の機会など無くなるばかりだ。
…卑怯とさえ言える、その別次元のパワーは、大淵の戦闘思想の基幹である「守ってから攻める」いわゆる後の先を否定した。…圧倒的すぎる各ステータスの差と、レイス自身の天賦とも言える武芸の窮みだからこそ可能な事だった。防御してしまえばこちらに反撃の機会は無い。
…ならどうするか。…昨日、クリフェに教えた事と同じだ。 守りは守りでも、機動…回避と見切りによって敵の攻撃直後の瞬間の隙を狙う事で後の先とする。…要するにカウンター狙いだ。
自分から仕掛ける選択肢もある事はあるが、それは実質無意味だった。…それが許される程の力量差では無かった。今も、牽制の為に放った鋭い突きを軽々と見切られ、逆に、より正確で鋭い突きを繰り出され、危うく右眼を失う所だった。
右眼の下に引かれた傷から派手に血が滴り落ちた。
…カリューが別の意味で唾を飲み込む気配。 …あのバカたれめ。
…お陰で肩の力が抜け、苦笑を浮かべた。
「随分余裕だな、え?」
それを挑発と受け取ったか、レイスの鋭い切り上げが大淵の顎を掠め…
もらった。
切っ先に小さいが…会心の手応え。
レイスの切り上げた剣…その剣を握る小指と薬指が根元から切断され、砂に落ちた。
剣術の世界で言えば半ば利き腕を落としたような物だ。
レイスは落とした指をぼんやりと見下ろしている。…やがて気付いたように自分の右手を見た。…夢でも見ているような表情だった。
…やがて、満面の笑みを浮かべてこちらを見上げた。
…刹那、背筋を…脊髄の神経をナイフでなぞられた様な怖気を感じた。
「嬉しいぜ…まさかあのヘタレ小僧がここまで成長してくれるとはな…期待以上…いや、良い意味で期待を大いに裏切ってくれたぜ…」
「アレでも期待してくれたのか。…泣けるね」
「悪い。実を言うと全く期待して無かった。…当たればいい、程度に思いながら引いたくじのような物か?…それだけ、他に例えようもなく嬉しいよ」
「良かった。平和が一番さ。 このまま握手してハッピーエンドってのはどうだ?」
「生憎と、俺は胸糞が悪くなるようなバッドエンドほど好みでね。…人は破滅の中でこそ醜く美しく輝く。…俺が他人に好感を覚えるとすれば、破滅する人間が最後に見せる醜さと美しさに、だな」
「哲学的だねぇ…あぁ、そういや握手するにも指が足りないんだったな。すまん」
言い終わらぬ内に猛襲が襲った。…防げたのは幸運に近かった。
余裕の片手持ちを止め、両手持ちにした剣は重く、受け止めるだけでも体を恐ろしいダメージが襲う。骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げていく。
それでも防ぎきれない刃が大淵の鎧を除く全身を無数に傷付けていく。…小さい傷に見えるがその一つ一つが手当てを必要とする程度に深く、大淵のHP表示は見る間に削れていった。 …8000がたったの二秒間で三千台に割り込む。…元より、多少の傷は仕方ないと割り切って正中線の急所を徹底して守った結果だった。
…しかし、このままでは致命傷にならないまま失血して死ぬ。
「褒美をやらないとなぁ。リクエストしろ。 首以外の記念に欲しい部分を正確に切り落としてやろう。 …名誉あるお揃いの指にしてやろうか? 耳か? それとも一物を落として欲しいか?」
…幸いにもアーマーを無視してくれるお陰で機能は生きている。
全身を特殊強化。
「まーたゼロなんちゃらか? …それはもう見飽きた」
高々と80メートル近く跳び上がり、刃の嵐から逃れた。
「煙と何とやらは高い所が好きか?」
レイスがひとっ跳びに迫ってきた。 紫電を空間に戻し、風神騎槍を取り出した。
ストームランスを突き出し、自由落下に任せてレイスに急降下していく。
「…面白い。可愛い教え子に空中戦の授業をしてやるよ。 …受講料は血で払ってもらおう」
…距離目測…15メートル!
ランスの護拳…バンプレートに隠していた、強化済のワイヤーアンカーを覗かせて射出。
「なッ!?」
ワイヤーがレイスに絡みつき、レイスはワイヤーを切るか、それとも迫った大淵を切るかで…コンマ数秒逡巡した。
大淵にとっては十分すぎる時間だった。
深紅に染まったストームランスに尋常ならざる殺気を感じたか、レイスは回避を選んだ。…その脇を大淵が通過していく。
振り向き様に、ワイヤーによって落下に巻き込まれる形になったレイスに向け、強化したブロワー…死嵐を放った。
「小賢しい…!!」
ワイヤーを切ろうとして間に合わず、レイスは再び宙で身を捻った。掠めた長い金髪が中ほどまで消えた。
身を捻った後の死に体こそが狙いだった。
ワイヤーを手繰り寄せ、地面に叩きつけた。
「くっ!」
大量の砂塵が舞い上がった。…レイスのステータス的に大したダメージにはならないだろう。
…対してこちらは、滅多切りのあの状況から抜け出すためだけに、これだけのサーカスが必要だ。
風神騎槍を戻し、再び紫電を腰にホールド。
「…楽しい空中ブランコだったなぁ、おい?」
レイスからの凄まじい敵意…殺気。 …今なら目を瞑っていても正確に位置を当てられるだろう。
大淵の方から突進した。
「はっ、後の先はどうした? 今ので自信がついたか?」
熾煉を抜き払い、レイスと切り結んだ。
凄まじい衝撃波で砂埃が巻き上がり、砂漠一体を衝撃波に巻き上げられた砂塵と衝撃が走った。
「こ、こりゃすげぇ…!」
戦いを見守っていたカリューが、岩陰に伏せながら外套で顔を守った。
…衝撃と砂埃はアルダガルドまで届いただろう。…いや、既に先刻からの大地を揺るがす程の振動に叩き起こされた人々が、壁上に上ってこの決闘を見守っていた。
カリューの三キロ先まで見渡せる目は人々の表情までズームアップできる。…どの顔も、あの位置から見える砂粒ほどの人影同士の決闘を、畏怖の表情で見守っていた。
レイスの一撃を辛うじて見切った大淵は、レイスを捉えながら左へと身を滑り込ませた。
「回り込むには不用意なんだよッ!お調子者がッ!」
片手で剣を薙ぎ、間合いに飛び込みつつ背後に回り込もうとする大淵を切りつけ…
回し蹴りで剣を払われた。
「クッ…!?」
…自身の右手が十全に機能していない事を失念していた。
…負傷とは無縁の長い年月と、無敵だったが故の経験の限界がこんな所で明暗を分けた。
大淵の熾煉が深々とレイスの胸を貫き、剣身を朱に染めながら朝日を受けて禍々しく輝いた。
「ククク…」
血を吐きながらも、レイスは嬉しげに笑った。自ら大淵へと近づき、その肩に手を置いた。
「…強くなれなくなった事が俺の絶望だった。 …俺を殺したことで、お前もじき、それを味わう事になるだろうなぁ?」
「…俺はお前のようにはならんさ」
「そうかな?…いずれにせよ、地獄からお前のこれからの素晴らしい人生を楽しませて貰うよ」
…永遠に解けない呪いをかけられた… …そんな不吉な直感があった。
同時に、これまでにない明らかな力の増大を感じた。…骨肉が歓喜の声を上げ、肉体に宿ったマナが嬌声を上げ、血が打ち震えて啼いた。
…悍ましい程の肉体の悦びの声。
…何にも例えようのない、快楽ですらある…
…これが、レイスが成長限界まで感じていた快楽だったのではないか…
先の不吉な予感を裏付けられたような気がして、大淵は忌々しく舌打ちした。
…これは受け継ぐべき力では無かった…
レイスの目から光が消え、大淵の体にもたれ掛かっていた。…剣を抜くと、亡霊が宿っていた肉の人形は力なく砂漠に横たわり…赤い血を砂に染み込ませた。
…せめてもの情け、とその目を閉じさせ、大淵はカリューの元へと戻った。
誰も居なくなった夜の砂漠で、レイスの遺体を恭しく抱え上げるローブの男達。
「なんと素晴らしい…!これ以上の祝福は無い…!」
歓喜と感動のあまり大粒の涙を流す男達に高々と抱きかかえられた「聖遺物」は穏やかな死に顔でされるがままに運ばれていった。
ここは約束の地だった。 …そしてこの最も強大な魂の生贄によって、自分達の悲願は成就される。
男達はこの上ない笑顔に涙を浮かべ、歓喜の声を上げながら去っていった。




