狂い出す歯車
久しぶりにブレメルーダへと辿り着いた。 …そこで、短い間ながら幾つもの戦いを共にしてきたリノーシュ、クロエ、そして三バカ娘…もとい三人娘と、港への接舷を待つ零番艦、キング・オブ・ノーチラスの甲板上で別れの挨拶を交わした。
「せ、先生ぇ、やっぱり行かないでください!」
「よしよし、泣くんじゃねぇ。 …生きてりゃまた会えるんだからよ。 …だからこれからも生き残れ」
自分にしがみ付いて泣きじゃくるパルムとラナを宥めつつ、メノムを見た。
「…この通り、まだまだ可愛い甘ったれ共だから、元一番弟子のお前がしっかりリードしてやってくれよな?」
「はい!メソメソしたら叱りつけてやります!ダイス先生の教えを忘れず、精進します!」
「うむ。…次も俺を驚かせる成長をしていたらそうだな…褒美に日本のどこかへ遊びに連れて行ってやろう」
ピクッ、とそれまで泣きじゃくっていたラナとパルムが泣き止む。
「…勿論お前らにもチャンスがあるから、しっかり他の騎士に教えてやりながら頑張れよ?…そうだな、景気づけに俺のハイセンシャリティなネーミングでお前達に素晴らしい部隊名を与えてやろう。…その名もブルーラビットだ」
「…青い兎、ですか?」
「ライオンとかじゃなくて?」
ラナとパルムが「なんだかなぁ」と言わんばかりの微妙な顔で首を傾げた。
「ライオンは強いが、いつかは必ず敗れ死ぬ。 だが、この世界にだって青い兎なんて居ないだろうからな、多分。 …居ないものは捕まえる事も殺す事も出来ないって願掛けだな。 どうだ、気に入ったか?」
「…は、はいっ!」
「…ウカウカしてると追い越されて、団長の座まで奪われちまうぞ、へっぽこ団長?」
「…どーせ私はへっぽこです。 …そーなったらダイス殿に家政婦として雇ってもらいたいです…」
クロエはあからさまにしょげ返りながら俯いた。
(…団長がガチへこみしながらいじけてんじゃねー! 部下の前だろうがッ!?)
…そう喝を入れてやりたいのを我慢しつつ、その背中をバンバン、と叩いた。
「あー、お前にはまだ自分でも気づいてない才能がある。…自分の良い所を磨く事だ、クロエ」
「は、はいっ」
「…大輔、楽しい冒険だったね」
リノーシュが大淵の前に歩み寄った。
「…もっとも、僕がこうして冒険に出られるのは立場上、これが最後かもしれないけど…今度はそう遠くない内、僕らの方から日本に行くよ」
「おう、楽しみに待ってるからよ。…冒険はダメかもしれなくても、色んな所は案内するから」
リノーシュの方から抱擁を求められ、習慣の無い大淵はやや照れながら応じた。…中々長いハグだな?と思っていると、ようやく二人は離れた。…何故かクロエが頬を赤らめながら見ている。
「…うん、一層逞しい顔つきになったね。これは君の銅像をつくらないとね。「伝説の英雄・大淵大輔」って」
「…恥ずかしくて二度とブレメルーダに入れなくなるから勘弁してくれ」
「それはいけないね、じゃあ…」
接舷の衝撃で船が揺れる。 …港を覗き込むと、血相を変えて集まっている騎士や城の大臣らの姿に気付いた。…単なる王の出迎えという雰囲気ではない。その顔を見れば、誰がどう見てもただ事では無かった。
「…掴まれ」
「うん…」
リノーシュを抱きかかえ、大淵は飛ぶように軽々と舞い降りた。着地の衝撃を完全に殺しつつ、リノーシュをそっと下ろした。その横顔は親友の顔ではなく、もう王のそれへと変わっていた。
「挨拶はいい。…何事かな?」
「ハッ…三日前…アルダガルドが…アースァルによる軍事侵攻を受けました。二ホン国からの軍人達からの情報です」
「何だと…!?」
リノーシュは絶句して立ち尽くした。
気まずそうに軍政大臣は大淵を見た。
「…彼らからの言伝です。…大淵小隊はこの事実を知り次第、現在遂行中の全ての任務を中断し、転移の魔法石を使用して直ちに日本国へ帰還せよ、と…」
…通信機能の無い電子メモのデバイスを手渡された。
大淵も愕然としながらデバイスを開き、電源を入れた。…パスワードは極めて簡単なもので、自分の生年月日だった。…チンケなハッカーじゃあるまいし、こんなパスワードは候補にも挙がらないだろう。
…そこには今、軍政大臣から口頭で言い渡された内容と全く同じ文章が…無駄に難解かつ字数多く羅列されていた。
…強いて新情報を挙げるなら、この命令に背くことは法的な責任追及を受ける可能性がある、という不穏な一文だ。
…異世界とはいえ、人間同士の戦いに…よりにもよって総理大臣隷下の特殊部隊が介入すれば、それは現政権にとって即死もののスキャンダルとなる。
「おーい、大淵、どうした?電子ラブレターでも届いたってか?今時だねぇ」
電子手帳に見入る大淵の背に黒島の呑気な声が浴びせられた。…しかしリノーシュと共に大淵、周囲の様子があまりにも深刻であることに気付き、黒島もタラップを飛び越えて港に降り立った。
「…おい、どうした?」
「…アルダガルドが他国からの宣戦布告により、全面的な戦争状態になった。…現地の日本拠点は全面的に撤収したそうだ。…俺達にも日本への即時貴国が命じられた」
「…ま、マジかよ…」
黒島も絶句して頭に手をやった。
「…まてよ、アルダガルドには…ハサムのおっさんや…クリフェやカナも…」
「…まずは小隊の全員に話をしよう、黒島」
大淵は黒島の肩に手を置いて軽く揺すった。…最早事態は自分だけの問題では済まない。
「あ、ああ…」
「…大輔、僕は忙しくなりそうだ。…慌ただしくてすまないが、これで失礼するよ」
リノーシュに話しかけられ、大淵も頷いた。
「ああ。…お前も大変だな」
「…大輔。…こんな事を言うのは筋違いかもしれないが…君は…君の信じた事をすればいいと思う。 …無責任な事を言っているのは百も承知だが…」
「…ありがとう。憶えておくよ」
リノーシュは白馬に跨ると、同じく馬に跨った大臣や政官に囲まれながら王城へと足早に戻って行った。
「…よし、全員下り切ったな?…今後の事についてだが…ちょいと厄介な事になってな」
波が打ち寄せる音を聞きながら、大淵は事の経緯を小隊員に説明した。…説明すると言っても、説明するほどの内容は無かったが。
…戦争になったから、自分達は知己を放置して日本へ戻る。…それだけだ。
「そ、そんなの…」
珍しく香山が一番に声を上げた。
「ああ、薄情だよな。…だが、アルダガルドに助太刀するという事は相手国を…どんな理由と大義があろうと、同じ人間を殺すという事にもなる」
…かといって、クリフェとカナ、ハサムだけを連れて日本に亡命させるというのは偽善が過ぎる。…もっとも、ハサム自身は最後まで残って戦うだろうが。
「…更に、この命令に従わない場合、犯罪者として扱われる可能性がある。…アルダガルドを助けてお尋ね者になるか、それとも痛痒はあるが命令に従って日本で大人しくほとぼりが冷めるのを待つか…指揮官としては最低だが、今回ばかりは皆に、自分の意志に従って選んでもらいたい」
…究極の二択。 …隊員たちは俯いた。…唯一話の流れが理解し辛いカリューは首を傾げ、日本政府の命令系統に縛られないアリッサと、マオは相変わらず顔色を変えずに自分を見据えている。…答えはもう決まっていると言わんばかりに。
「…どれ、既に答えを決めている奴が居るな。聞いてみようか、マオ?」
「戯けるな。…さっさと三択目を提示しろ」
「お目が高い。…三択目は、皆にちょいとばかり怪我をしてもらって、アルダガルドを助ける方法だ」
「え、援軍に向かうのか!?」
藤崎が緊張した顔を上げた。
大淵は紙片に何事か書き込み、それを隊員に回した。
『…俺が錯乱し、暴走する。止めようとしたお前らがそれぞれ怪我をするが、とても止められないのでやむなく日本に撤退する。…そういうシナリオだ』
…全員が沈黙した。 …マオとアリッサすら面食らっている。
「この三つに一つだ。…ちなみに三の場合、黒島が副隊長って事で、減棒減給のちっとくらいはペナルティがあるかもしれんが、まぁそれはいいだろう。 …個人的には強く三番を推したいが、諸君どうだろうか?」
「わ、私達も残る事は…」
香山が言いかけて、大淵の鋭い視線に黙り込んだ。
「…気持ちはありがたいが、犯罪者の片棒を担ぐ意味をよく考えて欲しい。…ほとんどの者に家族が居たはずだが、お前らがやらかせばその家族への風当たりも少なからず強くなるって事を忘れないでくれ。…俺が悪者になっても、お前らも結局心無い事をされるかもしれない。」
…何の関係もない加害者の家族親類に迷惑行為を働く、正義気取りの愚か者もいる。…被害者として仕立て上げたとしても、隊長である自分の汚名によって隊員達自身に悪影響が及ぶことも十分に考えられた。
「…幸い、俺には家族も親類も無い。…そして幸いにも十分すぎる力がある。…この方法がおそらく最も適当な落とし所だろう」
「…私達は家族じゃないの?」
斎城が寂しげに微笑んだ。
「…そう思ってくれているだけで俺には十分だよ。 …さぁ、全員ここで決めてくれ。俺に託してくれるか否か」
…選択肢を絞るズルいやり方ではあったが、大淵は皆に判断を迫った。
…アリッサを除く全員が大淵に託すと決めた。
「…すまんな。しばらくは痣になるかもしれん」
…心を鬼にして、桜や斎城の肩や胴に打撃を喰らわせた。
「…お嫁に行けなくなったら責任取ってもらいますから」
…肩を抑えた香山が、冗談半分に笑って見せた。
「親父さんに倍返しでぶちのめされるだろうな…」
「スケ~あんま痛くしないでくれよー?」
「…よし、黒島、歯を食いしばれ」
「あ、あれ、大淵くーん?もしかして何故か俺だけ顔面な感じ?」
「全員胴や肩じゃ怪しまれるだろう。…安心しろ、軽い脳震盪で済ませてやるから」
「安心できねーよ!?」
…マオ、リザベル、カリュー以外の全員に何かしらの痣を作らせ、最後にアリッサに向き直った。
「…アリッサは命令系統違うんで、ついて行きマース♪」
「…そうか、実は俺も一人助手が欲しかったんで逆に助かるぜ」
…そう言いながらアリッサの肩を抱いた。
腹部に鋭い打撃。
「…つぅ…ッ…」
アリッサがそのまま崩れ落ち、その体を抱き上げた。
「…頼む」
力無く伸びるアリッサの体を尾倉に預けた。
「…幸運を祈っている」
「どれくらいかかるかわからんが、まぁ少なくとも俺は死なないから心配してくれてもいいが、するだけ無駄だぞ。そんじゃ、行ってくる」
…おセンチな空気は作りたくなかった。大淵は振り返らす、遊びにでも出かけるように軽薄にその場を去っていった。




