調査 ②
何も気配は無く、前方は十分に警戒していた。強力な探照灯が広い範囲を照らし、視界内に限って言えば死角は無かった。
…にも拘わらず、それは三歩先から突然現れた。同時にあの触手を繰り出してきた。
何が起こっているのかをようやく理解し…迷ってしまった。
守るべきか、避けるべきか、攻撃すべきか。
居なかった場所から突如現れた敵に、まるで石化の魔法を掛けられたかのように全ての思考が、信号が…停止してしまっていた。
今度こそ殺される。
そう確信しながら、ようやく動こうとしたが間に合う筈もない。
そんな自分を追い越して、何かが割って入った。
目で追う事は出来なかった。
一閃。
斎城の剛剣が、髑髏を触手ごと両断していた。
それが元からただの白骨であったかのように、呆気なく髑髏は崩れ落ち、骸を晒した。
歩み寄り、骨の一つを蹴ってみたが、もう動く気配は無い。
次いで斎城を振り返った。
人間業ではない。
目の前で自分でさえも反応できなかったあの相手を、あの距離からどうやって切るというのか。
「…確かに姿は全く見えませんでした。でも、殺気だけは伝わったんです。隊長への殺気と…動揺が。だから分かったんです。焦り…気負っていたんでしょうか。…でなければ今頃…」
「…助かったよ、斎城。あー、…一旦、ホールまで戻ろう。安全な場所で、コイツが例の髑髏野郎なのか、映像を確認したい」
粉砕した白骨を写真に収めた。切断時の衝撃によるものか、頭骨から鼠径部にかけて唐竹割にされた鋭利な切断面の他に、砕け散った骨も多く、原型が分かりづらくなっていた。無線機が鳴る。
『こちら黒島。フロアの構造を把握した』
「お疲れ。…こちらは今、俺を襲った髑髏らしきものを、斎城が仕留めた。一度合流して、念の為にコイツが犯人なのか確認したい」
『…わかった。今の所こちらは安全だ。待機する』
ホールに戻ると、黒島たちが中心部に立って周囲を警戒していた。合流し、黒島の端末に保存されている映像…香山が見た髑髏と、今回の髑髏の映像を見比べた。
無線機と反対側、首回りのアーマーに内蔵されているカメラの映像だった。最接近されていた大淵の映像と、それを仕留めた斎城の映像データを転送し、ディスプレイに映した。
斎城の映像はその神業がかった重心移動で画面がブレてしまい、死骸になる前の姿をはっきりと見られるものではなかった。
しかし大淵の映像は、あの髑髏の全容がはっきりと映っていた。
「…間違いないな」
本当は確認などするまでもなく、確信があった。ただ、直感を確定するための手続きに過ぎない。
あれが自分を殺したものだ、と。
言い方は正しいか分からないが…自分よ…仇は討ったぞ。 …斎城が。
「なんだか分からんが、余程お前にご執心だったようだな」
映像を見終えた黒島が呆れたように言うと、藤崎も頷いて応じた。
「うむ。これまでのモンスターとは明らかに違う執念と、知性と戦術を感じた」
「まっ、これで厄介なダンジョンボス撃破ってやつ?今日は一匹も見ないけど、モンスターもこの間のスタンピードでさすがに全滅したんじゃない?」川村が陽気に言った。
本当に絶滅したのかもしれない。この静けさ、そしてあの髑髏がたった一人で自分を迎え撃とうとしたことがその証左ではないか?
そんな事を考えていると、黒島が周囲を見渡しながら声を上げた。
「よし、このホールから繋がるフロアを手分けして調べよう。ここの安全がある程度確保されたら、探索の拠点…基地を作る為に自衛隊の施設科部隊が入ってくるからな」
「分かった。今度は三手に別れて探索しよう。俺と尾倉、香山と斎城、黒島と藤崎と川村の三組で、虱潰しに行こう。何かあったら無線で連絡だ」
「了解」
人選は自分から見た戦力を可能な限り均一化したつもりだった。
尾倉と共に、出入り口を除いて三つある横穴の内の一つに入った。
「…」
合理的には問題の無い人選だと思ったが、十分もすると早くも後悔した。
尾倉は無駄口一つ、独り言すら発しない。無口や寡黙というレベルを超えていた。
黒島の軽口が恋しくなった頃、意外な事に尾倉の方から話しかけてきた。
「この間の事だが」
どの事だろうか、と思う間もなく言葉が続いた。
「…トレーニングセンターでの事だ」
僅かだが、予想はしていた。この人選は意図したものではなく、偶然だったが。
「俺に違和感があったって話か」
「そうだ」
再び言葉の間に時間を置くが、大淵は気長に待った。 …おそらく、尾倉は思ったことを言葉にするのに慎重なのだろう。 言葉の持つ意味と危険性を誰よりも理解しているのかもしれない。
そして寡黙な振る舞いは、その裏返しなのかもしれない。
「あれから考えてみた。…違和感は恐らく、お前の戦い方だ。…達人級では無かろうが、動きに武道の癖がある。黒島とお前から武道の話は聞いたことも無く、そして明らかに昏睡前後で体の使い方が違っている。…本人の記憶喪失、では疑問が残る程度に」
尾倉は他意の無い眼で大淵を見ながら言った。
完全に見抜かれていた。
だが、無理に隠し通す事でもない。意図してこの身体に乗り移った訳では無いのだ。こうなった以上、この男には全てを打ち明けるべきだと思った。
ちょうど、行き止まりに突き当たった。これ以上先を調べる必要も無くなった。
「…すまん、隠すつもりは無かったんだ。ただ、こんな突飛な話を信じてもらえると思わなくて、周りの状況に合わせていたんだ。 …全部話すよ」
自分が元の世界では五十を過ぎた「大淵大輔」であり、病床に斃れたごく普通の民間人であること。
目が覚めると病院の死体安置所で、この世界の大淵大輔になっていた事。そこから今に至る事。
「…とはいえ、結果的には皆を騙してこの世界の大淵大輔を騙っていた。そこは言い訳するつもりはない。…すまなかった」
尾倉は黙って聞いていた。聞き終えると、静かな声で言った。
「…やはり、大淵は死んだか…」乾いた声に微かな哀悼の感情があった。
「…」
「だがお前はこの世界に放り込まれても逃げず…どころか、大淵の代わりに皆を導き、戦った。その事実も変わらない。…そしてそれは、誰にでもできる事ではない。 …同じようにできる奴が居るとすれば、それこそが大淵大輔だろう。 少なくとも俺は、お前を大淵大輔と認める」
「…これからも力を貸してくれるか?」
「当然だ。 …ただ、無理に皆に告白すべき事でも無いとは思う。 …受け容れるのに時間が必要な者もいるだろう」
「…ありがとう」
自分の良心に刺さっていた棘を一つ、抜いてもらったような気がした。
(いつかは皆に受け容れてもらえるよう、精一杯やっていこう…)
話の区切りを見計らったように、無線が鳴った。
『こちら黒島。行き止まりに突き当たった。ついでに魔法石を二つ、回収した』
『おっ、黒島さんナイスです!後で見せて下さいね』
「お疲れ。ホールに戻って待機してくれ」
『香山です。魔法石が五つありましたが、こちらは更に奥に続いているようです』
そういえば、香山達が入っていった横穴は、動画の中でスプリットワームが出てきた場所だ。
「お疲れ。俺もそちらに合流する」
尾倉を振り返ると…いつもの、寡黙な仏頂面が頷いた。
再び二チームに分け、黒島らをスロープに、大淵は香山達と合流してそれぞれ探索を続けた。
「大収穫だったみたいだな」
大淵が声を掛けると、斎城が微笑んだ。
「星村さん、喜びますね。きっとまた、皆の生存率が上がるようなアイテムを作ってくれます」
自分の騎兵銃にも魔法石が組み込まれていると言っていた。それに、このメンバーが使用するメイルアーマーや武器にも、魔法石が利用されていると言う。
「あの…なんだか変な匂いがしませんか?」
香山が不安げに尋ねてきた。
「…確かに、生臭いような…」
斎城が微かに眉を顰め、横穴の奥を見た。言われてみれば、魚を乱暴に捌いたような臭気を鼻腔が捉えた。警戒しながら再び自分が先頭に立って進むと、匂いの原因らしい物体を発見した。
「これはまた派手に…」
スプリットワームの体液が壁にこびり付き、臓物片も周囲の血だまりに転がっている。
たしかに自分達もスプリットワームを大量に仕留めたが、ここまで散らかしはしなかった。それに、ここに転がっている肉片や体液の量からして、ここに居たスプリットワームはせいぜい4、5体だろう。それをこれだけの汚れにするとは、相当乱暴なやり方だ。
…勿論、自分達ではない。
「誰か入り込んだんでしょうか…?」
香山が心配げに言うが、どう見ても侵入したソロ探索者の仕業ではない。それに、ゲート周辺は公園ごと24時間体制で封鎖・監視されており、今や無許可で侵入できる者はいない。
「それか、共食いでしょうか…」
斎城が推測する。今の所、その可能性が一番高そうだ。
「こいつらが食料を欲して外に出て来てるなら、封鎖されてここ一週間空腹だろうから辻褄は合うな。スタンピードの説明もつく。 …とすれば相当腹を空かせて苛立ってるだろうな。気を付けて進もう」
再び先頭に立って進むと、巨大な人影が三体、闇の中を闊歩している。
コドモドラゴンか、と思いかけてから明らかに違うと気付く。
身の丈はコドモドラゴンと同程度だが、筋肉と脂肪をたっぷりと蓄えた巨大な体つき。体表は滑らかな灰色だが、所々に皮膚病か…出来物のような突起がいくつも見られる。探照灯に照らされて振り返った頭部には人間に似た醜い顔面。
新種。
「こりゃまた…俺と良い勝負の二枚目だな…」 顔面が引きつるのが分かる。
なまじ人間に似ているだけに、他のモンスター以上の生々しさがあった。成人男性をそのまま丸太に変えたような巨大な棍棒を引きずり、肩には内臓を垂らしたスプリットワームや、鱗を皮ごと剥ぎ取られたのか…コドモドラゴンらしき肉塊も担いでいる。
(ここまでモンスターが居ないのは、こいつに狩られたからか…?)
巨人はそれぞれ担いでいた獲物をその場に下ろしながら振り返り、こちらに体を向けた。 衣服と言えば腰蓑のような物を一応履いているが、破れあり汚れありと、殆ど全裸に近い。 …特に隠す気も無いようだ。
背後で二人が顔をしかめる気配。
ウオオォォ、と、藤崎よりも遥かに野太い雄叫びを上げながら棍棒を振り上げ、迫ってくる。
騎兵銃を構えると、巨人達の足元を縫って黒い影が迫ってきた。体長1メートルも無い、小柄な人型モンスター。巨人達の小型版にも見えるが、仲睦まじい親子という訳でもなさそうだ。それが無数に、さながら流れ込む汚水のような色合いと強烈な臭気を放ちながら押し寄せて来る。
(またも新種か!)
舌打ちしながらも手近な小人に照準。
額に衝撃。思わずよろける。
小人達は石礫を投げつけながら迫ってきていた。大昔の投石合戦よろしく、石の雨が三人を襲う。
「ば、バリア!」
両手を突き出した香山の声と共に、迫る石礫が薄い光に遮られて地面に落下した。
白い円形の光が通路を封鎖するように光っていた。
「私の能力の一つです。…けど、あまり長い時間はできないし、範囲も限られているので…」
黒い小人が石器のナイフを手に、バリアの防ぎきれない通路の端を迂回し、バリア内に侵入してきた。
丸く大きな目、顔だちも巨人より人間に近い。ちょうど、猿が悪意を持って嗤ったかのような、下卑た笑みまで浮かべていた。
「十分すぎるくらいさ。斎城、反対側を頼む!」
「了解!」
と、そこへ無線が入った。
『こちら黒島。巨人みてーな奴らと交戦中! 白雪姫は居ねーくせに、醜い小人だけはうじゃうじゃいやがる!こいつらがモンスターを狩っていたらしい』
「ああ、俺達も絶賛交戦中だ!」
正面左の隙間から侵入して来る小人を斎城に任せ、右側から侵入してきた小人を銃剣で始末し、バリアの隙間から他の小人集団に銃撃を浴びせた。
小人は一発で十分すぎる程だった。7.62㎜NATO弾より命中精度は劣るものの、装薬量が多く強力な30‐06弾が、小人の脆弱な身体を容易く貫通し、背後のいずれかの小人まで撃ち抜き、面白いように倒れていく。単発一射で2、3匹。弾倉を交換する頃には死骸の絨毯が出来上がっていた。それを枯草のように踏み潰しながら巨人が突進して来る。
一方的な銃殺劇に戦意を削がれたか、押し寄せる小人の数もまばらになった。冷静に狙いを定め、巨人の顔面に一発。
野太い悲鳴を上げ、片方の眼球を潰されながらも迫ってきた。
…見た目から、コドモドラゴンより装甲は薄いだろうと甘く見た。装甲が無い代わりに、かなり強靭な肌と骨格らしい。
慌ててその巨体に向け、フルオートで叩き込む。それでも怯むことなく、全身から血を噴出させながらもバリアまで辿り着き、その結界に死力を尽くした棍棒を叩きつけ、そのまま倒れ込んだ。
叩かれた位置に巨大な亀裂が入る。
「次はちょっと無理かも…です」香山が泣き笑いの表情で大輔を見る。
「…分かった」
次の巨人が迫ってくる。今度は両膝に向け、指切りでバースト射撃。
片膝に5、6発も当てると、灌木が砕けるような音と共に、その場に倒れ込んだ。遥かに効率がいい。
「黒島、デカい奴は膝が弱点だ。スキル無しでも膝に数発で転がせられる」
黒島に通信を送った。
『こちら黒島。巨人対決はこっちの巨人軍が勝ったみたいだ。俺は黒いのを削ってる』
無線機の向こうから喧しい大声で何やら怒号が聞えてくる。
もう一体の巨人も膝を撃ち砕き、片脚で藻掻く巨人の頭部に2、3発と銃弾を叩き込む。それでさすがに頭蓋を割られたか、どす黒い液体を噴きながら倒れ込んだ。もう一体も同じように処理する。下手に近づいてあの巨大な腕で掴まれたり、棍棒で殴られるリスクは避けたい相手だ。
「全体的に、コドモドラゴンの上位互換って所か…」
小人も逃げ去り、辺りに静寂が戻った。黒島に通信を送る。
「こっちは終わった。そちらはどうだ?」
『こちらも終わった。負傷者なし。 それと、自衛隊の施設科部隊と護衛の混成部隊がホールに到着した。 引き続き、変化があるまで進んでみる』
額から鼻先に流れ落ちた血を見て、自分の傷を思い出した。回復スキルを使おうと前に出た香山を制し、レッグポーチに収納した応急キットを開いた。
「この先、何があるか分からないから香山の力は温存しないと」
「…じゃあ、せめて手当てしますね」
香山はポーチの中から消毒液とガーゼ、包帯を取ると、大輔を座らせ、その場で大淵の手当てを始めた。
斎城は刀の柄に軽く手を添えたまま、周囲を警戒していた。ふと、その流し目に見惚れていると、斎城と目が合った。 斎城は振り返り、微笑ましげに笑って見せた。
「それにしても… 二人ともとっても仲が良くて羨ましい」
「あっ、い、いえっ、そんな事は…!」
既に包帯を巻き終えたまま、大淵に見入っていた香山が慌てて立ち上がる。
「そんなに照れなくても。…命を預け合う仲間同士じゃない?仲を深めるのは当然の事だと思うけれど」
(香山をからかって…意地悪ば…お姉さんめ…)
気の毒なほど顔を赤らめて慌てている香山に対し、余裕の笑みを浮かべる斎城に反発心が芽生えた。一つ仇をとってやりたいと思い、大淵も余裕の笑みを浮かべながら返した。
「何をやきもち焼いてるんだ?斎城と俺だって深い仲じゃないか」
すると…斎城は顔色一つ変えずに微笑んだ。 その余裕…というよりは勝ち誇ったようにさえ見える笑顔に、大淵は笑顔のまま凍り付いた。
「大輔君ならそう言ってくれるって信じてた」
「…」
…無人の砂漠で、複動式地雷を踏んでしまったらこんな気分だろうか?
「じゃあ、あの約束も守ってくれるのかな…?」
「…あ、あぁ」
返事とも呻き声ともつかない声が漏れてしまった。
「嬉しい…! …とっても楽しみにしてたから」
…あからさまに芝居がかった口調ではあるが、断るにも断れない。
「…」
…逃げ道までしっかり塞がれた。隣で香山まで自分と同じような顔をして口をパクパクさせている。
「よ、よし…先へ進もう」
気を取り直し、そう絞り出すのが精一杯だった。
ミイラ取りがミイラの棺桶に引きずり込まれる…そんな光景が思い浮かんだ。
さらに二十分ほど進む。洞窟はなだらかに下方向に傾斜しているように感じた。ペンを取り出して置いてみると、やはり転がっていく。 1キロは進んでいないかもしれないが、かなり歩いたように思える。
「少し休憩しよう」
二人に号令を掛けながら無線を入れた。
「こちらは休憩中。特に変化なし。そっちはどうだ?」
少し間をおいて、黒島が応えた。
『こっちも休憩中だ。相変わらず変化なし』
黒島の声にも流石に疲弊の色が見えた。黒島曰く、総合的な基礎戦闘能力は、星村を除けばこのクランの中でも黒島が最も低く、次いで自分だという。確かに、これまでの皆の戦いぶりと自分を比較すれば順当だ。
それでも大淵の場合は汎用騎兵に攻撃強化スキル・中という、総合的に中の上に至れる程度の組み合わせに加え、本人の基礎ステータスが比較的高めに備わっている為にこのメンバーの中でリーダーとしても戦えるのだという。
(今後とも、体力と格闘技術は磨くに越したことは無いな)
微かな物音がした。
割坐していた香山が音のした方を向き、斎城は片膝立ちの姿勢に移り、抜刀の構え。
物音のした暗闇…通路の先はどうやらホールになっているようだ。
(先に安全確保すべきだったか…)
とはいえ気付きにくい、微妙な距離だった。休憩と黒島チームとの無線交信にも程良い場所だった。
こればかりはタイミングが悪かった。
ホールの中で無数の足音が反響し、不気味な物音となって聞こえてくる。
「大丈夫だ、さっきのやり方で対処すれば」
狭い通路に引き込んで戦った方が、敵を一方的に掃射できる。香山のバリア内に侵入した敵は銃剣と、斎城が処分すれば良い。 敵に対する有効な戦法は既に確立している。
自分達の姿をはっきりと認めた巨人達が、次々と狂ったように雄叫びを上げた。なんとも耳に悪い大合唱だ…
…ガラガラガラッ
不吉な物音が背後から聞えた気がした。
全員が横目で振り返ってみると、今来た通路の壁が一部崩落し、その穴から巨人が一体、二体と瓦礫を蹴散らしながら現れた。その足元からは例の如く、黒い小人が続々と湧き出て来る。
(今ので呼び寄せたのか!? …まずい…)
ホールからは五体以上の巨人が棍棒を手に、次々とこちらに迫ってくる。背後からは二体。
どちらもその足元には無数の黒い小人が波となって押し寄せて来る。
石礫も厄介だ。
「先に背後の連中をやってくれ!二人だけで何とか頼む!」
指示を下し、軽快に押し寄せる黒い小人共を掃射した。
バリアも無く、単発射撃でどうにかなる物量差ではない。後退しながらフルオートで機関銃よろしく掃射する。
しかし小人は、射撃中は両側の壁際に別れ、こちらの照準を絞らせずに被害を分散させる。そして、弾倉交換の僅かな隙をついて押し寄せてくる。
(学習しているのか…!?)
…考えてみれば当然だ。クマや猿、鳥だって人間の花火に殺傷能力が無い事を学習するのだ。
クマに至っては、電気柵すら攻略する事もある。土を掘って潜り込んだり、通電しない柵の部分を探り当てて倒壊させ、電気を逃がすのだ。
この連中にそういった、敵を学習して攻略する能力があっても何ら不思議ではない。
胸に張り付けたマガジンがあと2本。バックパックに予備の弾薬は十分あるが、肝心な弾倉に詰めていなかった。
香山と斎城にかまけている暇があった、あの時に済ませておけば良かったのだ。致命的な失態だった。
これで二人に何かあったら…悔やんでも悔やみきれない…己の迂闊さを呪いながらその一つを剥ぎ取り、装填した。銃身がフルオートの過熱により陽炎を放ち、照星も見辛くなる。
巨人共も通路内に殺到して来る。その内一体の膝を数射して跪かせるが、その代わりに小人の波が押し寄せる。圧倒的な火力不足と物量負けだ。
このままではだめだ、バリアが、斎城の支援が無いと…
振り返ると、斎城が既に一体の巨人を両断し、もう一体に果敢に挑んでいる所だった。巨人は斎城を捕えようと長大な腕を振るい、時にタックルを繰り出すが、それを洞窟内の狭い空間で、紙一重で避けながら斎城も反撃の機会を狙い澄ましている。棍棒を避け様に巨人の膝に刃を振り下ろして両断。怒号と共に倒れた巨人に止めを刺そうと、その首に向けて刃を振りかぶった。
…斎城の動きが止まった。
斎城は唖然として自分の脚元を見下ろした。 先に両断された巨人が、半身になりながらも死力を振り絞り、踏み込もうとした斎城の脚をしっかりと掴んでいた。斎城はその腕を斬り払った。
その隙に、倒れていた巨人が斎城を棍棒で横薙ぎに払った。 斎城が壁に叩きつけられ、よろめく。気を失ってもおかしくない衝撃だった筈だが、受け身と気力でダウンを免れたのだろう。
(香山はどうしたんだ!?)
視線を移すと、香山はその反対側で巨人に捕らえられ、壁に押し付けられていた。…三体目…
(穴から新手が現れたのか!?)
驚愕しながらも巨人の膝に狙いを定める。香山が捕らえられているため、慎重にならざるを得ない。
香山も両腕の筋力アシストを限界まで強化して懸命に抵抗するが、窒息を防ぐだけで振り払えない。巨人は香山のか細い首を抑えつけつつ、もう片手をメイルアーマーの装甲に手を掛けた。そして強引に胸部・腹部装甲を引き剥がした。薄い戦闘服が露わになる。
アリスブルーの装甲板が虚しい音を立てて転がった。
「こいつ…!」
単発で膝に数射。巨人が姿勢を崩した隙に、香山が強化した脚で相手の腕の関節辺りを蹴り上げた。
鈍い音と怒号。
腕から逃れ、薙刀を拾い上げた香山が巨人の首を薙ぎ払う。脚と腰に張り付いてきた小人を柄で打ち、切り払う。
斎城も立て直す。息を整えると、片脚で飛びついてくる巨人の胴を突き穿ち、そのまま切り抜いた。
背後の集団が目の前にまで迫る。
二人の元に逃げ込み、反転。迫ってくる残り四体の巨人と黒い波。
こちらの動きを鈍らせようと石礫が追い縋るが、香山のバリアで弾かれた。
こうなればもうこちらの物だ。
残弾で掃射しつつ、最後の弾倉に詰め替え、巨人の膝を狙う。小人の死骸と、這いずる巨人が四体残されただけとなる。
斎城が二体、香山が一体、そして銃剣で一体、それぞれ始末し、ようやく戦闘は終わった。
「か、間一髪だった…」
香山と斎城のおかげだった。…自分はミスをして、あと一歩でパーティを全滅させるところだった。
「…すまない、二人とも。怪我は大丈夫か?」
「私は傷一つありませんけど、斎城さんが…」
「ああ、平気ですよ。アーマーに当たって、軽い脳震盪になりかけただけですから」
「…香山、一応斎城にヒーリングを。香山も念のためにやっておいた方が良いんじゃないか?」
心配しながらも、空になった弾倉に手早く弾丸を詰めた。 …二度とこんな失敗をしてたまるものか。
それから更に進み、ホールで黒島たちと別れてからおよそ二時間。
10分前に投光器も切らし、そろそろ引き返そうかと思った所で、洞窟の先に微かな明るみを捉えた。
予想外の光景だったが、予想して然るべき光景であるとも言えた。
赤みがかった夜空に、朧げな月がかかっていた。なんとも毒々しい色ではあるが、幻想的でもある。
(ガキの頃に見た夢の世界のようだ…)
洞窟を抜けきった先は、険しい山の中腹だった。草は少なく、木も殆どが枯れてしまっている。
中腹にぽっかりと開いた、直径7メートルにもなる洞窟出口から外に出る。振り返ってみると、洞窟出口にはやはり陽炎が揺らいでおり、その穴がゲートの出入り口そのものでもある事が分かった。
少し歩くと、見晴らしのいい高台からどこまでも広がる平原があった。彼方に巨大な城の影と城下町も見える。
不気味な夜空も相まって、RPGで見た魔王城そのものだ。
(あそこからモンスターが来ているのか?)
通信を入れた。
「こちら大淵。ゲートを抜けたようだ。…異世界らしい所に出た」
しかし、無線機は沈黙したままだった。混線する気配すら無い。
「しまった、投光器…中継器を切らしたんだ…」
洞窟の出入り口…ゲートを振り返る。
「一旦戻りましょう。下手に敵モンスターに見つかると、後続の部隊が狙われるかもしれません」
周囲を警戒しながら斎城が進言した。確かに、これは大きな成果だと思うが、今の装備と人数で、これ以上ここでできる事は無い。
ここで下手にうろついて、隠密型の敵に後を辿られないとも限らない。
現に、あの髑髏のような、透明になれるような隠形の敵もいたのだから。
「ああ…十分だ。引き返そう」
手当たり次第にその現実離れした景色と地形を録画しておいた。今回は新種モンスターの情報も二つ、持ち帰る事が出来る。 あのホールに拠点ができれば、今後の探索もかなり楽になる筈だ。




