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 二、 

 ラジオ番組が中盤に差し掛かった午前二時過ぎ。それは起こった。

 凄まじい稲光がスタジオの窓を白く染め上げた。一瞬遅れて、建物を揺るがすほどの雷鳴が轟く。その瞬間、スタジオ内の照明がすべて消え、放送卓のランプも生命を失った。


「停電か!」


 安西の焦った声が暗闇に響く。数秒の沈黙の後、壁の非常灯だけがぼんやりと緑色の光を灯した。最低限の視界は確保できたが、スタジオは不気味な静寂に包まれている。放送は完全に止まっていた。


「クソ、なんてタイミングだ。おい、音無、大丈夫か」

「ええ、なんとか」

「すぐに復旧するとは思うが……。念のため、一度外に出よう。機材も心配だ」


 安西が重い防音扉に手をかけ、ハンドルを回した。

 だが、扉はびくともしない。


「開かない……なんでだ?」


 何度かガチャガチャと試すが、結果は同じだった。電子ロックが、停電のショックで誤作動を起こしたらしい。外部から強制的に解除しない限り、開けることは不可能だった。


「おいおい、冗談だろ……」


 安西は携帯電話を取り出すが、「圏外」の表示が虚しく光るだけだった。この古い建物は、もともと電波状況が悪い。嵐の影響で、完全に遮断されてしまったようだった。


 響と安西は、第7スタジオに完全に閉じ込められた。

 スタジオは防音がなされているものの、建物自体がかなり古い。そのため、外の音がいくらか聞こえてくる。

 風雨の音が、世界の終わりを告げるように鳴り響いている。その音に混じって、先ほどよりもはっきりと、高波が建物の基礎を打つ、地響きのような音も聞こえていた。まるで巨大な生き物が、壁の向こう側で蠢いているかのようだ。


 その時、響は気付いた。


 ぽた……ぽた……。


 一定のリズムで、水滴が落ちる音がする。

 音の出どころを探すと、天井の隅、古びたシミが広がっているところがある。そこから黒ずんだ水が滴り落ち、床に小さな水たまりを作っていた。


「雨漏りか。最悪だな、このボロ局は」


 安西が悪態をつく。だが、それはただの雨漏りではなかった。天井だけではない。壁のひび割れ、窓枠の隙間、あらゆる場所から、じわじわと水が染み出し始めていた。海水のように、わずかに塩の匂いがする。


「おい。なんだか水の量、多くないか?」


 安西の声が震えている。床にできていた水たまりは、見る間に広がり、ふたりの靴を濡らし始めていた。水は止まる気配がない。まるでスタジオ自体が、ゆっくりと水で満たされようとしているかのようだ。


「高潮が、思ったよりひどいのかもしれない。下の階まで浸水して、水圧で染み出してきてるんじゃ……」


 響がそう言った瞬間だった。


 ザザ……。


 死んだはずの放送卓のスピーカーから、不意にノイズが迸った。

 非常用電源は照明にしか繋がっていないはず。

 なぜ?

 ふたりは息を呑み、スピーカーを見つめる。

 するとノイズの向こうから、か細い声が聞こえてきた。


『……ザザ……こんばんは、水城玲奈です……今夜も、最後までお付き合い……』


 響と安西は驚き、自分の耳を疑った。

 それは十年前の、水城玲奈の声だった。


「な……なんだよ、これ……」


 安西が腰を抜かしそうになっている。彼はもちろん、響も聞き覚えのある放送。それは、彼女が失踪した夜の、最後の放送の録音だった。局のアーカイブに残っているはずの音源が、なぜ今、この密室で流れているのか。


 声は続く。最初は楽しげにリスナーからのメールを読んでいた玲奈の声が、次第に不安を帯びていく。


『……あれ? ちょっと待って……外の音が、すごい……え、嘘でしょ……』

『……ディレクターさん? ……おかしい、ドアが開かないの……スタジオに、誰か、いませんか……?』


 スピーカーから流れる声が悲痛になり、現在の響たちの状況と不気味に重なった。

 そして、声はさらに生々しい恐怖を帯びていく。


『……足元が……水が、スタジオに……! どこから……!? 助けて、誰か……!』


 ザッ、というノイズと共に音声は途切れ、再び静寂が戻った。

 だが、その静寂を破るように、スタジオを満たす水の音が、より一層大きく響き渡っていた。水位はすでに足首に達し、じっとりとした冷たさが響のズボンの裾を濡らしている。

 十年前の悲劇が、この密室で、今まさに再現されようとしていた。



 -つづく-


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