黒刀【一】の[一]
六月の後宮は、とにかく大忙し。若い帝と言っても、その血が欲しい無能な臣下達は己の娘を妃にと送り付けていた。
上級妃が一人、中級妃が二人、下級妃が三人の六人の妃。
でも何故か、下級妃以外は抱かれていないのは当然だよね。
ちなみに、打算目的だったのは上級妃と中級妃で、下級妃三人は帝を幼い頃から守り仕えていた忠臣の娘らしい。
「芽っ!!こっちをお願い!!」
「はーい!!」
先輩下女に言われ、芽は慌て走って向かう。
「こっちは私がやるから、貴女はそっちをお願いね」
「はい、分かりました」
先輩下女に頼まれた芽は、桶の中で雑巾を絞ると窓を吹いて行く。
「皆!!中級妃桃里様よ!!」
「頭を下げて!!」
先輩下女に言われ、その場にいた下女達が一斉に頭を下げる。
きらびやかな赤い衣に、胸元を大胆に開けた美女が、お付きの女官四人を引き連れて歩いて来た。
貴人を平民が直接見たら死罪になる罪なので、一行が通り過ぎるまで見ないように立つのが後宮のマナーになって居る。
色鮮やかな赤い髪を結わえ、きつそうな顔立ちの美女は苛立ちを募らせた表情で去っていく。
「あの様子じゃ、今日も直訴失敗したんじゃないかしら?」
「でも……実の父が政務を放棄しているのだから……御渡り無くても仕方無いわよね」
……先輩達が口々に噂を始めたわ。まぁ、確かに……役目を果たさない父なのに、御渡りを娘が強要するのも変な話よね。
それが天上人である帝に頼むってのがおかしい……。
本来なら不敬罪で殺されても不思議じゃないのに……生かしていると言うなら……敢えて泳がしているのかしら?
芽はそこまで考えた後、再び窓拭きを再開するのだった。