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第二歌 黒い鳥と金の塔 <四>

 竜巻に巻き込まれた冒険者の突然の失踪に、リュートの調べが人々の不安に同調するように激しくかき鳴らされるも、焚火の炎がパチッと音を立てるのを合図に、やがて穏やかな旋律に戻ってきた。

ふと、皆が気付くと砂嵐が少しおさまっているようである。

白い手(ハシャル)の声がすこし震えていた。


~♪

 ジェラルドは ケインの代わりを必死で手配しようと走り回り、女将は炊き出しを村の女衆にたのみ、ティナとディックとともにケインを巻き込んで飛んで行ったであろう竜巻の行方を追いかけておりました。


 さて、

 麦の刈り入れ時には、時に自然の恐ろしい魔の手が介入することがあります。

人々は懸命に生き 荒れ地で作物を作っておりますが、「麦喰い」とよぶ虫も生きのびるために数を頼んで麦を食らい子孫を残そうとするのでした。

ただその数がすさまじく、人々はそれが発生すると 決まって精霊の隣の世界に棲む魔王のせいにしていますが、学者は自然の摂理だと笑い、刈り入れた麦をサイロに入れて封印すればよいと教え、以来、人も賢くその難を逃れることができるようになったのでした。それでも、数年に一度は逃れられない急な虫の大発生で、大きな被害が出ます。麦どころか人も殺すほどの狂気がやってくるのです。

 


 「ひえ」しゃっくりのような声を出して、またも若い男は歌を遮ってしまった。隊商の中には、「麦喰い」の被害で家族を失ったものも少なくない。この男もその一人だった。

 「ご。ごめん、虫の話はだめだ。」

そういって 離れていってしまった。

 

 白い手(ハシャル)は、目を伏せたが、歌をつづけた。


~♬

 陽がおち、夜の星がまたたくころになっても、ケインはみつからず、一同はどもかく、ジェラルドの宿にもどってきました。


 「ケイン…どこにいるの」


 ティナは疲れ果てて 床に座り込んでいました。


 ディックは いつものような大きな声出さず、彼女を心配そうにみつめ、

女将に差し出された酒を少し飲んで、また収穫のあとで探すといってうちに帰っていきました。

 「ティナ」 女将は優しくティナを立たせて言いました。

 「明日も探そう。あたしもいっしょに探すから」


 「だいじょうぶだ。きっとどこかに飛ばされて、そこでグースカ寝てるんだ  よ」女将は、一生懸命妹を慰め、部屋に連れて行って寝かしつけるのでした。


 (久しぶりだね。こんな風にあんたを寝かしつけるなんてさ)


 両親を子供のころに亡くして以来、ソマリは小さなティナを親代わりに護って暮らしてきました。臆病で繊細で優しいティナは、旅人のことも自分の家族のように心配しているのを よくわかっていたのです。

 ティナは、妖精や小さな小動物にやたらとなつかれるほど優しい子どもでした。その反面、人の悪意や大声や争いが怖くて、かくれてしまう。ソマリはそんなティナがとても心配でした。


 ディックは、体も大きくて頑丈なうえ言動が粗野で勘違いされやすいですが心根はまじめな男で、きゃしゃで優しいティナが子供のころから大好きでした。それを知っているソマリは、ディックにティナを守ってほしいと思っていて、年頃になったら、二人に一緒にになってほしいと、ジェラルドによく話していたのです。ジェラルドも同意していて、この収穫が終わったら、二人を結婚させたいと話を進めていたのでした。


 ケインが現れて、女将はティナが変わったと感じています。けれど、ケインは通り過ぎる旅人にすぎない。ちょっと風変わりな。そう、風の精霊のような…。


(そうだ。むかしかあさんが言っていた。ティナが迷子になったことがあって、血相を変えて探し回ったすえ、なんともない風で家の前にたっていたことがある。風の精霊に送ってもらったと無邪気に笑ってたって。怖がって泣くどころか笑っていたって。あの頃から、精霊とか鳥とかと楽しそうに話してたっって。)


 (そういえば、竜巻って 風の精霊のわざ だね…)


ソマリはくびをふって、眉間にしわを寄せている妹の髪をなでて、いいました。

 「ケインも 風の精霊に送ってもらってくれればいいのに」


 次の早朝から、ジェラルドとディックは、手分けして畑の収穫を全員にてきぱきと指示し、午後の熱風が吹く前に、予定の分を終わらせました。そして陽が落ちるまでの間 総出でケインを探すのでした。

彼がやってきてからまだ日が浅いのに、村中が彼の手助けをうけており、ソマリは改めてケインの人となりを再認識したのでした。


 次の日もまた次の日も。 幸いなことに 虫はまだこのあたりには来ず、収穫は順調でした。けれども ケインの消息は分かりません。ティナはすっかり憔悴しきっており、食事もすすまず、ディックはある日彼女に言ったのです。


 「頼むから、今日は家で休んでくれ。倒れちまう!」


 捜索に、立ち上がろうとしてヨロヨロと椅子に倒れこむティナを見かねて、ソマリも言いました。


 「どうしても行くというなら、これを全部食べてから行くんだ!」

 「食べきったら 行ってもイイよ」


 肉団子たっぷりの 宿特製シチューです。ケインの好きな、ニワイチゴのヨーグルトも。

 泣きそうな顔のティナは、うなづいて、ゆっくり、食べ始めました。


 「ケインがいたら そんな顔してたらきっとこう言うよ、

 『まず食べて。それから考えよう』」

ソマリはティナの肩をそっと抱いていいきかせるのでした。


 ティナは泣き笑いしながら、ディックに言いました。

 「これ食べたらいっしょにいってくれる?」


 「ああ!」かれは力強くうなづくのでした。


 そうして、収穫も最後の畑となった日

それは 真っ黒な雲のように 東の空を埋め尽くしてやってきたのです。



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