第二歌 黒い鳥と金の塔 〈三〉
砂嵐の音はひどく不安をあおるものだったが、場の一同は、白い手のかなでる物語にすっかり引き込まれていた。
~♪
はじめは、警戒してケインを胡散臭そうな目でみていた女将でしたが、言いつけた仕事は何ひとつ嫌な顔せずにやる姿を見て、素直なイイ使用人だと感じ始めていました。主のほうも 彼が宿の周りの草ひきや 薬草取りさえ自前の鎌で手際よくやってのけるのをみて、なにより、剣と同じように鎌の手入れをするのをみて、すっかり感心しておりました。
「あいつは信用できるやつだよ。まったくいい奴が来たもんだ。」
そして、夜ソマリの極上の手料理に、宿の主は酒も進み 上機嫌でケインにも酒を勧め、
「ケインは、剣の腕もいけるんだろうが、あの手入れの行き届いた鎌ときたら!」
「いやあ ね、おれは もともと木こりの家のもんだから、斧や鎌、そういう道具は、兄貴やおやじから散々手入れを口うるさく言われて育ったのさ」
「だからわかる。お前さんの道具はほんとによく手入れしてある。こりゃな、どんな出自だろうが身分だろうが、関係ねえのさ。それだけで信用出来るやつっていう証明さ」
そうして 二人は乾杯をかさねるのでした。
「うまい!」
ことば通り、ケインは今日の晩飯も 満面の笑みを浮かべて それはもううまそうに食べるので女将も上機嫌。
ケインはくすぐったそうに笑って話します。
「鎌はまあ、今回みたいに おれ、仕事はなんでもひきうけるんでね。手入れは、俺の師匠が自分の道具を俺に譲ってくれたんで、その時に教わって。なにより師匠にもらったから大事にしてるっていうだけですがね。」
うんうんとうなづきながら、ジェラルドはケインの話を聞いていました。
同じように満面の笑みの女将が、ケインの空の皿を指さして言います。
「殊勝なこころがけじゃないか。 井戸で見つけたときは、どんなヘタレだって思ったけど。悪く無い働きぷりだよ。お代わりどうだい?肉団子おまけしてやるよ」
女将の言葉に、主はプッとふきだし、嬉しそうに反論した。
「ヘタレだあ?馬鹿なこといっちゃいけねえ。ソマリ」
そうして、ケインにみみうちした。
「かみさんはよう、口はああやってちょっときついんだが」
「あれは相当 あんたをほめてるぜ」
そういって、主は大笑いしながら、また酒をのみ、ケインの背中をバンバンたたくのでした。妹娘の持ってきた大盛の皿には、大きな肉団子が3つも入っています。
「さあさあ、もっと食いな!明後日からはいよいよ麦刈だからな!」
ケインは、黙って料理をはこび微笑んでこっちを見ているティナと思わず目があったのですが、彼女ははっとしうつむいて、台所にいってしまうのでした。
かれは、そのどこか悲し気な様子がすこし気になっていましたが、昼のことを気にしているのかと思い、また主の話の付き合いをしながら、大きな肉団子の追加されたシチューに舌鼓をうつのでした。
次の日も、ケインは宿でつかう薪をわり ティナの畑の収穫を手伝い 迷い出てきたイノシシを二頭仕留め ソマリにボーナスとしてその皮をもらって傷んだマントを直してもらいに主に紹介された仕立て屋にいく。という具合に精力的に働きました。
帰り道、ケインはディックがティナと話しているところに出くわし、声をかけようか迷っていました。
と、
何かの気配に 彼は振り向き 次の瞬間! 右肩を激痛が走り苦痛の表情を浮かべました。矢が彼の右肩に刺さっています。
走り去る男がひとり。
矢を抜くと辺りがねじ曲がって見えます!
「毒矢か?…っつ、」
「ケイン!!」
急速に毒が回るのを感じ、ケインはそこに倒れてしまいそうになるのを、必死でこらえて、逃げる男を追いかけようとしました。
それは、自分に毒を飲ませた男 傭兵の男です。
すると ケインの中で、何かが目覚めるような感覚が湧きおこり 次の瞬間すさまじい速さで体中の血が煮えたぎるような感覚と、平らな水盤に一滴の水が落ちるのをスローモーションのように見ているような時間の感覚が同時に沸き起こりました。
【ケイン・・・】懐かしい声が、耳元にささやく声がきこえます。
【おきなさい】「?」
【解き放つのです】「何・・・を」
【さあ、うけいれて】「な? わからない」
様々な声が。よくわからない言語が。ケインの耳にだけ聞こえる声。
それらが一つのことを告げていました。
「目覚めろ」と。
ティナは、何が起きているのかわかりませんでした。
確かにそこにケインがいて、急に膝をついたかと思うと、竜巻があらわれてあたりのものを巻き込み、傭兵風の見知らぬ男が巻き込まれ、ずたずたの雑巾のごとく畑のある方向に吹き飛ばされていきました。
ディックはティナをしっかりと抱きかかえ守っていました。不思議と二人の周りには何も起こらなかったのです。何かに守られているかのようでした。
竜巻は、ゆっくりと畑のほうに移動してそのまま空中にゆっくりと浮かんでいき空高く昇って雪山のほうへ飛んで行ってしまいました。
「なんだったんだ一体…おい、だいじょうぶか?」
「あ、えと」
「おまえが 無事でよかったよ」ほっとした声で ディックはティナを抱きしめた手を放して言いました。
「けがしてないか」
「うん」
「そうか」
「あ、あの」
ティナは、恥ずかしそうにディックを見上げて言いました。」
「あ、ありがとう、ディック」
そして、はっと我に返り呟きました。
「さっきそこに ケインが」
ディックはうなづいて、
「俺もみた」
ディックは、納屋のところまでティナをつれてゆき物陰に隠していいました。
「ちょっとまってろ、うごくなよ」
そして、じぶんは街道へゆっくり歩いていきました。
竜巻が起こったところは、草木がごっそり根っこをもぎとられ そのすさまじさを物語っています。ひときわ丈夫な木の枝には、見覚えのあるマントが。
それから、上着、鎌、カバン…
「ケイン?」
靴が片方、草むらに落ちています。ディックはそれを拾って不安げにティナのほうをみました。
「おーい、おーい」
宿屋のジェラルドが、血相を変えて走ってきました。
「この季節に竜巻なんて!お前たち大丈夫か!ティナは?」
「ティナは俺があそこの納屋に隠したよ、無事だ。だが」
ディックは片方の靴とマントを見せました。
「これは!ケインの…」
「やっぱりそうか…あいつ誰か傭兵風のやつに襲われて。膝をつくのを見た。だけどすぐに竜巻があいつの近くで。急だった。あれはなんかおかしい…」
「魔法かなんかだな」ジェラルドは唇をかんで、靴を受け取った。
村人が次々とやってきた。空からこれが降ってきたと、ケインの服の切れ端、ケインの剣。それから、見知らぬ男の死体まで落ちてきた、と。
けれども、
ケインの遺体はどこにもありません。
「魔法が絡んでいるなら あいつはさらわれたのかもな。」
ディックが呟きます。ジェラルドは首を振って、
「それはそれで困った。せっかくの人手を盗られちまって、明日からが本番なのに…」
「麦は待ってはくれない。いやな情報も入ってるからな」
「いやな情報?」
ジェラルドは、さっき東から来た行商人が宿にきたとき、「麦喰い」が出たという話を聞いたのでした。
「こっちに来るとは言わなかったけどな、奴らは気まぐれだ。」
ジェラルドは、汗をぬぐって低い声でいった。
「麦を早いこと刈っちまって、せいろにぶち込まねえと、ごちそうを山のように用意してしまうことになる。ケインを探したいが、麦は俺たちの命だ。」
みな、押し黙ってしましました。
と、そのとき
「にいさん!大丈夫。ケインは私が探す」
納屋から出てきたティナが力強い声でいいました。
「ティナ、おまえ・・・」ジェラルドは、いつも消え入りそうな声しかきいたことがなかったので、びっくりしてティナをまじまじと見つめました。
その目は、迷いなく、そして断固としてやるという決心がみえるようだったのです。
ティナは、もう一人の兄のように、いつもに守るようにそばにいてくれたケインを慕っていたのです。まるで、初めて会ったと思えない、井戸に倒れていた時から、そんな感覚がありました。
「じゃあ俺も一緒に探す!」
ディックが、少しテレながら決意したようにいいます。
「お前ひとりじゃ心配だ。一緒にさがすから」
ティナは微笑みながら、ディックに言いました。
「あ、ありがとう、ディック」
二人は、街道から竜巻が飛んで行った方向へ探しに出てゆきました。
ジェラルドは、二人を見送りながら
「たのんだぞ」
そういって、村の人々に、何か情報があれば教えてほしいこと、明日は予定通りに収穫することを確認するのでした。
陽は、先ほどから、すこし傾き始めています。西風が優しく麦の穂をゆらしていました。