第二歌 黒い鳥と金の塔(一)
照りつける太陽 焼けた大地を熱風がはしる。
岩山の避難所で、長耳の詩人は行商人と一緒に、陽が傾くのを待っていた。仮眠をとるもの、酒を飲むもの、商人たちの待ち方は様々である。
一番年嵩の隊商をまとめている男が、乳酒の袋を彼に渡しながら言った。
「少し眠っておいたほうがいいぞ、白の手」
「あと6時間くらいしたら出られるだろうが、若い奴でも一晩中歩くのは、慣れないうちは骨が折れるってもんだ。」
「ほら、ぐいっとのみな」隊商主は、自分もまた一口乳酒を飲み干した。
白い手と呼ばれた詩人は、礼を言って袋を受取り、口に含んだ。度がそこそこ強いうえに、よく発酵している。その酸味のあるあまい酒に少しおどろいたが、「うまい」とつぶやくと
もう一口飲んだ。
「お。なかなかいい飲みっぷり!」
後ろから 年若い商人が声をかけてきた。そして傍らのリュートをちらっとみていった。
「あんた、リュートもってるんだったな、なあ、寝る前に一節たのむよ」
すると、人々の好奇心が一斉に彼に注意を向ける気配がした。
「いいですね、私も隊商に混ぜてもらったお礼に、何か、と思っていたので」
詩人は、楽器をとりだし、手袋を脱いで調弦し始めた。
そしてもう一口、酒を飲むと、美しい和音とともに、美しい声で物語り始めた。
「では、何年か前に訪れた南都ガシャルの伝承をひとつ「物語」にしたので、それを語りましょう」
「まってました!」
年若い商人と何人かの商人たちは、酒と干し肉を手に、焚火を囲むように集まってきて思い思いの場所に座った。既に酔って爆睡している者もいるが、ほとんどのものが、夢実心地に、リュートの調べを聞いているようだった。
白い手の良く通る声が、「物語」を奏で始めた。
~♪
『むかしむかし そう、ガシャルがまだ砂漠のオアシスの一つだったころ。』
小さな宿屋がありました。
主とその妻、妻の妹の3人で切り盛りをしておりました。
そのころの南の国は、点在するオアシス間で細々と交易して少しづつ街の形を成してきたばかりで、砂漠と 少ない雑穀の畑と 岩だらけの荒れ地と それから北黒森という魔物の巣のような暗黒地帯。人々は、たくましく生きていたのです。
あるひのこと。
妹が、宿の裏手の「枯れぬ井戸」で、行き倒れている異民族の装束を着た黒髪の男を見つけました。端正な顔つきですが、右目の下に北洋風の白い入れ墨があります。ピクリとも動かないその様子に、怖くなった妹は、姉を呼びにいきました。
宿の主は 青い顔の妹が 助けを求めに走って来たのにびっくりして 妻をよび3人で様子を見にいくことにしました。すると、本当に男が一人 井戸のそばに倒れているようです。宿の主はおそるおそる男に近づいて 息を調べてみると、スウスウと寝息を立てています。ほっとして、男を観察しました。
フードのついたボロボロのマント、しかし身に着けている衣服は、いささかほこりだらけですが 上質でちゃんと整っており、腰には長剣が一振りのぞいています。
「どこかの戦士くずれか旅の冒険者ってやつだな。」
「身なりはそう悪く無いね」女将もうなづきます。
「おい!あんた!大丈夫か?」
宿の主はそういって、男の肩をたたいて揺り起こそうとしました。
すると、その男はうーんと伸びをして ぱっちりと目を開けました。そして3人がのぞき込んでいるのにびっくりして、飛び起き 謝罪し始めました。
「あ・・ああ!」 男は井戸の傍で寝ていたのに気づき またはずかしそうに頭を下げるのでした。
「えっと、こ、こんなところで寝てしまって,邪魔だっただろう・・・その、す、すまん!」
男はケインと名乗り、北黒森の向こう雪山の先からやってきたと話すのでした。宿の主はびっくりして 男をみつめました。
「あの雪山を・・・こえてきたのか?ひとりで?馬はどうした?」
「なんとまあ!そんな偉丈夫にはみえないけど」
妻も男を頭のてっぺんから つまさきまで眺めながら 感心したように呟きます。
ケインは、少し情けなさそうに話し始めました。
「雪山を超える隊商の護衛として、王都の宿で知り合った4人ほどで魔物討伐を請け負って黒森のヘリまでやって来たんだが、そこで野宿して寝た後目覚めたら、隊商も仲間もとうに出かけてしまっていて、報酬ももらうどころか…」
ケインは頭を掻いて、カバンをひっくり返して見せました。その中には財布ががない・・・。
「すかんぴん、と」 主は思わず苦笑しました。
ケインは肩をすくめた。
「酒かなんかにまぜてなんか飲まされたらしい、その薬の作用か、のどがしぬほど乾いて、だけど森に入るにはどうにも身体がいうことをきかない。ふらふらしながら最後に見た地図の記憶をたどってここまできて、やっと水にありついて…。そのまま また、朦朧として文字どおり死ぬように寝てたってわけで…。それでも、剣は置いていってくれて助かった…」
ケインは、ためいきをついて首を振ります。
「それでまあ よく護衛なんか…」
あきれて姉が呟くと、妹はほっとした様子で
「そ、それでも、ぶ、無事でよかったです。わたし死んでたらどうしようって…」
震えながら小さい声でいったのです。姉は少しびっくりしました。
(人見知りなうえ引っ込み思案のこの子が、他人の心配をするなんて…)
妹は少し顔を赤らめて、姉を見るとそれきり黙ってしまいました。宿の主は,しばらく黙っていましたが、意を決したようにケインに話しかけました。
「災難だったなあ おまえさん」
「おれは 宿屋をやってる。ジェラルドってんだ。」
ジェラルドは手を差し出しケインと握手をしました
「そんで、こいつは俺の愛する女房でソマリ。料理もうまいが金勘定もうま いぞ。で、お前を見つけたのはソマリの妹で、ティナだ」
ティナは無言でお辞儀をし、ケインもうなづいて会釈をかえしました。
話しぶりから ケインが警戒するものではないと感じ取ったジェラルドは、ぽんと膝を打ってたちあがります。
「まあ なんだ うちの井戸で倒れてたのも何かの縁だ。行き先が決まってないなら、しばらくうちの宿で働かねえか? ちょうどもうすぐ、このあたりはガシャル麦の刈り取りがあるんだ、人手はたくさん欲しい。隣村の村長が年取ったから俺に仕切ってくれって言ってきてるんだ。力仕事だが。手伝ってくれたら、報酬もあるし 飲み食いと寝床は保証するぜ」
ケインは、パッと顔を高揚させ、二つ返事で了承しました。
「ほんとか?俺みたいなのを雇ってくれるんなら、なんでもするよ。あ、でも 金勘定はできない…」
主はわらって言った。
「いや俺も助かった、どこに頼みに行くか思案してたんだ。」
「麦刈りだけじゃない。宿の仕事で雑用があればなんでも言ってくれ。
魔物退治もできる。」
威勢よくガッツポーズをきめていたとき。ケインの腹が ぐうーっ と鳴っります。
「あ・・・」
ケインは顔を赤らめて、またポリポリと頭を掻きました。
「いやその、」
「ははは、朝から何も食ってないんだよな、さあ行こう。俺んちのソマリの料理は最高だからな。ちょうど昨夜の残りの絶品シチューがあったなあ」
そういって主は妻をみつめました。ソマリはため息をついて、
「用心深いあんたがそういうなら…。だけどうちには若い娘もいるんだ。そこんところをわきまえてもらわないとね」
姉は、ちらっとうつむく妹をみながら、むきなおり、厳しくケインにくぎを刺すのでした。
こうしてケインは、不思議な縁に導かれて、麦を刈り入れる間、宿の雇われ人になったのでした。