第一歌 灰色狼と雪の精〈エピローグ〉
赤い髪の少年は 目をキラキラさせて、名残惜しそうに 詩人のローブを引っ張った。
「狼の王様はどうしてケガをしたの?」
「そうだね 私もそれを知りたいのだが わからないそうだ」
その人はリュートを袋に入れながら 残念そうに首を振った。
「この話を教えてくれた老人は、隊商の長だった人でね。いろいろな話をきかせてくれたけれど、教訓めいたことは歌にはするなというのさ」
「きょうくん?」
詩人は、少年の頭を撫でていった。
「誰かに何かを伝えたくて、わざとちがう話をつくる場合と 起こったことをそのまま伝える場合と、話を聞くときにはどちらの話かをまず考えるんだ」
「元の話が、形を変えていくつも語り継がれているには なにかしら意図があるってことだな」
「そして その話が人に伝えたいことが イイことなのか悪いことなのかは、聞いたものが判断すべきで 歌い手はあからさまに強調するナ ということだよ」
「??」
「ごめんよ説明へただよね」
少年はなおも食い下がった。
「えっと…どうして人の英雄のなまえが 狼のなまえになってるの?」
「そうだね…」
詩人は考え込んだ。
「話す人がわざとそうしたのか、伝わっているからそうなのか。伝わっている話の多くは似通っているんだよ。さっきもいったけど、意図して形を変えて語り継がれてることも多いんだ」
その人は立ち上がりリュートとカバンをかたにかけ ちょっと辺りをきょろきょろしている。
少年は暫し考え込んでいたがふと思い出したように詩人に尋ねた
「今日はどこでねるの?宿は決めた?」
「まだ決めていない。まずは夕食だな。宿はまだ開いてるかな、歌うのに夢中になって。まずいな」
「それならうちにおいでよ! 町はずれの宿屋なんだ ぼくんち」
詩人は目の丸くして そして声をあげて笑った。
「君はほんとに…いや 何でもないよ。それはいい、案内してくれるかい?」
少年は飛び跳ねるように、よろこび、その人の白い手をそっとにぎった、
暖かくて思ったより硬い。
「耳長な人って みんな歌が上手いの?」
「どうかなあ」
「次はどこに行くの?」
「隊商が見つかったら考える」
そんなことを話しながら、二人は家路を急ぐ人々の間を すりぬけて 町はずれに向かって歩いて行った。
「あしたも何か話をしてくれる?」
「そうだね、じゃあ次は鳥の話」
「たのしみだ!!」
「夕食は質素だよ、もう市場がしまってるから」
「温かいスープとパンがあれば、ありがたいね」
「母さんの豆と玉ねぎのスープは定番だ」
「たのしみだ!」
ふたりはわらいさざめきながら、少年の家 <トリフォリ亭>に入っていった。
「ただいま~父さん、母さん お客さんだよ」
ひとけのなくなった火焚きの室で、火花が ぱちぱち と はぜた。
第一歌 <了>