第一歌 灰色狼と雪の精〈三〉
~雪の精霊は かなり消耗していました。精霊の力の源は「清浄の気」。
賢狼女王のために、世話を焼くため 少し身を削るように水と虫を手配したために、次の新しい時節の雪を生むための力がたりなくなっていたのです。
そとはもう 春の陽気ででられない。
水に還るのもいいとおもっていたが、いまは、生まれてくる王子がたをお守りするのも悪くないと思っていて、次の季節に大きくなった方々に会いたいなというささやかな野望をもってしまったのでした。
ムアディが産気づいた日に、精霊の女王は洞窟の入り口を氷の結界でまもり、精霊の祝福の印を結んでムアディに贈り、その時を待つことにしました。
大樹の精霊は その本体は 大樹の中にありますから、清浄の気を少し多めにすいこみ、出産がよい気の中で行われるように うつし身の力を高めて氷室の冷気から出産場所を隔離する徹底ぶりです。
「大樹の君 どうしてそこまでなさったのですか?」
後日 ひとりの大精霊が彼女に尋ねました。
「縁ゆえ…」
大精霊はハッとした様子で、微笑んだそうです。
精霊女王は うつし身でわけられる最大限の清浄の気を 雪の子に与えました。
それは異例のことでした。
「おまえがまだ眠ってないと、雪解けを待って水に還ろうとしている兄姉はさぞ 気をもむことでしょうね」
「黙っていてくださいますよね、女王。なあに、賢狼女王に少しばかり精霊の気をお譲りしたところで 私はまた吹雪を興して雪山を閉ざしてあげますよ。」
…
「軽口をたたくわりに…なあに?その ていたらくは!」
ふらふらと心もとなく浮かんでいる 雪の子は 女王の結界と分け与えられた清浄の気をもらってなお ふらついているのです。
彼は笑っていました。不愛想でつめたくて 自分のことしか考えない精霊なのに、生まれてくる王子様と王女様を心待ちにして わくわくして まっているのです。
満月が中天にさしかかるころ、精霊の女王は月の気をえて印を結ぶと、あたらしい命に祝福を与えました。
王子二頭と王女一頭の誕生です。
「おめでとうございます!」
賢狼王の残したものは、輝くばかりの光を放つ三つの命でした。
雪の精はこの上もなく興奮して三つ子をのぞき込もうとして、大樹の君に冷気に気をつけろとたしなめられ、あわてて飛び退る有様。
女王は 精霊に大丈夫とめくばせをして、かれを招き寄せました。
フワフワの毛の仔狼が 母君の乳をむさぼっています。氷の化身なのに 雪の子の頬は赤くなっていました。
それをみた精霊女王は、クスクス笑って、雪の精霊のあわてぶりを面白そうにながめておりましたが、意を決したように『氷室』の閂を外していいました。
「さあ そろそろね…」
精霊女王が呟くと、雪の精霊は名残り惜しそうにふらふらと氷室に向かって漂っていきます。
賢狼女王は、かすむ目でそれでもまっすぐに雪の精霊を見つめて言いました。
「感謝する雪の子よ。そなたが次の冬にそこから出て、私たちを見つけてくれたなら、私はその時にこそお前に何か報いよう」
精霊は振り向いて そして右手を挙げて挨拶をして洞窟の奥にふらふらと向かって消えていきました。
『氷室』の最奥が開く気配がして冷気がはい出してきました。ひときわ美しい音楽のような氷の柱が鳴る音がして『氷室』が閉じます。かれはようやく眠るのでした。
「おやすみ 小さき勇敢な精霊よ」
精霊女王は 祝福の気を放つと、氷室に続く奥の道は青い光を明滅しながら封印されます。
「次の季節までゆっくりおやすみ。またあいましょう」
ムアディもまた 親愛の印を結び 子供たちには、自分たちを救ってくれた精霊の友の話をしようと固く誓うのでした。
そうして、春が夏になるころ、灰色狼は仔狼をつれて森へともどっていきました。
大樹の女王は、森の精霊に子供たちの守護を頼みました。彼らの縁は永遠に途切れることなく、精霊の祝福に報いるため、灰色狼は 以後 森と山岳の守護者になったのです。
白い手が、リュートを転調させて、静かに美しく物語をしめくくった。
割れんばかりの拍手が 歌い手を包み、詩人は立ち上がって礼をすると、火 の室を取り囲んでいた人々は 笑いさざめきながら、いい話だったと口々にいいながら帰路に就くのだった。