第二歌 黒い鳥と金の塔 <エピローグ>
リュートは、激しくかき鳴らされ、その場の全員がその音と詩人の声に圧倒されていた。白い手の詩人の歌は、まるで魔法のように、彼らの目にその情景をみせていた。
~♪
人々は、ともかくも残りを少しでも収穫してサイロに入れようと考えましたが、黒い雲はどんどんと迫ってきます。
「お前たちは、岩山のほうに避難しろ!」
子供たちと乳飲み子の母親たちにジェラルドたちは荷車を手配した。サイロに麦を運ぶものだが背に腹は代えられない。
「のこりのものは、家の中だ。窓をしっかりしめて虫よけ布を張れ!いそげ!」男たちは、手分けして 各家の防御にまわります。時間との勝負でした。
「私もてつだう!」
ティナは刈り取ったぶんだけでも救おうと荷車をサイロに走らせます。
「待て!ティナ!」
あわててディックが止めますが、ティナは馬を走らせました。
しかし、あと少しでサイロというところで、数匹の虫が、馬にあたり、びっくりした馬は前足を蹴り上げ、荷車ごと横転してしまいました。ティナは地面に投げ出されて 息が止まりそうでした。
おいかけてきたディックは虫の気配を感じて、倒れているティナを抱きあげ、大急ぎでサイロにはしりました。
間一髪!閂を占めたその扉の向こうに信じられないほどの羽音が聞こえてきたのです。背の高いサイロは共鳴して鈍い音を立て始めました。
そのとき
ディックとティナは 別の風の声を聴いたのです。
声、 そう声 です。
心に響く 懐かしい優しい声を。
二人は顔を見合わせました。
「だいじょうぶ。うまくいくよ」
「…ケイン!!!」二人は同時に叫んでいました。そよ風のような気配とともに ケインがそこに立っています。
「ケイン、だよな」ディックは自分の声が震えているのに気づきました。
『ふふ、そうだ。おれだ』
「なんでそんなに透けてんだ。おまえ 死んだのか」
『後で話すよ』ケインはおかしそうに笑っています。
「うまくできてるじゃないか。ディック。そうだ。それでいいんだ」
ティナは、涙ぐみながらいいました。
「ケイン無事でよかった」
ケインは、二人を優しいまなざしでみつめ、二人をそよ風の渦で包みました。
「このサイロはもうすぐ壊れる。けどおちついて。俺が合図したら目を閉じてくれ。ちょっと目が回るかもだからな。ディック、しっかりティナを護るんだ」
ようやく、ティナは心の中に声が聞こえていることがわかったのでした。そして思い出していました。
(この感じ 子供の時私を家に送ってくれた)
「風の精霊…あなたは」
ケインは、しっと 息を吐き その言葉を遮り やさしくささやきました。
「懐かしいきみ。どうか幸せに」
「さあとばすよ!」
ケインの声がしたとたん、ものすごい風と羽音と麦の渦が巻き起こるのを感じました。目など開けてはいられません。二人はぎゅっと目を閉じていましたが、それだけのものが舞い踊っているのにこれっぽっちも体に何かが当たったりしないのです。
「ケイン!!」
二人は同時にその名を呼び、笑い声がそれに答えます。うっすら目を開けると
丸い光の玉が 二人をつつみ、宙に浮いていました。同時に麦の畑に黒いものがうごめく巨大な竜巻がまきおこっています。そして金色の夕日が何事もないかのように西のそらに美しくゆっくりと落ちているのです。
そして、
ふたりのそばに大きな美しい黒翼の大鷲がゆっくりとそこに羽ばたいていました。全身に夕日が当たって、さながら金翼の鳥です。
「ファルクラム」ディックが呟きました。
「それは俺の母の名だ」
「おれは ファルケイン 風の精霊だ」ケインはゆっくりと羽ばたき話しました。
「さっきまでじぶんがだれか 忘れていた。母から人の姿をもらうとき精霊の記憶を封じられるんだ。」ファルケインは微笑みます。
「俺は人間が好きで、人間と暮らしたくて ずっと旅をしている」
「でもひとは 時々俺を嫌う。毒を盛ったあの男のように」
ケインは少し悲し気にいいました。
「君たちは貴重な俺の友だから、助けたい。それだけ。さあ、おろすよ」
ふたりはケインとともにふんわりと地面に降りました。
ケインは声にならない声で、竜巻を青い光で包み、いいました。
「お前たちも生きるため来たんだからな。だからこうしよう。最後の収穫だけおまえたちにもらってやる。そして故郷でおとなしく暮すんだ」
収穫できなかった麦が、黒い竜巻に吸い込まれます。そしてぴしゃりという音とともに消えました。
夕日の輝きの中サイロから舞い上がった麦は、柔らかい風に舞いあがり、サイロにあった場所に金色の塔のように積みあがったのです。
「俺はしばらくこの姿だから、山にかえるよ。ジェラルドさんや女将さんによろしく言ってくれ。それで」風の精霊は、すこし遠慮がちに言いました。
「ティナ、ディック」
「… 君たちがよければ、また会いに来ていいか?」
二人は即答した。「もちろん!」
いつのまにか 人々が家の前に出て この光景を夢のようにながめています。
ケインは一陣の風となって、空高く舞い上がり大きく円を描くと金の光とともにきえました。
みなは、その後ろ姿に感謝の印をむすび その姿が見えなくなっても 雪を頂く山々をあおぎみて いつまでもいつまでも その空を見つめているのでした。
こうして 黒い翼の風の精と金色の麦の塔は その後も村人の夕べの酒の友として 語りづがれるとなったのです。
隊商の皆は安どの声をあげ、いびきをかいていたものもいつの間にか起きて 拍手しており、若い商人もいつのまにか座の後ろのほうに戻っていた。
「精霊がいつも人に親切とは限らず、人がいつも精霊に誠実とは限らないのだけれど、偶然のことをこのように話しにして面白おかしく伝えたのは 必然なのかもしれません。私たちは 消して分断されるものではないから。」
詩人は、居住まいを正し、前髪をすこしかきあげると、美しい優美な調べを奏で始めました。
〈献歌〉
青い風が舞い 黒い風がとおる
巻きあがる黄色の砂 揺れる緑と桃色の花
それは いつも音楽をともなって 舞踊る。
人の子の心はうつろいやすく ゆえに 弱く 壊れやすい。
だが、
そのあやふやな心を 時をかけてかよわせるうちに
互いを友と呼び 強く結びつき いつしか
相互いを 幸せにする。
ああ、ああ
人の子の心とは!
なんとおもしろきものよ。
同じこの空の下で生きる人の子と精霊、
相容れぬそのあり方ゆえ 常に対峙するもの。
なれど、
我は、この情の顛末を
彼らの子々孫々まで 共にこの時空に暮らすものたちに、
永遠に 継がれるよう この賛歌を献じ
永遠に 語ろう
楽器を奏で 朗々と歌おう
その美しい思い出を!
白い手は最後の和音を余韻たっぷりに弾きおわると、立ち上がってお辞儀をした。みな歓声を上げて いつまでも 賛美の拍手をおくった。
熱波の時はすぎ、星の瞬く時刻 一行はシェルタを出立し、オアシス都市トロイ・エシュカに向けて、歩き出した。
夜風は、やさしく 背中を押してくれる。それを感じて、かの若い商人は微笑んだ。
遠くで大鷲の声がしたようだった。
第二歌 <了>