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25.助けの手はそこに ※

「……これほどのものが、この地に……」


 ルーティに連れられてやってきた村長の家、その奥にあったものを見て、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 村長が次々と取り出してきた大きな木箱の数々、そこに詰め込まれている真珠やサンゴ、それに美しい貝細工。


 どれもこれも、最高級のものだった。浪費に明け暮れる両親を幼い頃から見てきた私には分かる。これらの品は、それこそ王宮に献上することだってできる。


 きっとこの村の者たちは、長年にわたり真珠やサンゴ、貝を集め、特に質のいいものを選りすぐってきたのだろう。


「もっと質の落ちるものでよければ、まだまだあるぞ。どうにも、捨てがたくてのう」


 村長はそんなことを言って、棚の下のほうから大きな袋を取り出した。中身を改めて、言葉に詰まる。


「……いや、これでも十分すぎるくらいに質がいいんだが……」


 袋の中身は、予想通り真珠だった。まるで小麦か何かのように、無造作に袋に詰められている。さすがに木箱に収められたものよりは低品質だが、それでも貴族の装飾品として十分に使える。


「ほう? ならばその袋、持って帰ってくれんかの? 見ての通り、同じものがもう何袋もあって、正直困っておっての」


「ならば、村の者に配れば……」


「村の娘たちも、もう真珠やサンゴは十分に持っておるよ。それにあまり華美にしては、妙なやからに目を付けられかねんでな。装いはほどほどに。それが、この村のおきてじゃ」


 その言葉に、今までに見かけた村の者たちの姿を思い出してみる。娘たちの髪飾りや首飾りにそれらしき飾りがついていたが、確かに華美ではなかった。


 これだけの財宝が村にあることを知られたら、それこそ賊に狙われかねない。ほんの少し前まで、ここはどの貴族にも守られていない『どこでもない地』だった。だから、財宝を隠しておくのは当然のことだろう。


「そういう訳でな、これはあまりものなんじゃ。……かといって、捨てるのももったいないし」


 とんでもないことを言っている。この村は、海の恵みのもとに成り立っている。そのことは、十分に実感している。だからといって、真珠の置き場所に困るとは……捨てることを検討するほどだとは……。


「それでは、ひとまず一袋、いただいてもいいだろうか……」


「もちろんじゃ。木箱のほうはともかく、袋のほうでよければいつでも譲るからの。遠慮せずに来てくれ」


 そうして私は、真珠がみっちりと詰まった大袋を両手でしっかりと抱きしめ、家に戻ったのだった。きょとんとした顔のルーティと一緒に。




「あの、これは……どれくらいの価値なのでしょう? わたし、そういったことにはくわしくなくて……」


 家に帰り、大袋を慎重に机の上に置いたところで、ルーティが困惑しきった声を出す。


「……場所にもよるが、屋敷を一つ買えるくらいだろうな。真珠は、特に王都周辺では重宝されるんだ」


 ルーティはマセッティ伯爵家の娘だが、小さな頃から虐げられ、一人で過ごしていた。だから、宝石についてはほとんど知らないも同然のようだった。


「これだけあれば、トリエステはマセッティから受けた援助と同じだけ、いや、それ以上の金を返すことができる」


 それを聞いて、ルーティがはっきりと安堵の色を顔に浮かべた。そんな彼女の手を取り、静かに語る。


「ここはずっと、手に入れるだけの価値がない土地だと思われていた。だから『どこでもない地』とされていた」


 私も、ここに初めて来た時はこう思った。ここの海はとても美しいが、それ以外には何のとりえもない場所だな、と。


「だがここの民たちは、こんなにもとんでもない富を、ひそかに受け継いでいた」


 あの海神の人形、無造作に宝が詰め込まれた木箱。こんなひなびた村にはまるで釣り合わない豪華さに、立ちくらみがした。


「……おそらく、私が通常の手続きのみを経てこの地を手に入れたのであれば、彼らはあの宝物の存在を明かしはしなかっただろう」


 村長はあまりにも気軽に、それらを見せてくれた。そのことにも驚いたのだが、そちらの理由については見当がついていた。


「もし私が何かの拍子にあの宝物の存在を知り、こちらによこせと命じたなら……きっと彼らは、あの宝物を迷いなく海に返していただろうな」


 彼らがあれを見せるのは、信頼の置ける村の仲間だけだ。そして私がその仲間の一人となれたのは、全てルーティのおかげだ。


「君が先にここに来て、村の者たちと友好的な関係を築いていたから……私もすんなりとここに溶け込むことができた。だからこうやって、こんな秘密を教えてもらえたんだ」


 彼女の両手をぎゅっとにぎって、心からの感謝を言葉にする。


「ありがとう、ルーティ。君のおかげで、トリエステは救われる」


「いえ……力になれて、よかったです。これで、心残りが一つ消えました」


 そう言って微笑むルーティは、ひどく切なげで、儚げだった。まるで、今にも消えてしまいそうなくらいに。


 だから私は、彼女を力いっぱい抱きしめた。抱きしめることしか、できなかった。




 すぐさま私は従弟に連絡を取り、信頼の置ける者をよこしてもらった。必要であれば、同じものをさらに用意できる旨を添え、彼に真珠の袋をたくす。


 しばらくして、従弟から返事が来た。


 従弟はあの真珠を金に換え、それをそっくりそのままマセッティに送りつけた。もう二度とトリエステに関わらないでくださいと、そんな抗議の手紙も添えて。


 これで表立って、騒ぎ立てるようなことはないでしょう。本当に助かりました。従弟からの手紙には、そうつづられていた。


「シルヴィオ様、トリエステは……どうなりましたか?」


「順調だ。……ただ一つ、面白い知らせもあったな」


 従弟からの手紙には、ちょっとした騒ぎについても記されていた。


 トリエステ家が正面きって絶交を叩きつけたことをきっかけに、今度はマセッティ伯爵についての噂が立ったらしい。


 他家の年若い当主、その弱みにつけこんで好き勝手したあげく、相手をひどく怒らせた。マセッティ伯爵は金で何でもできると思っている、下劣な人物だ。そんな感じの噂だった。


 そしてその娘アデリーナも、今までの行いのつけを払うはめになっていた。


 マセッティの街に流れる『ベルティーナの乱行』の噂、あれらは全て、アデリーナのことなのだという噂が新たに流れたのだ。彼女が姉の名前を勝手に使って、やりたい放題していたのだと。


 こちらの噂を流したのは、クレオだった。それと、アデリーナのわがままで解雇され、マセッティの街で細々と暮らしていた元使用人たちも。


 そのきっかけは、ブリジッタがクレオに連絡を取って、ルーティの現状についてありのままを伝えたことだった。そしてそれを聞いたクレオは、せめてルーティの名誉だけでも守りたいと、動くことを決めたのだ。


 マセッティ伯爵は激怒して、噂を流した者たちを全員街から追い出した。しかしクレオたちはあわてず騒がず、その足でトリエステの街に移り住んだ。これについても、ブリジッタが手助けしていたらしい。


 ただそうやってクレオたちが移住したことに伴い、今度はマセッティ親子の噂がトリエステの街にまで広がってしまった。


 そこからはもう、勝手にどんどん噂は広まっていくばかりだった。従弟によると、もう王都にまで広まっているのだとか。みんな、他人の噂話は大好きなようだ。


「……そういった訳で、君を虐げてきた家族は、それなりに痛い目を見た。君の孤独な日々を思えば、まだまだ甘いのかもしれないが……」


「いいんです。仕返しなんて、望んでいませんから」


 私の報告を聞いて、彼女は心底ほっとしたように微笑んでいる。


「あなたの従弟さん、そしてトリエステの人々……そして何よりも、シルヴィオ様。わたしの大切なものが守られた、それが嬉しくて」


 彼女の微笑みに、つい見とれてしまう。この美しい心に、何か報いたい。そう思った時、あることを思い出した。


「そうだ、少し待っていてくれ」


 自分が使っている部屋に駆け込み、小さな布包みを手に戻ってくる。


「その、私が作ったんだ。もらってくれると嬉しい」


 ルーティは布包みを受け取ると、慎重に開いて中を見た。そうして、目を見張る。


 そこにあるのは、素朴なペンダントだった。手のひらにすっぽり収まるくらいの楕円形の板は虹色に輝いていて、その表面には海の波のような模様が刻まれていた。板の端のほうに空いた小さな穴には、細い革紐が通されている。


 ルーティから前にもらった大きな巻貝、それを村の男たちに教わりながら、必死で磨き続けた。ごつごつとした表面が削れ、下から虹色に輝く層が顔を見せた時は、大いに心が弾んだものだ。


 それからも懸命に磨き続け、さらに模様を彫り込み、どうにかこうにかこれを作り上げたのだ。ルーティに見られないよう作業を続けるのは、結構骨が折れた。


 ただ、そうやって作り終えたはいいものの、どうにも照れくさくて、渡す機会を見つけられずにいたのだった。


「とっても素敵です……装飾品をもらうのは、初めてです……」


 涙ぐみながら、ルーティはペンダントを見つめている。それからそろそろと、首にかけていた。


「よく似合っている。頑張ったかいがあった」


「ありがとうございます……大切にしますね」


 ……これが、最後の贈り物になるのかもしれない。胸をよぎったそんな考えを、思いっきり踏みつぶした。

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