【バンダナコミック原作大賞応募用】英雄殺し
夜空に浮かぶのは、満ち切った月。
地上広がるのは何万ものススキの金色の海原。
「何が英雄よ!このひと殺し」
「覚悟しなさい!」
「殺してやる!」
三人の娘の声がススキ野原に響く。
そうして、体長五メートルほどの機械が動き出した。
頭は風船のように丸く、三つの丸い窓が左右、真ん中についており、それぞれから操縦席が確認できる。中心の操縦席の下にはタコの口のように大砲が備え付けられていて、二メートルほどの八本の足が不気味に動いていた。
足を進めるたびにススキを踏みつぶしていたが、速度を増すと今度はススキが刈られ、幾数もの穂が宙を舞った。
「やっと、この時が迎えることができた」
静かな声で宿命の敵、立山が答える。かれの乗る機体は娘達と同じタコ型ロボット。
違うのは操縦席がひとつという部分で、彼は機体を操り、向かってくる娘達と相対した。
☆
残酷な運命の日も満月。
四葉は百合、茉莉花と一緒に孤児院の庭でススキを引き抜いて、遊んでいた。
その時、孤児院は突然現れたロボットによってつぶされた。
ゆっくりと起き上がったロボットはとても不恰好。風船のような顔に、胴体がなくて、その下に八本の足が付いていた。頭部なのか、胴体なのか、中心についている大砲はまるで口のようだった。
木造の潰された家からは誰の声も聞こえず、おびただしい血の海。
呆然としている三人の背後から別のロボットが飛び出してくる。
それも先程と同じ型。二機のタコの形をしたロボットは彼女達ににかまわず、戦いを続ける。
四葉達の孤児院は、潰された上に、大砲で撃ち抜かれた。ロボットの火器はけたたましく音を立て、ススキ野原をめちゃくちゃになった。彼女達の立っている場所だけが奇跡的に無事だった。
その日、宇宙からきたロボットは、英雄―立山イサムによって撃破。彼はやってきた二体のロボットのうち一体を奪い取り、侵略者を打ち負かした。
被害はススキ野原にひっそり存在していた四葉達の孤児院だけ。しかし世間には何も知らせず、被害はゼロと報道された。
彼女らの友達――仲間が五人、院長先生と奥さんの二人が、七人も死んだのに、被害がなくてよかったねと世間は、英雄を讃えた。
生き残った三人はその存在を隠蔽された。
命を奪われることはなく、引越しを余儀なくされ、ある家に引き取られた。
黒い服の男らはロボットーー英雄によって、仲間と先生が殺されたことを他言しないように約束させた。
約束を破ったら、わかっているね、と冷たく言われ、四葉らは頷くしかなかった。
新しい家は、三階建てで、一人一つの部屋が与えらえた。
養い人は、女の人。
メガネをかけた、背の高い人だった。
――あなたたち、「英雄」に復讐したい?
誰も触れなかったことに、その人は触れ、四葉らの願いを口にした。
「もちろん」
他言は無用だったが三人はそう答えた。
「八年待って。あなたたちが無事十六歳になった時に復讐を遂げさせてあげるから。だから、ちゃんと学校いって、勉強もしてね。私にはあなたたちの保護者としての責任があるから」
保護者の女性はそう言った。
復讐を支援するなどおかしい。しかし四葉らは当時八歳。
そんな矛盾にも気付かず、ただみんなを殺した英雄に復讐が出来ると暗い喜びを噛み締めていた。
☆
保護者の名は新喜多ユウ。
年齢は不詳。恐ら三十代。
「四葉!誕生日、おめでとう!」
八月三日は四葉の誕生日だ。
捨て子なので実際は不明。院長が彼女を拾った日が八月三日で、院長先生が誕生日に設定した。百合と茉莉花も同じで、孤児院に拾われた日が誕生日になっている。
四葉の好物のストロベリーショートケーキは保護者ユウの手作り。
ユウの容姿は背が高くて黒髪に長髪、メガネをかけた知的美人だ。
「これ、誕生日プレゼント。開けてみて」
ユウは、四葉に長方形の箱を渡す。開けてみてと言われたので、四葉は中の箱を開ける。
「眼鏡?」
「そう。あなたが欲しがっていたよね?眼がいいから度は入っていないから」
「ありがとうございます!」
「四葉、またこれでユウさんとお揃いとか思っている?ちょっと気持ち悪い〜」
「百合!ちょっと失礼すぎ!そんなこと思っていないから!」
「どうかしら?図星でしょ。眼鏡っ子って案外需要高いのよね。私もやりたいわ、ユウさん」
「茉莉花!あんたには必要ないでしょ?それ以上もててどうするの?」
四葉は悪態をつく二人に返すと、眼鏡をかける。透明な青色の眼鏡で、ユウの黒縁眼鏡にあこがれていた四葉は少しだけがっかりする。
「よく似合っている。明るい色を選んでよかった。私の黒縁じゃ、あなたの白い肌には重すぎると思ったから」
「そんなことないですよ。ユウさん」
「ふふふ。四葉は、ユウさんと色も同じにしたかったんだよねー」
「そうなの?」
「えっと、あの」
四葉はユウを尊敬していて百合にそう言われ動揺する。
「ユウさん。四葉の魔の手に気をつけたほうがいいわ」
「茉莉花!ちょっとそんな変なこと言わないで」
四葉は百合に怒りながら、ユウの様子を確認するが、笑っているだけ安堵した。
このような穏やかな生活を四葉は楽しんでいるが、学校で「英雄」の話を聞くと、「英雄」に殺された友達や先生のことを思い出して、みんなに実際にあったことを話したくなる。しかし黒服には止められているし、話せば危険なのをわかっているので、三人は気持ちを堪えている。
当時生きる気力をなくした三人を生かしたのは、ユウの言葉。
――あなたたち、「英雄」に復讐したい?
これは四葉たちの生きる糧になっている。
あれから数年たち、四葉たちは笑えるようになった。学校でも友達ができるほど。
しかし、毎月、満月の夜にはあの情景を夢に見る。
それは四葉だけじゃなくて、ほかの二人も一緒で、この痛み、辛さを忘れないように、毎月彼女たちは話し合った。
ある時、意を決して、ユウに復讐のことを尋ねると、もう少し待ってと答えられた。
十五歳の誕生日が来て、四葉がユウに眼鏡のプレゼントをもらった夜。
ユウは、時が来たと四葉たちを地下に導く。
四葉たちはこの家に住んで七年たつのに地下室の存在を知らなかった。
敷地内の倉庫の奥の隠れ扉を開けると、エレベーターがあって、下に降りる。
地下室には、あの時のロボットがあった。
「これは、七年前のロボットを改良したもの。あなたたちの復讐の道具よ」
「は?」
茉莉花はユウを睨みつけた。
四葉は動揺し、あの情景をフラッシュバックして、倒れ込む。
「四葉!」
ユウの呼ぶ声がして、四葉は彼女に抱きとめられた。
☆
四葉が目覚めると、ユウの心配そうな顔が見える。
「大丈夫?」
「はい」
四葉は地下室で見たロボットを夢かと思ったが、現実のことだった。
そして英雄に復讐するために、ユウは三人にロボットの操縦の仕方を教える。
ロボットは三人のために改造されており、三つの操縦席があった。
左が百合、右が茉莉花、そして真ん中は四葉が担当した。
一年後、タコ型ロボットを乗りこなせるようになった。ユウは、「英雄」への復讐の時を教える。
場所は、ススキ野原のあの悲劇の場所。満月の夜に、「英雄」立山と対決することになった。
「あなたたちは本当に頑張った。その実力を発揮したら絶対に勝てるから自信を持つのよ」
ユウは、操縦席から降りた四葉たちを感慨深そうに眺めていた。泣きそうに。
「十六歳になれば、大人として世間は見てくれる。だから、私は安心して、あなたたちと別れられる」
「ユウさん?それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。私は保護者の任を解かれるの」
「それは、私たちの復讐の手伝いをしたから?」
「いいえ、それはない。時期がきたのよ」
しつこく聞く四葉たちにユウさんはそう答え、微笑む。
数日後、ユウは「これまでありがとう」と一言書いた紙を残して、その姿を消した。
ユウは三人に家事を教えており、生活費は定期的に黒服から渡されるため、生活に困ることはなかった。
☆
四葉たちは家から近くの公立の高校に通っている。
「見てみて!英雄の特集よ!」
英雄――立山イサムは、線が細くてアイドルみたいな顔をしてる。それもあって彼は世間からもてはやされた。しかし彼の動画が公開されたことはない。
当時彼の写真はネットに出回り、アイドルみたいな扱いだった。
あれから八年、宇宙人の侵略はなく彼のことは忘れられたはずなのに、八年後の今特集が組まれた。
四葉は複雑な思いなのだけど、クラスメートは気が付かない。
彼女は気分が悪くなり、早退。
他の二人も同じく、早退。
三人は英雄を許せない。
きれいな顔をした彼が何をしたのか知っているから。
☆
「眠れないの?」
ベランダから少しだけ形が歪な月を仰ぐ。
満月――復讐を遂げる夜まであと二日だった。
声をかけてきたのは茉莉花。
三人の中で、一番大人っぽいのが彼女。服装はシャツとズボンという男女兼用でもいけそうなパジャマを着ている私に対して、襟部分が丸くて裾にレースがついている、膝上までの丈のネグリジェに、ぴたりと脚にフィットしたパンツをはいている。
髪をかきあげながら、彼女は四葉の隣に立った。
「ユウさんが私たちの元を去ったのにはわけがあると思うの。私たちは捨てられたわけじゃないのよ。四葉」
「そんなのどうでもいい」
「四葉はいつも強がってばかりだわ。怒った?でも本当のことでしょ。ユウさんがいないのが心細い。だけどそれを認めたくないだけでしょ?」
「そんなことない!」
「嘘ばっか。素直じゃないんだから」
「うるさい〜。何しているの?」
茉莉花に言い返そうとしたが、声が聞こえて四葉の注意はそちらに向く。
眠そうな百合が部屋から出てきていた。
「百合。四葉が素直じゃなくて困ってるの。ユウさんがいなくて一番さびしがってるくせに」
「四葉?やっぱり?やっぱりそうじゃないかと思ってたの。一緒に寝ようよ」
「必要ないから!」
四葉は百合に意味深に問われ、茉莉花はにやにやと笑っている。
四葉は二人から逃げるように部屋に戻った。
☆
対決の日。
黒服の男がロボットを決闘の場所へ運んでくれる。
八年ぶりに訪れたススキ野原。
そこは軍事施設のように壁が周りを囲んでいた。
壁の中は以前と変わりがない。
ススキが一面に広がり、あの頃の記憶が呼び起こされる。
車から降りた四葉は走り出し、あの二人の続く。
そんな三人にまぶしい照明が当てらえる。
照明を当てたのは、あのタコ型ロボットだった。
「無駄だよ。君たちの家はここにはない」
初めて聞いた立山の声はくぐもっていて聞きずらい。
「そうよね。家はあなたに潰されたもの。もうあるわけないわ」
衝撃で言葉を発せない四葉の代わりに、口を開いたのは茉莉花。
「余裕ぶっこいて。待っていて。すぐ殺してやるから!」
その隣で、百合が息巻く。
完全にお膳立てされた復讐劇に四葉が疑問を持つ。
データととるためとか、彼女たちを処分するためだとか。
しかし決意する。
「茉莉花、百合!絶対に立山を倒そう!そして、どこかに逃げよう」
そう言いながら四葉は立山を殺した後のことを考える。自分たちはそれでも処分されるのではないかと。
「四葉。もしかして余計なことを考えてる?まずは、あいつを殺すことを考えましょう。後のことはそれから考えればいいのだから」
茉莉花が鬱陶しそうに髪をかきあげ、四葉に笑いかける。
「そうよ。四葉!余分なことは考えないの。じゃないと返り討ちに合うわ!」
両手に拳を握り締め、訴えるのは百合だ。
「……そうだね。そう。まずはあいつを殺すことを考えないと」
四葉は、後の事なんて、後で考えればいいと、八年ごしの復讐を遂げることに集中することにした。
「そうよ。だから行きましょう!」
「四葉!」
二人に手を差し出されて四葉は両手を伸ばし、二人の手を掴んだ。
そして愛機へ走る。
ロボットはコンテナから降ろされ、いつでも搭乗できるようになっていた。
リモコンにもなっている腕時計のネジの部分を巻くと、ロボットの頭の部分の真下から正方形の平たい金属が降りてくる。それに四葉たちは乗り、足の踵で板をたたいた。板は重力に逆らって、ゆっくりと上昇して、ロボットの内部に私たちを案内する。
担当の操縦席にそれぞれ腰掛け、専用のゴーグルをつける。
眼鏡の上からかけてもずれない不思議なゴーグルは、四葉の顔半分を覆う。ゴーグルを通して、目の前の窓を見れば機体の状況を説明するように、火器も状態がパーセンテージと共に表示が現れる。
ロボットの火器は三つ。
百合の機関銃、茉莉花の散弾銃、そして四葉の大砲だ。
ビッグキャノンはエネルギー充填までに時間がかかるから、四葉はもっぱら八本の脚の操作を担当している。
他の二人も操縦できるが、一人のほうが効率がいいので、四葉一人でしている。
操縦用のパネルに両手を乗せ、八本の脚が動く様を脳裏に描く。
ゴーグルが四葉の思念か何かを受信して、機体に信号を送る。ゆっくりと脚が動き出した。
「準備はいい?」
「もちろん!」
「いつでもいいわよ!」
掛け声に百合と茉莉花が返してくれて、四葉は機体を前進させた。
「何が英雄よ!このひと殺し」
百合が叫ぶ。
「覚悟しなさい!」
茉莉花が怒声をあげる。
「殺してやる!」
怒りの感情を殺意に昇華させ、立山に向かって、機体を走らせる。
金色に染まったススキが八本の足に刈られ、穂が飛び散る。
唸り声をあげながら、機体は駆けた。
ゴーグルを通して窓を見ると、ビッグキャノンのエネルギーは百%と表示されており、すでに有効射程距離だ。
「まずは私が!茉莉花、機体の維持をお願い!」
「わかったわ!まかせてちょうだい。次は私の番よ」
「茉莉花が撃ったら、私も撃つから!」
四葉と茉莉花のやりとりに百合も加わり、三人は攻撃を開始した。
轟音と共にビッグキャノンが火を吹くが、立山は簡単によける。
「さすが英雄様」
四葉が嫌味をいい、茉莉花が攻撃を始める。
「四葉。次は私の番だから、機体を返すわよ!」
「了解」
「私も同時に攻撃するから。同時だったら避けられないでしょう?」
「それはいい考えね」
「じゃあ二人で連帯攻撃だね。だったら、機体をもう少し近づける!」
「よろしく!」
はもった声で二人に頼まれ、四葉はゴーグル越しに立山を見る。
窓には、ショットガンとバルカン砲の有効射程距離が表示されている。
バルカン砲であればすでに有効射程距離だったが、ショットガンは五十メートルまで近づく必要がある。
「あと少しね」
そう思った時、立山からバルカン砲による攻撃が始まった。
「くっつ!」
「四葉!」
動きの操縦を担当しているのは四葉。ぎりぎりでどうにか起き上がるが、バランスを崩し倒れる。立山を探し、再び立ち上がり、機体を前進させる。
「的は、的でも動く的か」
「そうよ。四葉。攻撃は私たちにまかせて、機体制御に集中して。百合、射程距離五十メートルに入ったら一気にいくわよ!」
「了解!」
四葉はパネルに置いた手の平をいっぱいに広げ、ゴーグルを通して、ロボットに動きを伝える。
「有効距離まで後三メートル!」
「きた!掴まって!」
立山のビッグキャノンが火を吹き、四葉は右に機体を動かす。
動きが少し遅れ、左側を少しだけかすった。
「百合!大丈夫?」
「だ、大丈夫。怖かったけど」
「ごめん。次はしっかり」
「四葉、謝るより次の攻撃を見て。あなたが私たちの命を握っているのよ!」
茉莉花の言葉に四葉は気合を入れなおす。
「うん!分かってる。まかせておいて」
四葉は再び立山を見て、位置を確認。まだ同じ場所にいる。
エネルギーを放出するビッグキャノンと違って、バルカン砲は実際に弾丸を発する。けれども、先ほどの攻撃ではまだ余剰の弾はたくさん残ってるはずだ。ショットガンもいつ撃たれるかわからない。
ビッグキャノンはエネルギー補填に七分かかるから、しばらくは攻撃に使えない。
四葉は立山のショットガンとバルカン砲に気をつけながら、奴との間を詰めようとした。
「いくわ!」
「当たれ!」
百合と茉莉花の声が同時に発せられ、けたたましい音が始まる。
「上?」
立山は上空高く跳び、二人の攻撃から身をかわした。
「甘いわね。空に逃げ場はないわ!」
「うまく逃げたつもりだろうけど」
タコ型ロボットに飛行能力はない。
自由に動けないはずなので、いい的だ。
百合と茉莉花の火器から弾丸が放たれる。
「まさか!」
同時に立山も攻撃をした。
立山は稀代の英雄だ。
誰も見たことがないロボットを奪って、それを乗りこなした上で、倒した。
四葉はすぐに機体を移動させた。
激しい音がして、煙幕が辺りを支配する。
嫌な予感がして、反射的に後退した。
すると、立山の機体の影が前方に見えた。
全くの無事ではなかったが、大きなダメージは見られない。
ビッグキャノンの状況を見ると、まだ充填が終わっていない。
「このぉ!」
「しぶとい!」
百合と茉莉花が再び弾丸を放つ。だが、先ほどを同じようにカウンターアタックを掛け、弾丸を相打ちさせた上、機体を寄せてきた。
「くうう!」
ビッグキャノンが撃てれば!
「まだまだ!」
「くらえ!」
避けれるはずがない。
「まったく」
ふいに両機の足の先端が接触したのか、立山の肉声が機内に届いた。
その声は、ぞっとするほど知っている声に似ていて、四葉の背中が凍りつく。
「四葉!」
再び互いの銃器の弾がかちあい、激しい衝撃を受けた。
受身を取るのを忘れた四葉は、そのまま機体を無残に地面に転がすことになる。
「何やってるのよ!」
「どうしたの?」
二人は彼の肉声とユウの類似点に気づいていない。
「百合、茉莉花……」
「四葉?どうしたの?」
「どこか打った?」
――立山の声がユウさんに似ている。
そう言おうとしたが、四葉は言葉を呑み込んだ。
「違う、違う!」
「四葉?何があったの?」
「違うって?」
四葉を心配する二人。
しかし何も言わない。
「な、なんでもないから」
「なんでもないって?」
「私が操縦を代わるわ。あなたはそこで見物してなさい。ショットガンとバルカン砲だけで、立山なんてやっつけちゃうから」
――立山は、仲間を、院長先生を殺した。
――ユウさんは私たちを捨てた。そして、復讐のことを伝え、政府に売り渡した。
――そうだ。敵だ。敵だ。
四葉に迷いはもうなかった。
「ごめん。もう大丈夫だから。ビッグキャノンを撃つ。茉莉花、操縦お願い。きっと打ち返してくるから、覚悟していて」
「……ええ」
「うん。わかった」
茉莉花は迷いがちに、百合はしっかり返事をしてくれて、四葉はビッグキャノンのパネルに手を置く。
弾道予測にズレが生じないように、しっかりキャノンの口を立山にロックオンした。
「当たれ!!!」
ビッグキャノンの砲身先からエネルギー弾が伸びていく。
「当たった!」
三人は同時に声を上げた。
立山は打ち返さなかった。
まともにくらって、頭の部分が大破している。
操縦席が丸見えになり、そこに人の姿が見えた。
「四葉?!」
四葉は茉莉花に預けていた操縦を返してもらい、立山に向かって機体を走らせた。
立山の機体は完全に沈黙していた。
至近距離まで近づき、三人は窓越しに立山の姿を確認する。
「……まって、嘘……」
百合がかすれた声を出す。
「嘘、嘘よ!」
叫んだのは茉莉花だった。
ゴーグルが破損して、血が顔を汚していた。だけどその顔が変わるわけもなく……。
操縦席で血を流しぐったりとしているのは紛れもなく、ユウその人だった。
「四葉、どうしてそんなに冷静なの?」
「もしかして!あの時動揺していたのは、このことを知ったから?立山がユウさんだってことを!」
二人の責め立てるような声が機内に響く。
「そうだよ。だけど、一緒でしょ。立山は私たちの仲間を殺した。そしてユウさんは私たちを捨てた上、政府に売った」
「違う、一緒じゃない!」
百合が先に反発した。
「だったら、どうなの?ユウさんだから許すの?この人、八年も私たちを騙してたんだよ?」
「たとえユウさんが立山だったとしても許されることではないわ。だけど、何も聞かないまま殺すのは間違っているでしょう。四葉」
四葉の言葉に黙りこくった百合に代わって、口を開いたのは茉莉花だった。
「聞いてどうするの?それは意味があることなの?」
「意味って、聞かなきゃそれも判断できないでしょ?」
茉莉花を援護するように百合が付け加える。
「君たち、本当におめでたいね。僕はユウとして君たちを騙してきた。この日のためにね。うるさいんだよ。まったく」
「ゆ、立山!」
動けないはずの立山は顔を上げ、おそらく見えていないだろうけど、三人の機体に目を向けていた。
「もう終わりにしようか。随分やられてしまったね」
立山の肉声は、ユウさんと同じ。
だけど冷たい響きを伴っていた。
「バイバイ」
彼の別れの言葉と同時に衝撃が体を襲う。
それは四葉だけじゃなく、二人も同じ。
使ったことがない脱出ボタンが機能して、三人が機体から出される。そして機体は立山の機体に巻き込まれて爆発する。
☆
立山はベッドの上で眠ったまま。
立山はユウで、三人の逃走についても考えていた。
八年前、立山は三人を引き取った時から、この復讐劇を考えていた。
政府の記録では、立山も三人も死亡となっている。
三人には新しい名前が与えられた。
三人は軽傷だったが、立山は眠ったまま。
本人の希望は「死」だった。
彼は生命維持装置をつけて、彼は眠り続けている。
「イサムをまだ殺したいか?」
立山の友人の問いに三人は答えられない。
「殺すのは簡単だ。このスイッチを切れば、彼は死ぬ。殺したくなったらそうすればいい。彼は死ぬことを望んでいた」
その人は部屋からいなくなり、立山には専属の看護婦が付き、彼の命を継続させている。
「私が殺したいと言ったら、邪魔はしないの?」
四葉がある日その看護婦に聞く。
すると、それがあなたの意思であればと短く答えた。
新しい名前は四葉はクローバー、茉莉花はジャスミン、百合はリリィ。
立山が考えた新しい名前はひねりがない。
四葉はユウを許せず、クローバーという名前が嫌い。
他の二人は立山を許している。
数週間後、四葉は立山を殺そうとする。
しかし殺せない。
そして立山は目覚める。
「私は、今度こそあなたを殺す」
スイッチに手を掛ける。
「よ、四葉?」
くぐもった声で呼ばれて顔を上げると、立山が、ユウが目を開いて四葉を見ている。
スイッチに手を掛けた四葉の指先が震える。
「……い、いよ。殺して」
彼はゆるりと笑う。
「な、なんで!笑うの?私はあなたを殺そうとしてるんだよ!」
四葉の叫びに彼は何も答えなかった。
「なんで、なんで!」
頭にきて、四葉は寝たままの彼に掴み掛かる。
「ごめん。何度謝ってもゆるされない。だから」
「だからって!起きたからには簡単に殺さない!二人にも知らせないといけないし!」
四葉は泣きながら、それでも百合と茉莉花のもとへ彼が目覚めたことを知らせるために走った。
「四葉」
元気になった立山は、四葉をそう呼ぶ。
彼女は複雑な心境。
しかし四人は静かにそれからも暮らす。
(完)