ロイを助けるために
泣いて泣いて・・・声を上げて泣くことしか出来ない無力な私・・・。
どうしてなの?ジュリア。
あなたならわかるでしょ?お金が無いとロイの薬を買えないのよ。今エリザベートになっているのは、あなたなんでしょう?なぜ顔さえも見せてくれなかったの?どうして助けてくれなかったの?
ジュリアへの失望と恨みめいた気持ちが涙と共に溢れ出る。
疲れ果てる程泣いた時「ジュリア!」と母が飛び出すように現れ、地面にうずくまる私を抱き上げた。
「ごめんよ、ジュリア」
私はしゃくりあげる息を整える事ができなかったが途切れ途切れに訴える。
「お願い・・・ヒック、私をヒック・・私を人買に売って。お願いだから、ロイを助けて」
そう訴えて手の甲で涙を拭う。
「ジュリア!母ちゃんが悪かった!あたしは何てロクデナシなんだろ!あいつよりももっともっとロクデナシなんだ!チラッとでもあいつの言葉に惑わされちまった。ゆるしておくれ。母ちゃんをゆるしておくれ。お前を離すもんか。腹を痛めてなくたって、お前はあたしの子供なんだ!」
私の顔の上に母の涙がポロポロと降ってくる。
なんて・・・温かいのかしら。
母の瞳から落ちる涙は温かくって、私はそっと手を伸ばして母の頬に触れた。
「いいの。私を売ったお金でロイを助けて」
「ああ、あたしがお前にそんな言葉を言わしちまったんだ。ゆるしておくれ。ゆるしておくれ」
むせび泣く母にこれ以上訴えることは出来なかった。
それならどうしたらいいんだろう。
ロイの薬のために私がお金を稼ぐことができたなら・・・
泣いている場合じゃないのよ。
いくら泣いても、馬車から顔も見せてくれなかったジュリアをいくら恨んでも、ロイを救えないのだから。
自分を売るのではなく、何とかお金を稼ぐにはどうしたらいいのか考えなければ!
私に出きること・・・刺繍は得意だわ。
綺麗な布と刺繍糸、それから刺繍針と、刺繍枠、糸切り鋏があれば簡単よ!ヒメタカラを磨くよりもお金を稼げるのではないかしら?
あぁ、だめよ・・・一瞬上向いた気持ちが沈む。
それらを用意するお金が無いのだわ。
元手がなくてもお金になるものを考えなきゃ。
グルグルといくら考えてもアイデアが何も出てこない。
私は前の世界でお金を稼ごうと思ったこと等無かったのだわ。
お金で困ること等無かったから。
この世界でも私は流されるだけで自ら動こうとはしなかった。
ロイにただ守られている自分に満足してしまっていたから。
それなのにこんなにもお金を熱望するようになるなんて・・・。
嘆いている時間は無いの。何とか考え出さなければロイが死んでしまう。
元手もなく、何も材料が無くても私が出きること・・・。
そんなものあるのかしら。
でも考えなければ。
頭が痛くなる程考えて・・・あっ!!
私は不意に思いつく。
そうよ!私には魔力があるじゃない。
体の中に意識を集中すれば魔力の流れを確認できた。
私の炎の魔力で、お金を稼げないかしら。
私の魔力を使えば一瞬でお湯を沸かせるわ。
薪も何もいらないもの。
下町では贅沢だと入れないお風呂も、私ならすぐに用意できるはず!
それとも炭を作るべきかしら?
海岸に落ちている流木を拾って一気に高温でもやしたら・・・
でも。そんな炭なんかでロイの薬を買えるかしら。
けれど瞬時にいくらでも作ることが出来るのだもの。
安くても大量に売れば、それなりにお金ができるのではないかしら?
あぁ、それよりももっと良いことがあるかもしれない。私にはこれ以上は何も浮かばないけれど。
ダメよ。
こんな風に頭で考えている時間がもったいないわ。すぐに行動にうつさないと!
そうだ!まず小さな火を指先に灯らせて母に見せてみよう。これで何かできることはないかと相談しようと決めた。
できるだけ小さな火で、驚かせないように。
体の中の魔力は巡る。小さな炎よ現れなさい。
けれども私の呼び掛けに炎は現れることがなかった。
「・・・どうして?」
魔力は巡っている筈なのに指先から火花さえも出ては来ない。
「お、下ろして」
私は足をバタつかせ母の腕から地面へ降りる。
小さい頃はとにかく魔力の暴走を押さえるのに必死だった。
年齢的に調整の必要な小さな火を起こすことが、まだうまくできないのかもしれない。
大きな火なら。それなら起こせるはずよ。
ここではなく。そう海岸へ行って海へ向かって思い切り火を放ってみよう!
「ジュリア!どこへ行くんだい!お待ち!」
私は夢中で海岸まで走った。
「ジュリア!」
母の声も無視して、前方の海に向かって思いきり魔力を叩きつける。
「うそ・・・」
私はへなへなと砂浜に座り込んでしまう。
私の目の前に広がるのは打ち寄せる波だけ。
炎は少しも出なかった。
どうしてなの?魔力の流れは感じられるのに少しの火の気もたたないなんて・・・。
「ジュリア!」
母に肩を捕まれ私はノロノロと振り返った。
「せっかくロイを救えると思ったのに・・・」
絶望に立ち尽くすしかできない私に母の体が突然のし掛かってきた。
「え?キャッ!」
私は母を支えきれず砂浜に倒れ込んだ。
「ジュ、ジュリア・・・」
私に覆い被さる母の体は小刻みに震えていた。
「ど、どうしたの?」
私は母の身体の下からもがくように出て、倒れて動かない母の肩を揺さぶった。
「ねぇ?!どうしたの?しっかりして!」
母の顔は驚く程青白く、喘ぐように息を吐いていた。
あぁ、嘘よね?
死んでしまったりしないわよね?
ジュリアは天涯孤独だった。
嘘よね?
嫌よ!こんなの!
目の前が暗くなる。体が熱くなり魔力が身体をグルグルと駆け巡る。
暴走する魔力を抑えられない!
私は母を助けたいのに!
放出する魔力に目の裏が白くチカチカする。
暴走する魔力を放出してしまった私は慌てて目を開いた。
目の前には呆然と私を見つめる母がいた。
「どうしたことなの?急に体が楽になったわ」
母は倒れていたことなど忘れたかのように軽々と立ち上がった。
「あぁ、こんなに体調がいいのはいつぶりだろう」
母の頬は赤味がさし、いつもよりハツラツとしているように見えた。
私は呆然と両手を見つめる。
放出した魔力は赤ではなく、白かった。
私はバッと服の下を覗き込んだ。
爛れるように熱い痛みを発していたムチで打たれた痛みどころか傷痕さえも残っていない・・・。
そうだわ!ジュリアは聖女だった!この体の魔力は火を出さないはずだわ!
癒しの魔力なのよ!
「助けられる!私は助けられるんだわ!」
「ジュ、ジュリア?」
私は飛ぶように家へと走って戻った。
青白い顔で横たわるロイに魔力の全てを使うつもりで癒しの力を放出する。
お願いよ、ロイの病気を治して!!
ロイを助けて!!!
「・・・ジュリア?」
ロイの深緑の瞳が私を写す。
「あれ?嘘みたいに身体が軽い」
ロイは驚いた顔をしてベッドから軽々と体を起こしたのだった。




