貧しい暮らし
私が思っていたよりもジュリアの暮らしはとても貧しかった。
あの日の夜、母は医者を連れてくることは出来なかった。
「貧乏人は死ねってことなの?せめて薬だけでもくれればいいのに」
泣いてわめいてロイとジュリアに許しを乞う。
「あぁ、本当なら暖かい部屋で柔らかなベットで綺麗な服を着て暮らせたのに。薬代に困ることもなかったのに。栄養のあるものを食べさせてやれたのに。あのロクデナシが金を全部持って行っちまったから!許しておくれ。許しておくれ」
ロクデナシとは誰のことだろう。
泣き崩れる母親にロイはベットの上から「母ちゃん泣かないで。寝ていれば平気だから」と声をしぼり出す。
「・・・ロイは強い子ね。母ちゃん、ご飯を用意するね」
母は泣き笑いしながら立ち上がった。
ご飯、と聞いてお腹がくぅっと鳴る。
恥ずかしさにうつ向く私の手をロイがそっと握りしめてくれた。
出された食事は野菜くずで作られたスープだった。
「母ちゃんは夜の仕事に行ってくるね」
やつれた顔を隠すように足早に家を出る母。
味気無く、具も少ないスープ。
それでも空腹のお腹にはじんわりと沁みる。
「ジュリア。こっちのもお食べ」
ロイに差し出された、ロイの分のスープ。
「それはお兄様の分」
お兄様と呼ばれたロイは驚いたように一瞬目をひらいたけれど「ふふ。姫様、こちらのスープもどうぞ」と渡そうとしてくる。
「ジュリアはお姫様ごっこが大好きだね」
そう笑って。
「それだけじゃ足りないだろ。こっちもお食べ」
私が首を振ると「もう兄ちゃんは、お腹いっぱいなんだ」と渡そうとする。
たったこれっぽっちの量で足りる訳がない。ロイよりも小さい私だって空腹が満たされていないのよ。
「まだお腹がすいてるだろう」
ロイの優しさに胸がいっぱいで再び目頭が熱くなる。
「だめ。お兄様が食べて。元気になって」
私は頑なに首を振った。
「ありがとう。ジュリア。優しい子だね」
私は再び首を振る。
優しいのは私では無いわ。
あなたに、ジュリアと優しく呼ばれる度に心がギュッとなるのよ。
あんなに嫌いだったあの子の名が。
大切な物に聞こえて。
私の心を溶かすの。
優しく指で私の髪を梳かす彼を見つめる。
私の髪は最上級の櫛と最上級のオイルを使いメイドが何度も梳かしていた。
赤く艶めく長い髪は、いつも丁寧に梳かされていた。
けれども、誰がこんな風に優しく髪を梳かしてくれただろう。
誰もしないわ、そんなこと。
皆仕事だから事務的に梳かしていただけ。
ジュリアはこんな風に愛情を込めて髪を梳かされて育ったから、あんなに輝くような金色の髪だったのかしら。
太陽の光を受けて光輝くあの子の髪を。
私はいつも眩しく思っていた。
「ジュリア?どうして泣くの?」
だって、知らなかったの。
こんな優しさ。
「ジュリア、かわいい子。泣き虫さん」
ギュッと抱き締められて、余計に涙が止まらなくなる。
幸せすぎて涙が出ることがあるなんて。
ロイの声が優しくて。
「ジュリア」
あぁ、私はジュリアになる。
あなたに名前を呼ばれて。
私はジュリアになっていくの。
もっと、もっと名前を呼んで。
お願いだから私のそばにいて。
あなたが私をジュリアに変えるから。
私、あなたのジュリアになるから。
あなたの大事な妹、ジュリアになるから。




