スーツの男
「……失礼、もしかして、神崎誠さんですか?」
喫茶店ラプラスの前に着くと黒いスーツの初老の男が話しかけてきた。
「はい、そうっすけど」
「やはりそうでしたか。先ほどはお電話いただきありがとうございました。私が田中です」
「あ、電話の田中さん。こちらこそどうも。よろしくお願いします」
声の感じからして、この黒いスーツの男はさっき電話で話した田中という採用担当者で間違いなさそうだ。
……それにしてもコイツじろじろ見てくるな。
「すみません。まじまじと見てしまって」
「え、あ、いや、大丈夫っす」
……心読まれた?そんなわけないよな。見てくんなよって顔に出てたかな。
「身長だけ少し懸念がありましたが……体格も器量も悪くないですね。採用です」
「え? 面接とかしないんすか?」
「はい。見た目重視ですから。……先ほどのお電話では今日今すぐにでも撮影可能とお伺いしてましたが?」
まじかよ。いくらなんでもこんな簡単に採用されるもんか? 別に俺は不細工ではないけど、かといって超絶イケメンでもねえぞ? てっきり喫茶店の中で面接するものだと思っていたが……。
「……そうっすけど。あの、俺が言うのも変ですけど、こんなあっさり採用して大丈夫なんすか?」
「はい。問題はありません。ちなみに今日今から撮影を始めたとして、3日程度かかると思いますが、衣食住は保証しますので安心してください」
どんどん話が進んでいくな。まじで大丈夫か?
「……その前に聞いておきたいんですけど、どこでどんなコスプレすればいいんすか?」
「ただ単に軍服を着ていただくだけですよ。では早速、撮影場所までご案内しますね」
そう言って田中は歩き始める。
「あ、ちょっ、待ってください!」
「そんなに警戒せずとも大丈夫ですよ。すぐ近くですのでとりあえずついてきてください」
「……」
意外と強引だな。どうする? ついていって大丈夫なのか? ……いや、こんなチャンス二度とねえ。悩んでても仕方ねえ。一旦大人しくついてってみるか。
俺はしぶしぶ田中の後ろを少し距離を置いてついていく。
そのまま少しすると繁華街に入ってしまった。
……やっぱり怪しいな。辞退して帰るか?
「……あの、」
「着きましたよ。こちらです」
てっきり怪しい店にでも連れて行かれるのかと焦っていたが……。
人々が行き交う道の途中で着いたとか言い始める田中。
「え? 俺こんな公衆の面前でコスプレするってことですか?」
「いえいえ、そうではありません。こちらを良く見てください」
田中はそう言うと煌びやかな店と店の間の路地裏を指し示した。
「は? 路地裏でコスプレ?」
「ですから、よく見ていただけますか?」
改めて路地裏に目を向けると、禍々しいブラックホールのような黒い渦巻きが見えた。
「は? 何これ」
「この渦巻きから、撮影場所にワープできます」
「……」
んなわけねえだろ。
「……どうしました?」