第97話 拠点には戻れない
部屋に戻った俺が話を終えると皆が険しい顔をしている。俺から聞いた情報で何かが気になったらしい。ヘリコプターを撃墜したのだから、安心するかと思ったのだがそうでもないようだ。しん…と静まり返った中で俺が口を開く。
「何か気になる事があったか?」
ヤマザキがもう一度、俺に確認してくる。
「花山組って言ったんだな?」
「そうだ」
それを聞いて皆が沈み込む。ユリナがポツリと言った。
「自衛隊とか米軍じゃなかったんだ」
「ジエイタイじゃない。ハナヤマグミと言った」
「それね。ヤクザよ」
「ヤクザ?」
「私もテレビのニュースで聞いた事あるくらいだけど、花山組系暴力団って言うのは各地にあるみたいなの。抗争とか、組員が発砲事件を起こした時に聞いた事がある名前よ」
「ヤクザとは? さっき暴力団と言ったな。盗賊みたいなものか?」
「市民を脅してお金を得たり、違法な仕事で稼いだりしてるみたいな奴らよ」
するとタケルが言った。
「なんつーかよ。俺もやんちゃな時に目を付けられたことがあってよ。だけど馬鹿やめてレースに行ったら姿を現さなくなった。一歩間違えばだったが、俺は全くその気はなかったんだ」
「大きな組織なのか?」
するとヤマザキが答える。
「そうだな。八千人とも九千人とも言われる組織だ」
「そいつらは警察車両とかヘリコプターを扱うのか?」
「わからん。もしかしたら抱きかかえたのかもな、無秩序になって幅を利かせているんだ」
「ニホン中にいるって事か?」
「はっきりはわからん。こんな世界じゃどうなっているのかもな」
小さな懐中電灯に浮かぶ皆の顔に疲労の影が落ちる。せっかく温泉に行って気分が上がったというのに、皆で立てた目標が台無しだ。だが俺は皆を勇気づける為に言う。
「何を落ち込んでいるんだ? たかだか九千人じゃないか」
「たかだかって…」
「やりようによっては壊滅だって出来るさ」
「そんな集団をどうやって?」
「まあコツコツやるしかないかもしれんが…」
また皆が下を向く。しかしこうしてばかりもいられなかった。
「まずは今日をどうするかだろう。ヘリコプターに乗ってみて分かったが、下を走る車の音は聞こえないはずだ。ライトを付けずに走ればここを脱出できる」
ヤマザキが聞いて来る。
「拠点に戻るのか?」
「空から来れると言う事は、拠点は安全じゃない」
するとタケルが大きく頷いて言う。
「だな。銃も危険だがロケットランチャーなんかぶっ放されたらイチコロだ」
「それはなんだ?」
「ほら、DVDでみたろ。肩に担いで、ドカーンって撃つやつ」
「あれか…、確かにビルに撃ち込まれたらひとたまりもないな」
それを聞いて皆が身震いする。ユミが皆に言う。
「拠点を移すしかなくない?」
マナも頷いた。
「そうだよ。ゾンビは高い所まで来ないとしても、ヘリで突然襲われたらひとたまりもない」
それを聞いたミナミが聞き返す。
「ということは、東京を出ると言う事?」
皆がなんとなく頷くが、俺は首を振った。
「さっき皆が言った通りなら、あちこちに盗賊のような奴らがいる事になる。いちいちそいつらから逃げて生きるのか?」
ツバサが声を荒げる。
「だけど! 仕方なくない?」
次にユミが怒ったように言う。
「いつもヤクザを恐れて生きるなんてやだよ! ゾンビだけでいっぱいいっぱい!」
それにユリナも頷いて言う。
「あいつらヤクザは、病院に入院している人も平気で襲う時があるからね」
しかし、ミオはそれに首を振って言った。
「でも、何処に逃げるの? 東京を出たとたんに、また空港であったような事にならない? 葵ちゃん達の避難所もやられたのよ!」
ヤマザキがそれに答える。
「山奥ならどうだ? 流石にヤクザも来ないんじゃないか?」
ミオがそれに首を振る。
「そもそも、食糧はどうするの? 動物がいるかどうかもわからないし、作物だって育てられるか分からないよ」
それを聞いてマナが言った。
「食糧を出来るだけ回収して持って行くとか?」
タケルがそれに答える。
「いや。そんなの一瞬だろうし、よほどの山奥じゃないとゾンビだって危険だ」
またヤマザキが案を出す。
「なら島はどうだ? 島に渡れば隔離されるんじゃないのか?」
ツバサ首を振って言う。
「そこをヤクザや愚連隊に見つかったら? 船じゃ逃げれない」
話は堂々巡りだった。ツバサやミオの言う通り、このまま無防備に動けば皆が死ぬ確立が上がる。だがビルの拠点に戻るのは無理だろう。そのまま皆が言い争うように話をしていたが、それをアオイが遮るように手を上げて言う。
「あの! いいですか!」
ヤマザキが聞いた。
「なんだい? 葵ちゃん」
「インターネットで見た事があるんです! もしかしたら、そこがビルよりも安全なんじゃないかって思うんです!」
「安全な場所?」
「ヒカルお兄ちゃんがいればどうにか出来るんじゃないかって! いきなり爆破される事もないんじゃないかな?」
俺がアオイに聞く。
「アオイ、どう言う事だ?」
「上がダメなら、地下はどうかなって!」
「地下? 詳しく聞かせてくれ」
「学校で国会見学をした時に調べたことがあって、国会国立図書館というところがあるの。そこは地下八階まであって、重要な書物とかを全て保存してあるんだって!」
それを聞いたミナミがポンっと手を叩いた。
「知ってる! 書庫があるんだよね。地下八階まであって全てが書庫になってるんだ」
「うん!」
俺はアオイの頭をポンポンと撫でて言う。
「いい情報だ。ヤマザキ、そこを改良すれば何とかなりそうじゃないか?」
「確かにな。だが今からか? どうする?」
「夜のうちにそこに向かう。物資は後から回収すればいい」
皆に緊張の色が走った。平和な拠点には戻らずに新たな場所へと移動する。そこがどんなふうになっているのかも分からない為、皆で行くとしても危険であることは否めない。
ヤマザキが言った。
「みんな! 恐らく選択肢はない。一度そこに皆で向かって情況を把握する必要がある。既にヘリが戻らない事で、ヤクザは動いているかもしれん」
「よっしゃ急ごうぜ! 図書館の地下とやらに隠れよう! 皆! 俺達だって銃を持ってるし、なんとかなるって! なあヒカル! そうだろ?」
「ゾンビなど恐るるに足らん」
「決まりだな! 行こう!」
タケルが皆を励ますように大きな声で言った。するとそれにユミが言う。
「あんたね! 声が大きいのよ! ゾンビが寄って来ちゃうでしょ! 図書館行ったら静かにしてよ!」
「わーったよ!」
二人のやり取りで若干の笑いが生まれた。冷静にヤマザキが言った。年の功と言うやつだろう。
「そこに行くまでに新宿の拠点を通るぞ」
それに俺が答えた。
「なら立ち寄って、武器と物資を回収して行こう。夜が明けるまでに物資の運び込みまで終わらせる」
「おう!」
俺達の次の行先が決まるのだった。俺が先頭に立ち、玄関を開けると外にゾンビはいなかった。アオイがしがみついて来るので肩車してやった。
「タケル! 後ろから来たら容赦なく撃て!」
「了解」
俺達は道路のバスに向けて足早に階段を降りていくのだった。




