第92話 ヘリコプター
遊園地を出る時、女達が突然何かを始めた。唐突に始まったそれを俺は黙って見ている。
「ジャーんけーん! ぽん!」
「あーいこーでしょ!」
俺はタケルに聞く。
「あれは何をやってるんだ?」
「じゃんけんだけどよ、なんで突然始まったかはわかんねえ」
するとタケルの隣りでユミが笑って言う。
「あんたらは鈍いから分からないだけよ」
「なんなんだよ?」
「なーいしょ!」
少し待っているとそれは終わり、女達が俺達の所に来て言う。
「じゃ、いこっか!」
ミオが俺ににっこりと微笑みながら手を引く。
「ああ」
ゾンビは路地には入ってきていないようで、ゾンビを倒す事無く皆がバスに乗り込むことが出来た。俺がバイクの方に向かうとミオが俺の所に来た。
「乗せて」
「わかった」
俺がバイクにまたがると、ミオがその後ろに乗ってしがみついて来る。洗った髪の匂いがまるで花のような香しさだった。ミオが俺に言う。
「やっぱりお風呂はいいよねー」
「そうだな。また来よう」
「うん!」
俺がバイクを走らせると、バスがその後ろをついて来る。俺は後に乗っているミオに聞いた。
「じゃんけんっていうのか?」
「ああ、さっきの?」
「あれは何をやっていたんだ?」
「内緒」
ユミと同じ返事が返って来た。無理に詮索する事は無いとは思うので、それ以上は聞かなかった。
拠点に向かって進んでいると、ゾンビがあちこちから這い出して来る。このあたりには高層ビルが無く道路の見通しも悪くない、だからゾンビもよく見えるのだ。それを見てミオが言った。
「なんかね。最初に東京に来た時と風景が違って見える」
「そうか?」
「ヒカルといると安心していられるからかもしれない」
「それは良かった」
「うん」
何故かミオがしおらしい。風呂に入った事で女はこんなに変わるものだと知る。
だがそんな平和な雰囲気を破るような音が聞こえて来た。
「なんだ?」
「どうしたの?」
「ちょっとまて」
俺は急いでバスの前に出て進行を止め、運転席の脇にバイクを停める。
「何か聞こえる。エンジンを止めろ」
俺がバイクのエンジンを切り、ヤマザキがバスのエンジンを止めた。
グーンと唸るような音がはっきりと聞こえてくる。
「これは…」
「ヤマザキ、何か分かるか?」
「ヘリコプターの音だ」
「ヘリコプターというと、あのDVDの映画で見た?」
「そうだ」
「どこだ?」
俺とヤマザキが空を見上げてみるが、ビルが妨げになり何処にいるのか分からなかった。
「ミオ、一度バスに乗れ」
「うん」
俺とミオが急いでバスに乗り込むと、皆が不安そうな顔でこっちを見る。皆は窓を開けてヘリコプターの音に耳を澄ませていた。
タケルが真剣な顔で言う。
「盗賊じゃねえか?」
「かもしれん」
「ヒカルは結構、殺ったんじゃなかったのか?」
「百人以上は」
するとヤマザキが言った。
「むしろ火をつけた可能性もあるんじゃないか?」
「すまん」
「いやヒカル。お前のおかげで俺達は生き延びる事が出来たんだ。そして葵ちゃんもこうして生きてるし、お前のやった事は間違っちゃいないさ」
「そうか…」
そしてタケルが言う。
「まってくれ。あのヘリが盗賊とは限らねえぞ」
ヤマザキが返す。
「確かにそうだが調べようがない。下手にバスを動かせばバレる可能性がある」
「そうだよな…、どうする?」
「やり過ごすしかないんじゃないか?」
確かにヤマザキの言うとおりだろう、動けば先に拠点がある事がバレてしまう。だがこのままここに居れば、じきにゾンビ達が群がってきていずれバレるだろう。
「まずは身を潜めろ。ゾンビが集まればバレる」
「た、確かにそうだな! 皆伏せろ」
皆はバスの窓より下になるようにしゃがみ込み空を見上げている。ビルとビルの境になっている方向の空しか見えない為、何処からヘリが来ているか分からない。
「いた!」
アオイが指をさした。するとバスの正面を右から左にヘリコプターが飛んで行った。それを見てヤマザキとタケルが話し出した。
「なんでこんなところに」
「完全な都心とは離れているのにな」
「てことは、俺達が都心部にいるとは思ってないって事か?」
「一機とは限らんぞ」
「手分けして飛んでるって事もあるか。ヒカルは一体何をしたんだ?」
ヤマザキに聞かれ答える。
「あの罠を仕掛けたビルに百人からの盗賊を誘い込んで、ビルごと潰したんだ」
「派手にやったな」
「それならむしろ怖気づくのが普通だと思った」
俺が言うとタケルが言った。
「ヤクザかも」
ヤマザキが頷いて言う。
「恐らく、そっち系の奴らが仕切っているんだろう」
「舐められっぱなしじゃ、いられないやつらだからな」
二人の話を聞いて俺は初めて俺の失態に気が付いた。俺は前世の盗賊を基準にして考えていた。前世の盗賊ならばあれだけの事をやったら尻尾を巻いて逃げるか、二度とその地を訪れる事はない。だがこの世界で俺が襲った相手はそれとはわけが違うらしい。
そしてヤマザキが続ける。
「もしくは日本政府か、自衛隊や米軍かもしれん」
「でもどうやって調べるよ」
‥‥‥‥‥
俺だけならばなんとかなった。だけどここには全員を連れ出してきている。まずは全員の安全を確保しなければならない。俺はバスのすぐそばにあるビルを指して言う。
「そこに十階建てのビルがある」
「ああ、マンションだな」
「一旦そこに逃げよう。低いが中のゾンビをやれば、一時しのぎが出来るんじゃないか」
皆で相談の上、マンションに逃げ込むことにした。俺が先に下りて、周囲の気配を探るがすぐの距離にゾンビはいなかった。
「アオイ来い!」
「うん」
俺はアオイを背負い皆に目配せをした。
「次にヘリが通り過ぎたら、一気に駆けこむぞ」
皆が頷いた。そして再びバスの後方を、左から右へとヘリが飛び立っていく。ヘリの死角になった瞬間に俺が走り次にミオ、次にツバサがきた。
「止まれ! 戻って来た!」
再びヘリが戻って来る。すると俺達のバスの上空を飛び去っていった。
「来い!」
再び残った奴らが走りマンションに駆けこんで来た。その動きに気が付いたゾンビ達が数体こちらに向かって来た。
「振り返らず来い!」
バスの扉を閉める間もないまま、皆がマンションの玄関へと飛び込んで来る。ゾンビがウロウロと近づいて来るが俺は皆に忠告する。
「銃は使うな。俺が仕留める」
ゾンビを斬り捨てつつ前に進んだ。タケルがガラスの扉を開こうとするが開かないので、俺がそのガラスの扉を斬った。ガラスが落ちた音がしてしまう。
「しまった」
「いや、流石にヘリには聞こえないぜ」
「そうか」
急いで先に進み通路に入ると、そこにもゾンビがいた。
「みんな! 俺から離れるな!」
皆が身を寄せ合って廊下を歩いて行く。不意に出て来たゾンビは全て斬り捨てて、一階ずつゆっくりと上を目指していくのだった。




