第8話:行動を共に
腕を斬った若い男が俺を指さしてめちゃくちゃわめいている。ゾンビを始末して宝物庫に戻った途端に俺に詰め寄って来て、顔の先でワーワーと何かを言っていた。
元気そうで何よりだ。これならゾンビにならなくて済むだろう。
「%&=&=@*+$!!」
とにかくなんて言ってんのか分からない。だが話が分からないままでは、今後この世界で生きていくには不便だ。俺はミオの顔を見て言葉を教えてもらえないかを、お願いしてみる事にする。もっとゆっくり基礎的な言葉から教えてもらえればありがたいと、身振り手振りで伝えてみようと思う。目の前でわめいている若い男を手でスッとどけてミオの前に出た。
「あー、あの。この国の言葉を教えてもらえないか?」
ゆっくりと身振り手振りで伝えてみると、ミオが自分の唇に指をあてて何かを話しながら首をかしげて来る。さきほどから彼女とは、言葉が通じつつあるような気がするので俺は頷いた。
「?$=%@‘$、ミオ」
ゆっくりと唇を動かしながら、名前を言っている。そのまま俺は言葉にしてみることにした。
「ワタ・シ・ノナ・マエハ、ミオ」
するとミオが目の前で丸を作って見せた。恐らくこれは合っているという事なのだろう。それならば俺には出来る事があった。思考加速と詠唱理解を自分に施し、彼女の話している事をスローモーションで聞く事にした。身振り手振りも加えて言語を速攻で理解できるだろう。
「ワタシノナマエハ、lヒカル」
するとミオが微笑みながらも驚いた表情をした。どうやら俺が話した事が嬉しいようだ。俺は更に彼女の言葉に耳を傾ける。すると身振り手振りで何かを言い始めた。
「ヒカルはどうしてここに居るの?」
「ヒカルハドウシテココニイルノ?」
ミオは俺が発した言葉に対しウンウンと頷いているが、俺は言葉の意味までは良く分からない。だが俺の名を言った後で、足元を指さし外を指さして何かを訊ねている。思考加速のおかげで言っている意味は分かったが、なんと返して良いのか分からない。
「俺ココニイル、分からない」
俺が手を振って分からないそぶりをすると、ミオは理解したようで自分の口元を指さし言った。
「ワカラナイ」
「ワカラナイ」
ミオが丸を作って言う。
「ワカラナイハ、ワカッタノネ」
「ワカッタ」
すると後ろから年配の男が前に出てくる。
「オレハ、ヤマザキダ」
「オレ、ヤマザキ」
「ソウダ」
「ソウカ。オレ、ヒカルダ」
「ワカッタ」
するとヤマザキは、もう一人の女を指さす。
「カノジョハ、マナ」
「マナ! ヨロシクネ!」
マナはそう言うと俺に手を差し伸べて来た。恐らくは握手を求めているのだろう。
「カノジョハ、マナ。ヨロシク」
「ヨロシク! ヨロシク!」
マナが嬉しそうに笑う。だが若い男だけが一人、面白くなさそうにして顔を背けていた。するとヤマザキが俺に言う。
「コイツハ、タケルだ」
「タケル、ヨロシク」
だがタケルはそっぽを向いてこっちを向かない。するとヤマザキが頭を下げて言った。
「スナマイ。ウデヲキラレテ、ショックヲウケテイルンダ」
なるほど、ヤマザキはタケルの代わりに謝っているようだ。身振り手振りで何を言ったのか分かる。タケルは俺が腕を斬った事に腹を立てているらしい。まあ…そうするしかなかったんだがな。
「ウデヲキッテ、スナマイ。ゾンビニナラナイヨウニシタンダ。ショックデスマナイ」
だがタケルは答えず、ヤマザキが代わりに俺に答えた。
「ワカッテイル。タスケテクレテアリガトウ」
身振り手振りと発している言葉で、おおよその意味が分かって来た。この調子で行けばすぐに理解に及ぶだろう、俺も身振り手振りで話し続ける。とにかくこれからどうするのかを聞いてみることにした。
「そしてお前達はどうするつもりだ」
するとミオは俺が何を言ったのか、軽く理解してくれたようだ。
「仲間がいる」
今の言葉では分からなかったので、俺は指を立ててもう一度言ってもらう事にする。
「コノホカニモ、ナカマガイル」
なるほど、ここにいる四人以外にも仲間がいると言っているらしい。
「ナカマ?」
「そう。ナカマニアウ」
なるほど、ミオはそいつらに会うと言っているようだ。だがコイツら…あんな弱いのに、どうやってゾンビの居るこの都市を抜けるつもりだろう? ゾンビごときに取っ捕まって、噛まれるような奴らが生きて出られるとは思わない。
「大丈夫なのか?」
俺が言うとミオが、もう一度言ってくれと指を唇の前に立てた。
「ダイジョウブナノカ?」
ミオは俺が何を言っているのか分からないようだ。彼女は多言語を操っていたので、理解できるかと思ったのだが無理なようだ。思考加速や詠唱理解などの力はないらしい。仕方がないので俺はもっと大袈裟に身振り手振りで、どうするのかを聞いてみることにした。
「わかった。私達だけで大丈夫かと言っているのね?」
俺には彼女が言っている意味が分かる。
「ソウダ」
すると四人が固まって話し出した。どうするのかを決めているのだろう。話し終えてミオは俺に聞いて来た。
「一緒に行ってくれる?」
どうやら俺も一緒に来てくれと言っているようだ。もちろんそのつもりでいる。胡椒ももらっちまったし、その分の働きくらいはしないといけないだろう。俺は結局ゾンビを二百体くらい倒しただけだし、ろくな仕事をしていないからな。
「ワカッタ」
そして彼らは再びカゴに物資を詰め始めた。この宝物庫はかなりの物量があるようなので、四人ではほとんど手つかずになりそうだ。すると俺の視界の端に、滑車みたいな物がついた手押し車が見えた。それを持って来てそれに乗せるように言ってみる。
「これに乗せると、身動きが取れないんだ」
するとヤマザキが答えた。大まかに理解したところでは、動きが遅くなると言っているのだろう。
「オレ、イッショイク。オワカリ?」
「?」
ヤマザキは理解できないように手をひらひらと上げた。するとミオがやって来て、ヤマザキに何かを話す。
「恐らくヒカルがどうにかしてくれると思うの。外のゾンビは、ほとんど彼がどうにかしたわ。だから彼に守ってもらえば何とかなるんじゃないかな?」
「いや、にわかには信じられない。彼はどう見ても料理人だろ? 何処の国の人間か分からないが、ハイブランドに身を包んで包丁やフォークを持っているんだ。俺の予想だが彼は、ドバイかどこかの人間で高級レストランのシェフだと思うぞ」
「でも私は、この目で見たの…。いえ…見たというより、ゾンビが勝手に倒れて行ったのよ」
「ゾンビが? 何か他の現象なんじゃないのか?」
「違うと思う。目の前のゾンビの首が飛んだ時、後ろに彼がいたんだもの」
「…とはいえ、この都市には数千数万のゾンビがあちこちにいる。もう一台のワゴンの場所までたどり着けるかどうかで運命は決まるぞ」
「だけど、このままここに居たらいずれゾンビが入って来るし」
「…確かにな。とにかく急いで脱出するしかないか」
「そう思うわ」
俺の目の前でヤマザキとミオが話をしていたが、その答えが出たようだ。俺の方を向いてミオが言った。
「カートを引いて行く」
「ワカッタ」
どうやら手押し車を持って行く事にしたらしい。滑車のついた手押し車に荷物を載せて、外に出る準備をし始めた。荷物を詰め込み終えて俺に手を上げる。
「よし! 行くぞ! 俺から離れるな!」
俺が言うと四人は一応理解したように頷いた。タケルがまだ面白くない顔をしているが、どこかで蘇生魔術を使うやつを見つければ腕などは蘇生できるはずだ。
そして俺達は再び宝物庫を抜け出していく。先ほどゾンビは駆逐しているので、外に動くものはいなかった。しかしながら、四人を連れてブリザードドラゴンなどに遭遇したら護りきれるか分からない。俺はすぐさま気配探知レベル3の魔法で周囲を警戒したが、今のところ何も感知しない。
「行くぞ!」
俺が先を進むが、彼らの足でも遅れないように気配りをする。だが…彼らは間違いなく冒険者パーティーなどではない。ノロすぎて、これじゃあゾンビに捕まるのも無理はない。そしてもう一つ気がかりな事が…、なんと彼らは宝物庫の入り口をそのままにしていくつもりらしい。
ん? なんだ? 宝物庫の入り口をそのままにしていくのか?
俺が立ち止まり、宝物庫の入り口を振り向いて身振り手振りで伝える。
「あのままにすれば、ゾンビや他の冒険者に荒らされるぞ」
しかし彼らは、俺の言葉を理解する事が出来ないでいた。俺は仕方なく、ゆっくりと身振り手振りで同じことを伝えた。だがミオが申し訳なさそうに俺に言った。
「ゴメンワカラナイ」
そうか。分からないか…、ならその辺りにある鉄の馬車で入り口を塞げばいいだろう。入り口をビッタリと塞いでしまえば、簡単には侵入できないだろうからな。まあレベルの高い冒険者が来たら、簡単に開けられてしまうだろうがな。
「ちょっと待て」
俺は四人にそこに止まるように伝えた。そのくらいは理解できたようだ。そして鞄から少し長めの包丁を取り出し、近くの鉄の馬車に近づいて行く。そし宝物庫の入り口と鉄の馬車の対角線上に立って、包丁を身構えて武技の一つを発動した。
「推撃!」
俺が振るった包丁から、敵を吹き飛ばす為だけの技が放たれる。目の前の鉄の馬車は寸分の狂いもなく、宝物庫の入り口に飛んで行った。そしてすぐに縮地で次の鉄の馬車の前に出現し吹き飛ばす。それを数回繰り返す事で、宝物庫の入り口は鉄の馬車でぎっちぎちになった。
「よし」
入り口を閉じて、俺が四人の所に戻った時だった。四人はあっけにとられた顔で、宝物庫の入り口を見つめている。どうやら何が起きたのかを理解出来ていないようだった。
「みんな、大丈夫か?」
俺が声をかけると、四人は俺の方をふりむいてポカーンとしている。もしかしたら彼らは王室か貴族の出身者なのかもしれない。こんな他愛もない荒事でも見たことが無いのだろう。
「行こう」
俺がそう言うと、我に返ったような顔で答えた。
「あ、ああ。行こう」
「そうね…急ぎましょう」
「は、はは…」
「ガチガチガチ」
タケルは何故か震えて歯を鳴らしていた。先ほどの勢いはどこへ行ってしまったのだろう? せっかく宝物庫を保護してやったというのに、何故かよそよそしくなってしまった四人と一緒に歩きだすのだった。
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