第85話 総合病院で回収
俺はユリナを連れて病院に向かい拠点のホテルを離れる。バイクの後ろにユリナを乗せて、地図の通りに道を進むと十分もかからずに目的地に到着した。
「そう固くなるな」
「そうは言っても…」
ユリナはガチガチだった。俺と一緒にゾンビのはびこる新宿を行く事よりも、手に持った自動小銃に対して嫌悪感を抱いているようだ。
「ここで撃てば音にゾンビが集まる。まずは物資の回収が優先だ」
「わかった」
俺はユリナを連れて病院の敷地内にバイクを置いた。ユリナが救急用の入り口なら間違いなく開いていると言い、俺の手を引いてそちらに向かう。辺りにはウロウロとゾンビがさまよっているが、俺達はそれを無視して奥に進んだ。
「開くわ」
ユリナがドアを押すと、そのドアはスッと開いた。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「急患が来るからね、このドアは二十四時間開けっ放しなんだと思う」
「そうか」
俺達が中に入ると、そこにゾンビがいた。俺は日本刀を抜いて通路のゾンビを始末する。
「行くぞ」
「はい」
俺達が中に入ると、小さな窓から制服のような服を着たゾンビが手を出している。
「あれは守衛さん。ゾンビになっても入館する人を見てるなんて」
「あそこで死んだのだろうな」
「そうね」
そう言うユリナの手は小さく震えていた。
「銃を構えておけ」
「は、はい」
ユリナに銃を構えさせ病院の中に進んでいく。通路の角を曲がった途端に五体のゾンビがうろついているのが見える。
「お医者さんや、看護師まで…」
「ユリナと同じ仕事の奴らか?」
「もちろんここは私の病院じゃないけどね。ただ、何て言うか記憶が重なってしまって。私はたまたま非番の時に、病院でパンデミックが起きたのよ。それで助かったの…」
「あれを撃てるか?」
「いや…流石にちょっと」
「わかった」
俺は白衣を着たゾンビ達を始末する。
「入院病棟に行くわ」
「どっちだ?」
「懐中電灯つけてい良い?」
「かまわん」
ユリナが懐中電灯をつけて、周りの壁を見渡した。そして俺に言う。
「ちょっと受付に行くわ」
「わかった」
ユリナが懐中電灯で先を進み、俺がすぐその後ろをついていく。心なしか先ほどよりユリナの足が速くなったような気がする。
「慣れたか?」
「病院だと、なんていうか仕事場って感じでちょっと慣れがあるのかもね」
「なるほどな」
「あ! あった!」
ユリナが壁の表示を見ている。
「えっと、東病棟の三階から五階みたい」
「どっちだ」
「こっちよ」
ユリナが病院内を懐中電灯で照らしながら先を進む。時おり白衣を着たゾンビが襲って来るが、俺が日本刀でなんなく片付けて先を行く。するとユリナが言った。
「なんか私だけこんなに怖がってるのが馬鹿みたいね」
「怖がる必要はない。ゾンビの位置は俺がすべて把握している。ユリナは先を急げばいい」
「わかった」
さらに奥へと進み、階段を見つけて登り始める。周囲にポツリポツリとゾンビの気配はあるが、それを無視して三階まで上る。
「ユリナ」
「なに?」
「この階には結構な数のゾンビがいる」
「恐らく入院患者がゾンビになったんだと思う」
「そして半分は小さいな」
「小児病棟だからね」
「子供か…」
「いきましょう」
「ああ」
俺達が先に進むと、白衣の男や女のゾンビが現れ子供のゾンビも迫って来る。
「ごめんなさい。やっぱり撃てない」
「わかった」
俺が全てのゾンビを斬り捨てた。ユリナが大きく息をつく。
「大丈夫か?」
「一生懸命助けようとしていた患者さんが、ゾンビになってしまうなんてね。ぎりぎりまでなんとかしようとしていたんでしょうね」
「ユリナはたまたま休みだったのだろう?」
「それも辛くてさ。自分だけが逃げたみたいに思っちゃうし、助かってホッとしてしまっている自分がちょっと…」
「許せないと?」
「うん」
「それは時の運だ。ユリナがそれで心を痛める必要はない。むしろ助かった事を喜んで何が悪い」
「分かってはいるんだけど、同僚とかの事を考えるとね…」
「せっかく生き残ったのなら、これから仲間を助ける事を考えろ。ユリナにはその力があるのだから、皆の為にその能力を使え」
「うん。そうだね」
話しながらもユリナが奥へ進んでいく。通路の両脇の部屋にゾンビの気配はあるが、扉が閉まっているため開けては出てこないようだった。
「ここがナースセンターだわ」
「点滴はどっちだ?」
「恐らくこっち」
ユリナがある部屋の前に立って俺に言う。
「多分この部屋」
俺が気配探知で中を探る。
「中にはゾンビは居ないぞ」
「わかった」
扉を開けて中に入ると、そこには棚があり何らかの物資が置いてあった。
「ヒカルのリュックも貸して」
「わかった」
俺の背負っていたリュックと、ユリナの背負っていたリュックを並べ、それぞれに分類しながらユリナが物を詰め込んでいく。
「あと、大きな病院だから調剤室とかあるかも」
「探そう」
ユリナがナースセンターに行って、引き出しを開けたり棚を見たりしている。
「館内の案内がある」
ユリナが冊子を取ってテーブルに置いて開く。それをパラパラとめくるとどうやら目的の部屋がみつかったようだ。
「一階だわ」
「わかった」
俺とユリナは病院の一階に降り、懐中電灯で照らしながら目的の場所へと進んだ。
「あった」
「少し待て。二体のゾンビがいる」
「わかった」
俺は速攻で中にいたゾンビを始末した。
「ヒカルのリュックを貸して」
俺は言われるままにリュックをテーブルに置く。
「俺が入り口を見張るから、ゆっくりと選んでくれ」
「わかった」
ユリナはその部屋の棚を懐中電灯で照らしながら、次々に手に取っていく。そしてそのテーブルにあった袋にそれぞれを入れて封をしていった。
「何を集めている?」
「薬。でも全部の名前は知らないから、私が知っているのだけだけど。それでも十分に役に立つはず、鎮痛剤は必要だしシップとかもあるといいよね。あとは頭痛薬と、胃腸に効く薬と」
ユリナが薬を選び終わるまではゾンビは現れなかった。ユリナがリュックを締めながら言う。
「よかった」
「なにがだ?」
「街の薬屋さんは結構荒らされてて、欲しいものが無かったりするんだけど普通にそろってたよ」
「後はどうする?」
「後は一応、手術道具があれば良いかも。私が出来るかどうかは分からないけど、応急処置が必要な時が来るかもしれない。手術室に行こう」
俺達が再び病院を移動し、めぼしい器具を見つけてはリュックに入れていく。
「もう入らないみたい」
「ああ」
「行きましょう」
俺とユリナは元来た通路を戻り、入って来た救急の入口へと戻る。小さな窓からは、まだ制服を着たゾンビが俺達に向けて手を向けている。するとユリナがゾンビに向かって言った。
「お疲れ様でした」
だがゾンビは獲物を求めるように手を突き出してくるだけだった。
「行こう」
「ああ」
そして俺達は病院の外に出る。すると周辺にはゾンビがウロウロしていた。
「ここならやれるだろう?」
「どうしてもやらなきゃダメ?」
「感覚だけは掴んでおいた方がいい」
「わかった」
二人はパンパンのリュックを背負いながらゾンビに対峙する。そしてユリナが銃を構えてゾンビに向かって発砲した。
「きゃっ!」
ユリナが撃ったと同時に銃を離した。反動で顔にぶつかりそうになったので、俺はその銃を片手で止める。
「危ないぞ!」
「ごめんなさい」
「ゾンビは死んでいない」
「わ、わかった」
「頭を狙え」
「うん」
ユリナはゾンビの頭を狙い、一体また一体と倒していく。じりじりと近づいて来るにつれて、焦りが出て来たのかなかなか当たらなくなってきた。
「落ち着いて狙え」
「は、はい」
ぎりぎりのところで全てのゾンビを倒した。
「はぁはぁ」
ユリナは荒々しく息を吐いている。
「よくやった」
「うん」
「だが次の目標は人間になる」
「えっ?」
「もうゾンビに無駄玉は使うな。次に使う時は盗賊の頭を狙う事になる」
「盗賊の?」
「今日はその練習のつもりだ。こういう時にやらないと、本番で全く役に立たないからな」
ユリナは黙り込んでしまった。どうやら銃は対ゾンビのものだったと思っていたらしい。俺は練習以外で、ゾンビに銃を撃つ事を極力避けるように言う。
「無駄玉を使いたくないんだ」
「いつか、そう言う時が来るかもしれないと言う事?」
「想定するということだ。本当に怖いのは、人間だと言う事を忘れるな」
ユリナはただコクリと頷くだけだった。
「行こう」
俺は背負っているリュックを腹側に回し、ユリナがバイクの後ろに乗って俺にしがみつく。その体は震えているようだった。
「人間を撃つのが怖いか?」
「怖い」
「銃は仲間のために使うのだと自分に言い聞かせろ」
「わかった」
俺はバイクのアクセルを回し、震えるユリナの体を背に感じながら思う。これはユリナに限った事ではない、拠点の女達は戦い慣れをしていない。いくら銃があったとしても、盗賊達が大挙して襲ってきたらすぐにやられてしまうだろう。
その前にどれだけの盗賊を減らせるかが、仲間達を生かす最良策だと改めて思うのだった。




