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終末ゾンビと最強勇者の青春  作者: 緑豆空
第二章 東京
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第82話 変わり果てた姿

 都心周辺を迂回して入り、俺のバイクとトラックは都心部中心に向かって走っていた。相変わらずゾンビが多く徘徊しており、ここまで来ればこの世界の人間は侵入して来ないだろう。しかしながら俺は自分の失敗に気づいてしまう。急ぎタケルのトラックの前を蛇行して走りトラックを停めた。


「どうした?」


「タケル! 荷台に問題がある!」


「荷台に?」


 だがそこにアオイがいるので、俺は言葉を濁す。


「とりあえず周囲のゾンビを掃う」


「わかった」


 そして俺は飛空円斬で見える範囲のゾンビを切った。すぐにタケルに言う。


「ちょっと降りて来てくれるか?」


「わかった」


 タケルが下りて来たので、俺はこっそりタケルに伝えた。


「恐らく一人が感染していたらしい」


「まさか」


「トラックの荷台にいる」


「マジか…」


「どうするか? アオイの母親かもしれん」


「だけど連れて行く訳にもいかねえだろ」


「だな」


 俺とタケルは顔を見合わせて頷く。処分するしかないと言う事だ。俺達はトラックの後に周り、荷台の取っ手に手をかけ扉を開けた。


 ずるりずるりと、荷台の奥からゾンビがこっちに歩いて来る。車の爆発に巻き込まれ、体半分が火傷をして見る影もないが、間違いなくアオイの母親だった。


「母親の方かよ…」


 タケルが残念そうにつぶやいた、その時だった。トラックを降りてこっちにアオイが駆けて来た。アオイが何やら叫んでいる。


「おにいちゃん! まって!」


 アオイに対してタケルが叫んだ。


「来ちゃダメだ!」


 タケルの制止を無視して、必死の形相でアオイが俺にしがみついた。


「アオイ…」


 荷台のゾンビがドサリと落ちて、ゆっくりと立ち上がって向かって来る。アオイが必死に俺を押さえているが、このゾンビを何とかしないといけない。


「アオイ…もうダメなんだ」


「まって! お母さんは戻るかもしれない!」


 必死に俺にしがみつくアオイだったが、バッと振り返って自分の母親”だった”者に走って行く。


「おかあさん! 私! 葵! 葵だよ! 気づいて!」


 だがゾンビは、目の前のアオイを餌だとしか思っていないようだ。アオイの頭をがっちりと掴んで、思いっきり噛みつこうとする。俺は仕方なく自分のお気に入りのスーツを脱いで、アオイの母親だった者の口にかぶせた。それはアオイに噛みつこうとするが、俺のスーツが邪魔をして噛むことが出来ないでいる。


 だが、ふーっ! ふーっ! と母親が目を血走らせて唸っていても、アオイは母親から離れようとしなかった。


「アオイ…もう戻らないんだ。こうなってしまったら、もう誰も戻す事は出来ない。浄化が出来たとしても、もう死んでいるんだ」


 おさえながら必死にアオイに訴えた。


「だって! お母さんとお父さんで一緒に生きて来たんだもん! 必死に生きて来たんだもん!」


「‥‥‥」


 どうするべきか? アオイの気持ちを優先するならばゾンビを連れて行くか? だがその後でどうする? ゾンビと共存なんて出来るわけが無い。


 俺達が揉めていると、トラックの前方からドサりと音がした。


「なんだ?」


 タケルが急いでトラックの前に行く。すると向こうからタケルの声が聞こえて来た。


「おい! 無理すんなよ! おっさん! 死ぬぞ!」


 そして声が聞こえなくなった。少し待っていると、トラックの脇からタケルの肩を借りた父親がやって来る。そして変わり果てた自分の妻を見て言った。


「おまえ…」


 ふーっ! ふーっ! と自分の娘に襲い掛かろうとしている妻を見て唖然としている。


「葵! もうやめなさい! ごほっごほっ!」


 父親は最後の力を振り絞ってアオイに叫ぶ。すると葵がビクッとして父親を見た。


「だって! お母さんなんだよ!」


「違う! もうお母さんなんかじゃない!」


「でも!」


「離れなさい! ゴホッゴホッ!」


 ドサリ。父親が血を吐き出して倒れてしまった。それを見たアオイは慌てて父親に駆け寄る。そして父親の頭を自分の膝の上に乗せた。


「お父さん!」


 すでにアオイの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「いいかい葵、よく聞きなさい」


「嫌だ!」


「ダメだ。聞きなさい」


「う、うう…」


「母さんはな、もう天国に行ったんだよ。あれは母さんの骸を着た化物だ。あれが人を求めて動くたびに、母さんは苦しみから解放されない。自分の体が魂を無視して、人を食うなんて耐えられない。葵ならそう思うだろ?」


「う、ぐすっ、うえっ」


「母さんを楽にしてあげなさい」


「だけど!」


 すると父親は、目から涙をあふれさせながら言う。


「俺が愛した母さんはもう死んだんだ。頼む…葵が、わがままを言うほど俺も辛くなるんだ」


 その言葉を聞いた葵が、ハッとした顔をした。そしてしばらく父親を抱いたまま固まってしまう。今の所、周辺に近寄るゾンビの気配は無いので、俺はその顛末を見守る事にした。


「頼むよ…葵。アイツを、もう楽にしてやってくれないか…」


「‥‥‥」


「なっ」


「…わかった」


 そしてアオイが俺の方を見て言った。


「お兄ちゃん…お母さんを楽にしてあげて。一瞬で…お願い」


 俺はコクリと頷いて、俺のジャケットを頭に巻いた母親ゾンビを突き放す。次の瞬間一瞬で脳天に刀を突き刺した。力が抜けてふらりと倒れるゾンビの体を受け止めて。そっと横たわらせる。


「か、母さん!」

「おまえ!」


 アオイが死んだ母親にしがみつき、父親は地を這うようにして遺体にしがみついた。俺は周辺を警戒しながら、その二人が母親の弔いに使う時間を稼ぐ事にする。しばらくそうしていたが、父親がアオイに向かって言った。


「さ、いつまでもこうしては居られない」


「うん」


 そして父親が俺を見て言う。


「ありがとう、俺は君の名前を聞いていたかな?」


「俺はヒカルだ」


「ヒカルくんか。東京方面に逃げて良かった。君らが東京に行くと言っていたから、賊から逃れて東京に来たんだ。巡り合えて本当に良かった…」


 偶然でしかなかった。俺達がたまたま別の路線で帰る途中に彼らと会った。俺達が真っすぐに東京に帰っていたらアオイと父親に巡り合わず、彼らの命は無かっただろう。


「そうか」


「アオイが言ったんだよ。アオイが、東京に行ったお兄ちゃん達を追いかけようって」


「そうか」


「本当に東京に来てたんだなあ」


「ああ」


 ゴホッ! ゴホゴホッ! 父親がまた血を吐いた。


「もうしゃべるな。母親の遺体は持って行く」


「す、すまない」


「埋葬してやろう」


 父親もアオイも涙が止まらなかった。俺が母親の遺体をトラックに乗せて、もう一体の死体の頭を念のため貫いておく。そして荷台を閉め地面に降り父親を抱き上げた。だが父親が言う。


「ヒカルさん。俺をここに置いて行ってくれ」


 意外なお願いをされてしまう。それを聞いたアオイが真っ青な顔で父親に言った。


「何を言っているの?」


「ゴフッ、あ、葵。お父さんはもうダメだ。恐らくは助かるまい」


 するとアオイが俺に向かって言う。


「助けて! 傷を治したよね?」


「すまん。内臓の奥までは修復できない」


「なんで!」


「蘇生の能力は俺には無いんだ」


「なんとかしてよ!」


 そう言われてもどうも出来なかった。


「葵! 無理なものは無理だ! 聞き分けなさい」


「嫌だ! お父さんが居なくなったら、私は一人になっちゃう!」


「‥‥‥」


「一人は嫌だ! 怖い!」


 確かにそうだろう。こんなに幼いのに、両親を失ってしまうのは心細い。その小さな胸で、受け止められないほどの悲しみと不安に襲われているのだ。


「ヒカルさん。葵をお願いできないかな?」


「わかった」


「ありがとう…本当に」


「かまわん。だがあなたも連れて行く」


「だが俺は…」


「最後まで生きろ。アオイと話す時間くらいは作れる」


「…本当にありがとう」


 俺達は再びトラックに父親とアオイを乗せて出発した。俺達はそのまま都心を進み、ようやく新宿のホテルが見えるところまでやって来る。ホテルの周辺には既にゾンビがうろついており、俺は飛空円斬でゾンビを始末した。


 半分にきれたゾンビをトラックで踏み潰しながら、ホテルの駐車場へと進んでいく。そして俺は、トラックの運転席にバイクを横付けしてタケルに言った。


「階段で上るぞ」


「ああ」


「アオイを頼む」


「わかった」


 タケルがアオイをトラックから下ろし、俺がトラックに上がって父親を連れ出した。父親は既に気を失っていて、俺は父親を背負う。片手さえ空いていれば剣技は使える。タケルがアオイを背負い、俺が父親を背負ってホテル内部に侵入した。すると上階から降りて来たのか、ゾンビが二体ほどエントランスをうろついていた。


「機能しているようだ」


「ゾンビ警備員がか?」


「ああ」


 ゾンビを斬り捨てて、俺を先頭にタケルが後ろをついて来る。


「アオイを背負ったまま、五十二階を上がるが大丈夫か?」


「おいおい! 俺を誰だと思ってんだよ!」


「頼もしいな」


「ヒカルもへばるなよ!」


「わかった」


 そして俺とタケルは父親とアオイを背負い、父親に振動を与えぬように一歩一歩階段を上がっていくのだった。

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