第7話:全身ハイブランドの男 ~今村美桜視点~
まさかこんな時代が来るとは思っていなかった。突然海外のある地域で謎の暴動が発生し、それが各国へと広がって行ったのだ。しかしそれは暴動などではなく、ゾンビ感染と言う恐ろしい奇病のパンデミックだった。死者が歩いて生きている人間を襲い、噛まれた者はゾンビになって歩きだす。各国の軍隊はなすすべなくその拡大を許し、日本の自衛隊も壊滅状態に陥ってしまった。その結果、日本はどこもゾンビだらけで、人類は絶滅の危機に瀕していたのだった。
生き残った人類の目下の課題は食糧調達。ゾンビと戦うにもその数が多く食糧を食べねば弱って戦えない。そして私達の食糧は底をつきかけていた。生き残った人達が集まって、ゾンビから身を守り協力しながら生き延びてきたのだが、体力的に弱い人は病気で死んでしまい、元気な者も次々にゾンビにやられて数を減らしてきた。
そこで私達は計画を立てたのだった。地方のスーパーは、ほぼほぼ食糧が回収しつくされておりどこに行っても空っぽだった。そこで考えたのが都心部のスーパーへの遠征だった。本来ならば都市部はゾンビが多く、食糧の回収に来るような人は少ない。だからほぼ手付かずで置いてあるだろうと予想を立てて、どうすれば回収して生きて戻れるかを何度もシミュレーションした。
私の名は今村美桜、女子高生。既に学校は無いので、女子高生と言うのには語弊があるかもしれない。私達の計画は、ガソリンの入ったタンクローリーで都心部に乗りつけて、それを爆発させゾンビを吹き飛ばしスーパーに突入するというものだ。確実に帰れるようにするために数台のワゴンで来たが、全滅するのを防ぐ為にくじ引きで突入する四人が選ばれた。残りは郊外の建物に隠れており、食糧がある事が確認出来たら知らせて全員で取りに来る作戦だった。
「あったね」
「ああ」
私達はゾンビの密集している場所で、タンクローリーを想定通りスーパーにツッコませ火をつけた。タンクローリーは大爆発してゾンビは一斉に吹き飛び、私達は都心にある高級スーパーに侵入する事に成功したのだった。その高級スーパーに潜入すると、なんと全くの手つかず。生鮮や海産物はもちろん腐っていたが、乾物や米などは普通に残っていた。
「みて! これでプリンが作れるよ!」
仲間のマナが箱プリンを持って喜んでいる。マナは年上だが少し頼りない女性だった。率先して動く事が出来ずに、誰かの後ろをついて行くタイプ。それを見て真面目なおじさん、山崎さんが言う。
「そう言うのは後回しだ。主食になる物や缶詰を中心に持って行くんだ。水も出来るだけ確保したい」
「はーい。わかりました」
そう言ってマナは私の方に向かって、ベロを出して見せた。とにかく私達は必要物資を一か所に集めて、買い物カゴに放り込んでいくのだった。だが私は一緒に来たメンバーの、佐竹さんの顔色が悪くなっているのが気になっていた。
「佐竹さん。大丈夫ですか? 爆発で怪我でもしましたか?」
「…いや、大丈夫だ。とにかく食料を探そう」
「無理はしないでください」
「そうだぜ! おっさん。無理すんなよ」
そう言ったのは、大学生の岡田武だった。行動力はそこそこあるものの責任感は無く、いつも身勝手な行動をしていた。
「とにかく休んでいてください」
「そういう訳にはいかないよ」
そう言って佐竹さんはまた物資を確保し、買い物カゴに放り込んでいった。しばらくそうやって物資を集めていたが、佐竹さんがふらつき始めてドサっと倒れてしまった。
「佐竹さん!」
私が叫ぶと、他のメンバーが集まって来る。私が佐竹さんに近づこうとした時だった。
「まて!」
山崎さんが私を止めた。
「でも!」
すると武が、護身用に持ってきていたツルハシを手に取った。そして佐竹さんに向かって叫んだ。
「袖をまくれ!」
「わ、わかった」
佐竹さんが袖をまくると…そこにはゾンビに噛まれた跡があった。間違いなくゾンビの噛み跡だった。武がつるはしを振りかぶって叫ぶ。
「もう手遅れだ!」
「待ってくれ!」
佐竹さんが手を上げて叫んだことで、武は躊躇して後ろに下がる。そのつるはしを山崎さんが横から奪って、佐竹さんに振り下ろした。つるはしが佐竹さんの肩に刺さり、その事で山崎さんはつるはしを手放してしまった。
ガラン! とつるはしが床に転がる。
「佐竹。申し訳ないがここまでだ!」
そう言って山崎さんが、私達に目配せをする。そして私達にこう告げた。
「しかたがない。回収した分だけでも持って行こう」
そして私達は慌てて買い物カゴを持って立ち去る。しばらく皆と一緒に進むが…私にはやっぱり見捨てるなんて無理だった。皆に対して叫ぶ。
「やっぱり置いていけない! みんなは先に行ってて!」
「美桜ちゃん!」
「美桜!」
「おい!」
皆が私を止めようとするが、かまわず急いで佐竹さんの所に向かう。棚の向こう側にいるはずと思い、角を曲がると佐竹さんは倒れていた。何故か頭にナイフが刺さっている。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
私は思わず叫んでしまった。すると山崎さんと武、マナさんが戻って来てくれた。そして山崎さんが叫ぶ。
「どうした!」
「これを…」
山崎さんも皆もじっと倒れている佐竹さんを見ていた。
「ゾンビ化して…死んだ? いや…ナイフが刺さってる?」
その事に私達は顔を見合わせて、恐怖の表情を浮かべる。
誰かいる! そう思った瞬間、急に恐ろしくなって周りに目を配るのだった。
すると…
手を上げてふらりと男が近づいて来た。両手を上げているので攻撃の意思はないようだ。
「%&=$=#$~¥¥~%$?、*;*+*#”%」
何を言っているのか分からない。見た目からして海外の人っぽかった。
「外国人?」
「なんでこんなところに?」
そこには全身ハイブランド、全身ル〇ヴィ〇ンに身を包んだ外国人が居たのだった。バックもリュックサックもビィ〇ン、あの有名なロゴだらけのスーツに身を固めている。
なんで、ヴィ〇ン? しかもちょっと若いようだが、一体何歳くらいなんだろう? そして言葉は英語じゃないようだ。私は実は父親の転勤などでイギリスとフランスに居た事がある。だが聞いた事のない言葉になんと言っているのか理解できなかった。結局英語でもフランス語でも通じず、日本語で自分の名前を伝える事にした。
「私は、今村美桜」
どうだろう?
彼はウンウンと頷いている。そして彼は自分の胸に手を当てて言った。
「%&=$%=#、&$=%=%#lヒカル」
いま、ヒカルって言った?
「名前はヒカル?」
すると彼は手を上げてそうだと言っている。
「ヒカルっていうのか」
「ヒカルってなんか日本人みたいな名前ね」
「日系イギリス人とかじゃねえの?」
そして私は彼に聞いてみた。
「これは…貴方がやったの?」
するとヒカルは、自分のバックを開けて中身を見せてくれた。するとバッグの中には包丁やナイフが大量に入っていた。そしてリュックを降ろしてその中身も見せて来る。すると、リュックの中には調味料や水が大量に入っていた。全身ハイブランドに、リュックの中身は包丁やナイフや調味料…。これだと思いつく職種は一つしかない。
「来て!」
私は皆に目配せをして、彼を調味料コーナーに連れていくことにした。しかし調味料コーナーに着いても、彼は目の前の袋が何か分かっていない様子だった。私は一つの調味料の袋を取って破ってみせる。彼は何か身振り手振りしているが、その袋を取るようにジェスチャーで伝えた。
彼は胡椒の袋を取って破いて見ていた。そしてそれを貰っていいかとジェスチャーしてくるので、私はどうぞと手を差し伸べる。するとヒカルは胡椒の袋をリュックに放り込み始めるのだった。
「=$=%=&」
と彼が頭を下げる。恐らくは、ありがとうと言っている。
「どういたしまして」
そして私とヒカルが皆の元に戻ると、既に物資を集めて出る準備をしていたようだった。私達が集まったところで、ヒカルが私達に話す。
「=$%&”:+`@?$%#~」
なんと言ったのだろう? とにかく私達も早く仲間の所に戻らなくてはいけない。もたもたしているとゾンビがまた押し寄せてくるだろう。私達がヒカルについて入り口に歩いて行くと、彼は振り返って何かのジェスチャーをしている。しかしなんと伝えたいのか分からなかった。
伝わらないのであきらめたようにヒカルが歩いて行く。そしてヒカルが無造作に外に出て行くので、私達もその後を追って高級スーパーを後にするのだった。
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