第70話 杞憂が現実となる
思考加速により通った道を完全に覚えていた俺は、すぐさま殺害現場付近に走る。首都高速には乗らず、ゾンビのいる街中を走り目星をつけていたビルを見つけた。そのビルの中にはゾンビがいたが、それらを斬り捨てながら速やかに屋上に上がる。そして俺が想定していた通りに、丁度俺とミナミが襲われた高速の隣りに出た。
しかし、俺とタケルは既に手遅れだったことを知るのだった。
タケルがポツリと言う
「マジか…」
「ヤマザキの心配は当たったようだ」
俺とタケルが高いビルの上から見下ろす高速道路上には、パトカーのワゴン車と護送車が居たのだった。そしてその周辺には銃を持った人間が八人ほどうろついており、死体と破損したパトカーを調べているようだった。不意に一人がこちらに頭を向けたので、俺とタケルはサッと屋上の縁から顔を引っ込める。
「やっぱ他にもいたか」
「すまんタケル。完全に証拠隠滅をしなかった俺の責任だ」
「そんな事ねえよ。ミナミを救うので精一杯だったろうしな」
「いや…余裕はあったはずだ」
「言ってもしょうがねえ。それよりこれからどうするかだ」
「やる事は一つだ」
「どうするか決めてんのか?」
「もしあの八匹を野放しにすれば、またどこかの拠点を襲うだろう? 害虫は一匹でも多く殺しておいた方が良い」
「害虫か、ちげえねえ」
「だが東京に仕向けた仲間が戻らない事で、アイツらの仲間は人間が東京にいる事を知る」
「ま、しょうがねえだろ。ほっとけば茨城で出会った葵ちゃん達が襲われるかも知れねえしな」
「そうだな」
俺はすぐに屋上の入り口に戻りドアを閉め、その近くにあった大きな鉄の箱のようなものに続く筒を斬った。その鉄の箱を持ち上げて、入り口の前にそれを降ろす。
「室外機なんか置いて、なにしてんだ?」
「僅かに残ったゾンビもこれで屋上には来れない」
するとタケルが不思議そうな顔をして俺に言う。
「あれをやっつけにいかねえのかよ?」
「もちろん行く。だがタケルが危険になるから、お前はここにいろ」
「ヒカルはどっから行くんだよ」
「もちろんここからだ」
「まてよアイツら全員、自動小銃みたいなのを持ってるぜ」
「すぐ戻る」
俺が屋上の縁の上に立って言う。
「な、まさか…」
俺はタケルの言葉を最後まで聞かずに、ビルの屋上から道を越えた先にある首都高速めがけて飛んだ。そして八人がうろついてる真っ只中に着地する。
ドッ!
「う、うわ!」
「なんだ!」
「どっから来た!!」
男達は俺を見て狼狽え始めた。男達に俺が聞く。
「お前達はここで何をしている?」
「ちょっ! てめえこそなにもんだ!」
俺はすらりとスーツの脇から日本刀を出して見せた。
「こいつ! 刀もってんぞ!」
男達が一斉に銃を俺に向けると、すぐに何人かが銃を撃った。俺は縮地で瞬間的に五十メートルほど先に移動する。
「ぐあ!」
「ぎゃ!」
ドサッ!
馬鹿が同士討ちをしている。
「う、撃つな! 味方にあたる」
「いてぇ! 痛てえよ!」
「こいつ! 息してねえぞ!」
俺はすぐにそいつらの元に現れる。
「ま、また出た!」
「みんな!撃つなよ!」
男達が後ろに後ずさっていく。血を流して倒れて動かない者や、腹を抑えながら後ろに下がる者もいた。どうやら弾が腹を貫いたらしい。
「悪い害虫は駆除させてもらう」
「に、逃げろ!」
一人の掛け声に、動ける三人がワゴンパトカーの後ろに隠れる。
「冥王斬」
シュピ!
俺が技を繰り出し、三人はワゴン車と共に真っ二つになる。それを見ていた残りの男達がわめき始めた。
「バケモンだ! う、撃て! 撃て!」
残りの四人が俺に向けて自動小銃を撃って来る。
銃という武器は真っすぐに飛ぶ、本当に避けやすい武器だった。魔王ダンジョンの三十八階層にいた、スパイラルニードルセンティピードというムカデの化物が飛ばす針は、あれよりも遥かに速く飛び更に追尾してくるのだ。それと比べれば問題にもならない。
思考加速と身体強化と金剛を施した俺は、飛んでくる弾を避けつつ縮地で一人の後ろに立った。瞬間的に移動したので、まだ目の前にいるヤツはあらぬ方向に銃を向けて撃っている。
「どこを狙っている?」
俺の声に男は小銃を撃ったまま、くるりと体を振り向かせた。そのおかげで隣りに居た奴の腹に、射出された銃弾がめり込む。
「おごぅ!」
思いっきり血を噴き出しながら、そいつが仰向けに倒れていくのを尻目に、俺は目の前の男の心臓を背中から貫き男は静かに絶命する。するともう一人の男が異常事態に気が付いた。
「おわっ!」
俺はそのまま心臓を刺した死体を持ってその男に向けると、男は銃で死体を撃った。そして俺はそのまま前進して、持った死体ごともう一人の男を串刺しにする。そして死体の背中に足をつけて思いっきり蹴飛ばした。すると二体の死体が飛んで最後の一人にぶつかった。
「ぐげっ」
死体の直撃を受けた男は、口から血を吐き出しながら仰向けに倒れる。そして俺はすぐにその倒れた男の所に行く。口から大量の血を噴き出しているところを見ると、恐らく内臓のほとんどが潰れたのだろう。俺はすぐさまそいつに回復魔法をかけた。
「かはっ!」
死にかけていたが呼吸を吹き返す。
「辛うじて死なないようにした」
「な、なんだ…、おまえは…なんなんだよ…」
怯えた目で俺を見る男に対し、俺は何の感情も込めずに聞く。
「東京にはどのくらいの部隊が出ている?」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
シュパ!
俺はすぐに右手を斬り落とす。
「う、うぐ…やめてくれ」
「どのくらいの部隊が出ている?」
「こ、今回の作戦の全容は聞いてねえ。こっち方面は俺達だけだ。東京や丸の内あたりにもいると聞いている」
「そいつらはどこに?」
「知らねえよ。本当だ! 恐らく既に戻ったか、違うルートから帰ってるかもしれねえ」
そして俺は疑問に思っている事を聞く。
「どうやって護送車にゾンビを入れた?」
「あ、それは…あの…」
「言え」
「餌だ! 餌を車両の奥に入れて誘い込むんだ!」
「餌?」
「俺が考えたんじゃねえぞ!」
「でも、やったんだな?」
「い、生きる為だ」
生きる為に人間を餌食にしているのか? クズ過ぎて既に殺したくなってくる。だが俺はグッと堪えてもう少し質問を続けた。
「本隊は何人くらいいる?」
「わからねえ! 俺は支部の人間だから知らないんだ!」
「支部にはどれくらいいる?」
「五十人くらいだ」
「支部はどこにあるんだ?」
「ま、幕張だ」
「そうか。あと知っている事は?」
「それくらいだ! 俺達、実行部隊なんて捨て駒みたいなもんだからな!」
「わかった」
俺はそいつの首を持ってぐるりと回した。ゴキリと音がして首が折れ大人しくなる。俺は立ち上がって剣をビュンと振って血を払った。そしてタケルがいる屋上を見上げるとタケルが見ていた。
タケルは無事のようだな。
俺は護送車のそばに立って後部のドアを斬った。ドアがガパン! と音をさせてこちら側に倒れて来る。すると中にはびっしりとゾンビが詰まっていた。
「降りて来い」
俺の声に反応したゾンビ達が、ぞろぞろと護送車から這い出して来る。それを全て斬り捨て護送車の中に乗り込んだ。
「ウウウウ‥‥」
「おぉぉぉ‥‥」
座席に縛り付けられたゾンビが数体いた。男も女も居てそいつらは虚ろな目で、俺に腕を指し伸ばしてくる。体のあちこちが食われており、見るも無残な姿となっていた。
「餌だと…」
俺は座席に縛られているゾンビの首を全て斬り落とした。そしてすぐに外に出て全体が見渡せる離れた場所に移動した。
日本刀に魔力を注いでいく。
「フレイムソード」
夜に殺したパトカーの連中も、たったいま殺した奴らも、斬ったゾンビも全てを焼き尽くした。焼け焦げた車がそこに残るが、骨も残さず全てを焼き尽くす。
俺は、すぐさま違う技を発動させた。
「風烈斬!」
風烈斬は暴風を巻き起こす剣技で一気に火を消し飛ばした。火が燃え続ければ煙が上がり、そうすれば遠方からも確認できてしまう。夜ならば煙は目立たないが昼間は目立つ為、すぐに消す必要があったのだ。
「よし」
俺は全ての死体が消えたのを確認して、タケルがいるビルまで一気に飛び移った。すぐにタケルが俺に話しかけて来る。
「きれいさっぱりやったな」
「そうだ。証拠を残さない為だ」
「で、なにか情報は?」
「他にも部隊はいるらしい。更に組織の規模も小さくは無いようだ。幕張というところに支部があるらしい」
「どうすんだ?」
「まずは東京を見回ろう」
「あいよ」
俺とタケルは急いでビルを出て、バイクを駆り東京の街を走り出すのだった。ゾンビが大量にいる町に一気に雪崩れ込んでくる事は無いだろうが、全くの安全な街とは言えなくなってしまった。
徘徊するゾンビを見て俺は新たな対策を考え始めるのだった。




