第61話 夜の表参道
俺とタケルは夜のビルの屋上にいた。それほど高くはないビルで本来は大きな店だったらしい。普通の人間社会だった時に、この店は閉鎖されてしまったのだとか。タケルがある事を思いついて、その準備をしてからここに来たのだった。
屋上から下を見てタケルが言う。
「おー! いるいる! やっぱスクランブル交差点はいるなあ」
ここは渋谷という町で、ゾンビの世界になる前は人でごった返していたらしい。見下ろす交差点には、他の場所より多くのゾンビがいるようだ。
「それでタケル、こんな場所に来て何をするんだ?」
「これだよ、これ」
俺達の足元には五本の瓶が置いてあった。その口からは布が出ており、それを使ってタケルが何かをするらしい。わざわざ車からガソリンを抜き取って瓶に入れ持って来たのだ。
「どうするんだ?」
「まあ見ててくれよ」
俺は黙ってタケルがする事を見ている。するとタケルがポケットからライターを取り出して、その瓶の口に突っ込んである布に火をつけた。
「せーの!」
タケルはそれを、思いっきりゾンビが大量にいる方向へ投下した。小さな光はそのまま下に降りて行き、その瓶が落ちると大きな火を放つ。
「おお!」
「火炎瓶だよ。車からガソリン取って来ただろ? あれは燃えるからな、火をつければ一気に燃え広がるんだ」
「見ろ。ゾンビが群がり始めた」
変な動きがあったからかゾンビ達は自ら火に近づいて行く。先に到達したゾンビが燃え始めた。
「じゃ、ヒカルも」
タケルが火炎瓶に火をつけたので、瓶をもちあげてゾンビが集まる場所へと放り投げる。するとゾンビが集まった場所に落ちて一気に燃え広がった。
「なるほどな。どんどん集まって来た。あちこちの路地からこっちに向かっているようだ」
「だろ? 前にタンクローリー爆発させた時も近寄って来たしな」
「後のゾンビはつられて集まって来るということか」
「そうそう。俺らは俺らなりに研究してんだよ」
「伊達にこんな世界に生きちゃいないって事だな」
「そういうこと」
ゾンビが集まっている所に、少し時間を空けながら火炎瓶を投げると。下のゾンビが密集し始めた。全て投げ終えた頃にはかなりの数となる。
「よっしゃ、じゃあ反対側を見てみようぜ」
「わかった」
そして俺達は屋上の反対側へと移ると、こちらにいたゾンビは俺達が火炎瓶を投げた方へ向かっていた。群れをなして、さっきの所に集まっているようだ。
「いい感じだ。しばらくしたら、線路沿いに反対の方向に行こうぜ」
「いい知恵だな」
「知恵ってほど大したもんじゃねえけど。アイツら集まる性質あるじゃん」
「いや。これはいい」
「そっか、役に立ってよかったよ」
タケルたちはまるでダンジョン攻略をするように、ゾンビを見て対応して来たのだろう。そうでもしなければこんな状態の世界で生きていく事は困難だ。これが彼らの生きるすべの一つだったのだ。
「よし。タケルそろそろ行くぞ」
「よし」
タケルが入って来た入り口の方向へ向かっていく。
「タケル。どこ行くんだ?」
「だから、ゾンビを集めたからよ。降りて反対側に向かうんだよ」
「なら来い」
俺が言うとタケルは青い顔で言う。
「はあ…やっぱそうか」
「急げ」
渋々近寄って来たタケルを掴んで、屋上から下の屋根へと飛び降りる。タケルも少しは慣れたのか叫ばなくなってきた。俺がタケルを屋根の上に下ろすと俺に悪態をつく。
「まあ、時短はいいけどな。意外とおっかねえんだぞ」
「慣れろ」
「他の子らにはしないのか」
「女にはしない」
「は? 不公平じゃねえか?」
「タケルがこんなに怖がるなら、彼女らでは耐えられまい」
「かなあ? 意外にユリナとかミオあたりは平気そうだけどな」
「だが、試す気にはならんな」
「なんで俺ならいいんだよ」
「タケルは漏らさなかった」
するとタケルが股間を押さえて言う。
「…まあ、ビッと気合入ってっからな」
「ならいいだろ」
「へいへい」
歩いて屋根が途切れる場所まで来たので、俺はタケルを掴んで地面まで一気に降りた。
「ふう」
「慣れたろ?」
「まっいいか」
さっき火炎瓶で表にゾンビ誘い込んだせいか、こちら側にゾンビは少なくなっていた。この世界の人の知恵もなかなか悪くない。
「で、この先にあるのか?」
「家具屋か? わからねえ、でも青山っていやそんな感じの店がありそうだと思ってな」
「そうなのか?」
「ヒカルには分からねえかもしれねえが、俺のイメージは青山はおしゃれ家具がありそうなんだよ。服とかもな」
「それはいい。そろそろ俺も服が欲しい」
「んじゃよ。ベッドの前に服でも見るか」
「服がある店が分かるのか?」
するとタケルが俺の全身をまざまざと眺めた。
「ヒカルはそれがいいのか?」
「これは仕立てが良いな。出来ればこんな服がいい」
「なら場所を知ってる」
「遠いのか?」
「そうでもねえ。知識で知ってるだけで、行った事なんてねえけどよ。表参道だから、ここからそんなに遠くないはずだ」
「行こう」
「よっしゃ」
俺達はゾンビを避けつつも、少ないゾンビは俺が駆除して進んでいく。この世界に出現した時も同じような風景だった。何処を見てもビルばかりで、なかなか風景を覚えるのも大変だった。思考加速でゆっくりとあたりの地理を覚え込んだ。
「信号もねえし、車も動いてないから進みが早いぜ」
「そんなに混むのか?」
「原宿辺りは人でごった返して進めねえんだよ」
「そんなにか? 毎日祭りでもやっていたのか?」
「ちげえって。そこはそう言う町なんだよ。さっきの渋谷もな」
「それが見る影も無しか…」
「そういうこった」
そして俺達は早足で進んでいく。広い道には車が散乱していて、ちらほらとゾンビがいるがスクランブル交差点という場所ほどではない。ガラス張りのビルが続き、歩く俺達がガラスに映し出される。
「まったくよ、ヒカルと一緒じゃなかったらこんなとこ歩けなかったよな」
「そいつは良かった。俺が役に立ってるって事だな」
「役に立つなんてもんじゃねえ。人間らしい生き方をしてるって気がしてくる」
「そうか」
そしてタケルはきょろきょろ周りを見渡して言う。
「この太い道路を真っすぐでつくはずだ」
「わかった」
しばらく歩き続けているとタケルが指を指して教えてくれた。
「ヒカル! あったあった! ここだよ! ヒカルが着ているブランドの服屋だ」
「ブランド…」
「そうだ。どうだ? 中にゾンビいるか?」
「中にゾンビは居ない」
「よっしゃ! なら裏手から入ろうぜ、表が壊れてるとゾンビが入っちまう」
「良し」
そして俺達は裏手に周り、裏口の鍵を斬って中に入って行く。タケルは懐中電灯を使うが、下に向けて照らすようにさせた。するとそこには様々な服があった。
「な! ヒカル! これだろ!」
「そうだ」
「やっぱヒカルはル〇ヴィ〇ンだよな! とにかく好き勝手着て、持っていこうぜ!」
「ああ。タケル、背負子があると便利だぞ。それに詰めていこう」
「背負子。リュックか! いいな。それも持ってこう」
「どんどん詰めるんだ」
「わかった」
そして俺達はめぼしい服をあらかたリュックに入れた。女物も男物も構わずにある物を入れていく。羽織物はそのまま服の上から重ねて着る。
するとタケルがリュックに詰め込みながら言った。
「この店の隣りもな、バー〇リーつう店なんだよ。寄ってこうぜ!」
「わかった」
俺達はリュックとバッグにも服をつめて運び出す。すぐに次の館へと向かい裏口から入って服だけをかき集めた。俺がタケルに言う。
「ここも良いな。なんと言うかこの格子柄がなかなかいい」
「だけどよ。そろそろいっぱいだよな」
俺のリュックはいっぱいでタケルのリュックもいっぱいだった。鞄にも詰めてそれもいっぱいになったので、俺達は一旦店を出る事にした。するとタケルが言った。
「あとは東〇ハ〇ズだな」
「なんだそれは?」
「掃除道具を回収する店だよ」
「わかった行こう」
俺達はその掃除用具が置いてあるという店に向かって歩き出す。するとその店まではそれほど時間がかからなかった。道にゾンビはいることはいるが、俺にとっては造作も無かった。回収した品を汚さないように、素早くゾンビを始末する事にし、気配探知で少ない道を選んで来たからというのもある。
「なんつーかさ。本当にゾンビの世界にいるのかと錯覚するぜ。ヒカルといると、まるで無人の野を行くかの如く歩いて行ける」
「一人だけなら、ゾンビを近寄らせる事など無いさ」
「集団だと護衛する人数が増えるもんな?」
「そうだ。あと恐怖に駆られると、どんな動きをするか分からん。意表をついて走りだされたりすると守りにくいんだ」
「なるほどなー。おりゃヒカルを信じ切ってっからな」
「まかせろ」
タケルが言っていた東〇ハ〇ズにも鍵がかかっていた。裏に周り鍵を斬って内部に入る。ここにもゾンビは居なかった。
「ゾンビは居ないぞ」
「じゃあよ。懐中電灯を上に向けていいか?」
「なぜだ?」
「看板見ねえとどこに何があるか分かんねえんだよ」
「仕方あるまい」
「あいよ」
そしてタケルはあたりを照らして何かを探す。
「あったあった!」
「なんだ?」
「何階に何があるか書いてある案内さ」
「掃除道具は?」
「こっちだ」
タケルは俺を連れて階段を上がる。ウロウロと探していると掃除道具が置いてあった。
「よっしゃ! 掃除の洗剤もある!」
「どれだ?」
「これとこれと、あとデッキブラシも持ってこうぜ」
「リュックは置いてないか」
「確か、鞄はさっきあったな」
「行こう」
俺達はまたリュックを入手して前側にそれをかけた。
「前後でか?」
「これならいっぱい入るだろう」
「ははは。なんつうか、防御力は高そうだぜ」
「なるほど、それはいい考えだ」
ある意味鎧の役割を果たすかもしれんが…
「ま、それで身動き出来るのはヒカルだけだと思うけどな」
「…そうかもしれん」
俺達は背負子に掃除道具や石鹸を詰め込んで店を出るのだった。するとタケルが気づいたように言った。
「なんかベッド見に来たのにな」
「確かに」
だが俺達に幸運が訪れる。俺達が歩く道沿いのガラス張りの店内に、ソファや寝具が見えたのだった。きっと幸運の女神が微笑んだのかもしれない。
「なんという幸運だ」
するとタケルが言う。
「いやいや、それが東京って町なんだよ」
タケルの言葉を聞き自分の考えが見当はずれだった事に気づく。
「後は食料品だが、それは明るくなってからの方が同行者が楽だろう」
「だな」
俺達は回収物を持って足早に拠点へと戻るのだった。
読者様のおかげで私は今日も書けました
明日も面白い話を書きますのでよろしくお願いします!




