第607話 天才への嫉妬と進化の暴走
医薬品食品安全省トップの、ガブリエル・ソロモン。俺達が探していた、トップ四人のうちの一人だ。それが工科大学という、場違いな場所に潜伏していた。そして、アビゲイルが尋問を始める。
「なんで、あなたのような組織のトップがこんなことを?」
「研究だ。研究を進める為だ」
「リンクの研究と言う事かしら?」
ガブリエルの視線が、若い研究者たちに向かった。だがタケルが言う。
「もう、お前の脅しは効かねえぜ」
ガブリエルはすぐに目を外し、ボソリと言う。
「そうだ。あれは、救いの研究だ」
「救い? ゾンビ化した人間を操る事が?」
「……」
図星を突かれて、焦っているようにも見える。だが、取り押さえている俺は、何故かコイツが落ち着いているように感じる。あれだけ痛めつけたというのに、そこまで心拍が上がってない。
「答えろよ」
タケルが怒りをはらんで言うが、ガブリエルが慌てて答える。
「ゾンビ化じゃない、進化だ!」
「進化ですって? そんな訳はないわ!」
「いやいや。博士、あの素晴らしいものを見つけたのはあなたですよ」
「素晴らしくなんかないわ!」
「何をおっしゃる。あれは、この地球を根底から変える素晴らしいものだ」
何故か、目をキラキラとさせて話し出した。
「根底から壊すの間違いです」
「はあ? あなたのような、天才がなんでそんな事を言うんです?」
「私は天才なんかじゃない。むしろ、厄災です」
「バカな事を……。あれほどの物を見つけた天才が、その価値に気づかないなど」
「あれに、価値などないわ」
その尋問はむしろ、アビゲイルが押されていた。恐らく、彼女は研究者なので尋問に向かないようだ。だがそれでも、クキもシャーリーンもクロサキも黙っている。アビゲイルを尊重しての事だ。
「あなたは、この地球を救った天使なのに……こんな連中に毒されてしまって」
「違うわ。私は、私の意志でここに来ています」
「なら、尚の事。この素晴らしさに気づいているはずだ!」
するとデルが、痺れを切らしてガブリエルを覗き込む。
「さっきから聞いていれば、信じられん! お前達は、とんでもない罪を犯したんだぞ!」
「罪? それは、何をもって罪と言うんだ?」
「俺を。ゾンビにした!」
するとガブリエルが、目を光らせてデルを見る。
「す……素晴らしい。君は、そこにいる偽物とは違う」
「偽物?」
「そこの研究者たちは、作られたものだ。だが、君は天然で受け入れた! 素晴らしい事だ」
「してくれなんて、頼んでないぞ!」
デルの怒鳴り声がして、ガブリエルと研究者たちがびくりと震える。
「貴様らが、俺の仲間達を殺した! どうやっても、償う事は出来んぞ!」
ガブリエルが下を向き、ぶつぶつといいはじめる。
「まったく……どいつもこいつも……価値というものを……知らん」
「言いたいことがあるなら、はっきり言って」
アビゲイルの言葉に、ガブリエルが声を荒げる。
「あなたのような天才に、私の気持ちなど分からない!」
「は?」
いきなり、会話がかみ合わなかった。ただ、ガブリエルは感情をむき出しにしている。
「世界を覆すような発見を、やすやすと出来るようなあなたに、凡人の気持ちなど分るはずがない!」
「なにを……」
「そこの研究者たちは薬の力をかり、この軍人は自分の潜在能力をあげるのに、アレの出助けが必要だ! 生まれながらに、天才に生まれついてはいないのだ! それをお前は!」
「……そんな」
「とんだ、神様だよ!」
「私は、神などではありません」
「いや。創造主だ!」
だがその時、俺は、コイツが落ち着いている理由が分かった。俺の気配感知に、三方向から試験体が近づいて来たのがひっかかったからだ。
「試験体が三体。ここに真っすぐ向かっている」
研究者たちが青くなり、ガブリエルが高笑いする。
「うはははは。なぜ、気づいたかは分からんが! お前達は、ここで死ぬんだ!」
絶対の自信をもって、俺達に宣言した。だが慌てているのは、研究者たちだけ。俺達は、ただ静かに試験体が来るのを待つ。
「なぜ慌てん? 逃げないと殺されるんだぞ!」
「いや、別に」
「べつに? そうかそうか! あれの恐ろしさを知らんのだな! 馬鹿め! ゾンビとは違うのだよ! あれは!」
「まあ……そうだな」
「まあいい! どうせ、お前達に逃げ場はない! あれは、地の果てまで追いかけるぞ!」
そして、ミオがカウントした。
「くるよ。5、4、3、2」
「うははははは! 終わりだあ! お前達は死ぬんだ! ばーか! あはははは!」
ガガン! と入り口のドアが吹き飛び、先ほどの増殖した筋肉にアーマーがついてるのが立っていた。
「屍人乱波斬」
シュパン!
居合で出した屍人乱波斬が、試験体をサイコロ上に崩していく。
「は?」
ガブリエルは口をあんぐりと開けた。
「次! 5、4、3、2、1」
「屍人乱波斬」
また、出て来た試験体がばらける。それを見ていた、タケルが大笑いする。
「うひゃひゃひゃひゃ! 出オチ二連発!」
「な、どういうことだ……」
「次、3、2、1」
シュパパパパ! ボロボロと切れ落ちていく三体目の試験体に、ガブリエルが唖然とする。逆にタケルが腹を抱えて笑っていた。
「ぎゃーーーーははははは! 出オチ三連発!!!!」
ガブリエルが目を見開いて怒鳴る。
「何があった? きさまら! 何をした!」
「破壊した」
「はかい……」
だが、少ししてガブリエルが笑う。
「くっくっくっ! 壊しても無駄だ! すぐに復活するぞ! うはははは」
………………。
「あれ?」
「復活などせん。試験体の遺伝子レベルで消滅した」
「なっ、なななななななななな!! 何を言っている?」
「あんな、子供だましで、どうこうできると思っていたのか?」
「こどもだまし?」
「そうだ。子供だましだ」
しばらく沈黙が流れる。研究者たちも唖然としているが、俺の仲間達がにやにやしている。
「馬鹿な! それは一体で、一個大隊レベルの強さなのだぞ!」
「なら、大したことないじゃないか」
「たいしたこと……ない? 一個大隊が?」
「ああ」
ガブリエルが唖然と俺を見ている。つぎに周りを見渡して、呆然としていた。
「うそ……」
「嘘じゃない」
「うそだ! うそだうそだ! 最高傑作だぞ! 無差別に攻撃せず、対象だけを攻撃する非常に高性能のアンデッドなのだぞ!」
「もっと、マシなものを作るんだったな」
…………。
ガブリエルが呆然としていたが、突然、振り向いて後ろのガラスに手を突っ込んだ。ガラスの奥には、何かの青白い液体があり、それがガブリエルの腕を伝い、体に這い上がって来る。
「下がれ!」
俺が言うと、仲間達が研究者たちを連れて後ろに下がる。この状況は今まで初めてなので、よく見ておく必要があった。後ろを向いたまま、ガブリエルが笑う。
「くくっ! あはははははは! 全員、俺が殺してやる!」
ガブリエルが振り返ると、既にゾンビ化していた。目が赤く染まり、黒い血管が浮き上がっている。
「簡単にゾンビ化できるのか?」
「そうだ。もはや、人体改造などいらんのだ! あははははは!」
だが俺達が見ていると、ビキビキと体が割れて来る。
「あ、あれ? う、うぐぅ! 暴走が! ああ! くそ! くそう!!」
バグン!
頭の一部が破裂して、触手が生えて来た。
「あぎぎぎぎ! ぐやじい! テンサイ! ニグイ! ゴロス! ぷしゅぷしゅ!」
最後は言葉になっていなかった。そいつの全身が破裂し、触手が部屋中に爆発的に伸びようとした。
「きゃああぁぁぁぁ」
「うわああああああ!」
「ばけものだぁぁぁ!」
研究者たちが真っ青な顔で逃げようとするが、仲間達がそれを制した。
「だめだ。廊下に出るな」
「殺されるぅぅぅ!」
その触手が、仲間達や研究者に伸びようとした瞬間。
「ヘルフレイムフラッシュ!!」
真っ黒い炎が、一瞬でガブリエルだったものを包み込む。炎で全てが焼き尽くされ燃えカスも残らず、部屋中に黒い炎が灯り、それが静かに消えていく。
「黒い火……」
研究者の誰かが言った。俺は日本刀をしまい皆に言う。
「すまん。間違って殺してしまった」
だがクキが笑って言う。
「ああなってしまっては、もう情報なんてとれなかったさ」
「そうか。すまん」
だが、そこでタケルが言った。
「いやいや。これ、コイツのスマホ」
皆がタケルを見る。
「「「「えっ」」」」
「さっきの騒ぎの一瞬で、パクったから」
するとオオモリが言う。
「さっすが、タケルさん! 手癖が悪い!」
「てめえ……」
「いや、いい意味で」
「どこがだよ! こら!」
タケルが俺にスマホを投げ、オオモリをつかまえてヘッドロックをかますのだった。